第五百ニ十話 物見遊山(偵察) 14
7452年9月24日
『……それで、ある程度豚骨を炊いたら、そのスープに豚骨から取った骨髄を加えて、香味野菜……玉ねぎとか香草なんかを加えて更に煮込んだんです。それを……色々配合を変えて二〇種類以上は作りましたね』
『二〇種以上もですか!? そりゃあまた大変でしたね。だって完成させるまで丸一日以上はかかるんでしょう?』
海藻やなまり節、煎り酒などの話はしない。
また、既にラーメンを口にしたヘクサーも当然それらの出汁が使われていることは感づいていたが、敢えて口にはしなかった。
何故なら、二人は大人だからだ。
『ええ。作っても作っても、これだ! という味にはならなくてねぇ……。かなり追い詰められた気持ちになったもんです』
『豚の骨は只同然かもしれませんが、出汁を取る野菜類は結構値が張るのでは? 相当な投資ですよね』
サージの話を聞きながらヘクサーは相槌を打ち、その合間に餃子や雲呑を口にし、ワインを少し口に含む。
中華の点心的な餃子や雲呑とワインはあまり合わないのではないかと危惧していた当初の予想を裏切って、サージが勧めてくれたワインはこれらの食べ物とかなり合っている。
『ああ、その当時は金に多少ゆとりがありましたので……そうじゃなきゃ流石にラーメン作ろうとは思いませんよ』
『確かに……ところでこの木耳、日本のものと遜色ないですね』
端から見ると話している内容こそ意味不明な外国語だが、和気あいあいとしているように見える。
『お、良いところに目をつけましたね。それねぇ、木耳だけは外国からの取り寄せなんですよ。良い仕入れルートがありますもんで』
『あ、これロンベルト産じゃないのか』
『ええ、他の材料は全て国内で賄えるものばかりですが、木耳だけはだめでして……何はなくとも豚骨ラーメンに木耳は外せませんし、仕方ないです』
『なるほどぉ……』
確かヘクサーはリーンフライト伯爵領の出身と言っていたはずだが、ミヅチからその首都であるハウフルソンにはキクラゲの大得意様がいると聞いたことがある。
そのため、ネルから聞いた“デーバスの親衛隊員”だという情報について、更なる裏付けが補強されたと考えた。
その時。
ダカッダカッっという複数の蹄の音が近づいてきたのが聞こえてきた。
街中で馬を飛ばすなど危険極まりない行為であり、ロンベルト王国どころかデーバス王国でも普通なら犯罪と規定されている。
勿論、相応の理由(軍隊など公的機関の伝令など)や貴族(その土地の所有者に限る)ならば不問だ。
蹄の音にヘクサーは眉を顰めた。
――馬蹄の音……複数?
その顔を見たのか、正面に座るサージも店の出入り口を振り返る。
「おい! お前!」
誰かの叫び声がすると同時に馬蹄音はどんどんと止んでいく。
が、どうも店の直ぐ側、いや真ん前と言っても良い程の近距離のようだ。
それと同時に誰かが店に駆け込んできた。
更に、誰か生まれ変わりが【固有技能】を使用した感覚!
――アレク? 兄貴か!?
とにかく、そのただならぬ様子にヘクサーは隣の席に置いてあったサドルバッグを引き寄せながら席から立つ。
そして、すぐに【技能無効化】の技能を使よ……。
・・・・・・・・・
ラーメン屋の戸口の脇の柱を蹴って方向転換し、店に飛び込む。
俺のすぐ後ろを走ってきていた筈のミヅチの邪魔にならないよう、店に飛び込む角度には一応気を使ったつもりだ。
やはり、ミヅチは頼りになる。
恐らくは滑りながら攻撃魔術を使ったのだ。
膝よりも低い位置をストーンアローが飛んでいき、店に駆け込んだ転生者の足に……外しただと!?
ミサイルが付いていた筈だ!
だって微妙に動いてたし。
ミヅチの石の矢は途中で制御を失ったかのように目標を捉えられず、奥のカウンターに並んでいた椅子の足に命中して破壊した。
その席に座っていたどこかのおっさんが何事か叫びながら後ろに倒れる。
「くそっ!」
毒づくクローの声が聞こえたが無視して……ふん、元々の目標はあいつか!
ラーメン屋の奥の壁の前でこちらに顔を向けて立ち上がっている男。
紛れもない日本人顔をした男とその手前で驚いた顔のまま、巻き添えを食わないよう横っ飛びでカウンターの反対側の壁に向けて素早く飛ぶバストラル。
とにかく今はデーバスの王太子を捕らえる事が先決だ。
ウェッブ。
野球ボール程度の白い球体が……は? 出ない。
これが【固有技能】、もとい、【特殊技能】を使えなくする【固有技能】か!?
ウェッブの魔術は確かに使えた、ような気がするのに繭玉は飛んで行か……ちっ、さっきのミヅチの攻撃魔術の時か!
