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第九章 邂逅(3)

 イレースで馬を強奪した一行は夜通し北へ進み続けた。夜が明け、追尾がないことを確認するとコアが全員に下馬を命じたのでリリィは首を傾げながら地に足を着いた。コアは馬たちを元来た方角へ向け、鞘ごと外した剣で一頭ずつ尻を叩いていく。驚いた馬は前足を上げ、そのまま勢いよく走り出した。土煙をあげながら遠ざかって行く馬の姿を見送ってからリリィはコアを仰ぐ。

「大丈夫なの?」

「馬には帰巣本能ってのがあってよ。勝手に帰れるんだ」

「……そう」

 リリィが納得をしたことを見て取るとコアはマイルに視線を転じた。

「しばらく、フリングスから出ない方が良さそうだな」

 通常、追われているのであれば他国へ身を隠すことが望ましい。リリィもまたそう考えていたのでコアの発言は不可解なものであった。

「どうして? 早く出た方がいいんじゃないの?」

 リリィが疑問を口にするとコアはため息交じりに説明を始めた。

「宿の連中な、フリングスの軍隊だった。軍隊が出てくるってことは俺の素性がばれた可能性が高い。ってことは、当然関所の警備も厳しくなってるってことだ」

 フリングス領内へ侵入した時、一行はマイルが用意した偽造の通行許可証を使用した。だが大聖堂(ルシード)の間諜が侵入していると知れた現在、偽造の通行許可証では関所を通過出来ないであろう。そうなると強行突破か、もしくは関所を通らない道を選んで大聖堂領へ抜けなければならないが、どちらにせよ国境付近は厳重に警戒されているはずである。大聖堂領へ逃げ込む姿を見られたくないのだと、コアは言った。

「あんまり事を荒立てたくねーんだよな。フリングス国内も警備が厳しくなるだろうがほとぼりがさめるまで大人しくしてた方が利口だ」

「だがコア、潜伏しようにも金がない」

 マイルが容喙するとコアはあからさまに「しまった」という顔をした。手持ちがないという非常事態をすっかり失念していた様子のコアは眉根を寄せながら空を仰ぐ。

「そうだったな……金がねえんだよな」

 独白した後、コアは考えに沈んだ。コアはしばらく唸りながら頭をひねっていたが、やがて気乗り薄な表情で口火を切った。

「仕方ねえ。ラズル卿の世話になるか」

 コアの口から出た名に聞き覚えのなかったリリィは首を傾げ、マイルは眉根を寄せた。各々の反応を見たコアは苦笑し、無反応のクロムに問いかける。

「フリングスのラズル卿、お前は知ってるか?」

「名前を聞いたことがあるくらいです」

「そうか。じゃあ、簡単に説明すっから。ちゃんと聞いとけよ」

 主にリリィとクロムに向け、コアはそう言い置いてから説明を始めた。

「まずフリングスの体制からな。フリングスは王政だ。王様の命令は絶対で、王様が国を支配してる。んで、王様の下に貴族って奴がいる。こいつは二つ種類があって、王様の血縁とそうじゃない奴に分けられる」

 フリングスの貴族は王の血族であるか否かに関わらず「卿」と呼ばれる。一見すると平等のようだが王の血族であるか否かによって大きな差異があり、この両者は反目しあっているのである。

「ラズル卿はフリングス王の血族じゃない。だから領地もフリングス領の辺境なんだ。ビルよりもっと北にあるんだが……その辺はマイルも詳しそうだな?」

 コアに話を振られたマイルは眉間に皺を寄せたまま応じた。

「ラズル卿の領土までかなり距離があるぞ。歩いて行くのか?」

「歩いて行くしかねえな。ここから大聖堂領に戻るよりは近いだろ」

 マイルの疑問はすでにコアとラズル卿が知己であることを前提としている。そのためラズル卿の人となりなどには触れられずに話が進行したのでリリィは疑問を残したままであったが黙していた。

「こんな所で立ち話しててもしょうがねえ。とりあえず歩くぞ」

 コアが話を切って歩き出したのでリリィは隣に並んだ。リリィの行動を一瞥したコアは足を動かしながら尋ねる。

「何か訊きたいことでもあるのか?」

 リリィはコアに頷いて見せてから常々疑問に思っていたことを口にした。

「コアって何でそんなに色々知ってるの?」

「昔、傭兵やってたからな。これから会うラズル卿も傭兵やってた時に知り合ったんだ。いくらでも出すから配下になれってうるさくてよ、ほんとはあんまり会いたくないんだが背に腹はかえられないからな」

「へえ……」

 煩わしそうに顔をしかめたコアを、リリィはじっと見つめた。視線に気が付いたコアはリリィに顔を向け、さらに嫌そうな表情を作る。

「何だよ」

「百人を相手にしたって本当の話なの?」

「……百人?」

「百人斬りの悪鬼、だっけ? そう呼ばれてるんでしょう?」

 リリィが発した一言により、それまで怪訝そうに眉根を寄せていたコアは勢いよく後方のマイルを振り返った。話に耳を傾けていたらしいマイルはあらぬ方向へ顔を背けてコアの視線を受け流す。コアのあからさまな舌打ちを聞いたリリィは首を傾げながら言葉を次いだ。

