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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-
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第五百ニ十二話 物見遊山(偵察) 16

7452年9月24日


「アル!」


 ラルファがみちに刺さっていた屠竜ドレゴン・スレイヤーを引き抜いて持ってきてくれるまでの間に右足の骨折が治った。


 漸く治癒魔術が効果を発揮してくれた。

 左腕の骨折を治癒しながら魔剣を受け取ると、躊躇なく回復の力を使う。


 治癒魔術でちまちま治療していたらいつ又使えなくなるか知れたもんじゃねぇからな。


「ゔっ!」


 喉の奥から血腥ちなまぐさい呼気が漏れる。

 複数あった肋骨が同時に治ったからだろう。


 あっという間に体中の痛みが消え去った事に、内心で驚きながらも立ち上がった。

 こんな一瞬であれだけの怪我や痛みまでも完全に治せるとはな。


 よし、これなら行けるな。


「どっちだ?」

「向こう!」


 ラルファの指す方向は先程ターゲットが逃走していた方向と変わらない。


 すぐに立ち上がると、今度は用心して魔法を使わないまま路地を駆け出した。


 二本の足で。




・・・・・・・・・




 あちこちに消えては短距離のテレポートを繰り返す二人組だが、本体とでも言うべき相手を見失わないように注視したまま全速力を出せずに屋根を走っていた事が仇になったのだろうか?

 みるみるうちにミヅチから一〇〇m程も距離を開けられてしまう。


「くっ!」


 ミヅチは歯噛みをするが、どうしようもない。


 彼女の視界にはあらぬ方向に向かって走る多数のターゲットが映っていて、どうしても気を煩わされてしまう。

 現れては消える本体以外には目もくれたくないところだが、気が散らされてしまうのは如何ともし難い。


 分身はアルが使う魔術と同様にこちらを攻撃しては来ないようで、稀に抜いた剣を構えるような動作をすることもあるが実際に襲いかかって来ることはない。


 アルの分身ミラー・イメージと同様、おそらくは一度ひとたびでもこちらの攻撃を受けると煙のように消えてしまうのであろう。


 それを避けるためと、追撃者にプレッシャーを与えることを優先するために脅しのように動作だけさせているのだと思われる。


 しかしながら、逃走していたかと思えばいきなり振り向いて剣を構えたりする動作を視界の端に捉える度に、どうしてもそちらに対して気を払ってしまうのは最早本能とでも言うべき行為だった。


 ミヅチとしては、とにかく二人が消えた場所まで全力で走り続ける以外に出来ることはなかった。

 そこまで移動した後にどのあたり、どちらの方向へ逃走したか見極めばならないし、後続にそれを伝える必要もある。


――あそこまではどうやっても二〇秒近くはかかっちゃう……。


 内心にこみ上げる焦りの感情を抑えて移動に専念する。


――あそこの屋根までは……!


 ミヅチは出来るだけ気を煩わされてしまう事を避けるため少し薄目気味で目的地のみを目指すことにした。




・・・・・・・・・




 たまに「ダン!」と響く、ミヅチが屋根に着地する音を頼りに地上から追撃する。


 如何にミヅチが素早いとは言え、足場が悪いことの多い屋根の上での移動なので地上を走る俺の方が比較にならないほど速い。


 段々と近付いて行っている事が理解できる。


 だが、一直線に追えていられるであろうミヅチとは異なり、地上では一直線とは行かない。


 通行人だって少ないがゼロではないし、その中にはさっさと避けることもせずにこちらを見てその場で腰を抜かしたようになる者も居ない訳ではない。


 そいうのは飛び越えて進むのだが、稀には街区の都合で少し遠回りせざるを得ないところもある。


 後方については一顧だにしない事で、少しでも速く地面を蹴る。

 こういう時だけは半長靴ブーツ運動靴スニーカーには及ばないよなぁ。

 こういった、多少マシな路面を全力疾走するなんて場面はそうそうないので、それ以外の状況では全てにおいて半長靴ブーツの勝利なんだけどさ。


「こっちよ! 下!」


 少し先の方でミヅチが怒鳴る声がした。


 下って事は屋根から降りたのだろうか?

