第十九話 戦力不足?
7442年6月2日
翌朝、起床した俺は日課であるランニングの前に迷宮の入口へと行ってみた。昨日訪れたときのように既に沢山の人がいる。露店屋台の簡単な料理を朝飯がわりにしながら観察してみる。ガヤガヤと雑然とした声の間に聴こえてくるのは
「あと一人、魔法が使えるやつはいないか!?」
「地図売るよ~、三層まであるぞ! 一層あたり50万Z!」
「罠の場所が書いてある地図だ。買わんか? 一層だけだが80万Zでどうだ?」
「干し肉、煎豆、パン! 迷宮のお供に美味しいドーリー亭の保存食はいらんかね!」
「盾使い募集だ! あと一人! 有り無しで今日一日3万出すぞ!」
などと言う、昨日とは違って商売の声のほうが大きいようだ。
この時間帯はかなり真面目に迷宮に挑戦する奴が多いみたいだな。この広場で待ち合わせをしているのだろう、きちんと手入れがされた装備を整えた冒険者風の男女も沢山いる。剣や槍、盾などを手に持ち、身軽な革鎧を身に着け、保存食や小道具が収められているであろう背嚢を背負った姿が目立つ。
そんな時、入口の方から歓声が上がった。大きな声ではないようだが、どちらかと言うと感嘆や侮蔑、感心、ブーイングなどいろいろな感情を含んだ声のようだ。なんだろう? と思って人ごみを避けつつ建物の入口の方へと移動した。そこには、自慢げな笑みを浮かべた背の高い精人族の男が一人いて、その後ろには大柄な普人族の男が三人と女が一人、山人族の女が一人、エルフの女が一人、虎人族の男が一人いた。自慢げな笑みを浮かべたエルフの男とは対照的に、後ろに控えている七人は疲れきった顔つきで俯いたままの奴もいる。
辺りの話し声に聞き耳を立ててみるとすぐに判った。
「ロズウェラの野郎、また奴隷を使い潰したのか。今度は二人か?」
「ったく、あいつだきゃいけすかねぇわ。今まで何人潰してるんだ?」
「知るか! 大体あれで黒字なのが信じらんねぇよ」
「でもよ、あいつらも長いよな。新人で生き残ってるのはあの男くらいか」
「そう言うな。金がありゃあんなことだって出来るんだ。女々しいぞ、貧乏人どもが」
「くそっ、確かになぁ……羨ましい」
「俺だって金さえありゃ、あいつみたいに稼げるのによぉ」
「あいつ、いつ潜ったんだ?」
「三日前かな……三層か四層まで行ったのかも知れんな」
ほほう、あのエルフのおっさんはロズウェラって言うのか。随分と嫌われてるようだが、奴隷を沢山雇ってそれで突き進んでいるらしいな。まぁ、奴隷を使い潰すのなんていくら稼ぎが良くても俺の趣味じゃないが、責められた行為でもない。あ、採算が合わないこともあるだろうから趣味じゃないだけだ。別に奴隷を生きた盾にするくらい、俺だけでなく、誰でも金が唸ってりゃやるだろう。だが、戦闘に使えるような奴隷は相当高いはずだ。それ以上に儲かるということか? 戦闘奴隷の価格は一人頭最低でも金貨で6~7枚以上はするはずだ。特に迷宮に入るようなクラスだともっとするんじゃないだろうか? 勿体無くてとても盾なんかに使えないわ。
親父から貰った金があるからその気になりゃ2人くらいは買えるだろうけど、気持ちに余裕がなくなる。余裕がないと稼ぐことに執着するあまり判断ミスを招きかねない。今のところ俺には縁の薄そうな迷宮の攻略方法だろう。全く参考にならん。だが、一回の迷宮への探索行でどのくらい稼げるのだろう? そこは知りたいな。暫く聞き耳を立ててみたが、そう言った情報は語られなかった。ま、いいさ。
またガヤガヤと雑然とした雰囲気が戻ってきたのでランニングでもしようかと踵を返しかけたとき、ふたたび歓声が上がった。今度は本当に歓声だ。口笛も聞こえる。興味を惹かれた俺は再度踵を返し、建物の入口から出てきた奴らを見た。
今度出てきた連中はロズウェラって奴よりも数段人気があるらしい。こいつらも八人組で全員バンデッドメイルやスプリントメイルを着込み、一目でそれなりの品だろうという剣や槍を佩いている。鞘しか見えないから本当に業物かはわかんねぇけど。造りが良さそうなんだもん。普人族の男女が一人づつとエルフの男が二人、ドワーフの男女が一人づつ、バニーマンの男が一人、狼人族だろうか、女が一人の構成だ。
