第五百四十話 物見遊山(偵察) 34
7452年9月25日
朝。
お日様はとっくに登っており、昨夜から出ていた雲はまだ一部残っているものの“晴れ”と表現しても良い天候だった。
そのような中、ランドグリーズからランドバーゲルまで向かう街道に二〇騎程の騎馬隊が歩を進めている。
ヴァルデマール・ナバスカスが指揮を執るデーバス王国親衛隊の第四警備小隊だ。
尤も、小隊員は全員正規の騎士であり、長距離の騎乗には慣れている。
が……。
「はぁ~っ、はぁ~っ……」
騎士達は全員、深い疲労の色を滲ませていたし、乗騎の足取りも重いようだ。
――流石にもう限界か……。
ヴァルとしては意外さを禁じ得ないものの、ここらで大休止を挟まねば以降の行動に支障を来たしてしまうと考えた。
それにしても、ターゲットのダークエルフには追いついていない。
ここまで慎重に移動してきており、やり過ごされたという可能性は低いと思われた。
――だとするとこっちはハズレだったのか……?
ヴァルの心に苦いものが満ちていく。
手柄を立てたい。
そして、出世がしたい。
ヴァルとしては今の給金に大きな不満はない。
だが、せめて身分を自由民から平民にランクアップさせたい。
やはり平民と自由民とでは各種の制限や行動範囲、その他財産の相続を始め出来る事に天地の差ほどの開きがあるのだ。
アレクやセルなど上級貴族の転生者も、別にヴァルの希望を無視している訳ではない。
デーバス王国という組織は出自や家柄に重きを置かれることが多い文化だが、個人の才能や実績を完全に無視するという事もないのだ。
尤も、出自や家柄を重視されがちな気風からか、平民家や貴族家を新たに興すというのはそう簡単な事ではない。
それなりの“手柄”がない限り、たとえ王子様の言だとしてもホイホイと新たな家を興すという事などそうそう許される事ではないのだ。
しかし、それなりの“手柄”があればそのハードルを下げられるのもまた事実であった。
――手柄さえ、手柄さえ立てられれば……こっちのもんだってのに。
などと、どこぞの新兵のような事を考えながらヴァルは副官に大休止の相談をした。
その結果、この付近には馬を停めて休めそうな場所はないが、もう少し進めば広い草原に出るし、そこには街道から数分歩くだけの場所に川も流れているはずだという事がわかった。
「ようし、皆! もう少し進んで広いところに出たら大休止する!」
ヴァルの声に小隊員達は多少元気を取り戻したようだ。
・・・・・・・・・
――暑くなりそうかな?
てくてくと街道を歩きながらミヅチは天を仰いだ。
転移させられてから一度だけ食事を摂ったのみで、ミヅチは一睡もせずに歩き続けていた。
勿論、適宜休息は摂っているが、【赤外線視力】や、もっときつい行軍訓練を経験していた事もあって、その移動速度は驚異的ですらある。
そのせいか、追手の気配もないし、かなり長閑な行程と言えた。
が、流石にそろそろ休んでおきたい。
足も痛みを訴えてきて久しいし、いつまでもそれを無視し続けるのもいざという時に困るかも知れない。
何より、日が昇って早々に夫が自分の方へ移動し始めた事が感じられているから安心感もあった。
だから、気温が上がりそうな昼間はしっかりと休み、涼しく、暗くなってから移動した方が良いかも知れない。
そう思ってしまうのも無理はなかった。
――どうせ今日の夜にはあの人も来てくれる筈だし……。
異常なほど速い移動速度とは言え、所詮は徒歩である。
一晩中歩いた事もあり、ランドグリーズから五〇㎞は北上出来ていると思われる。
今の時刻は八時から九時くらいであり、途中何度も一〇分~三〇分程度の休憩を挟んでいながらも出発してからかれこれ一四~一五時間も経っている。
数時間でも睡眠を取っておくのは重要だ。
騙すように、誤魔化すように、自分で自分を説得するが、頭の何処かでは「いいの? それで。少しでも進んでおいた方が良くない?」という警鐘が鳴らされている。
――後悔はしたくないか……。
ただこれは訓練でもないので何らの制限もない。
次に飲食が可能なタイミングがあるのなら食事だけは摂っておこうと心に決め、脚を動かした。
・・・・・・・・・
昼。
結局ヴァル達はこの時間迄休んでしまった。
おかげで休息としては充分な量が得られたが、目標はこの時間で更に進んでしまったかも知れない。
尤も、見張りだけはきちんと立てていたので、いつの間にか追い抜いて、いつの間にか追い抜かれていたなどという無様を晒す事だけはないだろう。
「全員、速歩!」
常歩程乗騎に楽をさせる訳ではないが、移動速度はその倍以上はある。
