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第十一章 泡沫夢幻の隠者(1)

 太古、世界は全知全能の神(ゼウス)によって治められていた。全知全能の神が治世していた頃の世界は平穏であり、人間同士が争うこともなかったという。だが愚者と称される者達が神を殺めたことにより、世の静謐は崩れ去ったのであった。

 愚者は何故、神を殺めるに至ったのか。神をも殺める力を持った愚者とは何者であるのか。現在の世にはそういった疑問の答えとなるような伝承はないが、愚者が神を殺めた後に言ったとされる言葉だけは脈々と受け継がれていた。


全知全能の神(ゼウス)により生み出されし無知なる者達よ、我等は愚者。この世の果てを垣間見た者。予言しよう、やがて世界は終焉を迎える。だが再び新たな生命を育むだろう。汝等が縛られし糸を断ち切りたいと望むのなら我等を求めよ。我等七人今一度集う時、人間(ひと)の歴史は次なる世界への標となるだろう』


 これが、愚者が言ったとされている内容である。虚実の程は不確かだが愚者の言葉を遺そうとした者がいたことだけは、確かなことであった。









 東の大国である大聖堂(ルシード)領内の東の僻地に、ミラーという町はある。この町で宿をとった一行はしばし休息をとることにした。ミラーに到着するまで歩き詰めだったので、リリィは一人になるとすぐさまベッドに転がる。深く息を吐くとそのまま寝入ってしまいそうなほど、リリィは疲労していた。

 愚者の一人であるキールとの対面を果たした後、一行は無情にも山中に放り出された。右も左も分からぬ場所に出現することとなった一行は現在地を知るために人里を探し、そうしてようやく自分達が北方独立国群の領土にいたことを知ったのである。現在地が判明するとコアが大聖堂領内に戻ることを提案した。その後、一行はほとんど休みをとらずにミラーの町まで歩き続けたのであった。

 あまりの疲労に思考を麻痺させられていたリリィは一息つくと目を開けた。リリィはしばらくキールから聞いた話について考えていたが、思い立ってベッドを下りる。リリィはその足で隣室へ行ったのだが、そこに求めていた姿はなかった。

「コアは?」

「情報収集に行った。しばらくフリングス領にいたからな、大聖堂領内の情報が欲しいようだ」

 室内に一人でいたマイルからコアの不在を聞いたリリィは後の行動に困った。リリィの変化を察したマイルは空いているベッドに腰を落ち着けるよう勧める。出て行くのもおかしいと感じたリリィはマイルに言われるがまま硬いベッドに座った。

「コアに訊きたいことでもあったか?」

 自身は窓辺から動かないまま、マイルが問う。リリィは頷きながらマイルの方へ顔を傾けた。

「マイルは大聖堂のこと、知ってる?」

「大聖堂のこと? と、いうと?」

 首を傾げるマイルにどう説明をしたらいいのか分からず、リリィは空を仰いだ。だが適当な言葉を見出せず、リリィは難しい表情をしながらマイルに視線を戻す。

「キールが言ってたこと……」

「……ああ」

 真顔に戻って頷いたマイルはリリィと向き合う形でベッドに腰を下ろした。リリィは無意識のうちにマイルから視線を外し、膝の上に置いている拳を握る。

「キールは大聖堂の連中って言ってたけど、それって誰のことなの?」

 リリィ達の故郷を滅ぼしたのは大聖堂の連中だと、キールがはっきり言っていたのである。これが特定の個人であれば、その人物へ感情を向ければいい。だが対象が組織では、リリィには誰を憎めばいいのかさえ分からなかった。

「大聖堂には軍事部や調査部のように所属というものがある。部の内でも大隊や小隊などがあるから『誰』という特定は難しいだろう。だがおそらく、横暴な振る舞いをするのは軍事部だ。コアは調査部に所属しているが過去には軍事部に籍を置いていたこともある。詳しいことはコアが戻って来てから訊くといい」

