第四百九十三話 謎の襲撃者 12
7452年8月16日
埋めたデーバスの偵察部隊について、掘り出しに行く前にその全ての位置を簡単に地面に描いておく。
最初の方に掘る数人はともかく、後半の奴らは窒息死している可能性が高いのでその頃には生命感知には引っ掛からなくなっているだろうしね。
まぁ、正直言って埋めてしまったデーバスの偵察部隊なんて、そのまま放っておいても構わない、というのは本音だが、装備品や何らかの偵察記録のようなもの(あってもこちらの拠点を眺めて描いたイラストや簡単なメモ程度があれば上出来だろう)でも見付けられたら嬉しいからだ。
その描き方や記録内容でデーバス側がこの偵察部隊に求めている命令は勿論、偵察の水準を推し量る材料に出来るし。
まず掘り出しに行くのはリーダーであろうと目される奴からだ。
情報を多く持っているであろうリーダーだけは生きて捕らえたい。
位置の推測は付けている。
鋒矢の陣の後ろから二人目か三人目がその位置だ。
「まずこいつから行く」
地面に描いたうちの一つ、後ろから二人目の位置を指し示すとその方向に向かって移動を始める。
が、付いて来たのはミヅチとその護衛二人、ベンとエリー、そしてバースだけだった。
赤兵隊は隊長のベンディッツ男爵を始め、全員がぽかんと大口を開けて聳える土山を眺めているだけだ。
ああいうの見るのももう慣れたが彼らにしてみれば初めて見たんだろうし、仕方ないかもしれない。
だけど、俺にしてみれば「又かよ」という気持ちになってしまうのも否めない。
「おーい、置いてっちまうぞ」
一言声を掛け土山にアンチマジックフィールドの巨大羽子板を振るう。
一振りで大きく抉り取るように土山の一部を消し、そのスペースへ足を踏み入れる。
地面には数㎝の高さで俺の出した土が残っているが、そこまで丁寧に消す必要もない。
そしてすぐにリーダーと目される奴が埋まっている寸前までやってきた。
掘り出しに掛かる前にもう一度、生命感知の魔術を使ってみるがまだ誰も窒息死してはいないようだ。
「じゃあ足から行くぞ」
俺はそう言ってアンチマジックフィールドの板を小さく作り直すとベンとエリーが縄を持って俺の両脇で待機した。
足が見えたら即座に縛って自由を奪うためだ。
無造作にアンチマジックフィールドを振るうと、左足の一部が見えた。
革製のサンダルを履いているが、かなり履き古しており、ボロボロだ。
こんなのウチの商会員や騎士団に所属している者が履いているところを見付けでもしたら大目玉だ。
更に奥へ向けてアンチマジックフィールドを振るう。
右足も見えた。
足の太さからして結構若い感じだ。
ズボンも履いているようだが、裾はくるぶしよりも少し長いようであり、なんとなくだがベトナム戦争を扱った映画に出てくるベトコンを思い出させた。
勿論、あんな上等な生地ではないが。
念の為、ベンとエリーが足を縛っているところを眺めながら【鑑定】してみる。
【ジョエル・ギザード/10/10/7444 ジョエル・ギザード/16/3/7443 】
【男性/13/5/7436・普人族・ゲグラン家所有奴隷】
【状態:良好】
【年齢:16歳】
【レベル:10】
【HP:62(62) MP:121(121)】
【筋力:10】
【俊敏:12】
【器用:8】
【耐久:9】
【特殊技能:水魔法(Lv.4)】
【特殊技能:火魔法(Lv.3)】
【特殊技能:無魔法(Lv.4)】
【経験:138216(150000)】
げげっ!
こ、こいつら、あのゲグランんとこの奴隷かよ!?
年齢は結構高いみたいだ。
確か去年ふん捕まえたガキは……幾つだっけ?
成人どころかまだ年端も行かない子供だったと思う。
ゲグランがガキばっか集めていて、魔力の成長法を試していそうなのは理解していたが、成人しているという年齢からこいつがリーダーなのかな?
いや、二~三年前にタンクール村でぶっ殺した、最初に会った奴隷たちは全員成人どころか二十歳を超えている奴もいた……ような?
何にしても去年捕まえたガキ共は揃って一〇代の前半……確か一番年嵩の奴でも一二~三くらいだったか?
