第五百三話 飛び道具
7452年8月21日
昼。
べグリッツの集合住宅の一つ。赤兵隊マンション。
隣の棟との間を通る道沿いに並ぶベンチの一つに赤兵隊の隊長であるバスコと副官のタニアが並んで座っている。
二人はどうやら昼食を摂っているところのようだ。
「このサンドイッチ、パンが凄く美味しいわね。柔らかい」
「うん……」
もぐもぐを口を動かしながら少し大振りなサンドイッチを消費しているが、どことなく嬉しそうなタニアに対してバスコは少し消極的な態度だった。
それもそのはず……。
――銃か。銃があれば確かに戦争の様相は様変わりするだろうな。
バスコとて日本で生まれ育ったからにはある程度の歴史教育は受けてきている。
その中で新兵器によってそれまでの戦場が様変わりする程の影響を与えたのは火薬と航空機、電探、原子爆弾、そして誘導兵器が現れた時だけだ。
そのうちで航空機以降は登場年次が非常に詰まっているので、実質的には一セットと見做しても一〇〇年単位の歴史という長期的なスパンで考えるなら大きな問題はない。
何しろ電探(軍事に実用的なセンチメートル波)、原子爆弾、誘導兵器は全て一〇年以内に実用とされたようなものだからだ。
それを考えると銃という、火薬を使用する武器の登場はこのオースにどれ程の変革を齎すのであろうか?
赤兵隊は傭兵だ。
傭兵の仕事は……多分に偏見が含まれるが、やはり第一に戦争、その一局面である戦闘への参加が挙げられるだろう。
バスコとしては焦りしか感じられない。
「どうしたの? 確かに日差しもあって暑いけど、ここは風も通るから部屋の中よりは良いって言ったのはバスコじゃない」
「ああ」
返事をしながらバスコは頭上を仰ぎ見る。
真っ青な空に白い雲が幾つか浮かびゆっくりと流れていた。
「タニア」
「うん?」
「ちょっと真面目な話がある」
「……なに?」
タニアは口の中の物を急いで咀嚼すると飲み込んで答えた。
バスコの表情や声音がいつにないものであったこともその理由だったのかもしれない。
「俺な……」
「うん」
なにか予感めいたものを感じたタニアは背筋を伸ばし居住まいを正した。
「俺は……」
「……」
ゴクリと唾を飲み込み、タニアは次の言葉を待つ。
今までずっと有耶無耶にされていたがついに言ってくれるのだろうか。
「……実は……」
「……」
はっきりと言葉にして欲しい。
タニアの願いはそれだけだ。
返事など何年も前から決めているのだから。
「ああ、言いにくいな、もう」
「……」
頭を掻くバスコを見るとバツの悪そうな顔をしている。
そこは男らしく頑張って欲しいところだ。
「いいや、言っちまえ……俺はこのオースの人じゃないんだ」
「……は?」
一体何を言っているのだろうか? この唐変木は。
「グリード閣下が言っていただろう? 別の世から生まれ変わってきたって」
「……」
「実は俺もそうなんだ。前の人生の記憶もある」
「……」
タニアは急に悲しくなった。
確かに愛の告白を期待したのは自分の勝手だ。
だが、だとしてもこの話は何だ?
言うに事欠くにしてもそれはないだろう。
「おい、どうしたんだよ?」
不覚にも涙を零してしまったタニアに、バスコは慌てたように尋ねる。
「バカッ、バカ、バカ、バカッ、あんたなんかもう知らない!」
叫ぶようにそう言うとタニアは食べかけのサンドイッチをバスコに投げつけ、ベンチから立ち上がって自分の部屋(父親と同居しているのでタニアは家族用の部屋に住んでいる)に駆け込んで行く。
「ちっ、なんだよあいつ? ったく、食いもんを粗末にすんなよ」
タニアが投げつけたサンドイッチは奇跡的に受け止められたので地面に落ちたわけではない。
地球の基準で言ってもまだ充分に食べられる。
バスコは右手に握ったままの自分のサンドイッチと左手で受け止めたタニアのサンドイッチを交互に口に運び始めた。
「ちっ、バスコめ。焦りやがったな?」
まだ僅かに残っていたタバコを吸って、ジースはゆっくりと息を吐き出すと煙管を振って灰を落とした。
赤兵隊の訓練は基本的に副隊長であるジースが見ることが多いが、東ダートへの出張から帰ってきたばかりのバスコやタニア達は今日は休暇なのだ。
ジースとしては久々に帰った娘と昼食を摂ろうとサンドイッチを買って帰ってきたのである。
他に家族を持っている隊員達もジースに同行しており、遠目ではあるが確実にバスコがタニアを怒らせてサンドイッチを叩きつけているところは見られていた。
「あーあ」
「やっちめーやんの」
事情は分からないが赤兵隊の隊員達もバスコがタニアを怒らせたことくらいは想像がつく。
全員がやれやれと言った顔で赤兵隊マンションに駆け込むタニアを見、ジースに視線を移した。
「しゃあねぇ。今家には帰りたくねぇし、俺ぁ、隊長のお守りでもするさ」
肩を竦めておどける副隊長だった。
・・・・・・・・・
「でな、そういうことから説明しなきゃならんと思ったから、まずは最初からと思ってな……」
