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第十章 箱艇の番人(14)

 グザグ砂漠に存在していた遺跡は一行が北方独立国群で出会ったものよりも広かった。そのため散らばると再会出来なくなる可能性があり、一行はまとまって探索をすることにしたのである。やがて目印となりそうな一際大きな建物を発見したのでそこを拠点とし、戻って来ることが出来る範囲では散らばって探索を行った。だが何も発見出来ないまま幾度も太陽が昇り、沈んで行った。食料はあったが水が尽きそうになったため、夜のうちに単身でオアシスに赴いたコアは拠点としている建物に戻るなり床に転がる。そこへちょうど、マイルが帰って来た。

「水をくれ」

 マイルがそう言いながら隣に腰を下ろしたのでコアは呆れながら水の入った皮袋を渡す。

「俺に労いの言葉とかはないのか?」

「ああ、大変だったな」

 淡白に言ってのけるとマイルは水を流し込んだ。さらに幾度かアオシスと往復する必要性を感じたコアはさすがに疲れ、目を閉じる。だが疲れているのは皆同じであった。

「なんだってこう、無駄に広いかね」

 コアの口からは思わず愚痴が零れ、マイルは苦笑しながら話に応じた。

「言っても仕方がない。一度砂漠の外へ出て立て直すには問題が多いからな」

 バルバラは見逃してくれたが砂漠の民自体は異邦人の侵入を拒んでいるのである。まして聖域に異邦人が立ち入ったと知れば、今まで以上に警戒は厳しくなるであろう。このまま調査を続ける以外に選択肢がないことはコアにも分かっていたが愚痴は止まらなかった。

「せめてラクダがあればなぁ」

 フィベ族の部落で購入したラクダは地下へ落下した際にはぐれてしまった。落ちてはいないようだったので砂漠の何処かにはいるだろうが、探すのは無謀である。そのことも十分承知していたが、それでもコアは愚痴を言わずにはいられなかった。なにしろ、二頭で百六十万ルーツという高い買い物だったのである。

「水汲みのついでにラマダラ族から盗んできたらどうだ?」

 マイルが正気の発言とは思えない冗談を言ったのでコアは苦笑いを浮かべながら体を起こした。

「まあ、仮にラクダが手元にあったとしても、箱艇に行くならここでお別れだろうな」

「箱艇へ行く、か。俺たちは生きて戻って来られるのか?」

「さあなぁ。なんといっても訳分からんものを使うわけだからな」

捨山(しゃざん)にあった物だろう?」

「あれな、『機械』っていうんだぜ」

 コアは話のついでに大聖堂(ルシード)で使われている『機械』という言葉について説明をした。マイルは初めて耳にする内容を真剣に聞いており、コアの話が終わると嘆息する。

「大聖堂はすごい物を使っているんだな」

「恐れを知らないよな。でもまあ、俺たちも使おうとしてるわけだから怖いものなしなのは同じか」

 この遺跡の中に『機械』があればの話だがと付け加え、コアは立ち上がった。小休止を終えたマイルも立ち上がり、台座のようになっている場所に置いてある荷物へ向かう。台座はマイルの胸元まで高さがあり、奥まっている場所の荷物を取ろうとしたマイルは身を乗り出した。マイルの動きを何気なく見ていたコアは、台座が動いたような気がして眉根を寄せる。台座に近寄って力を込めると少し動いたので、コアは急いでマイルに声をかけた。

「荷物退けるから手伝え」

 マイルに言い置くと同時にコアは荷物を退かしていった。首を傾げながら従っていたマイルもコアが台座の上部をずらすと得心したように助力する。石で造られている台座の上部を取り除くと、内部には白銀に輝く箱型の物が収められていた。