腿のナイフを抜くと同時に、王太子の腰の辺りを狙って手裏剣打ちの要領で投げる。
ナイフは見事に野郎の尻の辺りに突き刺さった。
「うぐっ!」
ふん、少なくとも魔法は封じ……奴の魔法も無効化されてるなら意味ね、いや、味方だけは対象外にする事も出来るのかも知れないな。
よろりとしながらも王太子はデーバスの転生者と手を取り合った。
『無駄な抵抗は止めろ』
屠竜引き抜きながら言い放つ。
念の為、というか、騎士団に出仕している時は必ず傍に置いているために一応持ってきただけだが。
俺にこいつを抜かせるとはな。
とか言って格好をつけたいところだが技能という技能を封じられた今……?
あれ? 剣の力は感じるぞ。
いつものように使い方が頭の中に流れ込んでくる。
ってことは、【技能封じ】を切ったか、切れた?
強力な【固有技能】だけに効果時間が短いという事もあるのかもしれない。
これ、ひょっとして【鑑定】も使えるんじゃ?
……使えなかったよ、糞が。
『お前らがデーバスの』
『間者か!』
クローとマリーの声がする。
ミヅチとラルファもラーメン屋に入ってきた気配がした。
『今投降するなら命までは取らん』
出来るだけ冷静な声音になるよう心がけて言う。
・・・・・・・・・
ロンベルトの生まれ変わりらしい男に投げつられたナイフは兄の尻に突き刺さったままだ。
――ナイフなんかで刺された傷は、むやみに抜かない方が良いと聞いたことがある。血止めがしっかりと出来る環境でないと失血死する可能性があると……。
そう思いながらもヘクサーとしては、万が一あのナイフに毒でも塗ってあったら取り返しがつかなくなりそうだと気が気ではない。
とは言え、今は兄の治癒をしている場合でもない。
タイミングが大事だ。
『今投降するなら命までは取らん』
ロンベルトの男が投降を促す。
「ジャッ……」
「ああ」
兄もそれは理解しているようで、本来(笑)の名を呼びかけただけで了の返事がある。
横っ飛びにすっ飛んで難を逃れていたサージが起き上がる。
『問答無用でナイフを投げつけてくるとはな』
兄が顔を顰めながら尻のナイフを引き抜いた。
別段高級品でもない、どこにでも転がっているような無骨な品に見える。
『毒は無いようだが、あまりにもご挨拶じゃないか?』
手に持った血塗れのナイフを弄びながら兄が言う。
一瞬の騒動とこの落ち着いた声音でヘクサーは少し酔いが冷めたことを実感した。
アレクに変身した兄と自分が揃えば、ある意味でもう安全が確保されたも同然だからだろう。
今は可能な限りの情報を得るべきである。
『デーバスのスパイって何のことです?』
ヘクサーも落ち着いた態度で問い返した。
『ふん、知れたことを。ネタはもう上がってんのよ!』
少し遅れてラーメン屋に駆け込んできた金髪の女が叫ぶ。
髪の色はともかく、あの顔は日本人だろう。
彼女も生まれ変わりだ。
『そう。もう逃げ場はないわ。諦めなさい』
闇精人族にしては中途半端に肌の色が薄い、顔に大きな傷のある女も投降を促すような事を言う。
その顔つきも日本人の遺伝子が色濃く反映されているように見えた。
『あんた、デーバスの親衛隊員よね?』
最後に店に入ってきたちび女が言う。
『一体何を……? 私はハウフルソンのベントロー商会の者です。この街にだって今日始めて来たばかりなんですよ。ね? バストラルさん』
ヘクサーは立ち上がってきたサージに向けて言う。
『あ~、バーンズさん。悪いね。俺ぁ最初からあんたがデーバスの親衛隊員だと知ってたよ』
肩を竦めながらサージはそう言うと、そのままゆっくりと後ろのテーブルの隙間を通って離れていく。
そのスペースに長剣を抜いたクローが入り込む。
『観念しろ。これだけの人数相手に逃げるなんて不可能だろ?』
そう言うと、クローはヘクサーに対してテーブル越しに長剣を突きつけた。
『二人共、ステータスを検めるから手の平をテーブルに付けなさい。まずは貴方、ナイフを放して』
マリーもクローの後ろに進み出て言った。
ヘクサーとその兄の背にはメニューの貼られた壁があり、その向こう側は店のバックヤードとトイレだ。
大して厚い壁ではないが、仮に破れたところでそれだけで外に出られる訳では無い。
それについては今まで時間を掛けて店の周囲を見て回っていたヘクサーの兄も承知している。
『だとしても、いきなりナイフを投げ付ける事はないんじゃ……?』
ヘクサーの兄がゆっくりとした動作で手にしていたナイフをテーブルに置こうとした。
『何をふざけた事を。我が領と貴国とは戦争中よ。その敵国の転生者を見逃す訳無いでしょ?』
マリーの言葉にヘクサーとその兄は声を揃えて、
『『そっちが攻め込んで来たんだろうが!』』
と怒鳴り返す。