サンドイッチを頬張りながら、バスコは平然として言った。
「……何が悪かったか知らんけど、タニアの奴、急に怒って走って行っちまったんだよ」
「そうか……一体それで何故タニアが怒ったのかは俺にもさっぱりだな」
バスコから顛末を説明されたジースとしても、何故タニアが急に怒ったのか分からなかった。
当然だ。
バスコはその時の会話や雰囲気を全て完全に伝えた訳ではないのだから。
「とにかくだ。侯爵閣下ははっきりと『銃』だと言ったんだ……」
バスコによると銃とは戦場の様相を変える程の新しい武器だという。
ある程度の数、銃を揃えた陣営を相手には現在のように歩兵が密集するような陣形は当然、重装備の騎馬で構成されて敵陣に突っ込むような騎馬隊もその威力は情けないほどに削がれてしまう。
そして、銃という武器を扱う訓練は、元が素人でも二~三ケ月でいっぱしの射手になれると聞いては、ジースも驚きを隠す事は出来なかった。
飛び道具としては誰が撃っても威力の変わらないクロスボウやアーバレストに近いもので、弦を引く必要もないという夢のような武器だ。
また、一口に銃と言っても様々な種類があるらしいが、バスコが目にした形状から察して、コウソウ式且つ連発可能な相当に進んだ型であるらしい。
勿論、そのような事を説明するからには、バスコは最初に生まれ変わりについて説明している。
それを聞いたジースとしても最初からバスコの話を信じた訳ではなかったが、バスコの説明は理路整然としているばかりか、例の馬車鉄道について、マサツという概念から説明をした事で半信半疑ながら納得せざるを得なかったのである。
――だとしてもタニアが怒った理由にはならない筈だが……?
バスコの説明だと、生まれ変わりについて話し始めてすぐにタニアは怒りを顕にして走り去ったと言うから、本当に頭を捻るばかりだ。
バスコが他の世から生まれ変わって来たという事について信じられず、嘘を吐かれたと思って腹を立てたのだろうか?
それくらいしか思い付く事はない。
が、ジースとしてみればちゃんと話を聞けば嘘だと断定できる理由もない話であるばかりか、半信半疑ながら信じざるを得ない、という気持ちもある。
「……そして、もっと詳しく知りたいならエムイー訓練に参加して合格しなきゃ教えられない、とまで言ったんだ。だから……」
来年行われるというエムイー訓練に参加するつもりだ、と話を持っていきたかったのだという。
ついでに、今のところ、侯爵は同じ生まれ変わりであるバスコのみは赤兵隊から参加しても良いが、それ以外の隊員はよく知らないので訓練参加への推薦は出来ないと言ったという。
そこでバスコは、ジースやタニア、そして各組長など、赤兵隊の幹部についての訓練参加を認めさせるために、どうしたらいいか相談する筈だったと結んだ。
「よく知らんから、というのが参加できない理由なら、よく知って貰えばいいんだろう?」
「そうだな、だけどさ……よく知って貰うって何だよ? どうしたら良いんだよ?」
「……その特別な、エミー訓練? に参加する前に騎士団の訓練にも参加させて貰えないか聞いてみたらどうだ?」
「エムイー訓練、な。だけど、そうか。騎士団の訓練に参加して親しくなれ……って、騎士団の訓練に参加なんか出来んのか?」
「知らんよ。だが、同じ生まれ変わりだって事でバスコは侯爵閣下から特別視されているのは確かみたいだし、聞く耳くらいは持ってくれるんじゃないか? 悪いが火ぃくれ」
バスコはジースの差し出す煙管に火を点けてやった。
「……言われてみればそうだな。今更そんなとこで遠慮しても始まらん、か」
旨そうにタバコを吸うジースを見て、バスコは額に眉根を寄せた。
どうすれば騎士団の訓練に赤兵隊を混ぜて貰えるのか、その方法や侯爵の口説き方を考えるのは、副官が不在である今、隊長であるバスコの役目だろう。
尤も、バスコとしてはその方法を一緒に考えて欲しいと頼むつもりだったのに、と思わないでもなかったが。
「わかった。少し考えてみる。タニアにはよろしく言っといてくれ。あと、なんで怒ったのか聞き出せるなら、頼む」
「ああ」
そろそろ昼の休みは終わり、午後の訓練が始まる。
赤兵隊マンションから隊員達も出てき始めた。
それに合わせてジースもサンドイッチを入れていた籐籠を腰に提げて立ち上がる。
ああは言ったが、バスコとしては一刻も早くタニアに知恵を借りたいところだ。
今から部屋を訪ねて話し合うべきだろう。
こちらに失点があるのであれば頭など幾ら下げたって良い。
彼女とは過去に何度も喧嘩をしてきたのだ。
■コミカライズの連載が始まっています。
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「小説家になろう」版とは少し異なっていますので是非お読み頂けますと幸いです。
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