第五百四十一話 物見遊山(偵察) 35
7452年9月25日
ミヅチの脳内には少し前にアルが急加速を始めたことが伝わってきた。
夫までの距離はまだ五㎞もあったが、これだけ近くなってから急速に移動し(先程デーバスの追撃部隊に捕捉された直後に走っている)、次いで足を止めた事である程度の事情が伝わったと見て良いだろう。
相手は全員が騎乗していたようだし、ミヅチの魔法の特殊技能レベルだと土や氷で埋めるのは大半に躱されてしまうであろう事からすぐに諦めた。
火の玉の魔術で三人無力化出来た事で満足しておくしかないだろう。
――さて。
ミヅチとしても今は危地を脱するために頭を絞らねばならないところだったが、このような場合について全く想定していなかった訳では無い。
想定通りの手順で抵抗――今回は数分でアルが駆けつけて来れそうな近距離のため、この場からの離脱よりは出来るだけ長時間粘る方が良いだろう。
勿論、逃げられるなら逃げるが、相手は複数な上に騎乗している。
それこそ瞬間移動でも出来ない限り逃走は不可能だと思われる。
――それにしても……。
隠れる物すら碌にない荒野というのが辛いところだ。
流石に馬上から撃てる程の弓の達人などそう多くはなかろうが、全くいないとも限らない。
この場に味方がおらず、自分一人しかいないミヅチにとって飛び道具だけは本当に厄介なのだ。
ましてミヅチは身を守る装甲も、盾も持っていなかった。
かと言って土壁などを作って防御にするとそのせいで身動きが……。
――取れなくなるかも……岩ならいいか。
一方向からの盾にしかならないがそれでも有ると無いのとでは大違いである。
すぐに地魔法を使って高さ二・五m、縦横一m程の大理石を作成した。
形状から言ってほぼ石柱であるが、これなら騎馬ごと体当たりしても倒せないだろう。
しかし、これだけで保有魔力の四割を費やしてしまった。
とは言え、相手にミヅチ並みかそれ以上の魔術師でもいない限りは、まず破壊が覚束ない盾が作れたのは大きい。
ついでに目立つので遠くから視認もしやすいから駆けつけてくる夫に対しても良い目印となる筈だ。
散開しつつ近づいてくるデーバスの追手らしい部隊のうち、飛び道具を持っていそうなのは……。
――五人か。
あくまでも確認できた範囲の人数なのでもっと居るかも知れないが、今は飛び道具の頭数を減らしておくのが先決だ。
流石に視認性の高いフレイムやファイヤー系の弾頭はやめておいた方が良いだろう。
誘導を付加して放つつもりであるし、騎乗しているから躱したり盾で受けたりするのは余程の手練でもない限り困難だが、余程の手練が混ざっていると想定しておくべきだった。
「……っ!」
ぶっちゃけた話、襲歩で疾走している以上、攻撃魔術によるダメージで仕留める必要はない。
落馬する、させるだけで死ぬだろうし、そうでなくとも戦闘力は奪える。
ストーンボルトミサイルを放つ。
魔力で形成された石の太矢はミヅチの狙い通り、一番端を走っていた右手にクロスボウを持っていた騎兵の首を真横から貫いて落馬させた。
落ち方からして首の骨を折って即死だろう。
因みに電撃のように一瞬にして目標まで到達する攻撃魔術を選択しなかったのは、相手が騎乗しているからだ。
連鎖電撃であれば騎手の前に邪魔となっている馬の首に命中しても貫通して騎手に到達できるが、電撃の魔術は貫通しないのだ。
従って、馬の首が邪魔となって狙いにくい電撃の魔術よりも、より魔力消費が少ない誘導付き石の太矢を選択したのである。
「一つ……っ!」
もう一発。
今倒した騎兵から二人ほど内側を走っていた騎兵が次の獲物だ。
「っ!」
そいつも死んだと思われる。
「二つ……流石に限界か」
そう言いながらミヅチは魔法の曲刀を抜いた。
あとは、如何に攻撃魔術を放つ隙を作り出せるかにかかっているが、騎兵は一五人も残っている。
・・・・・・・・・
「くそったれがっ!」
ターゲットを囲もうと接近するまでに追加で二人も斃されてしまった事に気が付いてヴァルは悪態を吐いた。
最初の火の玉からしてとんでもない手練なのは間違いない。
なんだかよくわからない石柱らしき物を出し、なんだかよくわからない魔術でも使ったのか、更に二人もやられてしまった。
あっという間に五人――実に二五%もの戦力ダウンだ。
これが数百人もの大部隊であれば退却しても責める者はいないだろう。
――このまま……。
当初の作戦に準じても良いものだろうか?
