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第二章 六白の聖女(5)

 別れた場所に戻ってみると、そこにはすでにコアの姿があった。窓辺で煙管をくわえている姿に辟易し、リリィは煙が届かない場所へ避難をする。

「意外に早かったな」

 マイルが声を掛けるとコアは苦笑を浮かべた。

「あんまり長く居たい場所じゃないからな。お前らは何処に行ってたんだ?」

「白影の里だ」

「へえ。アイツは元気だったか?」

「ああ」

 二人の会話を聞きながらリリィはマイルを観察していた。しかしマイルの横顔は無表情であり何を考えているかは読み取ることが出来ない。

「特に有力な情報はなかった。それで、お前らを待ってる間に考えたんだが……」

 マイルの変化に気付いていないのかコアは触れずに地図を開く。リリィも深く考えるのは止めてマイルから視線を逸らした。

「左目は可能性としては捨てられないが行く方法がない。だから、とりあえず置いておくことにする」

「左目?」

 耳慣れない名称にリリィは眉をひそめる。コアが頷き、地図を右に九十度回転させた。

「何に見える?」

 大陸は全体的には丸みを帯びている。だが東の一部の地域は地図上では突起して見え、その部分を下方に置くとある形が浮かび上がってきた。あまり気持ちのいいものではなく、リリィは顔をしかめながら答える。

「……どくろ」

「そう見えるだろ。だから、この左の湖のことを髑髏の左目と言う」

 コアの説明に納得したリリィは地図から目を上げた。

「そこに何かあるの?」

「陸の孤島という島がある、はずだ」

「はず?」

「記録にそれらしい島の存在はあるんだが、この湖の周辺は常に深い霧に覆われていて調査船を出すことが出来ない。だから今は実在しているのか確かめる術がないんだ」

 人間が住んでいるとは思われないその場所には女がいるという噂がある。そう続けてからコアは陸の孤島の話を打ち切った。

大聖堂(ルシード)に報告が行くのには時間がかかる。とりあえず、身近な所から遺跡を巡りつつ目撃情報のある場所へ行ってみようと思うんだが、どうだ?」

 コアが視線を移したのでリリィも目で追う。注視されたマイルは真顔のまま口を開いた。

「そうなると、まずはレゾール遺跡か。未確認ではあるが、あそこにはラーミラさんが行っているらしい」

「……マジ?」

 コアが顔を引きつらせたのでリリィは首を傾げた。

「ラーミラさん?」

「大聖堂の言語学者さんだ。美人だぞ」

 マイルに納得のいく説明をもらったリリィは頷いたがコアは途端に慌て出した。

「そこは後回しにしよう! あいつがいるなら任しておけば大丈夫だ!」

 一息に言い切ったコアはその後の段取りまで駆け足で決め、出て行った。コアの言動を不可解に思い、リリィはマイルを振り返る。

「惚れられてるんだ」

「……そう」

 マイルの回答は興味薄なものであり、リリィは旅支度のため隣室へ戻った。


 その後もコアが戻って来なかったためマイルと二人で食事を済ませ、夜が更けてからリリィは宿の裏手に出た。見上げた空には星が瞬いており、リリィは荒野で教わったことを思い出しながら観察をした。

 何も遮る物がない荒野とは違い、木々や建物に遮られた空はよく見えない。だがそれは良いことなのだと、リリィはつくづく思っていた。

(あ……)

 見上げていた夜空に星が一つ、流れて消えた。

「星読みの勉強か?」

 背後からの声にリリィが振り返るとコアが佇んでいた。声を掛けられるまで気が付かないのは命取りなのだと、コアとの距離を計りつつリリィは思う。頷くリリィに、コアは熱心だなと言った。

「酒場?」

 逃げるようにいなくなってからコアは姿を見せなかったのでリリィは自然に連想したものを口にした。

「そ。でも飲んでないぜ」

 リリィの隣に立ち、コアは煙管に火を入れる。確かに酒の匂いはしなかったがそれ以上に煙が臭く、リリィは体を遠ざけた。

「大聖堂ってここから近いの?」

 ふと思いついた疑問を、リリィは何気なく口にした。コアは目だけを傾けリリィを見る。

「いや、近くはないと思うぜ」

「それなのに早かったのね。もっと時間がかかると思ってた」

「秘密の乗り物があるんだよ」

 意味ありげに笑って、しかしコアはそれ以上を語ろうとはしなかった。リリィも深く聞こうとは思わなかったので口を噤む。

 沈黙の中、しばらくはコアが煙を吐き出す微かな呼気だけが聞こえていた。マイルのことを聞きたいのかと思い、リリィは口火を切る。

緑青(ろくしょう)って人に会ったわ」

「……俺、何も言ってないぜ?」

「じゃあ、どうしてここにいるの? 部屋に戻ればいいじゃない」

「マイルがな、口うるさいんだよ。あんたの片割れと同じでな」

「片割れ?」

「俺に水ぶっかけた女がいただろ」

「ああ……」

 カレンの行動を根に持っているのかと、リリィはコアの様子を窺う。コアは決して目を合わせようとはせず、夜空を仰いでいた。

「……私、そろそろ寝るわ。明日も早いんでしょう?」

「ああ。太陽が昇ったら起こしに行くから、覚悟しとけ」

「その前には起きてるわ」

 挑戦的なコアの口調が癪に障ったので刺々しく吐き捨て、リリィはその場を後にした。







 翌朝、リリィは不機嫌であった。

「……何かしたのか?」

 見かねたマイルが声をかけてきたのでコアも不快な表情で答える。

「何もしてねえよ。朝起こしに行っただけだ」

 コアが起こしに行った時、リリィは熟睡していた。コアは予告通り叩き起こしたのだが、そのせいでリリィはヘソを曲げてしまったのである。

(ったく、ガキにも限度があるぜ)

 胸中で悪態をつきながらコアは深々とため息を吐いた。少し癇に障ったくらいでいちいちふてくされていてはたまらないとぼやくコアにマイルは平然と言い放つ。

「痴話喧嘩はよしてくれ。俺はお前の女房の面倒を看るために同行しているんじゃない」

「誰がだ!」

 平素と同じ軽い会話だが、その内側に隠されたぎこちなさに気付かないほどコアは鈍くはない。だがマイルが語る素振りもなく話を続けたのでコアも言及はしなかった。

「久々の大聖堂(ルシード)はどうだった?」

「腐った体制も能無しも相変わらずだ。連中の把握してる情報のほとんどが、過去赤月帝国から奪ったものと俺が報告したものだぜ」

「それは、さぞかし懐は暖かいんだろうな」

「そんなもん、貰った翌日には酒代に消えるっての」

「酒と女は身を滅ぼす。ほどほどにしておけ」

「……それはレゾール遺跡を飛ばして進もうとする俺に対するあてつけか?」

「非効率的だ」

 わざとらしくため息を吐くマイルにコアは苦笑する。ふと視線を移すと、一人で遥か先を歩いていたリリィが立ち止まって待っていた。

「どうした?」

 マイルが尋ねるとリリィはむすっとしたまま答えた。

「……道がわからないから先、行って」

 コアはマイルと顔を見合わせ、リリィに悟られないよう肩を竦めた。

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