第四百九十一話 謎の襲撃者 10
7452年8月16日
「そうかもな。誰か楽にしてやれ」
そう言いながら振り向くと二〇〇m程後ろの工事が終わった道をケンタウロスが斜めに渡っていたところが見えた。
「また来たぞっ!」
そう叫んで警告を発しながら奴の進行方向である森に向けてファイアーアーバレストミサイルを放つ。
距離があったので加速にも魔力を注ぎ込んで速度をマシマシにしてやった。
炎の槍は一直線に飛翔し、“ここだ!”というところでクンッと弧を描く。
目標はちらりと見えているケンタウロスの上半身だ。
そして。
「ゲブォッ……!」
見事にケンタウロスの脇腹を貫いた。
「っし!」
思わずガッツポーズを取りそうになるくらいには遠くて難しい位置だった。
「誰かあいつの魔石を……」
そこまで言いかけた時に、生命感知を使おうかどうか少しだけ迷う。
前回の使用は今から五分ちょい前だ。
しかし、魔術の効果範囲とケンタウロスの移動速度を考えると一分毎に使用しても間に合わない。
全く意味がないとまでは言えないだろうが、魔力消費はともかく毎分あの複雑な生命感知魔術の使用に精神集中しなければならないなんてのは流石に厳しい。
ミヅチに頼ってもいいがそもそもの魔力保有量が違いすぎるのであいつは一時間に一回程度の間隔を空けないとあっという間に魔力切れになっちまう。
まぁいい。ファイアーアーバレストミサイルの直後になるが仕方ない。
まず一回使ってみるか。
「……」
感知範囲には俺たち以外にそれなりの体重を持つ生物はいないようだ。
って事はさっきの奴と今のケンタウロスは二人(?)一組で行動していたのか?
それとも偶然か?
近づいてきた方向が違ったような感じなので偶然な気もするが断定は出来ない。
生け捕りにするにしてもケンタウロスとはまともにコミュニケーションが取れないらしいからあんまり意味ないんだよな。
くそぅ、誰か魔物の言語とかペラペラな奴はいないもんかね?
そんな奴の話、お伽噺以外で聞いた事もねぇから無理だろうなぁ。
語彙が少ないらしいオークとだって碌なコミュニケーションは取れなかったしねぇ。
「感知範囲には異常はないみたいだ」
傍に寄って来たミヅチに言う。
「うん。でもあの速さだと……」
「ああ。ちょこちょこ使わないとあまり意味がないな」
おそらくだが、ちらっと見えたところではケンタウロスの速度は時速一二~一五㎞というところだろう。
この速度は巡航速度といったところだ。
軍馬の巡航速度より少し上だね。
全速で駆ければもっとずっと速いのは知っているが、長続きは出来まい。
何にしても分速に直すなら二〇〇~二五〇m程であり、一分どころか三〇秒置きに使ったって最悪の場合、気付いた時の距離は目と鼻の先、という可能性すらある。
効果範囲の延長を行わない生命感知だと余程短い間隔で使わない限りはあまり意味はない。
勿論効果範囲を広げる事も可能だが、そうしたらそうしたで全然関係ない魔物や動物なんかも多数引っ掛かかる可能性が高まる。
野生動物やこちらに敵意のない魔物なんか、こちらがかなり大きな音を立てていたりなど存在感を示してやらなければ向こうがこちらに気付いてくれる距離はせいぜい五〇mだ。
七〇~八〇mも離れると、予めこちらの存在を知っていて待ち伏せをしているなどかなり特殊な事情でもない限りは、例え腹を減らしたホブゴブリンだとしてもまず気付かれる事はない。
もしくは犬人族の【超嗅覚】並みに嗅覚が優れた奴とかね。
あ、そっか。
赤兵隊にドッグワーがいた筈だ。
そいつに頼んでおけばいい。
と思ったが、そうは問屋が卸さない。
【超嗅覚】の効果時間は肉体レベル✕六〇秒間なのである。