それを考えるとこいつがこの偵察部隊のリーダーでも充分に頷けるが、念には念をだ。
「御主人様、こいつ、魔法使えますよ」
「どうしますか?」
奴隷のステータスを確認したベンとエリーが俺を見て尋ねる。
「好きにしろ。だが喋れるようにはしておけよ」
用心のために足の指を一本くらい潰しても良いかもしれないけど、まだ膝より上は埋まってるし、掘り出しても窒息寸前で魔法なんか使えやしないだろう。
そん時に手の指でも折ってやりゃ充分だ。
取り敢えず両足を短い縄で縛ったのを確認し「いいか?」と尋ねる。
「はい」
「大丈夫です」
二人の答えを確認して一気に上半身がある辺りをアンチマジックフィールドで撫でる。
と。
土に埋まっていたギザードは顔の前に隙間を作るような感じで額から頭部に両手を当て、前腕や肘で顔の前をガードするような格好をしていた。
この姿勢なら上空から大量に土砂が落ちてきても顔の前全部は埋まらず、それなりの空間が保たれる。
ミヅチがギザードの喉元にシミターを突きつけた。
「ゆっくりと両手を下ろしてこっちに出せ」
バースも長剣を胸に突きつけたまま命じる。
あとは両手首を縛って指でも折って、そこらに転がしておけば問題ないだろう
もうここは任せてもいいだろうと判断し、後ろから三人目に位置していた奴の方へ行くことにした。
再びアンチマジックフィールドを整形し直してサクサクと土を消しながら進む。
あ、魔力が勿体ないのでアンチマジックフィールドをキャンセルしてまでディテクト・ライフを使い直すような真似はしない。
そしてすぐに目的地へ到着した。
また両足だけを土から出す。
は?
濃い紫色をした肌だ。
ミヅチの護衛を務めて貰っている二人よりも黒に近いかな?
美男美女の基準なんだっけ?
【レマイユ・ケルザスロン/10/10/7444 レマイユ・ケルザスロン/24/11/7442 】
【女性/26/9/7417・闇精人族・ゲグラン家所有奴隷】
【状態:良好】
【年齢:35歳】
【レベル:16】
【HP:125(125) MP:231(231)】
【筋力:17】
【俊敏:32】
【器用:27】
【耐久:17】
【特殊技能:水魔法(Lv.5)】
【特殊技能:火魔法(Lv.5)】
【特殊技能:無魔法(Lv.5)】
【経験:638413(680000)】
これは……すげー奴っちゃ。
バルドゥックの一流パーティーに居たとしても引けを取ることはないだろう。
一四~一五レベルくらいまでなら一流半程度のパーティーには珍しくないが、一六ってのはそう滅多にいないしね。
「闇精人族かぁ……」
俺の隣で同じようにしゃがむミヅチが呟くように言った。
『こいつもゲグランとこの奴隷だ。レベル一六。女、年齢三五。MPは二三一もありやがる』
ステータスオープンも掛けていないので、どうせミヅチの傍に控えている護衛に聞かれても大丈夫なように日本語で返事をする。
ミヅチはふーんという程度で特に大きな反応はしなかった。
振り返るとベンもエリーもギザードに猿轡を噛ませて腹に蹴りを入れているところだ。
指を折ったのかまでは分からないが、もう折っていると見てもいいだろう。
「次、こいつだ。急げ!」
ベンとエリーはすっ飛んで来て足を縛る。
足首に縄を掛けたら少しだけ反応していた。
助けが来ての喜びか、それとも自分たちを埋めた奴への用心か。
魔法の特殊技能のレベルも高いし、魔力量も多い。
以前はミヅチやその護衛たちのようにライル王国の戦士階級であったのだろう。
油断はできない。
まず、頭のある辺りをアンチマジックフィールドで撫でる。
やはり顔の前を両手で覆って空気を確保していたようだ。
しかし、何かする前にミヅチの護衛が半分埋まったままの横顔を殴りつけ、そのまま指を掴むとボキリと折ってしまった。
「い゛っ!」
わけのわからないうちに指を折られたケルザスロンは苦痛の声を上げるが、もう魔術は使えない。
「「ステータスオープン」」
護衛の二人がケルザスロンのステータスを確認している。
いや、別にいいけど、俺に一声くらい掛けてからでもバチは当たらないだろうに。
まぁ、仕事以外では滅多に国を出ることのないダークエルフだし、仕方な……そういやぁ何らかの犯罪を犯したダークエルフは奴隷として叩き売られる事が多いんだっけ?
叩き売りされたのかどうかは知らないが、さっきのステータスオープンは奴隷階級かどうかを確かめる為だったのかもしれない。
犯罪者をミヅチや俺に近づけさせないように、とか?
