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第十章 箱艇の番人(12)

 砂漠の地下に落ちてしまった一行は地上へ戻る術を探して北西に向かっていた。目指す先はラマダラ族の部落があるオアシスの真下だが、その場所に向かっている理由はそこまで行けば何かがあるのでないかという根拠のない期待であった。必ずしも地上へ戻れるという保障もなかったが、一行に絶望感はない。緊張感にも欠けており、雑談をしている中でクロムが不意に疑問を口にした。

「そういえば、ラマダラ族とグルタ族が分裂した原因は何だったんですか?」

 その疑問に答えられるのはバルバラだけであり、その場の視線は彼女に集中した。バルバラは口にするのも不愉快だというように顔を歪めながらも答える。

「経典に書かれていた神の名が異なっていたのだ。我らが崇めるべき神はケシャミルダ神、唯一人。だがグルタはヒマイラーダを神だと言い張っている」

 ケシャミルダもヒマイラーダも神の艇に乗っているとされているのは同じである。だが神は唯一の存在でなければならず、ラマダラ族もグルタ族も自身が崇めている神が絶対であるとして譲らなかった。そうして起きた対立が現在まで続いており、砂漠の民は血で血を洗っているのである。無神論者であるリリィにはそうしたバルバラの説明が奇異に思えた。信仰というものが解らないがために、リリィは口を滑らせてしまったのである。

「そんなのどっちでもいいじゃない。たかが名前くらいで誰かが死ななきゃいけないなんて馬鹿げてるわ」

 嫌味のつもりでもなく、リリィは本気でそう思っていた。だが己の信じる神を侮辱されたバルバラにとって、リリィの言葉は許しがたいものであった。

 一切の表情を消したバルバラは腰に履いている剣に手を伸ばした。しかし不穏な動きを察したコアが介入し、バルバラの腕を押さえて制する。バルバラがコアを睨み付けていたが何故そのようなことになったのか、リリィには理解が及ばなかった。

「すまん、許してくれ」

 コアが自分の代わりにバルバラに謝っていることを察したリリィは眉根を寄せた。バルバラは忌々しげな視線をリリィに向けたが、即座に謝罪したコアの顔を立てたのか手を引く。バルバラが顔を背けるところまで見届けてから、コアはリリィに顔を傾けた。

「今のはお前が悪い」

「……どうして?」

 人間の命よりも神の名の方が意味がある、コアがそう言っているような気がしたリリィは反発を抱いた。コアは真顔のまま、リリィを諭すように言葉を続ける。

「さっき言っただろ、自分に理解出来ないものを排除しようとするなって」

 コアが何を言いたいのか呑み込めなかったリリィは眉間の皺を深くする。コアは淡々とした口調で、リリィにも理解が出来るよう言葉を選びながら話を続けた。

「お前にとってはものすごく価値のあることを他人に馬鹿にされたら怒るだろ? お前は今、それと同じことをしたんだ」

「馬鹿にしようと思って言ったわけじゃないわ」

「それは分かってる。でもな、お前はバルバラにとって大切なものを侮辱したんだ。お前が神という存在を信じないのは勝手だ。だがな、誰かの心の中にいる神まで否定することは出来ない」

 コアの言葉が不意に、リリィの胸に落ちた。誰かの心の中にいる神、その科白がリリィに同郷の少女を思い起こさせたのである。

 リリィが姉のように慕っているカレンは大聖堂(ルシード)が掲げている神、天乃王(てんだいおう)を信仰している。それはリリィ達にとって恩人であるモルドが天乃王の教えを説いているからであるが、カレンは毎日礼拝堂に赴き、祈りを捧げていた。リリィもカレンと同じくモルドの説法を聞いたが、根本的な問題として神という存在を否定しているので馴染まなかった。だがカレンの信仰を否定しようと思ったことは一度もなく、むしろリリィは祈りを捧げているカレンの安らかな顔が好きだった。

 崇める神こそ違うが、バルバラの抱く信仰もカレンと同じものである。そう察した時、リリィは自分の発言を悔いた。

「納得した、って顔だな」

 そう言ったコアに頷いてから、リリィは急いでバルバラの正面に回った。バルバラは取り付く島もなく顔を背けたがリリィは頭を下げる。

「ごめんなさい」

 一度傷つけてしまったものは謝ったからといって許されるとは限らない。ましてバルバラは友人でもなく、敵に近い人間である。そのことは承知していたが他に術がなく、リリィは頭を下げたままバルバラの言葉を待った。

 結果としては、バルバラはリリィを許さなかった。リリィの謝罪に応じるつもりはないとはっきり示し、バルバラは無言のまま歩き出す。コアが声をかけてきたので頭を上げ、リリィは重苦しい気持ちのままバルバラの背中を見つめた。