「あんまり言いたくないことなら訊かないけど」

 リリィの方へ顔を戻したコアは大袈裟にため息をついてからぽつりと独白した。

「まあ、お前は大丈夫か」

「何が?」

「気にすんな。で、百人斬りが本当かって話だったか?」

 妙なはぐらかされ方をしたリリィは気持ちの悪さを残しながらも頷く。コアはもう一度息を吐いてから答えを口にした。

「昔はそんなこともやったな。あれはもう二度とやりたくねえ」

「……本当の話なんだ」

 嘘だと思っていた訳ではなかったが、本人の口から語られた虚実はリリィを震撼させた。途端にコアが怪物のように思えたリリィは反射的に身を引く。リリィの反応を見たコアは不機嫌そうな顔つきになった。

「自分から訊いたくせに引くんじゃねえよ」

「……コアって本当に人間?」

「アホなこと言ってんじゃねーよ。人間じゃなかったら体に傷なんかつくらなくて済むだろうが」

 呆れ顔で言った後、コアはむっつりと口を閉ざす。リリィはティレントの町で見たコアの体を思い浮かべ、それまで失念していた疑問を思い出した。

「あの武器……」

「……武器?」

 リリィが零した独白に反応したコアは背けていた顔を戻した。コアは不審そうに眉根を寄せていたがリリィは不躾に視線を走らせる。リリィにじろじろ見られたコアは気味悪そうにしながら身を引いた。

「だから、さっきから何なんだよ」

「ねえ、あの武器って全部持ってるの?」

 コアの機嫌には構わず、リリィは再び疑問をぶつけた。だがリリィの意図は伝わらなかったようでコアは首を捻る。見兼ねたマイルがリリィの言葉を補うように口を出した。

「暗器のことじゃないか?」

「ああ、そういうことか」

 マイルの一言により納得した様子のコアは呆れた表情をしながらリリィを見た。

「お前、暗器なんかに興味があるのか?」

「アンキって何?」

「……マイル、任せた」

 コアが説明を投げたのでリリィはマイルに視線を移した。マイルは仕方なさそうに息を吐いてから説明を開始する。

「暗器は隠し持つ小さな武器のことだ。(すずめ)が小さな武器を投げつけてきたことを覚えていないか?」

 雀はマイルと同郷の少女であり、彼女は大陸の西北に位置するビルという村の間者である。マイルが彼女についての話をしようとした時、雀はわざわざ刃に毒を塗った武器を投げつけてマイルの発言を制したのであった。それほど昔の話ではないのでよく覚えていたリリィは苦笑しながら頷く。マイルは表情を表さないまま淡々と説明を続けた。

「あれは飛苦無と呼ばれる暗器だ。暗器には飛苦無のように投げて使う物や手にしたまま使う物など様々な種類がある。使い手は主に間者だな」

 暗器については得心がいったリリィはマイルに頷いて見せてから改めてコアを見た。現在のコアはマントを纏っているが訓練の時は軽装である。だがコアが軽装である時ですら、リリィにはティレントの町で見た数々の武器が隠されているとは想像もつかなかった。

「どうやってしまってるの?」

「それを明かしたら暗器の意味がねえだろ。いいから、無駄口叩いてないで足を動かせ」

 コアは邪険にリリィの問いを躱して言葉を切った。もう答えてもらえる雰囲気ではなかったのでリリィも大人しく引き下がる。だが話が一段落したところで、それまで黙っていたクロムが口を挟んだ。

「そういえば、あの珍しい剣はどうしたんですか?」

 クロムの言う「珍しい剣」はティレントの町でコアを襲った青年が所持していた武器のことである。コアが持ち帰ってきた珍しい武器を目にしているのはリリィもマイルも同じであり、その場の視線はコアに集中した。コアは問いを発したクロムを振り返りながら話に応じる。

「あれは剣じゃねえ。刀だ」

 武器に詳しいのはコアくらいなものであり、コアの言葉を聞いても全員が首を傾げた。一様な反応を目にしたコアは苦笑いを浮かべながら剣と刀の違いについて簡単に説明を加える。刀は片刃の武器であり剣は両刃の刀であるというコアの言葉を聞き、リリィは自分の腰元に視線を注いだ。

「まあ、両刃片刃の区別なく大刀を剣って呼ぶ場合もあるけどな。ちなみに俺らが使ってんのは両刃の剣だ」

 リリィの動きを目敏く発見したコアは補足を加えた後、改めてクロムの疑問に答えた。

「あれな、処分してもらった。俺らが持ってても使いこなせないから意味がない」

「コアさんでも無理なんですか?」

「俺だって何でもかんでも出来る訳じゃないっつーの」

 コアは苦笑したがリリィもまたクロムと同じ心象を抱いていた。だが何でも出来てしまえばコアが本当に人間ではなくなってしまうと思い、リリィは自分のイメージに苦笑する。ちょうど話題に上っていたので、リリィは思考を切り替えるために褐色の肌をした青年の姿を思い浮かべた。

「あの人、何だったのかしら」

「何も吐かせられなかったからな。分かってんのは南方出身ってことくらいだ」

 南方には褐色の肌を持つ者が多く、刀も主に南方で好まれる武器である。そういったことを説明し、コアは今度こそ話を打ち切った。

「歓談はそろそろ止めにしようや。先は長いんだぜ」

 コアのこの言葉の意味を、後にリリィは嫌というほど思い知るのであった。

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