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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第五百一話 新たな訓練メニュー

7452年8月20日


 バルコーイに待機させていた特別編成の列車を一晩中走らせ、やっとウィードに到着した。


 捕虜のケルザスロンは夜中でも走れる事に驚きを隠せていない。


 往路で夜中も乗っていた赤兵隊は今更驚いてはいないが、楽に、そして高速に長距離を移動可能な馬車鉄道という交通機関について興味を覚える者も居たようで、停車の度に車体の下部や御者台、車輌の連結部を熱心に覗き込んでいる奴もいた。


 ベンディッツによるとそいつは彼の副官で小さな頃からの付き合いのある信用の置ける人物らしいが、露骨な観察は間者を疑われかねないから見たけりゃべグリッツの車輌基地まで我慢しろと言っておいた。


 え? 最初に挨拶されたのか。

 覚えてなかった……。

 ま、いいや。


 そもそもウィードで降りたのには目的もある。

 今日がエムイー訓練の第七想定の最終日なので土産を持って奴らの顔を見に行ってやるつもりなんだ。


 両手首を縛られ、両足も短い縄で縛られた上に首に縄までかけられたケルザスロンを伴ってリーグル伯爵騎士団の臨時駐屯地に入ると食事にした。


 時刻はまだ昼前なので少し早いが、丁度良い。


 ちなみにこの駐屯地はエムイー訓練の時にだけ使用している臨時駐屯地なので普段は誰も居ない事もあって建屋はあまり大きくない。


 基本的に訓練学生もここで寝泊まりする事は無いし、教官連中の宿舎として使えれば充分だからだ。

 敷地も数十人が運動出来る程度の広さしか無い。


 従って、食事を摂るとは言え、調理用の厨房も料理人も居ないからメニューは必然的に途中の店で買えるような大して美味くもない物が中心となる。


 駐屯地に居たバルソン准爵やトリス、騎士団のエムイー徽章持ちなどの教官連中は突然に現れた俺たちに驚き、すぐに申し訳無さそうな顔で「大したおもてなしが出来ず……」とか恐縮していた。

 彼らは戻って来る学生たちに振る舞う食事を作っていたようで、広場の端で煮込みとスープを作っていたようだが、それに使われている材料も俺たちが道中で購入してきた物とどっこいどっこいだ。


 今いる者でそんなメニューに文句を付けられるのは俺かミヅチくらいのものだが俺たちもそれに不満はない。


 ライ麦がメインの硬い黒パンを噛み千切り、干し肉のスープよりは多少マシなスープで流し込み、適当に塩コショウで味付けされた豚肉の塊に齧り付く。


 美味いか不味いかで言ったら当然不味い方に近い物だが、肉があってパンが食い放題というだけで傭兵たちは大喜びだ。


 ベンディッツはともかく、バースや俺の戦闘奴隷、そしてミヅチの護衛二人もメニューには文句一つ零すことなくぱくついている。


 まぁ、俺もミヅチも皆と一緒に普通に飲み食いはしている。


 ついでに捕虜のケルザスロンも端っこの方で地べたに座ったまま食事をさせているが、利き手であろう右手の指は折られているし、口の中も傷だらけだろうから時折顔を顰めていた。


