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第十一章 泡沫夢幻の隠者(3)

 ミラーの町に滞在して三日ほど経過すると、さすがにマイルも異常を感じ始めていた。大聖堂(ルシード)領内の情報が欲しいからと出かけたきり、コアが戻って来ないのである。

「こういうことってよくあるの?」

 リリィが首を傾げながら問うのでマイルは眉根を寄せて空を仰いだ。コアがふらりと姿を消すことは時々あったが、それは支払いを他人に押し付けるなどの場合に限定される。今の状況でコアが連絡もなく失踪する理由を見出せなかったマイルは小さく首を振った。

「何か、あったのかもしれないな」

 以前は消息が途絶えても連絡を仲介してくれる機関が存在していたが、現在は突然失踪されると連絡をとる方法がない。マイルがどうしたものかと考えを巡らせていると、リリィが口を挟んだ。

「探しに行く?」

 リリィに曖昧な返事をした後、マイルは室内の隅に視線を走らせた。コアは宿に荷物を置いたままであり、そうなるとまだミラーの町にいる可能性もある。

「そうだな、探しに行くか」

 マイルが頷くとリリィは誘導するように歩き出した。宿を出た後、マイルは先を行くリリィに声をかける。

「コアが行きそうな場所に心当たりあるのか?」

 リリィの足が迷いなく進んでいるのでマイルは不思議に思ったのである。リリィはマイルを振り返って頷いて見せた。

「前に来たことがあるの」

 リリィの返事を受けたマイルは大陸地図を頭の内部に描き出した。ミラーの町は大聖堂領の東域にあり、捨山(しゃざん)が近い。一行は以前、働けなくなった老人や病人が捨てられるという捨山へ赴いた。捨山へ行く前にリリィとコアは別行動をしており、ミラーはその時に立ち寄った町なのであろう。そう見当をつけたマイルは納得し、リリィの足が向く方向に従った。

 リリィはまず、母屋と半円形の別棟がある家に立ち寄った。母屋の方へ侵入すると無人であったので、リリィが奥へ向けて声を張る。

「テツさん! テツさん、いませんか!」

「テツテツ言うんじゃねえ!」

 リリィの声に呼応して、奥から男の声がした。しばらくすると家主と思しき男が姿を現したが、その出で立ちが奇異だったのでマイルは微かに眉根を寄せる。テツと呼ばれた壮年の男は滴る汗を拭いながらリリィに目を向けた。

「あんたか。テツテツ言うからコアが来たのかと思った」

「こんにちは。コアを見ませんでしたか?」

 リリィがさっそく問うとテツは怪訝そうな面持ちになった。

「いや、前にあんたと来たのが最後だ。それからは見てない」

「そうですか。ありがとうございます」

 テツに頭を下げた後、リリィはマイルを振り返った。マイルからも礼を言い、テツの家を後にする。リリィとテツの会話を不思議に思っていたマイルは外に出てから尋ねてみた。

「どういった知り合いなんだ?」

「これを作ってくれた人なの」

 リリィは右手を持ち上げてマイルに示して見せた。衣服に隠されているので一見しただけでは分からないが、リリィの両腕には篭手(こて)が装備されている。そのことを知っているマイルは納得して頷いた。

「捨山へ行く前にそんなことをしていたのか」

「うん。コアの煙管もあの人が作ったものなんだって」

 煙管の話を聞いた刹那、マイルはある二つの事柄が頭の中で合致したのを感じた。マイルは以前、東の方に腕のいい職人がいるとコアから話を聞いたことがある。それはコアが使っている暗器を作った人物のことであったが、先程のテツが話題に上っていた人物なのではないかとマイルは思ったのだった。

「そうか、鍛冶屋か。それであんな格好を……」

 テツは上半身裸であり、体中から汗を滴らせていた。一見すると奇異であるその姿も鍛冶をする者として見てみればおかしくはない。そしてテツの家にあった半円型の別棟は、おそらく鍛冶を行う場所なのであろう。一通りのことに納得がいったマイルは深く頷いたが、リリィが不思議そうに見ていることに気がついて苦笑を向けた。

「他に、コアの行きそうな場所に心当たりはあるか?」

 マイルが話を戻すとリリィも表情を改めて、再び歩き出す。そして次に辿り着いたのは酒場であった。

「ここは、あんまり入りたくないけど」

 頑丈そうな扉の前でリリィが苦笑したのでマイルは首を傾げる。

「何故だ?」

「愛煙家憩いの場なんだって」

「……なるほど」

 それは煙そうだ、とマイルは思った。だが酒場は情報屋の拠点でもあり、コアが立ち寄った可能性は高い。

「入ってみよう」

 煙に巻かれる覚悟をしながらマイルは扉に手をかけた。鍵もかかっておらず扉はすんなりと開いたが、室内から煙の臭いはしない。まだ営業していないのか客の姿はなく、マイルとリリィは無人の室内を見回した。

「まだやってないのかな?」

 リリィがそう零すと、都合のいいことに奥から人が出現した。食材が入っている籠を抱えている中年の男はマイルとリリィの姿を認めて眉根を寄せる。

「まだ準備中だよ」

 従業員らしき男はすげなく言ったがマイルは構わず傍へ寄った。

「コアという男が来なかったか? 錆色の髪をしていて、瞳の色は緑だ」

 カウンターへ荷物を置いた男は動きを止め、マイルとリリィを不躾に観察した。男の視線に悪意がこもっているような気がしたマイルは眉根を寄せる。しばらく視線を這わせた後、男は嘲るような笑みを浮かべた。

「女連れの賞金稼ぎか? やめときな、あの人を狙ったところで返り討ちが関の山だ」

 男の不快な表情よりも話の内容に驚いたマイルはカウンターに身を乗り出す。

「コアに賞金がかかっているのか?」

「そういう芝居はいらねーよ。とにかく、あの人はもうここにはいない。出てった出てった」

 取り付く島もなく、男は邪険に手を振って見せた。これ以上の情報を引き出すことは無理だと判断したマイルは男に追い払われるがまま酒場を後にする。酒場を出た直後、先程から不服そうにしていたリリィが憤慨を露わにした。

「何、あの態度」

「コアに好意的なだけだ。気にするな」

 リリィを落ち着かせるために冷静に応じた後、マイルは考えに沈んだ。男の態度から察するとコアに賞金がかかっているのは間違いないことなのだろう。ならば問題は、誰がコアを狙っているのかである。

 コアはあちこちで恨みを買っているが個人が懸賞金をかけたくらいで動じることは有り得ない。またコアが戻って来ないこととコアに懸賞金がかけられていることは無関係ではないはずである。そう考えると、マイルには答えは一つしかないように思われた。

(大聖堂か)

 何らかの理由で大聖堂はコアが邪魔になった。そのことを踏まえたうえで、マイルはコアから聞いた聖女の話を思い出していた。

「マイル?」

 リリィの不審そうな声がしたのでマイルは思考を中断して視線を傾ける。

「コアはおそらく、もうこの町にはいない」

「私達に何も言わずに出て行っちゃった、ってこと?」

「たぶんな。おそらく、ここにはもう戻って来ないだろう。俺たちも移動しよう」

 リリィにそう言い置き、マイルは宿に向けて歩き出した。リリィも後を追いながらマイルを仰ぐ。

「移動するって、何処へ?」

「とりあえずモルドの所へ行ってみよう。幸い、ここからなら遠くない」

 コアが行方をくらませた詳しい事情は、マイルには分からない。しかしモルドであれば知っているだろう。マイルがそう告げるとリリィも無言で頷いた。

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