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第十一章 泡沫夢幻の隠者(5)

 ひとしきり泣いた後、リリィは落ち着きを取り戻した。しかし礼拝堂へ到着してからの自分の言動を振り返るとあまりにも恥ずかしく、リリィはマイルから体を離して俯く。

「ごめんなさい」

 リリィはいたたまれなくなって顔を覆ったがマイルは軽く笑った。

「俺もリリィには随分と醜態を晒している。お互い様というやつだ」

 マイルに慰めの言葉をもらったものの、リリィはなかなか気持ちを切り替えることが出来なかった。そんなリリィの心中を察してか、マイルはすぐに話題を変える。

「それより、これからどうするかなんだが」

 マイルの一言で急に頭が冷えたリリィは顔を拭ってから上げた。マイルも真面目な表情のまま話を進める。

「モルドを探そうと思う。彼が行きそうな場所に心当たりはないか?」

 マイルに問われたリリィは記憶を探ってみたが手掛かりとなりそうな情報は何も引き出せなかった。リリィが首を振るとマイルも小さく息を吐く。

「そうか。実は俺も、ここ以外に心当たりがないんだ」

「……どうするの?」

「とりあえず、ここを出よう。その後はコアかモルドに関する情報を集めながら放浪するしかないな」

「なんだか、今までと変わらないわね」

「愚者を探すよりは簡単なはずだ。人間は空を飛んだり消えたりはしないからな」

 マイルの物言いがおかしかったのでリリィは小さく苦笑した。マイルも微かに笑みを見せた後、立ち上がる。

「動かないことには始まらない。とにかく、行こう」

 力強いマイルの言葉に頷き返し、リリィも立ち上がった。瓦礫の山から少し離れた場所に放置したままになっていた荷物の所へ行き、手を伸ばしたところでリリィは動きを止める。リリィの両手は血だらけであり、そのことに気が付いたマイルが荷物を探り出した。

「手当てしておこう。そこに座って」

 リリィは顔をしかめながらマイルの言葉に従った。マイルは荷物から液状の薬と白い布を取り出し、薬液に浸した布でゆっくりとリリィの手を拭いていく。

「痛むか?」

「ううん」

「そうか。でもきっと、後で痛くなるぞ」

「……覚悟しておくわ」

 リリィがうんざりしながら言うとマイルは作業を止めないまま笑った。血液と泥を拭き取られたリリィの手は、全ての指が布で巻かれていく。白い布で覆われた両手を見つめ、リリィはため息をついた。

(感情的にならないって、何度反省すれば気が済むんだろう)

 リリィは自分の行動に嫌気がさしたがマイルは気にしていない素振りで立ち上がる。なるべく手を使わなくて済むように荷物を担ぎ、顔を上げたところでリリィは人影に気がついた。

「マイル、誰か来る」

 背を向けていたマイルはリリィの呼び声に振り向いた。リリィとマイルは礼拝堂の入口付近に佇み、まだ遠い来訪者の姿を窺うべく目を凝らす。その人物は速足でこちらへ向かって来ており、来訪者の全体像を捉えたリリィとマイルは同時に声を上げた。

「ラーミラさん!?」

 カナリア色のショートボブが印象的な女はリリィとマイルが張り上げた声に反応した。軽快な足取りで走り寄って来る人物はまぎれもなく、大聖堂(ルシード)に所属する言語学者ラーミラである。

「やだ。リリィちゃん、その顔どうしたの?」

 久しぶりという言葉もなく、ラーミラの第一声はそれであった。先程まで泣きわめいていたことを思い出し、リリィは慌てて顔を拭う。マイルが話を逸らすかのようにラーミラに話しかけた。

「モルドに会いに来たんですか?」

「そのつもりだったけど……遅かったみたいね」

 瓦礫の山と化している礼拝堂跡へ視線を向けたラーミラは小さく息を吐いた。しかしすぐに表情を改め、ラーミラはキョロキョロと周囲を窺う。

「コアとクロムは? 一緒じゃないの?」

 ラーミラの発言は呑気なものであり、リリィとマイルは様々な意味で返答に詰まった。リリィとマイルが顔を見合わせているとラーミラはニヤニヤと笑う。

「あらあら、見つめ合っちゃって。もうそんな関係になったの?」

 ラーミラに肘で突かれたマイルは困惑顔をしている。リリィも首を傾げ、ラーミラに説明を求めた。だがラーミラはさっと表情を変え、話を戻す。

「そんなこと言ってる場合じゃないわよね。それで、コアはどうしたの?」

 ラーミラの態度は緩急の差が激しく、リリィは呆れながらマイルを仰いだ。一呼吸遅れて真顔に戻ったマイルはリリィに頷いて見せ、ラーミラと話を始める。

「ミラーの町でいなくなりました。理由も聞いていません」

「そう。たぶん、モルド様の所ね」

「モルドが何処にいるか、知っているんですか?」

 マイルに問われたラーミラは曖昧な返事をした。心当たりはあるが確信はないのだと、ラーミラは言う。それでも、まったく手掛かりのなかったリリィとマイルにとっては願ってもない再会であった。