 そうして飯を食い終わって豆茶を飲んでいると、バースが話し掛けてきた。


「ここにはどのくらい居ます?」

「ん~、まだわからないけれど、最低でもあと一時間は居るだろうな」


 なぜそんな事を聞くのか分からなかったが、どうもタバコを吸いたかったようだ。

 今まではいつ戦闘になるか全く不明だったし、屋外で過ごす事も多かった(ここも屋外だけどね)ので吸わなかったらしい。


 なお、吸った煙を肺に入れない葉巻などのタバコはタールが肺に付着しない(か付着しても極微量である)ので肺活量は殆ど落ちない。

 バースの前の緑色団ベルデグリ・ブラザーフッドのリーダー、ヴィルハイマーなど稼いでいる冒険者でも葉巻を吸う喫煙者がいた理由でもある。


 対して、刻みタバコをキセルやパイプで吸う場合はしっかりと煙を肺に入れるのが普通なので肺活量は落ちてしまう。

 そういった理由もあって刻みタバコを吸う冒険者は殆どいない。


 まぁ、どちらにしてもそれなりの値段がする代物シロモノなので貧乏人にはそもそも縁の薄い物だ。

 バースのように金を稼くことの出来ない冒険者でタバコを愉しみたい者は、粉にした嗅ぎタバコや噛みタバコを嗜む奴が大多数である。

 こちらもタール類が肺に付着する可能性はゼロ(燃やしていないのでそもそもタール自体が発生しない)だ。


 どちらも葉巻を製造する際に出るカスみたいなものや、刻みタバコ用でも出来の良くない葉から作られているので価格は雲泥の差なのだ。


 しかし、葉巻だろうが嗅ぎタバコだろうがしっかりとニコチン中毒にはなるので俺としては自領で作られていようと敢えて吸おうとはしていない。息が臭くなるし。


 それに……。


 俺の返事を確認したバースはまだ真新しい革製の煙草入れ(ヒュミドー)から葉巻を取り出すと口にくわえ、広場の端っこの竈まで行って燃えさしで火を点けていた。


 自分で火魔法が使えない者も余程高位の人間(火魔法が使える召使などを雇うか奴隷として抱えられる者)でもない限りは吸う者は多くはない。

 元々生産量自体が少ないという理由もあるが、葉巻での喫煙それ自体がステータスにもなる程の贅沢品の代表格なのだ。


 それはそうと、バースの煙草入れ(ヒュミドー)は飾り気も無いシンプルなもので、バルドゥックで超一流だった冒険者の、しかもリーダーが使うような物ではない。


「ああこれか。前は結構良い奴を使っていて気に入ってたんだけどな、あの時に失くしちまってな……」


 美味そうに煙をくゆらせながらバースが言う。

 何でも知り合いから譲って貰った、元はン十万Zもする高級品だったらしい。


 そうしてどうでもいい話をしているうちに三〇分ほどが経ち、バースの葉巻も半分近くにまで短くなった頃。


 ロッコに率いられた訓練学生たちが幽鬼のようなざまで駐屯地に戻ってきた。


 全員が大荷物を背負い、ヘルメットや革鎧のあちこちには森の下草のような植物が山のように引っ付いているばかりか顔は草の汁や泥などで汚れ(し)ているという、異様な風体だ。


 それでもベンディッツを始めとする赤兵隊は武器に手を掛けて地面から立ち上がろうとしていたが、ベンが「慌てないでください。御主人様の騎士団員ですから」と言ったので空気が張り詰めたのは一瞬だけだった。

 赤兵隊は驚きのあまり声も出せていない。


 そして、学生たちは今にも死にそうな足取りで三列に並ぶと、


「第二期エムイー訓練部隊は、ウィード山中に潜む敵部隊の位置を偵察、特定した上、敵中に潜伏した間者からの報告書の回収を終え、被害無しで帰還致しました!」


 とベルが叫んだ。

 今回は彼女が戦闘隊長だったようだ。


「第七想定、終了」


 それを聞いたロッコが宣言すると学生たちはその場にくずおれた。


 ベルも――あれはヒスか?――相棒バディらしき女性と抱き合うようにしながらへたり込み、その他の者も全員がその場に倒れるように座ったり、文字通り寝転んでしまう者すらいた。


「水ぅ~!」

「お水ちょーだいよ!」


 どこかで聞いた声音も掠れていて力が籠もっていない。


 気が付けば同行していた教官連中の中にもへばって倒れている奴が居た。


「あれ誰だ?」


 傍にいた筈のトリスに尋ねようと声を出したが、トリスはもう既に学生たち(ベル)に向かってすっ飛んでいた。


「さぁ?」


 ミヅチも首をひねっている。


「あれは騎士ミンズイ卿ですね。ランセル伯爵騎士団から視察のために出向して来ている方です」


 騎士団のエムイー徽章持ちが教えてくれて納得した。

 流石に身軽な格好をした教官が倒れるとか有り得んだろと思っていたところだ。


「あ、そうか。他には誰が来てるんだったか?」


 聞いた気もするが覚えてはいない。


「ドレスラー伯爵騎士団から騎士バックジール卿、エーラース伯爵騎士団から騎士マイトガ卿がいらっしゃっておりますが、今回の想定訓練に参加できていたのはミンズイ卿だけであとのお二方はべグリッツで休んでおられます」