二人は互いに目配せをし合ったようだが、すぐにどちらともなく小さく顔を横に振りあった。
ねぇこいつ、知ってる? 知らない。私も。
ってとこだろうか。
「閣下、この者はエルレヘイで何らかの犯罪に関わった可能性が高い者です。この場で処分することをお勧めいたします」
ミヅチの護衛隊長であるマリーナ・カルサスロスさんが言うが、同郷人に対してそれでいいんかい!?
もう一人の護衛の方も頷いている。
「処分なんかしないわよ。少なくとも話を聞くまではね」
ミヅチがそう言って割り込んで来たが、正にその通り。
年齢やレベルなどから言って、こいつがリーダーだろうし。
あ、後の奴らは正直もうどうでもいいが、何か重要な情報が聞けるかもしれないので可能なら掘り出すよ。
・・・・・・・・・
結局、一三人いたデーバスの偵察部隊のうち、三人は窒息していて助けられなかった。
しかしながら、大部分は生きたまま掘り出せたし、まぁ良いんじゃないかな?
因みに、風魔法が使える奴が六人も居たのだが、そいつらは最後の方に掘り出された奴も含めて全員助かっていた。
と言っても最後の一人を掘り出すまでに掛かった時間は合計三〇分もないから窒息死してしまった奴は相当に運が悪いと言う事でもある。
全員が顔の前に腕と手でスペースを作っていたのだが、隙間なく土が流れ込むような事もないのでそのスペースに風魔法を使って空気を生み出して呼吸していたからだ。
また、ダークエルフはリーダーらしい女が一人だけで、あとは若い奴らばかりで、十代前半程度の子供は一人も居なかったのは良心の呵責を覚えずに済んだので幸いだと言える。
尤も、若い奴が相当苦しんで死んでいる表情を見るのは何となく心が痛まないでもなかったが、境界線の向こう側で俺と敵対していた奴なんだからと心を黒色で塗り潰して努めて考えないよう、少しだけ苦労させられた。
「そう。ジョーブにラミレー、メルが死んだの……」
死んだ奴らの名前をリーダーのケルザスロンに教えてやると、ケルザスロンは少しだけ沈痛そうな顔になったがすぐに表情を消した。
もう少し取り乱すかと思ったが、そこまで入れ込んでは居なかったようだ。
「そなた、何期だったのか?」
ミヅチの護衛が剣先をケルザスロンの顎下に当てて尋ねた。
相変わらず下手なラグダリオス語だが、会話内容が俺たちにも理解出来るようにとの心積もりなのだろう。
何期ってなんやねん? と思ったが、ミヅチも隊長のカルサスロスさんも冷たい目で見下ろしていたので何も言わなかった。
「……リコサーの七五期」
リコサーというのが何だかわからないが、それだけでミヅチたちには理解出来たようだ。
「ふん、リコサー七五期のケルザスロン。お前が例の……」
後半はボソボソ声で聞き取れなかったがカルサスロスさんは軽蔑するような表情を浮かべると、
「こいつは殺人者です。私が戦士階級の修業に入る一年前に三位戦士となり、二年か三年で当時の上司を殺してエルレヘイから追放された者ですね。滅多にない殺人事件だったのでよく覚えています」
と言ってきた。
ふーん。だけど、奴隷として売られる事で追放されたって事は法的にもう罪を償っているって事なんじゃないかな?
まぁ、どんな世界でもまともな者なら過去に殺人を犯して裁かれた経験がある者を忌むのはある程度共通した心理であろう事も理解は出来る。
かく言う俺だって、その昔、俺に対して敵対もしていなかった隊商護衛の冒険者を有無を言わさずに殺した経験もある。
尤も、あいつは間者の連絡員をしていたから法的な犯罪を行っていなかったとは言い難いが。
何にしても、拘束された上に指を折られているので碌な抵抗も出来ない。
因みに、ダークエルフだからというのもあるだろうが、すごい美人が縛られているという図には何だかこう、くるものがあるな。
では、尋問と行きますかね。
■コミカライズの連載が始まっています。
昨年の11/14(木)よりWebコミックサイト「チャンピオンクロス」で掲載が始まっており、現在第五話まで公開されていますので、是非ともお気に入り登録やいいねをお願いします。
私も含め、本作に携わって頂いておられる全員のモチベーションアップになるかと存じます。
■本作をカクヨムでも連載し始めました(当面は毎日連載です)。
「小説家になろう」版とは少し異なっていますので是非お読み頂けますと幸いです。
ついでに評価やご感想も頂けますと嬉しいです。