「許してはくれなさそうだが少しは気が晴れただろ。お前もあんまり気にすんな」

 コアは軽い調子で言い、リリィの背を叩いてから歩き出した。コアに叩かれた弾みで二、三歩前進したリリィはそのまま俯いて歩を進める。フィベ族の部落でクロムに言われたことが、今更ながらにリリィの頭をよぎっていた。

 軽々しい発言はするものではない。苦い記憶と共にその言葉を心に刻んだリリィは重くため息を吐いてから顔を上げた。







 落下地点から西北に進んでいた一行の行く手に、やがて建造物と思しきものが姿を現した。穴から遠ざかるにつれて光が失われていったので一行は松明を使用しており、コアは首を傾げながら松明を掲げてみる。しかし一行の行く手を阻んでいる建造物は巨大であり、松明程度の光源では全体像を捉えることが出来なかった。

「何だこりゃ」

 コアは疑問を口にしながら念のためにバルバラを顧みたが彼女も眉根を寄せているだけであった。バルバラからは情報が得られそうもないと察したコアは、次にマイルを振り返る。建造物を見上げていたマイルはコアの視線を受け止め、意見を述べた。

「少し、周囲を調べてみよう。入り口があるかもしれない」

「おう。じゃあ、あっちを頼むわ」

 松明が二本しかないのでコアとマイルは二手に分かれることにした。残りの面子はその場に居残りである。

 壁伝いにしばらく歩いてみたコアは、建造物が長方形の室のようなものであることを把握した。室は地下空間の行き止まりにあたる場所に建てられているようであり、一周することは不可能である。四角く切り出した石を積み上げてある壁に出入口のような穴を発見したコアは、一度戻ってみることにした。リリィ、クロム、バルバラを残してきた場所へ戻るとマイルの姿もあったので、コアは歩み寄りながら声をかける。

「そっちはどうだった?」

「地上へ通じる階段のようなものがあった」

「お、マジでか!」

「足場はしっかりしていたが、塞がれている。本当に地上へ出られるかどうかはまだ判らないぞ」

 マイルはあまり期待を抱かない方がいいと言ったがコアは何とかなるだろうと思い、気にしなかった。地上へ戻る術が見付かったようだったので、コアは建造物の入口と思しきものがあったことを説明して中へ入ってみようと提案する。バルバラが反対したがコアが押し切り、一行は地下空間に存在していた建造物の調査をすることにした。松明を持っているコアとマイルを先頭に、一行は建造物の内部に侵入する。だが謎の建物の内部には、ただ広い空間があるだけであった。遺跡と言うには人間が生活していたような跡もなく、避難所といった造りである。

「何だ、何もないのか」

 期待を抱いていただけにコアはがっかりした。だがその直後、何かを踏んだような気がしてコアは足を退ける。コアが踏みつけていた辺りをマイルが照らすと、床には人骨があった。

「何か抱えてるな」

 埃の積もった床に手を伸ばしたコアは人骨が抱くように持っている袋を取り上げた。袋を引き抜かれた衝撃で人骨は崩れ、コアが手にした袋の底は抜け落ちて箱が零れ落ちる。袋を手放したコアが箱を開けてみると、中には一冊の本が入っていた。慎重に本を開いて見ると読めない文字が羅列していたので、コアはクロムに手渡す。

「暗くて見えづらいです」

 松明の炎に照らし出されたクロムが目を瞬かせたのでコアは苦笑を浮かべた。

「そりゃそうだ。じゃあ、とりあえず出ようぜ」

 コアの一声により建造物を後にした一行はマイルが発見した階段へと向かった。松明をかざして見ると確かにその場所には階段があったのだが、上方からの光が届いていない。すでに足場がしっかりしていることは分かっていたので、コアは迷わず階段を上りだした。

 明かりが松明しかないので詳細は分からないが、階段は石を積んでつくられたもののようであった。木材のように腐っている場所を踏み抜いてしまう心配もないのでコアはどんどん歩を進める。そうしてかなりの段を上ったところで、一行は行き止まりに辿り着いた。松明をリリィに預けたコアは頭上を塞いでいるものに手を伸ばす。持ち上げようとしてみたが一人では無理なようだったので、コアはマイルに声をかけた。すると松明をクロムに渡したリリィとバルバラも、コアとマイルより一段下がったところに並ぶ。そうしてクロムを除く全員で押し上げると、天井が持ち上がった。

「左に投げるぞ。せーの!」

 コアの掛け声を合図に、押し上げたものを投げ捨てる。四角く切り取られた空間から外へ出てみると、そこには荒涼とした夜の景色が広がっていた。

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