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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第五百十五話 物見遊山(偵察) 9

7452年9月24日


切符チケットの確認が先だよ」


 肩に手を掛けられたヘクサーは思わずびくりと反応してしまう。


――どうする?


 右手で腰の物入れを探りながら頭は回し続けている。

 だが、もう限界だ。


「……」


 ゆっくりと振り向きながら購入済みの切符チケットを取り出した。

 切符チケットは名刺サイズの木の板で、そこにステータスで見る事の出来る名前の他に、列車番号と乗車駅、降車駅が焼き付けられている。


 ヘクサーが飛び降りようとした眼の前には濃紺の肩吊腕章を付けた鉄道護衛官が睨みを利かせている。


 周囲を見回すと武装した者の姿も見える。


――くそ……。


「ステータスオープン……」


 いつの間にか傍に寄って来ていた、臙脂色の肩吊腕章を付けた馬車鉄道の御者兼車掌がヘクサーの手から切符チケットをもぎ取ると同時にステータスを検めていた。


「……確かに、御本人ですな。降車を認めます」


 御者の言葉と共に肩に掛けられていた手が外された。


「乗車時に降車の際には必ず切符チケットを検めさせて頂く、と申し上げておいた筈ですがねぇ……」


 いやに迫力のある目付きで肩に手を掛けていた猫人族キャットピープルの男が言う。


「降車は車両後方のステップからお願いしますよ」


 切符チケットを検めた御者兼車掌が左手で指し示すステップへ向かうしかない状況だ。


――まだ完全に露見したという訳ではない……。


 ヘクサーとしてはデーバス王国との繋がりを示すような物は何一つ持ち歩いてはいないし、それを匂わすような素振りすら行っていない自信がある。


 だが、やはりどうしても顔付きを誤魔化す事は無理だ。


 とは言え、最悪でも今までこの地を訪れた事のない、新たな生まれ変わりで通せばなんとでもなるという考えもある。


――慌てるにはまだ早……くそ。途中の駅で降りとけば……いや、乗車する時から監視されていた可能性も……。


 頭の中を整理することが出来ない。


――武装しているのは鉄道護衛官の他に二人か。俺を、いや、生まれ変わりを捕まえようとするなら如何にも少ないが……。


 駅の警備だろうか、騎士団員らしき鎧兜で武装した者が二人、少し離れた場所からこちらを窺っている。


 と、そのうちの一人に近づいて行く、特徴のある後ろ姿が目に入り、ステップで降りようとしたところで思わず足を止めてしまう。


――あのちび女、しっかり乗ってやがったって事かよ。


 脳裏には二時間ほど前にちび女が降りていったバルコーイ駅での光景が映し出される。

 あの時には確かに「じゃあねぇ! ありがとー!」と叫んでいた筈だ。


――俺を油断させるためかよ……ちっ。ってことはあの時乗り込んで来たこいつもやはり……。


 振り返るとすぐ後ろに東洋人の面影を強く残したキャットピープルの男が無表情で立っていた。


 そして、自分の顔を確認されたことを認識したのか、少し可笑しそうにニヤリとした笑みを浮かべた。


――く、くそ。


 どうにかこうにか、ヘクサーは驚きの表情を形作る。

 まるで、たった今、日本人からの生まれ変わりがいた事に気が付いたとでも言うように。


「え? あ……?」


 この偵察行の道中、一人になった時には色々なシチューションを想定して時々に合う表情を出せるように練習してきた甲斐はある。

 非常に上手く演じられたとの自負があった。


 事実として、サージも予めネルから多少の事情を聞いていなければ、単なる初対面の元日本人だと思う程だろう。


 勿論サージも初対面っぽく驚いたような表情を浮かべた(以前は演技力など皆無に近かったが、ここ数年の王都でのバルドゥッキーの卸し営業や、仕入れ交渉を重ねたことで彼も大きく成長していたのだ)がそれも一瞬のこと。


「お降り下さい」


 すぐに表情を消して(そのお陰であまり不自然には見えなかった)慇懃に言った。


――一か八か、運を天に任せ……全員が生まれ変わりという訳でもないし、多勢に無勢だ。無理か。


 だがヘクサーとしてはここで観念するつもりなど無い。

 可能な限り誤魔化し続け、もしも拘束する姿勢を見せたらどんな手を使ってでもこの地から逃れるつもりである。




・・・・・・・・・




 ある意味で覚悟を決めたヘクサーだったが、意外な光景を見たことで少しだけ肩の力を抜くことが出来た。


 ちび女(ネル)がこちらに背を向けたままどこかへ姿を消してしまった事である。


 勿論、ネルはデバッケンに駐屯している騎士団へ無線で連絡を取りに行ったのだが、流石にそこまで想像出来る程の超能力はヘクサーに備わっていない。


『済みませんが、日本の方ですよね?』


 預けていた馬を受け取りに、家畜運搬車へと歩を進めるヘクサーにサージが日本語で声を掛ける。


――反応すべきか?


