第五百四十五話 受け入れる心境 1
7452年9月25日
夕方。
デーバス王国親衛隊第四警備小隊が惨殺されている現場へ最初に辿り着いたのは、ミューネイル・サグアルが率いる第三警備小隊であった。
本来、彼らはこの街道とは別の、途中で東に分かれる街道を進んでいたのだが、そちらで神社の一行とぶつかっていた。
神社の一行は「闇精人族やそれらしい者とはすれ違っていない」と証言したため(部下達の手前、指揮官であるミュールの意に反して)ヴァルを追わざるを得なかったのである。
まず発見したのは最初に火の玉で斃された三人である。
彼らは乗騎ごと死んでいた。
――畜生、あのダークエルフの女、グリード侯爵の女房がここまで危ぇ奴だとは……くそぅ……。
こちらのルートが外れであってくれというミュールの願いも虚しく、高い確率で当たりそうであった。
「まだ息のある者がいないか探せ! 周辺警戒並びに偵察だ! それからこの三人の死因を調べろ!」
少しでも時間を稼ぐ為か、ミュールの言葉には仲間達の敵討ちをする、しなければという積極性が欠けている。
――こいつら三人共揃って結構な手練れ……。
ミュールの心には畏れにも似た感情が満ちていく。
不意打ちでも掛けられたのならまた少し話は変わるが、ここは視界の良い荒野のド真ん中。
不意打ちなど掛けるのも掛けられるのも不自然すぎる場所だ。
遠くから弓矢や攻撃魔術で狙われても回避する時間は充分にある筈である。
それが……あり得ないと言っても過言ではないだろう。
――それに、こちらの死体は適度に散らばっている。
その時、部下から「反撃を行った様子なし、また、全ての犠牲者は何らかの――恐らくは火の玉に相当又は類似する魔術攻撃によって斃されたと思われる」との報告が齎された。
――火の玉だと? あの弾頭は目立つし躱せないなんて、そんな馬鹿な!?
また報告とほぼ同時に周囲の偵察と監視に散らばせた部下から「一〇〇m弱先にも大量の遺体がある」との報告があった。
慌ててその現場まで向かう間にも二人の死体が転がっており、その少し先には見間違いようもない戦友達の遺体が累々と見るも無惨な様相を晒している。
「こ、これは……!?」
明らかに先程の火の玉で斃されていた現場とは違っている。
破裂し、飛び散った岩石が地表を削った跡がない。
その代わり、地表には細長い焦げ跡が残っている。
――なんだ? 何なんだ、一体!?
炎の壁。
一年か二年ほど前のいつだったか。
ベンケリシュの迷宮の第四層でレーンが使ったところを一度だけ見たことがある。
大量に魔力を必要とするので普通の魔術師であれば使えたところで一回が限度であろうという高等な魔術。
地面の一部が細長く焦げ付き、その部分の雑草が完全に燃えている事から見るに、炎の温度をかなり上げていた事もわかる。
――じょ、冗談じゃねぇ……! それに、これだけの人数を……。
たった一人でやったってのかよ……。
軍馬や騎士達が一〇名くらい倒れている。
中には暫く死にきれなかったのか、地面で藻掻いていた者も珍しくないようだ。
流石に体表面を焦げつかせる程のダメージは被っていないようだが、炎に長時間炙られたかのような大火傷を負っている者が多数いた。
――これは一体……? 炎の壁の温度を上げていたにしても……。
「隊長!」
部下の一人の呼び声にそちらへ向かうと、四人の騎士が転がっていた。
但し、そのうちの何人かは今までとは異なり刃物による傷が致命傷となっている。
一人で複数の騎士を相手取り、白兵戦で倒したとでも言うのだろうか?
――あ、あり得ん!
