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第十章 箱艇の番人(10)

 砂漠に突如として出現したすり鉢の底には広大な地下空間が広がっていた。先に流れ落ちた砂が落下の衝撃を和らげてくれたため死傷者は少なく、地下に落ちた者は大半が無事であった。リリィ、マイル、クロムが大した怪我もなく生存していることを確認したコアは同じ穴の狢となったラマダラ族の者達を振り返る。バルバラも例に漏れず落ちており、彼女は生き残った者達をまとめていた。

「なんだか妙なことになったな」

 コアが気軽に声をかけるとバルバラは落ちていた剣を拾って突き出した。バルバラに挑戦的なまなざしを向けられたコアは半眼になって笑みを浮かべる。

「それはあんまり利口じゃねーな」

「黙れ。貴様らを始末した後、出口を探せばいいだけだ」

 言葉を終えると同時にバルバラはコアに斬りかかった。コアは右手をかざして剣を受け止め、バルバラの剣を奪ってから蹴りを入れる。コアの蹴りを食らったバルバラは後方へ吹き飛び、倒れたきり動かなくなった。バルバラがやられたことにより色めきだったラマダラ族の戦士達が一様に剣を抜く。コアは頭を掻きながらため息をついた。

「ったく、どいつもこいつも利口じゃねーな」

 コアはいったん後方へ下がり、リリィとマイルに応戦を伝えた。地下空間の足場は砂ではなく安定しているので、コアは頭数の差は問題にならないと踏んだのである。

「やっぱり、足場は安定してた方がいいよな」

 リリィとマイルに不敵に笑って見せた後、コアは地を蹴った。数人を相手にしても力の差は歴然としていたので、コアは主にクロムを庇いながら敵を倒していく。剣だけでなく飛苦無などの暗器も駆使し、コアは次々に敵兵の命を奪っていった。

 周囲にいた敵を片付けたコアは一息つき、リリィの様子を窺った。リリィの背後に回り込んでいる敵がいたので、コアはリリィが対峙していた相手を背後から殺めると同時に声を張る。

「後ろだ!」

 コアの声に反応したリリィは流れるような身のこなしで振り返り、背後から斬りつけようとしていた敵兵の胸に剣を突き立てた。刃を縦にした状態で剣を使ったリリィはその後、逆手に持ち直して敵兵の胸を切り開くように剣を引き抜く。リリィが見せた一連の動きは確実に相手を殺すためにコアが教えたものであり、喉まで切り開かれた敵兵は絶命した。リリィと対峙していた敵が倒れるまで見届けてから、コアは新たな敵へと向かっていく。リリィの太刀筋には迷いがなく、いい動きであった。

 平素は自ら戦おうとはしないマイルも善戦し、百人はいたであろうラマダラ族の戦士達は殲滅された。後顧の憂いを残さないために逃げ出そうとした者までも殺し尽くしたところでコアは息をつく。

「さすがにキツイな」

「まさか百人斬りを目の当たりにすることになるとはな」

 マイルは息を切らせていたが、それでも嫌味のように零す。コアは苦笑し、袖口で顔に付着した血液を拭ってから剣を放った。

「お前も、よくやったな」

 コアが声をかけると立ち尽くしていたリリィは大きく体を震わせる。怪訝に思ったコアが顔を覗き込むと、リリィは泣いていた。驚いたコアが目を見開くとリリィは顔を背け、そのまま離れた場所へ移動して膝をつく。苦しそうに肩を震わせているリリィは吐いているようであり、コアは真顔に戻って歩き出した。この空間には一行の他に一人だけ、まだ生きている者がいるのである。

「おい、起きろ」

 気絶しているバルバラの体を持ち上げ、コアは露わになった顔を軽く叩いた。バルバラの顔は苦痛に歪み、やがて意識を取り戻した彼女はコアの手を払い除ける。コアとの距離に気を配りながらも周囲の状況を確認したバルバラは目を剥いた。

「これは……」

「全員死んでるぜ。生きてる奴は一人もいない」

 瞠目していたバルバラはコアが声を発したのでそちら睨み見る。だが返り血に染まったコアの姿は禍々しく、バルバラは怯んで後ずさった。しかしコアは後退を許さず、バルバラの胸倉を掴んで留める。