 だが、悩んだのは一瞬だけだった。


『ええ。貴方もですよね?』


 横に並んできたキャットピープルの男に対して返事をしながら、(そういえばこの人は切符を見せていなかったよな?)と、妙な事に思考を使っていた。


『少しお話しても?』


 キャットピープルは人好きのしそうな顔で語りかけてきた。


 よく見れば想像の通り、その年頃はヘクサーと同様に二十代の半ばといった感じがする。


『ええ、構いませんよ』


 ヘクサーとしては大いに問題があるが、場合によっては更に重要な情報を掴める可能性もある好機とも言えるし、何より犯罪やそれにたぐいする行為を咎められた訳でもない。


 冷静に考えれば、どこかで顔を見られ、日本人だとアタリを付けられ監視されていただけなのかもしれない。

 デーバス王国に見知らぬ日本人の生まれ変わりっぽい人間が現れたことを知れば、アレクやセルもまずは監視させ、ある程度周囲を固めた後に接触を図るだろう。


 そういう意味では貴重なチャンスと表現することも出来る。


 当然ながらこれはヘクサーの甘さである。

 ある意味で自己評価が高いとも評されるだろうが、日本人の重要性やその希少性を理解している者に取ってみればあながち的外れとまでは言えないであろう。

 日本人とはそれだけ重要な存在であり、余程の例外でもない限り(生まれ変わる時に小さな子供であったなど)は現時点のオースにとって充分に社会に変革をもたらし得る稀有な人材であるのだから。


 従って、多くの場合において接触の機会が得られるなら得ていた方が良いのである。

 但し、今回のような潜入偵察の場合は数少ない例外と言えるかもしれないが。

 さりとて無事に逃げ出せるという自信さえあるのであればそう間違った考え方でもない。


『ありがとうございます。では……そうですね、ラーメンでも如何ですか? この近くに旨いラーメン屋がありましてね』


 サージは、家畜運搬車のスロープから降ろされてくるヘクサーの馬を眺めながらどこか自信あり気な声で言った。


『は? ラーメン?』


 本当に心の底から驚いてヘクサーは思わず隣に立つサージの方を向いて答えた。

 彼らデーバスの転生者達は味噌の製造に成功していたが、上手く麺を打つことが出来ずにラーメンは諦めていたのだ。

 麺類である程度まともな物を作れたのは“ほうとう”くらいのもので、うどんすらまともな物は作れていなかった。


 尤も、これは単にある程度の手間暇を掛けてまでそういった物を作る事に意味を見出せなかったという事もある。

 何しろ、全員一致で火薬や火縄銃、大砲などの開発にリソースを割く方がより重要であると考えていたからだ。

 因みに、それでも味噌の製造に成功していたのは単純に物凄い幸運に恵まれたから以上の何物でもない。


 とにかく、大して腹は減っていないが、ラーメンは食べてみたい。

 奢りかどうかは不明だが、ラーメンという単語を聞いてしまい、食べられると来ては久々に食べてみたくなるのは人情だろう。


『ええ。豚骨ラーメンですけれどね。勿論私がごちそうしますよ』


『是非お願いします』


 どうも先方サージにはこちらを拘束したり咎めるような雰囲気はないようだし、ここはお呼ばれしてみるのも一興かもしれない。

 しかし、監視役の一人かと思われたちび女(ネル)がこちらの事など一顧だにせず姿を消してしまった事に加え、切符チケットを未提示のまま下車しようとした事を咎められた以外に特に何も起きなかったばかりか馬まで無事に返還されるという、意外な事が続いた為に重要な見落としをしてしまっていた事に気付いていなかった。


