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第十章 箱艇の番人(4)

 ラマダラ族の少女に連れられて一行が訪れた部落にはフィベという部族の者達が住んでいた。フィベ族は外壁を巡らせた内部にレンガ造りの住居を営み、商売をして暮らしている。一行が厄介になっているボリスはフィベ族の長老であり、彼は毒抜きなどの医術に長けていた。砂漠の蛇(デザートスネーク)に咬まれたマイルの回復も順調であるが、彼はまだ起き出すことを許されていない。コアは横たわっているマイルが目を覚ましていることを確認し、枕元に腰を下ろした。

「すまない」

 まだ若干顔色の悪いマイルが苦々しく言ったのでコアは苦笑を浮かべた。

「ありゃ不運だ。気にすることねーよ」

 マイルを気遣ったわけではなく、コアは本気でそう思っていたので言葉に澱みがなかった。そのことを察したマイルは少し表情を崩し、それでもまだ慙愧を残しながら問いを口にする。

「これからどうするんだ?」

「ラマダラ族の連中が乗ってた動物、覚えてるか?」

 コアが問い返すとマイルは眉根を寄せながら頷いた。

「ラクダという動物だったな」

「ああ。砂漠には毒蛇の他にも危険な生物がいるらしいからな、安全に移動するためにはラクダに乗った方がいい」

 安全を確保することが最優先ではあるが、ラクダの足は砂に沈みにくい構造をしているため砂漠の移動にも適している。そうした情報をマイルに伝えた後、コアはすでにラクダを購入したことを明かした。

「二頭で百六十万ルーツ。高い買い物だったぜ」

「二頭?」

 金額については触れず、マイルは頭数のみを問題にした。買い物自体は必要経費として扱われたようだったのでコアは説明を続ける。

「気性が荒い動物でな、試しに乗ってみたんだが俺でも扱いが難しい。それに、砂漠を出たら役に立たないだろ」

「なるほど、それで二頭か。それで、もう一頭は誰が繰るんだ?」

「リリィにやらせてる」

「……そうか」

 マイルは複雑な胸中を思わせる呟きを零したが文句は言わなかった。まだマイルの体調が万全ではないのでコアは話を切り上げて立ち上がる。居間に戻るとボリスが帰宅したところだったので、コアは椅子に腰掛けた彼の傍に寄った。

「ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」

 コアが声をかけるとボリスは若干の険しさを滲ませながらも頷いて見せる。座るよう促されたのでコアはボリスと向き合う形で腰を落ち着けた。ボリスはフィベ族が置かれている状況や「神の艇」のことなど、砂漠の民に関する問いには口を噤む。だがそれ以外のことは答えてくれるので、コアはボリスの顔色を窺いながら口火を切った。

「最近、俺たちと同じ目的でこの地を訪れた者がいたんだろう?」

 一行が砂漠へ来た目的を明らかにした時、ボリスは『あなた方も』という表現を使っていた。ならば自分たちよりも先に訪れた者がどうなったのか、コアは知りたかったのである。コアの問いは「神の艇」に抵触する話題なのでボリスはしばらく考えているような様子を見せていたが、やがて口を開いた。

「神の艇の調査をしているという男が一人、訪れた。彼は我々の制止も聞かず砂漠に侵入し、バルバラに捕らえられて追い出されたという話だ」

 ボリスの話を聞いたコアは薄々感じていた事柄が相違ないことを確信した。一行より以前に砂漠を訪れた男とは、十中八九カランの町で幽閉されていた青年と同一人物である。

(砂漠から追い出されて家に帰れば捕らわれる、か。ついてねーな)

 青年の情けない顔を思い返したコアは思わず苦笑を浮かべた。

 コアがカランで遭遇した青年は代々、箱艇を研究してきた一族の者であった。彼は偽りの聖女信仰に利用され、自宅に監禁されていたところをコアに救われたのである。青年を救う条件として、コアは二度と箱艇に近付くなと脅しをかけた。散々な目に遭った青年は金輪際箱艇には興味を示さないだろうと思い、コアは表情を改めてボリスを見据える。

「バルバラってのはどいつのことだ?」

「ラマダラ族のバルバラ、あなた方を私の家へ連れてきた者だ」

「……あの女か」

 反射的に殴られた頬をさすり、コアは苦く口元を歪めた。だがコアの独白を聞いたボリスは不思議そうに首を傾げる。

「ラマダラの兵に女は混じっていない。それに、バルバラはラマダラ酋長の嫡男だ。誰かと間違っているのではないか?」

 ボリスはバルバラの性別には微塵の疑いも抱いていない様子で、半ば断定的に言う。コアは口を開きかけたがすぐに思いとどまった。砂漠の民にどういった風習が根付いているか分からない以上、下手なことは言わない方が利口である。バルバラの話題から離れたコアは腕を組み、ボリスの話から分かったことを頭の中で整理した。