「ん、そうか。素人さんにはきついだろうし、仕方ないな」

「……はい」


 俺は隣でお茶を飲んでいるミヅチに目でサインを送ると椅子から立ち上がって近づいていった。


「おう、お疲れさん!」




・・・・・・・・・




「全員起立!」


 いち早く俺の姿を認めたジンジャーが怒鳴るように叫ぶ。


 すると、今の今まで地面に座り込んだり寝っ転がっていた学生たちは、荷物を下ろしたからか結構素早い動きで立ち上がった。


「騎士団長閣下に敬礼!」


 歩兵用の剣(ショートソード)を捧げ、敬礼まで送ってくる。


「直れ。休んでよし」


 俺自らそう言ってやるとすぐに座り込んだ。

 やっと休めると思った所に悪かったな。


「すまんがちょっと来てくれ」


 ロッコとジンジャー、そしてトリスに言うとバルソンにも声を掛けてケルザスロンが座らされている所とは別の端に行った。


「あの闇精人族ダークエルフな、デーバスの宮廷魔導師の手下でな、ギマリに向かって工事中だったチームを護衛の騎士団員ごと全滅させた奴らの指揮官だ」


 そういう事件があったというのは既に全員耳にしていたようで、それ自体に驚きはなかったようだ。


 が、デーバス側の襲撃だと確定したばかりかその襲撃部隊の指揮官を捕らえている事は驚きを持って迎えられた。


「捕虜に対する尋問訓練を追加で行え。尤も生き証人だし、デーバスの宮廷魔導師様のお気に入りでもあるみたいだから殺すな。なお、魔法の技倆うではかなり高い筈だが、元素魔法は水魔法と火魔法しか使えないから訓練学生でも抑え込むのは問題ないだろう」


 その他、魔力量が非常に多い事や肉体に対して痛みを与えるような拷問などは構わないなど、注意点を幾つか話す。


「尋問自体はもう……?」


 質問を許可するとジンジャーが尋ねてきた。


「ああ。一応済ませてはいる。通り一遍だがな。だが、私が得た情報と君たちが聞き出した内容とで突き合せも必要だから、今はこれ以上の情報を話すのはやめておこう」


 そう答え、次いで学生たちの尋問には教官から最低でも二人は同席し、殺さない為の抑止と聞き出せていない情報がありそうならそのまとめを頼む。


「尋問って、何を吐かせれば……?」


 ロッコの阿呆な質問には答えるのも面倒臭くなるが、皆の前で無視する訳にもいかない。


「それも含めて考えてくれ」

「う……」


 こりゃだめだ。ロッコは現場指揮官までだろうな。

 ラルファタイプか。

 良くて中隊――伯爵騎士団程度を任せられるかどうか、という感じだと思う。

 優秀な補佐役でもいない限りは独立した村一つ、士爵に叙するのも勇気が必要になるだろう。

 尤も、上級貴族家の戦闘という実務を預かる貴族、という立ち位置は可能だろうけれど。


 まぁ、本人が並外れて頑張って変われるのなら別だが……人なんて何歳いくつになったって変われるものさ。

 むちゃくちゃ難しいけど。


「とにかく、訓練学生たちの尋問訓練は明日の真夜中までと時間を切っておこう。明後日中には報告書を頼む。それから、訓練はここでやっても構わないが、最終的に奴はべグリッツまで連れてきてくれな」