 すなわち、武装せずに変装して周囲を固めている多数の騎士団員について全く注意を払っていないことだ。


 ラーメン屋はデバッケン駅から市街の方へ数分歩いた大通り沿いにあった。


『馬はそちらの馬留杭に繋いでおけば大丈夫ですよ』


 サージの言葉に素直に従って愛馬の手綱を馬留杭に結んだ。




・・・・・・・・・




〇〇(マルマル)、こちら三〇(サンマル)、緊急報告。〇〇(マルマル)、こちら三〇(サンマル)、緊急報告。どうぞ」

三〇(サンマル)、こちら〇〇(マルマル)、感良し感。緊急報告了解。どうぞ」

〇〇(マルマル)、こちら三〇(サンマル)、感良し、数字の五。至急〇〇〇(マルマルマル)に報告並びに下命求む事由発生。想定九発生。報告者ダスモーグ騎士団所属ネイレン・ノブフォム。どうぞ」

三〇(サンマル)、こちら〇〇(マルマル)、了解。少し待て……」


 デバッケンのドレスラー伯爵騎士団本部に駆け込んだネルは、リーグル伯爵騎士団に無線通信を行わせた。


 勿論その際にはサージから借り受けていた侯爵の特任従士のプレートを提示している。

 当然ながら、そうでもしない事には通信室は疎か、騎士団の敷地に駆け込む際に止められていたし、正式な手続きを通すにしても無線を発信するまでにはたっぷり数十分は無駄に費やしていたであろう。


 尤も、ダスモーグを発つ前にアンダーセン女爵に報告に行かせた事もあるので、もう既にネルやヘクサーの情報についてはすっかり知られていたので問題はなかったであろうが。


 シャーッというノイズだけが小さなスピーカーから聞こえてくる。


――今の時間なら、普通は騎士団に居る筈よね?


 現時刻は午後二時過ぎ。

 特別に何か事情でもない限り、通常ならグリード侯爵は騎士団の執務室に居る筈の時刻である。

 それ以前に、ネルと同じ転生者が現れたという情報はもうとっくにアンダーセン女爵から報告され、侯爵に伝わっている筈だ。


 そのせいか、すぐに応答があった。


三〇(サンマル)、こちら〇〇(マルマル)、これより〇〇〇(マルマルマル)と通信手を交た……」

三〇(サンマル)、こちら〇〇〇(マルマルマル)、どうした?」

『閣下! ネルです! 転生者です! 以前お話したデーバスの兄弟の片割れだと思われる男が……』

『なんだと!? 今そこに居るのか?』


 転生者の情報はともかく、そこまでの事はグリード侯爵にも意外だったのだろう。

 声の調子にかなり興奮した様子が混じっている。


『いえ、今はサージさんが……』

『サージ? ああ、バストラルか。なんでだよ?』

『相手の監視中にバルコーイ駅で偶然に出会って合流しました』

『そうか。状況は?』

『デバッケン駅到着と同時に私はこちらに来ましたので……どこまでお聞きですか?』

『想定六の対象が転生者らしいという事までだな。念の為、デバッケン駅に二〇名程派遣している筈だが』

『すみません、かいつまんで報告します』

『わかった』

『昨日、ダスモーグ駅にて想定六が発生とのことで、本日の駅詰め当番だった私が監視に当たりました。ダスモーグ駅で乗ってきた想定六の対象が転生者だったんです。あれ、多分、固有技能とかの技能を無効化出来る人です』

『そうか』

『すぐにアンダーセン女爵閣下に対してグリード閣下に無線連絡をするように言って、私は対象から見えないように列車に乗り込んで監視していました。途中、見覚えのある顔だと思って【傾斜感知インクリネーション・センシング】を使ってみたところ、反応したのがわかりました』

『ああ。固有技能を潰せる奴な。思い出した』

『ええ。すぐに応援をお願いします。私の固有技能を潰されて、馬で逃げられたら……』

『わかった。すぐに向かう。また、そこ誰か居るか?』

『はい』

『代わってくれ』


 ネルはそばに居たままの通信手に交代を告げた。


三〇(サンマル)、こちら〇〇〇(マルマルマル)、これより、ドレスラー伯爵騎士団はそこの騎士、ネイレン・ノブフォム卿に対し、全面的に協力しろ。場合によっては彼女が騎士団全体の指揮を執る可能性もある。私は……そうだな、夕方までにそちらに到着する。私が到着するまで彼女の意思を全てにおいて優先せよ。どうぞ」

〇〇〇(マルマルマル)、こちら三〇(サンマル)、了解。現時刻を以てドレスラー伯爵騎士団は騎士、ネイレン・ノブフォム卿に全面的に協力致します。通信おわり」


 通信を終えた通信手がネルの顔を見る。

 ネルは頷きながら、


「二〇人じゃとても足りないかも。ここには連絡用に数人残して、残り全員をデバッケン駅に集合させて下さい」


 通信手はすぐに戸口に立っていた衛士にその内容を伝えた。




・・・・・・・・・




 あれだよな?