「灯台下暗しもいいとこだぜ」

 求めていた物がすぐ近くにあった事実にコアは疲れながら息を吐いた。マイルも苦笑し、しかしすぐに笑いを収める。

「リリィとクロムを探してくる」

「頼んだ」

 マイルに応えながらもコアは白銀の光を放つ物体から目を離さなかった。これが箱艇へ移動出来る『機械』であれば、愚者との対面が果たされるのである。そう考えると、コアは今までに感じたことのない興奮に支配された。

 気分が高揚して落ち着かなくなったコアは幾度も建物の出入口を窺った。そのうちにリリィとクロムを連れたマイルが姿を現したので、コアは急いて手招きをする。合流を果たした一行はその後、白銀の光を放つ物体をどうやって使用するのか探り始めた。

「捨山の時はどうやったんだ?」

 大聖堂領の東に位置する捨山で『機械』が作動した時、コアとリリィは少し離れた場所にいたため経緯を見ていなかった。そのためコアはマイルに尋ねたのだが、マイルはそのままクロムを振り返る。

「どうやったんだ?」

 マイルに問いかけられたクロムは苦笑を浮かべた。

「触っていたら動き出したんです。詳しいことは分かりません」

「だ、そうだ」

 クロムの返答を受けたマイルが振り向いたのでコアも苦笑いを浮かべた。要するに全ては偶然の産物ということである。

「とりあえず触ってみるか」

 他に妙案も思いつかなかったコアは白銀の物体に手を伸ばした。表面は研磨されているようで手触りは滑らかであり、凹凸のある箇所はない。温度は体温よりも低く、そのためコアには冷たく感じられた。

「う〜ん、押せそうな所もないよな」

 白銀の物体から手を離したコアは唸りながら腕を組んだ。触って後も特に変化は見られない。

「下部は? 持ち上げられないのか?」

 マイルの言葉に手を打ったコアはさっそく両腕を広げて白銀の物体を抱き込んだ。だが白銀の物体の下部は石の箱にへばりついているようで、手を入れる隙間がない。コアは物体の両側面に手を置いて持ち上げようと試みたが無駄であった。だが、立ち上がったコアが腹いせに蹴りを入れると白銀の物体が突然唸り出す。こんな単純なことでいいのかと、コアは白い光を増した物体を眺めながら呆れた。

 瞬く間に光度を上げてゆく光は建物全体を染め上げ、やがて収束した。光が収まった時には一行の姿はなく、無人となった室内では白銀の物体が「ぷしゅ」という音を立てる。薄い白煙を上げていた物体はやがて沈黙し、赤錆色となって完全に活動を停止した。







 気を失っていたリリィはマイルに揺り動かされて目を覚ました。体を起こしてみると周囲の景色は一変しており、リリィは説明を求めてマイルを振り返る。リリィの疑問を察したマイルは簡潔に答えた。

「俺たちは今、空の上にいる」

 マイルの言葉に驚いたリリィは立ち上がり、周囲を見回した。開けた視界には空の色である青が広がっており、雲が目線と同じ位置に浮かんでいる。次第に空にいるという実感が湧いてきたリリィは改めて、足元を見下ろした。無意識に佇んでいた場所は甲板のようである。

「……艇?」

 うわ言のような自分の言葉で我に返ったリリィは瞠目する。傍にいるマイルを振り返り、リリィは焦って口を開いた。

「キールは!?」

「落ち着け。俺たちもさっき気がついたばかりだ」

 マイルがまだ何もしていないと言うのでリリィは勢いを殺がれた。リリィは興奮しすぎた自分を反省し、冷静さを取り戻すために目を閉じて深呼吸をする。砂漠とは明らかに違う冷涼な空気が心を落ち着かせ、リリィは深く吸った分を吐き出してしまってから目を開けた。

 その場にはマイルだけでなくコアもクロムもいた。醜態を晒したリリィは苦い気持ちを抱きながら頬をひきつらせる。胡坐をかいて座っていたコアが立ち上がり、しかしリリィをからかうこともなく真顔で口を開いた。

