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第十章 箱艇の番人(2)

 グザグ砂漠に侵入した一行は乾燥した気候と灼熱の太陽、そして足を捕らわれる砂と格闘しながら進んでいた。事前に得た情報によると砂漠の民には二つの部族があり、一行は内陸側に近い場所にあるというラマダラ族の部落を目指している。だが見渡す限り岩と砂ばかりであり、目指すオアシスの姿はまだ見えなかった。

「それにしても熱いな」

 滴る汗を拭いながら、コアは思わず独白を零した。だが誰からも反応がなく、コアは振り返って同行者たちの様子を確認する。いつの間にかコア一人が先行する形になっており、リリィ、マイル、クロムの姿が小さくなっていたのでコアは歩みを止めて追いついてくるのを待った。しばらくすると疲労に顔を歪めた三人が傍へ来たのでコアは呆れながら口を開く。

「おいおい、しっかりしてくれよ」

 コアには軽口を叩く余裕があるが他の三人には口を開く気力さえない様子であった。仕方なく小休止を告げ、コアはちょうど屋根のような形になっている奇岩の下へ移動する。ぐったりしていた三人は日陰に入ると思い思いに砂を払い始めたのでコアはリリィに声をかけた。

「アレ、外していいぞ」

 コアの意を受けたリリィは急いで袖をまくりあげる。注意を払う様子もなく篭手(こて)を外すリリィは必死の形相をしており、コアは苦言を呈することなく砂の上に座りこんだ。

「何か、コツでもあるのか?」

 荒い呼吸をしながら問いかけるマイルはコアだけが難なく砂の上を歩けることを不思議に思っているようだった。コアは眉根を寄せ、自分だけが楽に移動出来る理由に思いを巡らせてみる。だがコツというよりは体が勝手に順応している風であり、うまい説明が考えつかなかったコアは肩を竦めた。

「お前らも慣れればうまく歩けるんじゃねーの?」

「……慣れ、か」

 弱り果てたように呟き、マイルはそれきり沈黙する。水分補給は控えめにすることを言い置き、コアは偵察へ出かけた。

 砂漠のあちこちに転がっている岩に登り、コアは手で目元に日陰をつくってから周囲を見回した。赤茶けた大地は岩と砂ばかりが何処までも続いている。目指すオアシスまであとどれほどの道のりであるのか、現在地からでは計りようもなかった。

(こんな場所にも人間が住んでるんだもんな)

 人間の環境に適応する能力は大したものだと、コアは思わず関心してみる。だが過酷な環境では豊かな地よりも争いが起こりやすいことも確かであった。

 砂漠に暮らす者達は遥か昔から争いを続けている。血で血を洗う抗争は歳月の経過とともに報復の連鎖となっていき、争う意味が薄れていくことも間々あるのだ。ましてグザグ砂漠では同じ地に暮らす者達だけで争っている。このままでは自滅の末路を辿ることはほぼ確実であり、だからこそ何処の国も傍観を決め込んでいるのである。

「もっと賢く生きられないもんかねぇ」

 岩の上で胡坐をかき、コアは不毛の大地へ向けて呟いた。だが自分の呟きにも大した興味が持てず、今度は息を吐いてみる。そろそろ戻るかと思い立ち上がった刹那、コアは視界の隅に何かの影を捉えた。

 コアは体ごと向きを変え、砂漠を行くものを凝視した。どうやら人間と動物の一団のようである。

隊商(キャラバン)か?)

 ある者は馬ではない動物に跨り、またある者は動物を引いて移動していたためコアはそう思った。だが荷を運んでいる気配はなく、一団からは警戒しているような空気が発せられていた。

 一団のある者が、不意に顔の向きを変えた。個人の顔形まで認識出来る距離ではなかったが指されたように思い、コアは岩から飛び降りる。コアはそのまま、岩陰を選んで走り出した。

「おい、逃げるぞ!」

 奇岩の影でくつろいでいたリリィ、マイル、クロムはコアの怒声に素早く反応した。一行はコアを先頭に走り出したが行く手には隠れられそうな岩もなく、すぐに発見されてしまった。一行を追っている者達は明らかな殺気を放っている。敵と認めたコアは剣を抜いて戦闘に備えたが、まずリリィが砂に足をとられた。続いてマイルまでもが転び、あっという間に追いつかれてしまった。さすがに分が悪いと思ったコアは剣を投げ捨てて両手を挙げる。

 一行に追いついた集団は誰もが手に武器を持ち、コブのある動物に跨っていた。長い睫毛が印象的な動物は初めて見るものであり、コアは物珍しく思いながら視線を注ぐ。一団は一行を取り囲む形で動きを止め、一人が動物の背から飛び降りて傍へ寄って来た。砂が入るのを防ぐためか全身を白いマントで覆い、頭に同色の布を巻いている者がコアに剣先を向ける。代表者としての扱いを受けていることにコアが苦笑していると、口元まで布で覆っている者はくぐもった声を発した。