まぁ、連続使用に制限はないので切れたらまた使い直せば良いのだが、長時間使っていると森の中の色々な匂いも感じ取ってしまう。
特に各種の植物(樹木を始め下草なども匂いを発しているし、時期の問題もあり植物類は普人族の俺にも感じられる程強く青臭い匂いを放っている)の匂いが邪魔になり、肝心のケンタウロスの匂いを嗅いでも初めて特殊技能を使った直後程には嗅ぎ分けられなくなるのだ。
要するに、結構簡単に鼻が馬鹿になるって事ね。
因みに、これはその季節、その土地で【超嗅覚】を何度も使用した経験があれば結構マシにはなる。
また、ある程度間隔を置けばまた鼻の感覚は新鮮なものに戻るので定期的に使い直すというのもアリだが、そもそも風の流れなどについて土地の知識がないと方角も距離も殆ど当てにならない。
赤兵隊には二人のドッグワーに加えて二人の狼人族がいる。
彼らに感じ取らせれば……。
「またケンタウロスが近付いて来ているみたいです! 距離は……」
おおう、兎人族がいたか。
一人のバニーマンの傭兵が手近な木の幹に耳を付けて叫んでいた。
「……多分二〇〇~三〇〇mくらい! やはりこちらの方へ近づいているようです!」
【超聴覚】か。
ふふ、そういやベルも似たような事をしていたっけ。
でも距離や方角はその土地での聞き耳にかなり熟練していないと判らない事が多いのが玉に瑕なんだよね。
しかし、とにかく変なのが接近して来ているというのが判るのはでかい。
「各自戦闘用意!」
俺が何か言う前にミヅチが号令を掛けた。
ワンテンポ遅れてしまった俺としては……誠に嫌だが生命感知を使うしかないだろう。
距離は二〇〇~三〇〇mと言っていたよな。
なら……。
少しだけ待機してから生命感知を使う。
……。
引っ掛かった!
ここから北西の方角、約一九〇m(俺が良く使う、探知範囲を広く取っている生命感知でギリギリの距離だ)に一つ。
すかさずもう一度。
……。
二~三mは動いている。
この速度はケンタウロスな感じだ。
「あっちだ! 数は一!」
接近してくる方角を指差して皆に教える。
全員、槍や剣を構えてそちらへ注視する。
念の為、少し時間を空けてもう一度。
やはりあまり変わらないペースで接近してきている。
「まだ見えないか?」
ベンディッツ男爵が叫ぶが、誰も反応していない。
俺も少しでも見えないものかと北西方向を注視するが、全く分からない。
ケンタウロスなら背も高いし下草には隠れられないと思うんだが……。
馬上だから俺の目線の位置が高くて低い枝葉に遮られてしまっているのだろうか。
もう一度生命感知を使ってみるか。
……。
こちらとケンタウロスの距離はもう一〇〇mを切っている。
方向は微妙にズレている感じだが、精確に前回や前々回の位置を重ね合わせられない以上、気のせいであろう。
もう一回使って確かめるか?
……。
いや、気のせいじゃない。
確かにこちらの方へ向かって来てはいるようだが、移動している方向は少し違う?
何となくでしかないが、少しふらふらしているのか?
わからん。
「あと八〇mくらい……」
「見えました!」
ミヅチの護衛を務めていた闇精人族の戦士が低い声で言った。
すぐに他にも見えたという声が上がる。
「やっぱケンタウロスっすね」
「ああ」
「なんでバラバラに……」
「知るか」
囁くような声で傭兵たちが話しているが、俺の関心は全く別の方へ向いていた。
最初の一匹は知らんが、先程現れた奴は工事の終わった方向、すなわち、北東に近い方向から現れた。
しかし、今接近中の奴が接近してきたのは北西方向だ。
ケンタウロスって基本群れるんだよな?