横一列になるように散っていく部下達を見回す余裕もなく、ヴァルは歯噛みをする。
――部下っつっても経験から能力から奴らの方が俺なんかよりずっと上なんだがな。
肝心の指揮能力や個人での戦闘力においても選りすぐられた親衛隊員に敵うところなどヴァルには一つもないだろう。
当たり前だ。
王子達に拾われるまで、ヴァルは単なる農奴にしか過ぎなかったのだから。
が、それを理解した上でヴァルは藻掻いて来た。
家族のため、掬い上げてくれた仲間達に恥をかかせないためにと必死に藻掻いて来たのだ。
そんなヴァルを見ていた親衛隊員達には、自ら進んでヴァルの配下にと願う者だって少なくはなかった。
手柄が欲しいのは確かに個人の欲望もある。
だが、決してそれだけではないのもまた確かであった。
しかし……。
「「おわぁっ!?」」
ヴァルから見て右手の方に、いきなり火の手が上がった。
当然ミヅチが放った炎の壁の魔術である。
しかも魔力を余計に注ぎ込んで炎の温度を上げていた。
そこに突っ込んでしまった者達は驚いて棹立ちになるように止まってしまった軍馬から投げ出されて落馬してしまう者が数名もいた(当然、襲歩中の馬はすぐには止まれない)し、そうならない優秀な軍馬に乗っていて炎の壁を突っ切った者も文字通り鬣や尻尾に火が燃え移ってしまったために、制御が出来なくなる前にそれを消して落ち着かせようと馬から降りざるを得なかった。
尤も本人も衣類や髪に火が点いてしまっているので馬よりもまず我が身の炎を何とかすべく荒野に転がるしかなかったのだが。
お陰でミヅチの魔力は残り五〇を切ってしまったが、戦果としては上等だろう。
そうして稼いだ貴重な時間を無駄にするミヅチではない。
軽くジャンプをして石柱の上に手を掛けると一瞬にして石柱に乗ってしまった。
そして、目にも止まらぬほどの早業で右の袖口から取り出した苦無手裏剣を左手で投げつける。
手裏剣は見事にミヅチを石柱から落とそうと槍を上段に構えたたま近寄ってきた騎兵の胸に突き刺さって落馬せしめた。
直後にミヅチは右手に魔法の曲刀を握ったまま拳を突き出すと、別の方向から近寄ってきた騎兵に電撃を放った。
地上から二・五mもの足場に立ったことに加え、上手い具合にバラけてくれたことでこちらに腹を見せていた騎兵なら問題なく撃ち抜けるからだ。
目標となった騎兵は「ぎゃっ」と短い悲鳴を残しただけで筋肉が硬直して落馬した。
受け身も取れずにいたのできっと死んでいることだろう。
その様子を見たヴァルは、目を見開いて大量の冷や汗で背中を濡らした。
「あ、熱いっ、た、助けて!」
炎に巻かれた騎兵が地上でのたうっている。
「「ぎゃああっ!」」
「助けて、助けてくださいナバスカス隊長!」
「隊長! ナバスカス隊長! 助けてください、火が……!」
彼らが騎乗していた馬も体に火が点いてしまった事でその場で飛び跳ねたりして暴れている。
誰かを踏みつけないか心配だが、今はそのようなことを心配している場合ではないだろう。
「くっ、クラウン……!」
――気の毒だが俺にも、そしてお前にも今この場で火を消すことは出来ん。だが、無駄死にではないぞ、お前が、お前達が奴の魔力を消費させてくれたお陰で……。
ヴァルは苦しむ部下達から無理矢理に目を切ると石柱の上に立つミヅチを睨んだ。
「全員下馬! 白兵戦で仕留めるぞ!」