 当然ながら、結果に大きな期待はしていない。

 だが、本物の素材を使って経験を積める機会は多くはない。


 その後、少しの間訓練学生たちを労うと、俺はさっさと赤兵隊の傭兵共を引き連れてべグリッツへと戻ることにした。

 今なら夕方には着けるしね。




・・・・・・・・・




 べグリッツへ向かう特別編成の列車の上。


 バスコは今日見た訓練(?)についてアルに尋ねる機会を得た。


「あの、閣下。少し質問を宜しいでしょうか?」

「何だ?」


 アルは左肩にうとうととしたミヅチを寄りかからせ、両手を組んだ姿勢でいる。

 両足はその他の皆と同じように車輌の縁に投げ出すように伸ばしていた。


「その、今日のウィードの騎士団の駐屯地での事なんですが……あれが騎士団の訓練なんでしょうか?」

「ああ、エムイー訓練か」


 アルは鎧の左胸に取り付けられたワッペンのような物を右手の親指で指し示しながら言う。


 そう言えば、何か宝石のようなものを咥えたドラゴンの横顔のような図案はアルやミヅチ以外にも何人かの騎士団員らしき者が身に付けている事には気が付いていた。


「エムイー……?」


 その言葉には答えずにアルは「あれは通常の訓練じゃなくて特殊な訓練だ。合格すればこの徽章を佩用はいようする事が許されるんだ」と少し照れくさそうに言った。


 領主兼騎士団長という立場なのだし、恐らくは徽章のデザインも本人が行ったのかもしれない。


「なるほど……」


 そう答えたものの、バスコとしては次の質問は決まっている。

 どう切り出したものか少し迷っているだけだ。


『ここからは日本語で話そうか。あれは自衛隊のレンジャー訓練を真似たものだ。ここではある資格を取得するのにあの一連の訓練メニューをこなした上で一定の基準を上回って……要するに合格する必要がある……』


 少し待ったが続きは話してくれそうもない。

 ならば、日本語での会話を選択された事でもあるし、バスコとしては単刀直入に尋ねる事にした。


『そうですか。それと、あの、訓練生の皆が持っていたのは……銃なんですか?』


 少しおずおずとした声音だが、その目には決して弱気そうなそれではなく、真剣な光をたたえているし、興奮したような色も混ざっている。


『見りゃわかるだろ。その通りだ……』


 薄い笑みを浮かべながらアルは答えた。

 アルとしてはゴム(プラスチック)を量産出来る程の工業力を持つ貴族に仕えたいと言って、遠くからはるばるやってきたバスコである。

 今更数丁の銃を盗んで消えるなどという事もあるまいし、むしろ銃の存在はそれを知る者にとっては並ぶ物など無い程に大きくて重要な情報だ。


 味方であって良かったと思いこそすれ、敵対するのだけは、そういった行動を取っていると思われるのだけは避けたいと考えるに違いないと考えていただけの話だった。


 そしてこれは事実である。

 バスコも少し興奮気味だが銃の存在(?)を知っても裏切りにたぐいする行動など思いもよらない。


『遅かれ早かれ気が付くとは思っていたし、こちらとしてはいつ聞いてくるのかと思っていたくらいだよ』


 エムイー訓練では今の想定訓練以前の体力錬成訓練の時点から銃と同様のウェイトを持たされての訓練となっている。


 ただ、体力錬成は騎士団の敷地内か周辺でのみ行われているし、実弾は当然、空砲での射撃すらも訓練メニューには無いのでそれなりに近距離で見ない限りは分かり難いのも確かだ。


『と言う事は……もう既に銃が……?』


 その問いにアルは、


『さてな。なお、今のところごく僅かな例外を除けばエムイー訓練にパスした者以外に銃という概念は知られていない。詳しく知りたきゃ君もエムイー訓練に合格してからにしてくれ。訓練参加に騎士団員である必要は無いが、騎士団長か騎士団の幹部、又は私の領内で領地を持つ貴族の推薦は必要になる。まだ良く知らないから現時点で私が赤兵隊スカーレット・ソルジャー・コーで推薦出来るのは君一人だがな。ああ、あと、次回の訓練は来年の六月開始を予定している』


 そう答えると、もう話は終わったとばかりに目を瞑ってしまった。


 

■コミカライズの連載が始まっています。

 昨年の11/14(木)にWebコミックサイト「チャンピオンクロス」で第一話が公開されています(毎月第二木曜日に更新なので現在は第7話まで掲載されております)ので、是非ともお気に入り登録やいいねをお願いします。


 私も含め、本作に携わって頂いておられる全員のモチベーションアップになるかと存じます。


■本作をカクヨムでも連載し始めました(当面は毎日連載です)。

 「小説家になろう」版とは少し異なっていますので是非お読み頂けますと幸いです。

 ついでに評価やご感想も頂けますと嬉しいです。


■また、書籍を扱うような大手通販サイトでコミックス1巻の予約販売が始まっております。

 この機会にご予約いただけますと関係者一同凄く温かい気持ちになれますのでどうかご購入の程、宜しくお願いいたします。

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