いや、群れていなくても、奴らが勢力圏だと思っている土地の見回りなんかでは単騎行動があっても不思議でもなんでもないが。
まぁいい。
倒したケンタウロスの装備から考えて、工事チーム殺害の下手人はケンタウロスである可能性が非常に高い。
流石に複数で奇襲を受けてしまったのだろうが、人夫たちや護衛の騎士たちが受けていたという傷は、基本的に刃物のような鋭利な武器によって付けられた傷であろうことは分かっている。
デーバスの浸透偵察部隊みたいな奴らの攻撃を受けた、という可能性が激減したのは一つの安心材料だが、それとは別に俺の工事チームを一つ壊滅させてくれた恨みは深い。
住処を突き止めた上で皆殺しにしてやる必要がある。
女性や子供?
はぁ?
魔物に人権なんざねぇよ。
これは俺たち人間と魔物との生存を賭けた闘争でもあるのだ。
種族ごと滅んだところで毛ほどの痛みも感じ……絶滅はやり過ぎかも知れんが、それは向こう次第だな。
暫くして、俺にもケンタウロスが見えた。
距離は五〇mちょいだろうか?
そして、ほぼ同時に向こうもこちらに気が付いた様子だ。
だが、予想(?)に反してこちらを認めたケンタウロスは少し慌てたようで、軽く飛び上がっていた。
間抜けな奴め。
それに、予想していた進路とはやはり少し違うようだ。
こちらの存在に気が付いていなかった事からひょっとして今奴が通っているのはケンタウロスがよく使う獣道のようなものなのかも知れない。
「……!」
ケンタウロスは何事か叫びながら短弓らしきものに矢を番えてこちらにダッシュしてくる。
なぜだか中世の地球、ユーラシア大陸を席巻したというモンゴルの騎兵を思い出した。
彼らは色々な素材を張り合わせた合成弓という強力な弓を手に、類稀な程の精強な弓騎兵部隊を作り上げた。
モンゴル帝国が地球の歴史上でも最大の版図(※)を得られたのは高い機動力と戦闘力を兼ね備えた弓騎兵の活躍があっての事だ。
なお、野郎が弓を構えた瞬間に俺はウラヌスを急前進させて囮になると同時に前面に盾の魔術を張った。
ビン!
ケンタウロスは三〇m弱の距離まで接近してきたところで矢を放つ。
俺は余裕の表情で右手の人差し指を奴に指向したままだ。
矢は俺の狙い通り俺に向けて放たれたようで、盾の魔術に阻まれて運動エネルギーをなくし、ぽとりと地面に落ちる。
だが、ケンタウロスの方もさるもの、その時には二の矢を継いでおり、再び俺に向けて矢を放っていた。
しかし、先の矢が必中のコースを辿っていたにも拘らず命中するどころか叩き落された(と勘違いしたのだろう)ために驚きの表情を浮かべている。
こういうとこ、魔物の分際で嫌に人間臭いんだよな。
ケンタウロスは二の矢が俺に届くよりも前にこりゃ敵わんと見て取ったのか俺から見て左の方へと方向転換をしている。
あまりに鮮やかな手綱捌き(手綱なんかねぇけど)に少しだけ嫉妬の感情を覚える。
二の矢も盾の魔術に阻まれた瞬間、俺は盾を解除して攻撃魔術を使った。
威力を倍に増した稲妻の魔術だ。
何せ躯がでかいからね。見逃がす訳にもいかないし仕方ないね。
コンマ数秒と掛からず、瞬間的に俺の指先からケンタウロスに太い電撃が伸びる。
命中した瞬間、稲妻はアーク光で網のようにケンタウロスを絡めとる。
当然ながらケンタウロスはその場で横倒しになった。
高電圧大電流により、瞬間的に筋肉が引き攣り、苦痛の声すら漏らせない。
「誰か始末してこい」
流石に高度な魔術の連発は精神的にきつい。
顔中に薄っすらと汗が噴き出しているのが不快だ。
さっさと拭かないと垂れてしまう。
腰の物入れからハンカチを取り出して顔を拭う。
それと同時に、念の為にもう一度生命感知を使ってみたが、特に引っかかるものはなかった。
・・・・・・・・・
午後になるまでにケンタウロスは一九匹もやってきた。
勿論、それは全滅させたので特に被害もないのだが、間隔を置いて散発的にやってくるケンタウロス共には本気で閉口させられた。