 まず、砂漠の民は異邦人の侵入を快く思っていない。そして砂の大地に踏み入った異邦人を追い出すのがラマダラ族の役割であるようだ。事前に得た情報によると砂漠の民は二部族に分かれて抗争を続けており、一方がオアシスに拠点を構えるラマダラ族、もう一方は西海の方に居を構えるグルタ族である。フィベ族の名が聞かれなかったのは、おそらく彼らが砂漠の民として扱われていないからであろう。そう考えればバルバラがフィベ族を蔑んだ態度をとっていることにも辻褄が合う。

(侵入者を拒むのは異邦人を近づけたくない何かがあるからだな)

 それは遺物の類ではないかと、コアは考えていた。グザグ砂漠には箱艇の出現情報もあるのでキールに関する情報があることはほぼ確実である。ならば引くわけにはいかないと決意を固め、コアは席を立った。

「参考になった。ありがとな」

 ボリスに礼を言い、コアはその足で外へ出る。まずはラクダを難なく扱えるようになることが砂漠の調査を行うための第一歩であった。







 ラクダを乗りこなせるようになれとコアに命じられたリリィは北方で馬に接した時と同じように、出来るだけ自分の乗るラクダと共に過ごすことにした。ラクダに騎乗すると馬よりも高所に持ち上げられるため、リリィはまだラクダの背に乗れずにいる。そのため(くつわ)を引き、リリィはラクダと共に砂の大地を歩いていた。

 ラクダと心を通わせるための散歩であったが砂の大地に不慣れなリリィは徐々に速度を落としていった。だがラクダは人間の様子には無頓着であり、リリィを追い越して進んで行く。しまいには引きずられる形になったリリィは悲鳴に近い声を上げた。

「待って、ちょっと待ってってば!」

 ラクダは頭に拘束具を装着しており、これはリリィの持つ縄に繋がっている。縄を引くとラクダの顔がこちらを向いたので、リリィは慌ててラクダの反対側へ回り込む。直後、先程までリリィがいた位置にラクダの唾が飛んだ。

「だっせぇ〜」

 リリィがラクダの扱いに四苦八苦していると、どこかから笑い声が聞こえてきた。明らかにからかう口調だったのでリリィはムッとし、声の主を探す。するとラクダが突然向きを変えて走り出し、リリィは再び引きずられながら砂の大地を走る羽目になった。

 砂は足元が不安定であり、砂漠を歩くことに慣れていないリリィは転んでしまった。リリィの手から縄が離れ、ラクダはどんどん先を行く。起き上がったリリィは砂を払う間も惜しみ、必死でラクダを追いかけた。

 リリィの手を離れたラクダは砂の大地に散在する奇岩の影に姿を消した。リリィもラクダの後を追い、奇岩の裏側を覗き込む。するとそこには黄土色のマントを纏った子供が二人と、大人しく地に伏せているラクダの姿があった。ラクダの縄は子供の一人がしっかりと握っている。そのことを確認したリリィはひとまず安堵し、それからわずかに怒りを滲ませながら子供達の傍へ寄った。

「さっき、ださいって言ったでしょ?」

 子供達にとってリリィの怒りは笑いの種でしかないらしく、彼らは顔を見合わせてからケラケラと笑い出した。他人を小馬鹿にするような子供達の笑い方が癪に障り、リリィは憤慨して縄をひったくる。

「捕まえてくれてどうもありがとう」

 形式ばった礼を刺々しく言い置き、リリィは縄を引っ張る。だがラクダはびくともせず、子供達に背を撫でられてくつろいでいた。

「ねえちゃん、ラクダのあつかい方がちっとも分かってないね」

「そんなんじゃラクダがカワイソウだよ。僕たちが乗り方を教えてあげようか?」

 子供達はニヤニヤ笑いながらリリィを挑発する。だがリリィは立腹も忘れて思わぬ申し出に瞠目した。

「本当? 教えてくれるの?」

 子供達にとっては軽口のつもりでも、リリィにとっては願ってもない機会であった。先程まで怒っていたリリィが急に態度を改めたことで子供達も毒気を抜かれたようにぽかんと口を開けている。相手が誰であろうと頼みごとをする時には下手に出ることが礼儀だと思い、リリィは子供達に向かって頭を下げた。

「お願い。教えてください」

 子供達はしばらく黙っていたがリリィの必死さが通じたのか、やがて彼らは仕方ないといった風に頷いて見せた。

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