第五百ニ十三話 物見遊山(偵察) 17
7452年9月24日
ここか!
ミヅチの声は飛び出してきた路地から一番近い倉庫から聞こえた。
倉庫の扉は空いているが中は外よりも大分暗いのでよく見えない。
だが、真っ暗という訳でもないだろうから中に入れば見えるだろう。
とにかく今は追撃を止める訳にもいかないので倉庫に飛び込んだ。
ミヅチは丁度逃走者達を追い詰めたようで、手にした曲刀で藁束の陰にいる人物に斬り上げていたところだった。
ふん、当たり前だが殺すつもりはないようだ。
あの角度からの斬り上げは余程の手練でないと躱せないし、余程の素人でもない限り大怪我を負う事はない。
受け止めて体勢を崩され、追撃を受けざるを得なくなるのが普通だ。
敵性勢力に所属しているとは言え、転生者を殺すのは惜しいので大正解である。
殺すくらいなら見逃がしてやる方がまだマシなのだ。
本当、あれだよね。
あの、なんつったっけ?
ほら、あの……【高機能消化器官】の奴。
いやぁ、あの頃は俺も若かっ……はぁ?
くそ、またワープしたってのか!?
今度はミヅチごとかよ!?
・・・・・・・・・
ミヅチが放った斬撃は予想した通り男の剣に受け止められてしまったが、その刃は男の長剣の刃の半ばまで食い込んでいた。
こちらは予想外に中々良い品質の武器だったようだ。
だが、それを扱う者の技倆はミヅチに相対するには不足していたようで……。
斬り上げた曲刀はそのままに、ミヅチは左手で相手が剣を持っている右手首を掴むとその鳩尾に蹴りを放つ。
「げぼぉっ!!」
モロに蹴りを受けてしまった男は胃液を撒き散らしながら部屋の壁に叩きつけられた。
勿論、握っていた筈の長剣は手放してしまっている。
存外に近い壁に跳ね返された男に対し、ミヅチは再度回し蹴りをお見舞いした。
――もう一人……。
回し蹴りを命中させると同時にミヅチは再度重心を落として左側へと移動を行い始めたところで気が付いた。
――ここはどこ?
ミヅチは、疑問については即座に棚上げ出来る女だった。
予想外の状況に放り込まれたとしても、状況の把握などよりも、「今」何が大切な事なのか、優先すべき事は何なのかについて順位付けをし、実行するように“仕込まれている”。
勿論、「状況」によっては悪手となる可能性は否めないが、その時はその時で爾後に対応するしかないという割り切りである。
とにかく、現在の疑問については一顧だにせず眼の前の男に斬りかかるが、ヘクサーは肩に掛けていたサドルバッグを犠牲にすることで、ギリギリ窮地を逃れることに成功していた。
手にしていた巻物は書かれていた呪文が全て燃え上がって消えており、今は只の白紙と化している。
その白紙を投げ捨てながら、ヘクサーは腰の長剣に手を掛ける。
しかし、ミヅチにしてみれば全ての動作が遅すぎた。
剣に伸ばした右腕ごと、ヘクサーの胸に膝蹴りを決めた。
「ごべっ!?」
――この手(足)応え、右腕と肋骨二本は貰えたわね。
先程蹴り飛ばした男は壁に背をぶつけてずり落ちているところだった。
両手で鳩尾を押さえたまま胃液を吐いている。
二人とも魔術は使えないだろうが、【固有技能】はこの状態でも使える可能性がある。
またテレポートやワープを使われたら面倒だ。
ミヅチは即座に壁を背にしている男の右足首を斬り落とし、直後にまだ悶えているヘクサーの右足首も斬り飛ばす。
「あああ~っ!!」
「ぐおお~っ!!」
二人はそれぞれの声音で苦痛の叫びを上げている。
『黙れ。さもないと……繋がずに切った足を灼くわ』
今ならまだ再接続の魔術で足を繋げ直すことは可能だ。
「あっ……あっ……!」
「ぐっ、がっ、ぐうう~!」