『攻め込んだ、ねぇ。物は言いようだな。私は妻となるべき女性を拐われた賠償を取りに行っただけなんだがな』
アルは冷静な声で返答した。
『証拠はあるのかよ!?』
ヘクサーが問うた。
『あるぞ。誘拐の下手人である貴国の筆頭宮廷魔術師、金杯と呼ばれているアベイル・ロボトニー伯しゃ、もとい、ロボトニー伯爵アベイルの魔石がな。しかも彼は私と対峙した際にはデスナイトと化してしまっていた。これだけ高位の者が我が妻となろうという女性の誘拐に与していたのだからな。貴国の上層部が絡んでいないという言い逃れは出来んし、そんな事を述べられたとしても今更聞き入れて許す訳にはいかん。誘拐の罪は挙げて貴国の責任であろう』
アルは少しだけ感情を滲ませる声音で返答する。
『な!? でたらめだ!』
ヘクサーの兄が叫ぶが。
『貴国がどう思おうがもう私の考えは変わらん。まして賠償の取り立てに対し、反抗の意思も確認された以上、賠償は当初の通達よりも大きなものとなろうな。だが、貴様らにこれ以上語っても意味はない。帰国させるつもりは無いからな』
一切の油断などない顔でアルは断じる。
――これ以上、ここにいるメリットはないな。ロンベルトの生まれ変わ……転生者って言うんだっけ。も、これで全員じゃないかも知れないが、合計七人も確認出来たし、これだけでもかなり重要な情報だ。
ヘクサーはそう思い、兄からの合図を待つ。
タイミングが重要なためだ。
なお、七人のうちにグィネは入っていない。
そう考えた瞬間、
「行くぞ!」
兄の声にヘクサーは【技能無効化】の使用を止めた。
・・・・・・・・・
二人のデーバス野郎の片割れの声に、直感的に【固有技能】が使えるようになったと感じ、再び拘束すべくウェッブの魔術を使った。
予感は見事に当たり、俺の額から真っ白い繭玉が放たれる。
そして。
は?
思わず声が漏れそうになる。
なぜなら、二人のデーバス野郎は一瞬で掻き消えるようにその場から居なくなったからだ。
繭玉はラーメン屋の奥の壁にぶち当たり、粘着質の糸を撒き散らした。
「くっ!」
「え?」
幾つかの意外そうな声が入り交じる。
『外よ!』
いち早くラルファが回れ右をする気配。
『まさか、テレポート!?』
ミヅチもそれに倣って駆け出す。
彼女らに一拍遅れはしたものの、俺も回れ右をする。
外に飛び出そうとする途中、天井からドンという音がした。
『上だっ!!』
勘でしか無いがそう叫びながら屋外へ飛び出す。
バン!
銃撃音が通りに響いた。
グィネ?
バン!
もう一発?
バン!
グィネが騎乗したまま拳銃を斜め上、屋根の上に構えていた。
慌てて振り返るが、「ハイッ!」馬を駆けさせたグィネを追いかけるしか出来ない。
しかし、どうやって屋根の上に?
魔法?
それも俺の知らない?
しかも俺のウェッブの集中時間よりも早く?
一軒隣、街区の端まで移動したグィネが再び拳銃を構えようとする。
俺もその銃口が指向する先……はぁっ!?
建物の屋根の上に二人組はいた。
手を繋いで、こちらに背を向けて。
しかし、その姿は一瞬で消え、ほぼ同時に少し遠くの屋根の上に現れる。
くっ!
【鑑定】……。
一瞬だが、確かに赤い字が見えた。
【固有技能:超能力 Lv.1】
固有技能が見えるとしたらあの辺りだろうとウィンドウが現れるであろう位置に目星を付けていたのでそれだけが辛うじて読めた。
超能力……超能力者か。
奴の事はこれからロックとでも呼んでやるべきか。
コードネームでもいいけどな。
野郎共はあっという間に転移を繰り返して遠ざかっていく。
だが、あれが【固有技能】にしろ魔術にしろ、永遠に使い続けられる道理はないだろう。
どちらも魔力を消費するんだし、いつかはガス欠になる。
そして、朧げでしか無いが、野郎の保有魔力量は三桁はない……はずだ。
一回の転移での移動距離は、恐らくだがせいぜい一〇m程度。
「屋根の上の二人組を追えっ!!」
周囲に命じる声は少しだけ上ずっていたような気がした。
■コミカライズの連載が始まっています。
現在、Webコミックサイト「チャンピオンクロス」で第一〇話②まで公開されています(毎月第二木曜日に更新です)ので、是非ともお気に入り登録やいいねをお願いします。
私も含め、本作に携わって頂いておられる全員のモチベーションアップになるかと存じます。
■本作をカクヨムでも連載し始めました(当面は毎日連載です)。
「小説家になろう」版とは少し異なっていますので是非お読み頂けますと幸いです。
ついでに評価やご感想も頂けますと嬉しいです。
■また、コミックス1巻の販売が始まっております。
全国の書店や大手通販サイトでお取り扱いされておりますので、この機会にご購入いただけますと関係者一同凄く温かい気持ちになれますのでどうかご購入の程、宜しくお願いいたします。