 でも、それなら追跡はより容易くなるだけだろう。


 俺は改めて屠竜ドラゴン・スレイヤーを握り直した。


 あ、確かに抜き身の剣を持ったまま必死の形相で迫りくる男の姿なんぞを見てしまったら誰だって驚くよな。




・・・・・・・・・




「……ゾンデ・ガイランス・ドベルースラ・ダーカゥム・コメントゥフ・カネングフ・ジル・ナサルーン・スル・ハヴァーツ・イクメーンツォ・バリングリ・レビット・エ・ランティラ・ギチュ……」


 ヘクサーはまだ巻物スクロールに記載されている魔法の呪文を唱え続けている。


 呪文は巻物スクロールだろうがなんだろうが、一定の速度と抑揚で唱えねば必ず失敗する。


 詠唱の速度を速めたところで全く意味はない。

 効果を発揮するまでの時間を短縮したければそれに応じた短い呪文を開発する必要があるし、そもそんな物など最初から無きに等しいのだ。


「……アジ・スアクリ・サナクリ・メメトシーン・ウレカ・ル・ホボイグ・ゼロス・ロッパール・ハ・ヤイス・イレウドス・ザバヴァルイ・ケイスルボグレット・マス・カネヒル・ユーム・ケンリ……」


 ヘクサーの額に汗が滲む。

 落ち着いた様子で巻物スクロールの呪文を唱え続けている彼とても今の状況についてはよく理解している。


 この呪文を唱え切るには一分近くもの時間が必要だ。


 その時間を稼ぐための兄の能力を使用しての逃走であり、敵の目をくらます魔法の指輪だったのだ。


「……アレイジャファルダン・コフレーング・アレハンズ・リ・ロベイシ・ヴァンボーグ・サイゲル・ク・ララァル・アルルーラ・トホーテ・プ・スゴョシ・トーレグ・ヒズムンド・カバリックス……」


 ヘクサーの横では兄が焦りを隠せない様子でいた。


――まだか?


「……ラシュフト・グルナイ・ベベロシールト・アズ・バス・ホムニク・キモリスラー・ライク・モニク・ルディエール・ゼメトリオス・バル・ゼロス・バフイ・カーズ・ヘベルートス・アロイ……」


――追いつかれちまうぞ。


「こっちよ! 下!」


 外から誰かが叫ぶ声がする。

 恐らくは追撃して来た女でろう。


――くそ、ついに……。


 兄は腰に佩いていた剣を引き抜いた。

 弟を守るために身を挺して追撃者と刺し違えるつもりなど毛頭ないが、一応の白兵戦技は修めていたつもりだし、ベンケリシュの迷宮で魔物相手に実戦の経験は何度もある。


 大物と言われたファイアー・リザードを仕留めたことだってあるのだ。

 一対一ではないが。


 尤もそれは相手の体が大きすぎるからだとも言えるだろう。


 人間サイズなら強敵と言われているオーキッシュ・グール……今はそのような事など考えている場合ではない。


――呪文の詠唱中とは言え、ヘクサーはそう大きな声で唱えている訳でもないからそうそうなことではこちらを見つけられまい。


 少しだけ肩の力を抜き、半開きのままの物置の扉へと視線をやる。


「……ゲッゾ・カグシ・オイヒルゲ・レレィ・フレントレーク・ア・ラ・ファベジン・ケリアラヒール・チャレンデス・カモンドレ・オウフーン・ヘーリット・クーマス・リートフェルト・ジャメス……」


 ゴクリと唾を飲み込み、右手に持った剣を一時的に左手に持ち替えるとズボンで右手を拭い、また持ち替えた。




・・・・・・・・・




 この屋根から見える地面はかなりある。

 少し左手前方には家一軒分くらいの小さな空き地、正面には別の家が建っているのでそちらではないだろう。

 右手の前方には小型の馬車ならば辛うじて通れる程度の路地が伸びていて、一五m程先で十字路となっているようだ。


――右か。


 右手へと伸びる路地に飛び降りている途中、ミヅチは何かおかしいと気が付いた。


――右にしか逃げ難いけれども、それが相手の狙い?


 嘗て、ライルの一位戦士階級での訓練時に聞いた話が蘇る。


 敵からの逃走時には逃げやすいところを全速力で逃げるのが定石セオリーだが、相手の方が速い場合には逃げ切れない可能性も高くなってくる。

 そういった場合には一度やり過ごしてから追手とは別方向に逃げる方が撒ける可能性は高まる。


――ならば左か!


 着地と同時にミヅチは地面を蹴り、左手の空き地の方へと走り込んだ。


 空き地を取り囲むように何棟かの建物――農機具か何かの物置のようだ――が建っており、細いが充分に走れそうな路地もある。

 やはりこちらで正解かもしれない。


 まずは一番手近な物置から検索すべきだろう。


 一番近くに建っている物置の扉は閉まっているが、閂は外れている。

 大抵の物置は外側から閂で扉を閉めるタイプであり、鍵は内側から掛ける必要がないからだ。


 あの物置の扉は直前まで開いていた可能性もある。

 物置に身を隠し、内側から扉だけ閉めた可能性は否めない。


 ミヅチは扉に手をかけると用心しつつ開け放った。


 中は壁際に立て掛けられた幾本かの古びた農機具の他は干し草の束が幾つか転がっているだけでがらんどうに近かった。


 では、隣の倉庫だ。




・・・・・・・・・




「……イック・ガンズ・リリアル・ジレント・ナイ・ウイッル・オプジース・ケ・ナイ・ハンズギート・カレリヤマ・アーチェドレイク・マネク・チズダンヘ・イクデツング・ダッヘ・ド・アース……」


――まだか?