全員が無手ならまだ可能性はあるが、武器を装備していた以上、実力に余程の開きでもない限りはとてつもない幸運に恵まれでもしないと難しい。
又は、彼らが使用法を熟知していない武器――前世には刃がバネの力で飛ばせる特殊なナイフがあったという。
そういった知識にない代物ならば可能性はある、かもしれない……。
「ナバスカス十人長がいません!」
そう叫ぶ部下の声に焦りが含まれている。
ヴァルは元日本人の生まれ変わりという以外は特に特徴のない男で、どちらかというと矮人族という人種の体格もさることながら、成人してからも相当な期間、徴兵対象にもならずに農奴として過ごしていた事も相まって戦闘には不利な部分も多かった。
だが、彼はそういったハンディキャップを負いながらも、真面目に稽古に取り組み続けていたし、何より人柄も良かった。
上級親衛隊員という階級に胡座をかくこともなく、己よりも下級の者に対しても素直な様子で頭を下げ、教えを請う姿勢には誰もが好感を抱いていた。
決して付き合いが悪い訳でもないが「私には大切な妻子がおりますもので」と悪所にだけは付き合わなかった事についても、オースの人々はともかく、生まれ変わり達からは密かに認められていた。
――拐われたのか?
元日本人の生まれ変わりはそれだけで貴重な存在だ。
それは、同じ立場の者にしか理解され難いだろうが、逆に言えば同じ立場である生まれ変わりにとってみれば改めて言うまでもない事である。
残された遺体は損傷が激しい者が多い上、僅かに残った切り傷だけの者も相当前に事切れていたようで、全員が体温を残してはいなかった。
だが、戦闘の痕跡や移動の痕跡は発見できた。
最低でもあの女は一人でこれだけの騎士を殺害し、生まれ変わりであるヴァルデマール・ナバスカスを誘拐し、複数の軍馬を奪って逃亡した。
最悪の想像は――おそらくはこちらが本命ではあるが――あの女はこの場で味方に合流した。
そして、追ってきた第四警備小隊を殲滅してヴァルを連れ去った。
――第三警備小隊だけで追うには戦力不足か? だが、今追わないと……。
痕跡は消えてしまうだろう。
それはヴァルを拐われてしまう事はもとより、グリード侯爵に大義名分を追加してしまう事にもなる。
ミュールとしては心の底から行きたくはないが、多くの部下達に囲まれている以上、そうも言っていられない状況だ。
――ああクソ、クソったれが!
「レベラ。お前はボークスの第一小隊に報告に行き俺達の後を追わせろ。マッセンがヘリオサイド五百人長の第二小隊の方だ。それからジョイスは王子殿下に報告に行け。残りは全員で追うぞ!」
・・・・・・・・・
デーバス王国王都ランドグリーズ。
ゲグラン男爵邸。
「……げっ!」
「ヘックス!」
ヘクサー・バーンズがまた血を吐いた。
彼の意識は昼くらいに僅かに戻ったが、碌に話も出来ないまま再び昏睡状態に陥っていた。
それは彼の奴隷であるジャッキー・エルデナンも同様ではあったが、容態はジャックの方が少しだけマシなようだ。
魔力を回復させたレーンが治しても治しても二人の容態は一向に良くなったようには見えず、それどころか、腹はまるで腹水でも溜まっているように膨らみ、それ以外の部分も皮膚の下には何かの蟲でも這っているかのように時折蠕動している。
いや、事実、蟲が筋組織を食い荒らしているのだ。
そして、蟲が内臓だけを避ける訳がないという、絶望にも似た感情がこの場にいる全員を支配していた。
「心臓マッサージ!」
レーンティア・ゲグラン准爵の叫びに下男の奴隷が二人の心臓をリズミカルに押下する。
「ぐえっ!」
――これ、ヘクサーはもうだめかも……。
レーンは血を吐くヘクサーの顔を見下ろして眉根を寄せる。
その悲痛な表情は、部屋で働く奴隷たちの心をも悲しみに浸からせた。
彼らは全員、レーンがヘクサーに特別な感情を抱いている事を知っていたからだ。
勿論、“特別な感情”とは恋愛関係のそれではないが、彼らの間にはある種の紐帯感とでも言うべき強烈な仲間意識がある。