かなり叫び声が小さくなった事を認め、ミヅチはそれ以上の攻撃は行わなかった。
『よく聞きなさい。貴方達の足は、今ならまだ繋げられる。私ならね』
「……~~っ」
「はぐっ、お……ごぇ……」
腕を蹴り折ってやったヘクサーの方はかなり静かになったが、壁に叩きつけた男の方はまだ吐き気が残っているのか苦しんでいるようにも、痛がっているようにも見える。
『またテレポートで逃げるというならそれでもいいわ。まぁ、その後一生片足で過ごす覚悟があるならだけどね』
そう言うとミヅチは斬り飛ばした二つの足首を部屋の隅に蹴って纏めた。
・・・・・・・・・
倉庫は藁束や農具を保管するものであったようで、壁際には鍬などの農具が立てかけてあり、藁束が幾つも転がっている。
俺の眼の前で消えてしまったミヅチや逃走者たちを探すために倉庫から転がり出るが、ラーメン屋の時のように倉庫の屋根の上にワープした訳ではなさそうだった。
「誰か奴らかミヅチの姿を見た者は?」
「「見てないです」」
「「見ておりません」」
目撃者は無し。
これは一体どういう事だろうか?
逃走中の奴らを見た者たちの言によると、奴らが一度のワープで移動できた距離はせいぜい一〇m前後。
人によって多少の違いはあるが、意見をまとめると奴らがワープ可能だった距離はその程度らしい。
だが、ワープに要した時間はごく一瞬で、ワープとワープとの間隔も一瞬だった(一秒にも満たないほど)という。
クローやマリー、ラルファ、グィネ、バストラル、ノブフォムの意見を総合しても、もしもワープで転移出来る距離がもっと長いのであれば最初からそうしていないのは不自然すぎるとの事だった。
その意見には俺も賛成だが、ここでグィネが嫌な事を言った。
「ひょっとしてですけど、最初から誰か追撃させるつもりだったとか……?」
おいおい、そりゃあ……。
「……それで追撃者が複数で手に負えないようならさっさと長い距離をワープ? テレポート? して、一人なら拐うつもりだったという可能性も……」
グィネは眉間に皺を寄せて渋い顔で言い難そうに言った。
「えー、それは幾らなんでも……」
「そうよ、それならラーメン屋でサージを拐ってた方が楽じゃないの」
マリーとラルファが反論する。
正直言って、最初からそんな真似が出来ると仮定するなら俺も二人の意見に賛成だ。
「そうだよね。アルさん、変なことを言ってごめんなさい」
グィネはすぐに謝ってきたが、可能性としてゼロではない以上、今は棚上げにするが忘れる訳にはいかないだろう。
「でも、二人は手を繋いでいたと言うし、ひょっとしたらワープの【固有技能】は範囲ではなくて接触してないと駄目なのかも知れないな」
クローが少しだけ建設的な意見を言うが、だから何だと……あの時、ミヅチは剣で斬り上げていたところだった。
「そうかも知れないな。まぁ、相手の【固有技能】の分析は後回しだ。今は……」
そこまで言いかけたところでバストラルが「それなりの距離をワープ出来る、しかも複数人、接触している事が条件だと仮定して考えるべきでしょうね」と言ったことで全員少し頭を冷やすことができた。
それはそれとして、デーバス王国め。
一度ならず、二度までも俺の身内を拐うか。
「アル……」
「アルさん……」
皆の顔が変だ。
「何だ?」
俺の顔が怖かったらしい。
「もう容赦はしねぇ……」
ちなみに、倉庫の持ち主である平民を絞り上げたが、有力な情報は何一つ持っていなかったという事が判ったのみである。
なお、ここで逃走者についての情報もまとめておくことにした。
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