かなりの量の魔力を消費させたと思われるが、まだ魔力は残っているかも知れない。
あの炎の壁の魔術は速度に物を言わせて突撃する騎兵とは非常に相性の悪い魔術だ。
これ以上、何も出来ないまま部下達を失う訳には行かなかったし、剣を抜いてはいるものの白兵戦技は……先程の石柱に乗った際の動き……体術に比例して戦技もかなりのものであると覚悟しておいた方が良いが、こちらは未だ複数人且つ長柄の武器もある。
たとえ親衛隊の剣術指南役のザンバ・ボークスでもリーチの短い剣一本で複数相手は無理なのだ。
――まだ充分に勝てる。
配下の騎兵達もヴァルの判断を是としたのか、全員がすぐに馬から降りた。
馬に火を点けられた者で、まだ戦える者も、剣を、槍を執って駆け寄ってくる。
その間にミヅチは石柱の陰に隠れるように飛び降りた。
投げナイフも、魔力も切らしたという証拠だろう。
――残りは俺を入れて五人か。ふん、上等だよ、この野、女郎!
「広がれ! 等間隔で追い詰めるぞ!」
「「はいっ!」」
応える騎兵達もまだ意気は挫けていないようだ。
そして、そのうちの二人は巻き上がったままのクロスボウを構えている。
既に必中距離とも言えるほどに間合いは狭まっているが、万が一外してしまったらクロスボウに二の矢はない。
慎重になっているのだろう。
ヴァルにはその慎重さが頼もしく感じられた。
「じわじわでいい。半包囲してゆっくり始末するんだ!」
敢えて相手にも聞こえるほど大きな声で言っているのはプレッシャーを与えるためでもある。
焦れて石柱から飛び出してくればしめたもの、二丁のクロスボウと自分を入れて三人の攻撃で問題なく斃してしまえる。
じわじわと躙るように間隔を空け、石柱へと接近していく。
あと一〇m……九m……八m。
五人はまだ半円形にっていないがそれぞれ四m以上も間隔を空けている。
たとえもう一度火の玉を使われて、誰かに命中したとしても被害はその一人だけで済むであろう距離だ。
尤も、弾頭威力が標準的な火の玉の魔術ならばだが、大量に魔力が残っていたのなら有利な石柱から自ら降りることは考え難い。
七m……六m……五m。
一度は広がった間隔は今度は少し狭まっている。
そして、もうそろそろ完全な半包囲、と言っても石柱の陰に隠れているので左からヴァルを入れて三人、右から二人という形だ。
ついでに、あと少しで先頭を進む奴が石柱の向こう側を覗ける位置に達する。
――フフ。もう逃げ場はないぞ。
ヴァルは昏い顔で嗤った。
■コミカライズの連載が始まっています。
現在、Webコミックサイト「チャンピオンクロス」で現在第一五話まで公開されています(毎月第二木曜日に更新です)ので、是非ともお気に入り登録やいいねをお願いします。
私も含め、本作に携わって頂いておられる全員のモチベーションアップになるかと存じます。
■本作をカクヨムでも連載し始めました(当面は毎日連載です)。
「小説家になろう」版とは少し異なっていますので是非お読み頂けますと幸いです。
ついでに評価やご感想も頂けますと嬉しいです。
■また、コミックス2巻が発売されました。
連載の継続には皆様のご協力が不可欠です!
全国の書店や大手通販サイトでお取り扱いされておりますので、この機会にご購入及び第2巻のご予約をいただけますと関係者一同凄く温かい気持ちになれますのでどうかご購入の程、宜しくお願いいたします。