この男が死ぬ事はレーンティアお嬢様をどれほど悲しませるだろう。
奴隷達には敬愛するお嬢様の気持ちを思い遣ることしか出来ない己を恥じるばかりだが、お嬢様が命じる事は何でもやるつもりで傍に控える者もいた。
――小康状態にまで持ち直せば或いは、と思ったけど……。
実のところ、レーンの気持ちとしては確かに親しい間柄でもあるし、この二人には悪感情はない。
だが、あくまでも親しい(それも生前から考えればここ一〇年程度という短期間しか付き合いのない)友人止まりだ。
お互いに秘密を共有し合ってもいるので、本当に親しい間柄というのは嘘偽りのないところではあるが、親子兄弟程に親しいとまでは言えないし、ましてや恋心など一度として抱いた事もない。
駄目なものは駄目だし、助からないものは助からない。
だが、彼女の目から見てヘックスの兄であるジャックの方にはまだ助かる目がある。
――せめてこれ以上苦しまないようにしてあげるべきか……。
レーンは静かに覚悟を決め、目を閉じた。
そして部屋にいて彼らの看病をしている奴隷達を全員部屋の外へ下がらせた。
奴隷達にはレーンがヘックスの介錯をしようとしている事は、当然のように丸わかりである。
しかし、誰一人反対の声一つ上げないまま静かに部屋を出ていった。
『ヘックス。ごめんね』
ヘクサーのまだ残っている方の耳に口を近づけて語りかける。
意識があるのかないのか、ヘクサーは碌に反応しない。
続いてレーンはジャックの耳に口を近づけた。
『今この部屋には私達の他に誰もいないわ』
「……」
ジャックの方も碌に反応がない。
それは勿論、容態を考えれば当然とも言える。
レーンはそっとジャックの傷口に触れた。
「ぐ……」
改めて傷を刺激されたことで意識が戻ったのかもしれない。
『今この部屋には私達の他に誰もいないわ』
再び同じセリフをジャックに囁き、ジャックの持ち物である手帳を開くと慎重に中に綴じられている毛髪を中途半端に全て引き出して異様に毛の少ない刷毛状にして彼の手に触れさせた。
ジャックは目を開いてレーンの言葉が本当なのか確かめようとしたが、毒で腫れ上がった瞼が動くことはない。
「ぼ……ぐ……ああっ!」
ジャックが【変身】を使用したようだ。
ミチミチと筋肉が運動し、ゴキゴキと骨格が変わる。
その過程で、口や鼻、耳などの穴から多くの蟲が排出された。
しかし、皮膚の下に潜り込んでいた蟲の排出は無理なようで、ムニムニと激しく動いているものも多い。
もしもこの場にメスなどがあれば、ちょっと皮膚を切るだけで容易に取り除けるだろう。
暫くしてジャックの苦しみは多少マシなったようだ。
その証拠に筋肉や骨格が鳴らしていた音は止んでいる。
だが、本当に【変身】が効果を発揮したのだろうか?
レーンとしては、確かに少し背が伸び、骨格も良くなったかな?という気しかしない(顔は相変わらず腫れ上がったままなので)。
と、ジャックの体全体がごく僅かに青白く発光した。
恐らくは【超回復】を使用したのだ。
「おげっ!」
ゴカイのような蚯蚓に細かい足の生えた蟲が口から半分ほど飛び出した。
レーンは大きなピンセットのような道具を使って、優しく引っ張り出すと、ベッドの傍に置きっ放しだった板の上で蟲を潰した。
――ジャックの方がまだマシとは言え、助かる可能性は決して高くはないのよね……。
悲しそうな顔でレーンはまた小さなムカデのような蟲を引き抜いて潰した。
■コミカライズの連載が始まっています。
現在、Webコミックサイト「チャンピオンクロス」で現在第一六話まで公開されています(毎月第二木曜日に更新です)ので、是非ともお気に入り登録やいいねをお願いします。
私も含め、本作に携わって頂いておられる全員のモチベーションアップになるかと存じます。
■本作をカクヨムでも連載し始めました(当面は毎日連載です)。
「小説家になろう」版とは少し異なっていますので是非お読み頂けますと幸いです。
ついでに評価やご感想も頂けますと嬉しいです。