 【固有技能】を潰せるって確定していた訳じゃない。

 ノブフォムが逃げた時の状況から「そういう推測も出来る」というだけだった筈だ。


 その時に「レベルMAXの隠された能力が解放された時」の仮定として、潰せるのは【固有技能】だけじゃなくて魔法も含む【特殊技能】全てを潰せるようになる可能性があるとは考えた記憶がある。


 鎧を身に着ける時間さえも惜しんで、大至急ミヅチとクローとマリー、そしてラルファとグィネを集めさせた。

 全員が集まったところで手早く説明する。


『……という訳で、デーバスの転生者のスパイの可能性がある。ついでにこちらの【固有技能】を潰せる奴かも知れない。その場合、魔法もだめな可能性がある。全員、今からそよ風の蹄鉄ブリーズ・ホースシュー装備の軍馬で至急デバッケンまで向かうぞ』


 全員が頷いたところで更に言葉を継ぐ。


『また、ラルファ、グィネ。お前らにはこいつを渡しておくが、絶対に軽々しく使うなよ? あと、見られて分かる場所に携帯もするな。逃げられる寸前まで使用は禁止だが、こりゃやばいと思ったら躊躇なく撃て。出来れば殺したくないからその時でも当てる場所は考えてくれ』


 執務室の壁の棚から拳銃を取り出し、弾倉を確かめると二人に渡した。

 拳銃に一番慣れているのがこの二人だから、心配は残るけど仕方がない。


 なお、ライフルはたとえ使わなかった場合でも、遠目からでも知っている者が見れば一発で所有がバレそうなので今回は持っていかない。


『ん』

『わかりました』


 二人はもう一度弾倉を確かめてからゆっくりと撃鉄ハンマーを戻した。

 シングルアクションなのでこれで暴発はしないだろう。


『装備はどうするの?』


 ミヅチの問いに、


『いらん。向こうの奴から借りりゃ充分だろ。それより、夕方迄にはデバッケンに着くように飛ばすぞ、休憩はないから覚悟しておけよ』


 と言いおいて執務室を出た。


 まぁ、そうは言っても俺以外の全員、剣くらいは持っていくだろうけどな。

 俺もナイフくらいは持っていくつもりだし。


 

■わかりにくいとのご指摘を頂きましたので客車の断面図を下記に示しておきます。

(※PCでご覧の方は右上の設定から行間を100%くらいまで詰め、文字サイズも多少小さくして頂くとわかりやすいかと存じます)


 (A)列  (B)列 (C)列  (D)

  ↓   ↓ ↓   ↓

      ┃

 ┃   ┏┻┓   ┃ ←ᛒ列、ᚳ列内側の座席と座席下部は物入れ

 ┣┓ ┳┛ ┗┳ ┏┫ ←ᚪ列、ᛞ列外側の座席と中央及び座席下部は物入れ

 ┗┻┳┻━━━┻┳┻┛ ←床板

   ┣━━━━━┫   ←車輪


■コミカライズの連載が始まっています。

 現在、Webコミックサイト「チャンピオンクロス」で第一〇話①まで公開されています(毎月第二木曜日に更新です)ので、是非ともお気に入り登録やいいねをお願いします。

 私も含め、本作に携わって頂いておられる全員のモチベーションアップになるかと存じます。


■本作をカクヨムでも連載し始めました(当面は毎日連載です)。

 「小説家になろう」版とは少し異なっていますので是非お読み頂けますと幸いです。

 ついでに評価やご感想も頂けますと嬉しいです。


■また、コミックス1巻の販売が始まっております。

 全国の書店や大手通販サイトでお取り扱いされておりますので、この機会にご購入いただけますと関係者一同凄く温かい気持ちになれますのでどうかご購入の程、宜しくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
いつもありがとうございます。 これからどうなるのか気になります! 日曜日が待ち遠しいです。
今更だけど偵察って複数に分けたり、後方要因を用意すべきだったね
(もう)アカン…逃げ帰られるかがターニングポイントになるだろうけど。 日本人でも一般人ならここまで徹底したスパイ対策に無線通信DIYはさすがに想定できんよな…
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