「何者だ」

 顔も体型も隠れているので男か女かの区別はつかない。だが凛とした声音は若者を思わせ、コアは対峙している者が少年ではないかと見当をつけた。

「何者だと言われてもねえ。どう答えればいいんだ?」

 コアは軽い調子で少年に話しかけた。だが少年は何の感情も表さず淡々と応じる。

「砂漠の民ではないな。何処から来て何処へ行こうとしていた?」

 面白味のない少年の回答は実直な性質を表しているようであった。そういった性格をしている者は手玉にとりやすいため、コアはニヤリと笑う。

「何を笑っている?」

 少年が眉根を寄せた刹那、コアは腕を伸ばした。剣を握っている細い手首を容易く捕らえたコアはそのまま少年の腕をねじ上げる。体に触れてみると少年ではなく少女であることが判明したがコアは平然とした態度を崩さなかった。

「こっちが丸腰だと思って油断したな」

 少女の背後をとったコアは彼女を盾に一団を見渡した。一団にとって少女は捨て置いていい者ではないようで、コアの意を受けた一団はコブのある動物から下りてそれぞれに武器を放る。全員が両手を頭の後ろで組んだことを確認したコアはそちらに注意を払いながらも同行者たちに声をかけた。

「あいつらまとめて縛れ」

 コアの言葉に応じたマイルとリリィが荷物から縄を取り出して降伏の意思を示している一団へ向かう。捕らえている少女が抵抗を試みたのでコアは締め上げる手に力をこめた。

「動くと骨、折れるぜ?」

 脅す口ぶりでもなく、コアはただ事実を述べたまでであった。少女は苦悶に満ちた呻き声を零し、それから忌々しそうに言葉を紡ぐ。

「貴様、一体何者だ」

 少女の問いには答えず、コアはコブのある動物に視線を傾けた。砂の上であっても難なく動けるあの動物を奪えば移動が楽になりそうである。

「あの動物、何ていうんだ?」

 コアが手に力を込めながら問うと少女は低い声で「ラクダ」と答えた。その名称には聞き覚えがあったのでコアは納得して頷く。

「あれがラクダか。ってことは、お前さん達はラクダ騎兵ってやつか」

 ラクダ騎兵とは馬の代わりにラクダに騎乗して戦う者達である。砂漠での機動性が抜群であることくらいしか知識のなかったコアは改めてラクダを見た。ラクダの背は、おそらく馬よりも高いと思われる。だからラクダ騎兵の使う武器は細長い剣や槍なのかと、コアは砂の上に転がっている武器に目をやって得心する。

「グザグ砂漠ではラマダラ族とグルタ族が抗争を続けていると聞くが、お前さんたちはどっちだ?」

「……我らはラマダラの戦士だ」

「そりゃちょうどいい。オアシスに行くつもりだったんだ、案内してくれよ」

 少女が応じなかったのでコアは再び力をこめようとしたが、コアが行動に出る前に何かが倒れたような音がした。異音がした方向へ目を移すとマイルが倒れこんでいたので、コアは少女を捕まえたまま傍に寄る。マイルの足には何かが巻きついており、その正体を認めたコアは顔色を変えた。

「リリィ、殺せ!」

 コアの叫びを受けたリリィはすぐさま反応し、剣を抜く。コアは一瞬の躊躇いの末に少女を離さないことを選択したが、少女は鼻で笑った。

「あいつには毒がある。解毒しないと死ぬぞ」

 砂漠の蛇(デザートスネーク)はリリィに退治された。だが少女の言葉通り、苦悶に歪むマイルの顔色がどんどん変わって行く。

「この手を離せば、助けてやってもいい」

 少女の言葉は最終勧告であった。コアは仕方なく、少女の腕を捕らえていた手を離す。自由になった少女はコアに向き直り、拳を振り上げた。コアは少女の一撃を甘んじて食らい、よろめく。少女は冷徹なまなざしでコアを一瞥した後、仲間への指示に向かった。

 少女達が本当にマイルを助けてくれるかは未知数である。だが交換条件を無視するようであれば皆殺しにすればいいだけだと、コアは口内に溜まった血を吐き捨てる。

「……コア」

 リリィの控えめな声がしたのでコアは真顔に戻って顔を上げた。

「行くぞ。毒蛇がいるらしいからな、足元に気をつけろ」

 皮肉に口元を歪めたコアはリリィを促し、赤茶けた大地を歩き出した。

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