 ヘクサーが眼前に広げる巻物スクロールを覗き見ると、あと少しで巻物スクロールを読み切れるであろうことが判った。


 彼らが立っているのは薄暗い物置の中ほど、干し草の束の陰になっている場所だが、流石に物置を覗き込まれたら姿は見えずとも呪文を唱える声は聞こえてしまうだろう。


 兄は、危険な兆候を見逃すまいと干し草の影から戸口の方を見守る。


 あそこに誰かが立てば外からの光を遮ってすぐに気が付ける。


「……ゲルジージャ・ハルジーク・トメズ・グ・コ・リングィム・コモレック・オークニス・ケリング・バイズクロー・ラーメトゥ・ホベロイオス・ダレ・エ・フィロン・ザイログル・トゥアハース……」


 あと僅かで唱え終わる筈だ。


 兄はそっと移動して左手で弟が肩に掛けたままのサドルバッグの端を掴んだ。




・・・・・・・・・




――ここじゃない。次ね。


 ミヅチは三棟目の倉庫に駆け寄った。

 この倉庫の扉は最初から中途半端に空いたままだ。


 ここに隠れるなら他に余程良い倉庫はあるし、何なら路地を駆けて逃げていた方が幾分マシかも知れないので期待値はあまり高くはないが念の為である。


 そっと扉から中を覗き込む。


 勿論、外から覗き込んだことを悟られないように地面ギリギリまで顔を近づけている。


 実験すればすぐに分かることだが、薄暗い場所から入口だけを注視していたのなら、このような姿勢を取ったところですぐに気が付かれてしまうが、入口を注視せず(出来ず)中で物陰に隠れていた場合にはかなり有効な覗き方である。


「……ラックルイ・ハバス・ジャリオーン・ケルイヅ・ヘレイクト・グル・エル・サマンクルーンズト・バッフ・ベクイルドス・バーズ・モールコ・アズレイク・ナイクル・トクニ・カカングル……」


――ビンゴ!


 中から呪文でも唱える声がした。


 そして、


「ミヅチ!」


 後ろの方の路地からアルの声がする。


「ここよっ!」


 大声で自分の位置を知らせると同時にミヅチは倉庫の扉を開くと中へ駆け込む。

 右手には魔法の曲刀(ライフ・スティーラー)を提げたまま。


 保有する大量の魔力量により、ミヅチは魔術師としてかなりの上級者ではあるが、距離が近いならまだまだ魔術よりは白兵戦の方が速いのだ。


 そして……


「……リカラン・ベク・エス・マクロード!」


 より近かった兄の方へ下段から上段へと斬り上げた。

 この攻撃は受け止められるだろうが、運が良ければ相手の剣を破壊しつつ攻撃を命中させられるだろうし、運が悪くとも受け止めさせると同時に体勢を崩させる事は叶う。


 

■コミカライズの連載が始まっています。

 現在、Webコミックサイト「チャンピオンクロス」で第一一話まで公開されています(毎月第二木曜日に更新です)ので、是非ともお気に入り登録やいいねをお願いします。

 私も含め、本作に携わって頂いておられる全員のモチベーションアップになるかと存じます。


■本作をカクヨムでも連載し始めました(当面は毎日連載です)。

 「小説家になろう」版とは少し異なっていますので是非お読み頂けますと幸いです。

 ついでに評価やご感想も頂けますと嬉しいです。


■また、コミックス1巻の販売が始まっております。

 全国の書店や大手通販サイトでお取り扱いされておりますので、この機会にご購入いただけますと関係者一同凄く温かい気持ちになれますのでどうかご購入の程、宜しくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
いつもはあまり感想を書く気にならないんだけど、、、 この作品だけ何故か書きたくなるww またここでCMタイムかよ。 そんでまた転移で逃げられんのかよ! で、ミヅチもまとめて転移?
もしミヅチごと転移するのであれば、それで怒り狂うアルが見たくもある
今回も取り逃がし(たった2人にいいようにやられて)。 そして転移だったとしたらこれもまた2回目。 この展開はもう飽きましたよ笑
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