「馬鹿な指揮官が判断を誤ったから、こいつらは死んだんだ」

 バルバラはとっさにコアから目を逸らした。その態度は自身の罪を認めるのも同じであり、コアはさらに罵る言葉を続ける。

「死ななくてもいい奴がこれだけ命を落としたんだ。この責任はどうやってとるつもりだ?」

「何を言っている! 殺したのは貴様らだろうが!!」

 窮地に陥ったバルバラは全ての責任をコアに転嫁した。コアはつまらなく思い、バルバラから手を離す。

「お前こそ何言ってやがる。俺はちゃんと協力しようぜって申し出ただろうが。お前がそれを無視したからこんなことになったんじゃねーか」

 コアは蔑む目でバルバラを見た。コアに見下されたバルバラは拳を握り、肩を怒らせる。バルバラの態度は憐憫を誘うものではなかったのでコアは小さく息を吐いてから踵を返した。

「お前、大将の器じゃねーよ。女であることを除いても、な」

 侮蔑に耐え切れなくなったバルバラは面目も気にせず、背を向けたコアに殴りかかった。だがコアはあっさり身を躱し、勢い余ったバルバラは地に倒れ伏す。無様なバルバラの姿を見下ろしたコアは頭を掻いてため息をついた。

「お前さ、独り善がりなんだよ。分相応ってもんを考えた方がいいぜ」

「……貴様に私の何が分かる」

 バルバラは伏したまま呻き声のような言葉を搾り出した。コアは軽く肩を竦めて苦笑する。

「事情を知らないんだから分かるわけがないだろ?」

「ならば知った風な口を利くな!!」

 勢いよく上体を起こしたバルバラの顔は怒りに支配されていた。だがコアは怒声を物ともせず、話を進める。

「粋がるのもいいけどな。お前、この状態で一人にされて平気なのか?」

「馬鹿にするな!!」

「馬鹿にしたつもりはねーよ。ただ俺達は今、訳の分からない状態になってる。この窮地を脱するためには協力するに越したことはないんじゃねーかって話をしてるだけだ」

「協力、だと?」

 眉根を寄せたバルバラはこの期に及んでか、と言う。コアは至極真面目に頷いて見せた。

「一生こんな所にいる訳にはいかないだろ? お前がどうしても俺達と行動したくないって言うなら俺達で勝手にやるけどな」

 コアの言葉が最後通告であることはバルバラにも伝わったようであった。バルバラはしばらく考えこんでいたが背に腹は変えられないと思ったのか渋々ながら頷いて見せる。バルバラの意を受けたコアは同行者達の元へ戻った。

「落ち着いたか?」

 リリィが佇んでいるのを認めたコアは何気なく声をかける。リリィは頷いたまま俯き、その様子を見たバルバラが眉根を寄せた。

「怪我人か?」

「いや。人間を殺したのが初めてでちょっと取り乱しちまっただけだ」

 コアが答えるとバルバラは蔑みのまなざしをリリィへ向けた。

「戦場で敵を殺すのは当たり前のことだ。貴様のような者がいるから女は馬鹿にされるのだ」

「……お前も女じゃねーか」

「黙れ!」

 囁きを聞きつけたバルバラは鬼のような形相でコアを振り返る。コアは軽く受け流して視線を泳がせたがマイルが険しい表情で容喙した。

「さっきの科白をそのまま返させてもらおう。お前に彼女の何が分かる? 知った風な口を利くな!」

 マイルから思わぬ反撃を食らったバルバラは瞠目した。バルバラが言い返せず怒りに体を震わせたのでコアは小さく吹き出す。

「何がおかしい!!」

「いや、別に?」

 再びバルバラに睨まれたコアは笑いを収めてそっぽを向いた。マイルがまだバルバラの態度に怒りを募らせていたので見兼ねたリリィが口を挟む。

「早く出口を探そう」

「だってさ。異論がある奴はいねーよな?」

 リリィから話を引き受けたコアが問うと口を開く者はいなかった。短い話し合いの結果とりあえず歩き回ってみるという結論に達したので、一行は各個人で散って地下空間を探索することとなった。

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