 マイルの説明を聞く限りでは、やはり実行者の特定は難しいようである。そのことを知ったリリィは小さく息を吐き、己を宥めながら頷いた。

「リリィ」

 マイルが不意に不安げな声を出したのでリリィは不思議に思いながら顔を上げた。

「何?」

「その、俺が訊くべきことではないかもしれないが……」

 自分から切り出したにもかかわらずマイルが言葉を濁したので、リリィは首を傾げながら続けるよう促す。マイルは一つ息を吐き、至極真面目な表情でリリィを見据えた。

「リリィは復讐を考えているのか?」

 リリィは以前、姉のような存在であるカレンという少女にも同じ問いを投げかけられたことがある。その時は半ば否定的な気持ちもあったが、今度ばかりは即答することが出来なかった。言葉に詰まったリリィを見て、マイルは顔を歪める。だがマイルは何も、言わなかった。

「……マイルは?」

 マイルと目を合わせることが出来ず伏せながら、リリィは小さく問いかける。この問いを口にするためには己の罪を明るみに出さなければならず、リリィは苦い思いを噛みしめていた。マイルは同郷の友人であった緑青(ろくしょう)を戦で亡くしている。緑青を直接手にかけたのは大聖堂の兵だが、その原因をつくったのはリリィであった。

 マイルは大聖堂を嫌っていて、その理由には緑青のことが少なからず含まれている。自分と同じような立場にあるマイルには復讐の意思がないのか、リリィは聞いてみたかったのである。マイルはしばらく無言でいたが、やがて小さく首を振った。

「直接的な復讐をしようとは思っていない」

「どうして、割り切れるの?」

 自分が問うべきことではない、そう理解していながらもリリィは一時の憎しみをマイルへ向けた。マイルはリリィのまなざしをしっかりと受け止め、ゆっくり言葉を紡ぐ。

「緑青は、自ら進んで戦いに身を投じていた。俺は彼に生きていて欲しかったが戦場での死は緑青が望んでいたことでもある。そういう意味では、納得は出来るんだ」

 リリィの場合は望まぬ争いに巻き込まれ、その結果として肉親や故郷を失っている。自分の場合とは根本的に違うのだと告げた後、マイルは話を続けた。

「確かに俺は大聖堂が嫌いだ。だがそれは、リリィが大聖堂を憎むこととは少し違う。俺にはリリィの悔しさや憎しみを本当の意味で理解することは出来ない」

 例えリリィが大聖堂への復讐を考えていたとしても協力することは出来ない。リリィにはマイルがそう言っているような気がした。

 リリィはマイルに復讐の手助けを頼みたかったわけではなかった。だが打算的な考えがまったくなかったとも言い切れず、リリィは目を伏せる。自分一人では何も出来ないことを、リリィはすでに嫌というほど思い知らされていたのであった。

「一度、モルドの元へ行こう。それからどうするかは同郷の少女と話し合って決めるといい」

 マイルが諭すように言ったのでリリィは大人しく頷く。だがカレンに真実を語るにはモルドの存在が重いと、リリィは複雑な気持ちになった。

 モルドはコアと同じく大聖堂に所属する人間である。故郷を失って後、カレンはずっとモルドの元で暮らしてきたので彼に対する想いはリリィよりもずっと深い。慕ってきた者がもしも諸悪の根源であったのならば……そう考えるとやりきれず、リリィは重苦しいため息をついた。

(でも、私がここにいる理由はもうないんだわ)

 コアとマイルはそれぞれに理由があり、共に行動している。リリィはそれに同行させてもらっていただけであり、目的を果たしてしまった今、彼らと一緒にいる理由は失われてしまったのである。真実を知った後のことはコアやマイルには関係がなく、ここからはリリィただ一人の問題となるのだ。

 コアにもマイルにも、もう助けられることはない。そう考えると大聖堂に復讐するという気持ちは薄れていったが、リリィは胸の底に渦巻いている確かな怒りを消すことが出来なかった。

「変なこと言ってごめんなさい。それと、今まで助けてくれてありがとう」

 気の早い別れの挨拶のような言葉にマイルが微かに眉根を寄せたが、リリィは立ち上がって部屋を後にした。

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