あまり多くの荷を載せず、牽かせずの、騎手だけしか乗せない長距離移動の際に行われる乗り方だ。
その速度は時速換算で一三~一四㎞にもなる。
尤も、三〇~四〇分おきに一〇分程度は休息させないと、よほど頑健な馬でもない限りは死んでしまう。
頑健なように訓練された軍馬なら休息は一時間おきくらいでもいい。
特に明るい今であれば、いざという時の駈歩や襲歩の体力も残しておくように、しっかりと乗騎の状態を見極めておかねばならない。
馬がへばってしまった時に目標と出会って後悔しても遅いのだ。
速歩ならば適宜休息さえ叶うのなら暗くなるまで移動可能だろう。
何度かの休息を挟み、夕暮れが近づいた頃。
遂に。
遂に遠くにそれらしい人影を認める事が出来た。
この時間、次の村落まで五㎞も離れた荒れ地の中を進む街道をたった一人で歩く者など、どう考えても普通ではない。
まだ性別も、種族もわからないが、なんとなくターゲットである闇精人族であるような気がする。
多分に願望を含んだ考えだという事はヴァルも理解しているが、副長を始め部隊の皆もあの人影こそ目標であろうと口々に言っている。
本来ならそろそろ乗騎を休息させるべきだが、このまま速歩で進んでも数分もあれば追いつけるし、その後は常歩でも二〇分程で次の村に行ける距離だ。
「休息はしない。このまま行くぞ! まずは生け捕りを狙うが、無理そうなら殺すからな!」
そう部下達に伝えると、三〇〇m程も離れている筈なのにターゲットが振り返った気がした。
いや、気のせいではない。
その人物は素早く左右を見回すと、特に身を隠せる程の大きな物がない事を確認したのか、すぐに走り出したではないか!
「駈歩!」
夕暮れの迫る荒れ地にヴァルの命令が響く。
・・・・・・・・・
「散開!」
――なんて奴だ!
ヴァルは歯噛みをしながら咄嗟に叫び、自らの手綱を操作して乗騎を急速に方向転換させた。
「は?」
「え?」
まだ一〇〇m以上も距離があるというのに、ターゲットは脚を止めこちらに手の平を向けるようなポーズをしていたのだ。
即座に攻撃魔術であろうと看破したが、駈歩の速さなら一〇秒とかからない距離だ。
走って逃げ始めた時にはその速さに度肝を抜かれかけたが、所詮は人間の速度であり、幾ら速かろうが全力疾走など長続きはしない。
それに走ってくれるのならそれだけ体力を使ってくれるから抵抗力も削げる。
追手であるヴァルにしてみればいい事ずくめだ。
そう考えてにんまりと笑みを浮かべた時。
ターゲットはすぐに駆け足を止めてこちらに……。
――速い!
ターゲットの手の平から発射されたのは火の玉だったらしい。
遠目にもわかるオレンジ色に輝く火球のような燃え盛る岩石は見間違いようがない。
しゅるしゅるとこちらの方に飛んできた火球は少し先でぐいっと曲がり、先を進んでいた騎士に直撃した!
そして、側を走っていた二人の騎士も巻き込んで落馬させた。
――追尾だと? あの短時間で!?
宮廷魔導師にさえ無理だと思われる集中時間だった。
――だけどな!
部隊を散開させた以上、いかな火の玉の魔術と言えども、もう複数を巻き込むのは困難だ。
それにこの速度である。
目標の人物が急速に近づいてきた。
目と鼻の先、数十m先まで近づいたところで折からの強風に煽られてターゲットが羽織っていたローブのフードがはだけた。
風に波打つ白い髪が溢れ、ターゲットは周囲に視線を飛ばす。
やはりダークエルフなのか、肌の色は黒っぽいがヴァルの知るダークエルフ程濃くはないようだ。
しかし、あの肌の色はダークエルフに他ならないであろう。
「コム! お前は左から! ジェイキューは右から回り込んで囲め!」
二人に率いられた分隊が再び集合しながらターゲットの左右へと進んで行く。
■コミカライズの連載が始まっています。
現在、Webコミックサイト「チャンピオンクロス」で現在第一五話まで公開されています(毎月第二木曜日に更新です)ので、是非ともお気に入り登録やいいねをお願いします。
私も含め、本作に携わって頂いておられる全員のモチベーションアップになるかと存じます。
■本作をカクヨムでも連載し始めました(当面は毎日連載です)。
「小説家になろう」版とは少し異なっていますので是非お読み頂けますと幸いです。
ついでに評価やご感想も頂けますと嬉しいです。
■また、コミックス2巻が発売されました。
連載の継続には皆様のご協力が不可欠です!
全国の書店や大手通販サイトでお取り扱いされておりますので、この機会にご購入及び第2巻のご予約をいただけますと関係者一同凄く温かい気持ちになれますのでどうかご購入の程、宜しくお願いいたします。