しかし、それだけ倒せば得られた物もある。
まず、ケンタウロスは俺たちを目標にやってきた訳ではない。
と言うのも、特定の方向(北の方)からやって来たケンタウロスはこちらの存在には全く気付いていない様子が見て取れたからだ。
どうも特定の場所を目指していたようで、一直線に近づいている訳でもない。
多少うろうろと何かを探してでもいる感じだった。
当然ながら工事が終わった反対側(南の方)からやって来たケンタウロスはこちらをしっかりと認識していたようだ。
怪しいと思ってその辺りを虱潰しに調査させたら、線路工事の現場から一〇mくらい北の森に入ったあたりに生えている木の洞の中でお香のようなものが焚かれていた事に気が付いたのだ。
怪しすぎるそのお香を【鑑定】してみると、
【改良揮禅香】
と出た。
因みに【鑑定】の内容は、
【改良揮禅香】
【ジンター木・魔晶石】
【状態:良好】
【加工日:17/4/7452】
【価値:-】
【耐久:-】
【性能:-】
【効果:特定の種族にのみ非常に強力なフェロモン状の効力を発揮(雌雄の区別なし)する】
とあり、俺の眉根を寄せさせるに十分だった。
だって、これって、誰かが狙ってケンタウロスを工事現場に寄せていたって事になるんだろうしね。
誰か、というのは、これはもうデーバスの奴らしか居まい。
ケンタロスたちよ。物騒なことを考えてすまんかった。いや、まだ決定した訳じゃないけどな。
なお、このお香は平らな表面をした石の上で細い渦巻き状に盛られており、その外側から火を点けられて焚かれていたようだ。
発見したのは午前一〇時を幾らか過ぎた頃だったが、発見者である傭兵は人為的な物だと見た瞬間に感じ取り、すぐに火を消してくれた。
見つけた時にはまだ三分の二以上が燃えておらず、このまま放っておいたら夜中まで燃え続けていたと思われる。
しかし、これって結構エグいな。
だが、タネのバレた手品なんざもう怖くはない。
ミヅチやバースも言っていたが、このお香が焚かれた目的で考えられる事は多くない。
今日こそデーバスの野郎共を待ち伏せした上に殲滅してやるわ!
■※歴史上最大の版図を得ていたのは大英帝国です(最盛期の比較でモンゴル帝国の約1.5倍の面積)が、その中には未開発時代の北米大陸やオーストラリア大陸が含まれています。
また、モンゴル帝国が設立された西暦1206年から最盛期の1279年までの僅か73年間で増やした領土の拡大速度と大英帝国が領土(植民地)を得た速度(最大版図まで3世紀くらいかかっています)は比較になりません。
そういった事情を考慮して今回のお話ではモンゴル帝国が過去最大であるかのように述べています。
■また、揮禅香ですが、これはそのままだと単なるお香です。尤も、開発の経緯は媚香としてですが。そのお香に寄せたい種族から採った魔晶石を粉末状にしたものを加えて改良型が製造されますが、誘引する対象となる種族毎に魔晶石(合成したりしてはだめです。単一である必要があります)に残っている魔力量(鑑定で見れる【価値】に相当します)などが基準範囲内に収まっていないと単にお香の出来損ないが生まれるだけです。
魔晶石に込められている魔力量は必ずしもその種族の平均くらいとは限りませんので、どう頑張っても作れない(誘引出来ない)種族も多いです。
ケンタウロスの場合はたまたま種族の平均くらいだったのです。
なお、複数種族を同時に誘引するお香も決して製造不可能という訳ではありませんが、例えば普人族と精人族を誘引するお香を製造しようとするなら、どちらかの種族の魔石はファーン並みの魔力量が必要になりますますのでまず無理だと言えるでしょう。
と言うより、希少過ぎて正確な魔力量への調整や混入割合を掴むための試行錯誤すら難しいと思われます。加えて、魔石を粉状にするには正確に同じ魔力量の魔石同士を擦り合わせなければ無理ですので、ファーン並みの魔力量の魔石を複数用意して試行錯誤するとか無理ゲーにも程がありますね。