「キールを探すぞ」

 コアが短く告げて歩き出したのでリリィも表情を消して従った。

 箱艇は、至る所が崩れかかっていた。歳月がそうさせているのかもしれないが脆い場所としっかりしている箇所の落差が激しいので、初めからそういう作りである可能性もある。マストが折れ、帆が破れた艇の甲板を歩いていた一行の前に、やがて人影が姿を現した。甲板室を背に座りこんでうな垂れている人物はすでに白骨化しており、骨だけになった手が覗いている。骸が服を着ているだけのように思われたがそれは突然、顔を上げたのであった。

「賑やかだな」

 骸が動いただけでなく声を発したので、リリィは驚いて後ずさった。それは何もリリィに限った動作ではなくコアやマイルまでもが後退し、骸との距離を保っている。海賊帽が乗っている頭を持ち上げた骸の顔は目玉が抜け落ちて眼孔が窪み、口元も動いてはいなかった。骸が再び声を発することはなかったが空洞となった目は真っ直ぐ一行へ向けられている。声の主を今一度確認するべく、コアが骸に問いかけた。

「お前が、キールか?」

「ああ。オレがキールだ」

 間を置かずはっきりと、骸は答えてみせた。問いを発したコアは感嘆の息を洩らし、リリィも我に返る。

 疑問はまだ山ほど残っている。だが対面している人物が誰であるのかを知った刹那、リリィには不可解なこともどうでもよくなった。リリィがキールに尋ねたいことは唯一つなのである。しかしリリィが一歩を踏み出す前にキールが再び口火を切った。

「おい、誰かと思えばクロムかよ」

 このキールの言葉が何を意味するのか、瞬時に理解出来た者はいなかった。間を置いて、事態を把握した三人は同時にクロムを振り返る。その場の視線を一手に集めたクロムは涼しい表情のままキールの元へ歩み寄った。

「久しぶりだな。お前、あれからずっとここにいたのか?」

 クロムは一行に背を向けているが、その口調や態度はもはや別人であった。一行があ然としている中、キールが緊張感のない笑い声を上げる。

「おうよ。どうだ? 男らしさに磨きがかかっただろ?」

「ってゆーか骨じゃん。まあ、これでようやく見れる顔になったか?」

「てめっ、クロム!」

 骸と化しているキールには無論、表情の変化などない。だが彼は確かに意思を残しており、リリィにはキールが憤慨する顔が見えたような気がした。会話の内容は幼稚だがその光景は異様である。

「再会の挨拶はこのくらいにしとくか」

 話を切り上げたのはクロムであり、一行に背を向けていた彼は何気なく振り返った。そこにはもう言語学者ラーミラの助手である気弱な青年の面影はない。

「こいつに訊きたいことがあるんじゃないの?」

 クロムに視線を留められたリリィはハッとした。自分が何のためにここまで来たのかを思い出し、リリィは驚愕や恐怖などの感情を忘れてキールを見据える。

「私の故郷を滅ぼしたのは、あなた?」

 リリィがそう問いかけるとキールは愉快そうな笑い声を上げた。

「どうしてオレがそんなことしなきゃならないんだ?」

「じゃあどうして、私達の故郷が滅んだ時にあなたは姿を現したの!?」

「どうしてと言われてもな……。大体、お前の故郷ってのは何処のこと言ってるんだ?」

「東の、オキシドルって所よ!」

「ああ、あの小さな集落か」

「知ってるなら見てたのよね!? 教えて! あなたじゃないなら誰が私達の故郷を焼いたの!!」

 感情的になったリリィは捲くし立てた後、肩で息をした。キールはすぐには答えずクロムを仰ぎ、クロムも同じ考えであるかのように頷いて見せる。クロムの反応を見てからキールは再びリリィに顔を向けた。

「長い間ここから人間(ひと)の世を見てきたが、おそらくあれは大聖堂(ルシード)の連中だな」

 ようやく得た真実は俄かには信じがたいものであり、リリィは言葉を失って立ち尽くした。

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