「モルドの所へ行くつもりなら、ご一緒させてください。手掛かりがなくて困っていたんです」

「いいわよ。じゃあ、心当たりを回ってみましょう」

 マイルとラーミラの間ですんなりと話がまとまり、一行は移動することにした。ラーミラを先頭に歩き出してから、マイルが疑問を口にする。

「こうなった原因はやはり、聖女ですか?」

 話に耳を傾けていたリリィは首を捻ったがラーミラは驚いたようにマイルを振り返った。

「知ってるの?」

「大方の内容はコアに聞きました。やっぱり、そうなんですね」

 ラーミラの態度で確信したように、マイルは頷いている。ラーミラは眉根を寄せているリリィを一瞥した後、再びマイルに話しかけた。

「リリィちゃんは何も知らないみたいだけど?」

 ラーミラから指摘を受けたマイルは一度リリィの方へ顔を傾けた後、困ったような表情でラーミラを振り返る。

「教えていいものか、迷っていたんです。どう思います?」

「どうって……」

 マイルに丸投げされたラーミラは呆れ顔で足を止める。一人だけ話が分かっていないリリィは口を挟まず、決断が下されるのを待った。マイルと短く言葉を交わした後、ラーミラはリリィに視線を転じる。

「リリィちゃん、どうしてこんなことになっているのか知りたい?」

 ラーミラに問われたリリィは迷うことなく頷いた。現状を正しく知ることはカレンの安否を確認することに繋がる可能性が高いからである。しかしラーミラは難しい表情をして、さらに確認を続けた。

「それを知るとリリィちゃんも大聖堂を敵に回すことになるわ。それでもいい?」

 愚者を探す旅を始めた時から、リリィにとって大聖堂は敵である。リリィが躊躇せず頷くとラーミラは本題を話し始めた。

「大聖堂には聖女と呼ばれる女性がいるの。聖女は神の代弁者であって、彼女の神託に従って国を動かしているのが長老衆と呼ばれる老人達。でもこれは、表向きの話ね」

 実際は聖女には何の力もなく、大聖堂を動かしているのは長老衆である。だがコアやモルドは聖女を頂点とする仕組みを作ろうとしていたのだと、ラーミラは語った。

「私も詳しいことは知らないんだけど、どうも企みがバレちゃったみたいなのよね。反覆を企てたとして聖女は追放、コアとモルド様も連座して手配されちゃったって話よ。たぶんそれで、礼拝堂があんなことになったんじゃないかしら」

 ラーミラの説明はコアが突然姿を消したこととも辻褄が合っていたのでリリィは納得して頷いた。リリィの理解が及んだところで、それまで黙っていたマイルが容喙する。

「計画的に事を進めていたのであればモルドは必ず予防線を張っていたはずだ。モルドに会えば彼女の行方も分かるだろう」

 マイルの言葉は力強く、リリィは安堵して頷いた。リリィの抱える事情を知らないラーミラが不思議そうに口を挟む。

「何? どうしたの?」

「リリィと同郷の娘があの礼拝堂にいたんです。それで、リリィが心配していまして」

 マイルが説明を加えるとラーミラは得心したようであった。そこで一度話を切り、ラーミラが話題を変える。

「それで、クロムはどうしたの?」

 リリィとマイルは今一度、顔を見合わせた。二人が説明に窮しているとラーミラは焦れたように詰め寄る。

「二人だけで分かり合ってないで私にも教えなさい」

 ラーミラが真顔のままだったのでリリィとマイルは同時に身を引いた。マイルとリリィはもう一度無言の会話をした後、マイルが話を引き受けてラーミラを見る。

「ラーミラさん、落ち着いて聞いてくださいね」

「まさか……死んだなんて言わないわよね?」

「……違います」

「じゃあ、何?」

 マイルが言い出そうとしていることに見当がつかないようで、ラーミラは眉根を寄せる。無理もないと思いながらリリィは成り行きを見守った。マイルは息を吸い、ため息として吐き出してから核心に触れる。

「クロムは愚者の一人でした」

 マイルがはっきり告げると沈黙が訪れた。ぽかんと口を開けたまま止まっていたラーミラはしばらくの後、吹き出す。

「マイルってば、いつからそんな冗談言うようになったの? 笑わせてくれるわね〜」

 ラーミラに笑い飛ばされてしまったマイルは為す術なく立ち尽くしている。リリィはマイルへ哀れみの視線を投げかけてから、楽しそうなラーミラに視線を移した。

「で、本当のところはどうしたの?」

 笑いを収めたラーミラが同じ質問をくり返したので今度はリリィが答える。

「冗談じゃありません。私達、箱艇に行ってキールに会ってきたんです」

「えっ?」

 ラーミラは再びぽかんと口を開けた。マイルは思い出したように荷物を探り、一冊の本を取り出してラーミラに見せる。

「キールが持っているとされていた黙示録です。ちゃんと本人から貰った物ですよ」

「嘘!?」

 マイルから本をひったくったラーミラは大慌てでページをめくる。参考資料などなくとも解読可能であるのか、ラーミラは呆けたまま顔を上げた。

「本当に、クロムは愚者だったの?」

 リリィとマイルが同時に頷くとラーミラは絶句して動きを止めた。

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