賞賛の声を聞いていると彼らは「緑色団」と呼ばれているらしい。そういえば皆、装備のどこかに碧緑色のカラーがある。中には腕に碧緑色の布を巻いている奴もいるようだ。緑青でも浮いてるのかと思ってたわ。どうやら彼らは平民と自由民で構成されている一団らしい。賞賛の声が上がっている。一週間も潜り続けて五層に到達したとのことだ。トップクラスじゃねぇか。興味を覚えて鑑定してみたら、なんとレベル19の奴を先頭に、一番低い奴でもレベル16だった。超ベテランらしく、一人を除いて全員30歳前後だ。残った一人は40歳近いエルフだ。彼がリーダーなのかも知れない。レベルも19だったし。経験値も90万を超えていて100万近い。
っはぁ~、世の中にはすんごい奴もいるもんだ。是非話を聞いてみたいが、まだ一度も迷宮に入ったこともない小僧の俺なんかとても相手にされないだろうな。彼らがトップだという根拠は何もないが、トップクラスの一員であることは間違いあるまい。何しろ五層まで行ったらしいからな。
思わず彼らにあやかりたいと、手を合わせそうになったが寸前で気がついてやめておいた。ランニングと素振りでもして地力を養う方が先だ。そうと決まればさっさと走りに行こう。
・・・・・・・・・
昼前にまた入口広場(勝手に俺が名前をつけただけだが)まで戻ると、衛兵のジョンストン・チャーチを探した。昨日と同じく入口を固めているのかと思っていたのだが、広場内を見回っているらしい。どうも二人が入口を固め、二人は広場内を巡回しているようだ。尤も二人組は入口を警護しているのではなく、迷宮への入場税を徴収する税吏を警護しているのだが。たった二日間に過ぎないが、俺の見たところ毎日400~500人くらいは迷宮に挑戦しているように思えるから、税金だけで毎日金貨4~5枚分くらい徴収できていることになる。
ジョンストン・チャーチに声を掛けた。
「こんにちは、チャーチさん。昨日はご丁寧にありがとうございました」
「やぁ、貴方ですか。昨日は騎士団へ私の名を出して頂いたようで、その、有難うございます」
ああ、言うだけは只だし、あんたの心証を良くしておきたかったからね。気にしないでくれよ。それに、あんたのことだ「当然の対応をしたまでですが……」とか言ったんだろう? なら普段から丁寧な対応をしているということで余計に褒められたんだろ? 良いことだ。
「ええ、それでですね。勤務のお時間は何時までですか? 是非お話をお伺いしたいと思いまして、もし宜しかったら、後で軽くいかがですか?」
と言いながら右手で酒を飲むジェスチャーをした。当然だが、勤務時間は昼までだろうとアタリをつけてある。昨日は昼飯を食ってからここに来ても見つからなかったからな。
「ああ、お昼丁度までです。その後騎士団に報告に戻って訓練せねばなりませんから……。一時間程度なら昼食をご一緒するくらいは問題ありませんよ」
想像通りだ。多分三交代か四交代制で警護の任務についているのだろう。ローテーションで勤務時間や休日の調整が行われているだろうからな。
「そうですか、ではお時間までこのあたりを見物してお待ちしましょう」
俺はそう言うと返事も聞かずに歩き去った。これで断る選択肢はないだろう。急に衛兵を伴って飯屋に現れたらゼノムとラルファは驚くかもしれないが、おそらく有用な情報源だ。彼らも無下にはすまい。適当にぶらぶらと露店を冷やかしていたらあっという間に昼になり、ジョンストン・チャーチが傍に来た。
「では、行きましょうか」
そういって彼を誘って待ち合わせの飯屋に行った。
ゼノムとラルファは確かに少し驚いたものの、俺が彼を紹介すると別に俺が捕縛されたとか、店で何らかの犯罪が起きたという訳でないことを悟ったのか、安心したようだ。気にしたのそっちの方向かよ。
ここまでの道程で俺が冒険者で迷宮を目指してここに来たことや、仲間が二人いることを話していたのでチャーチさんは特に二人に対して警戒するようなこともなく和やかに食事をした。当然その間、俺たち三人から矢のように質問が飛んだのだが。彼から新しく得られた情報は以下の通り。
・迷宮に挑むパーティーの人数はだいたい四人~八人程度。三層以降の下層を目指すなら十人のフル・パーティーも珍しくはない。
・勿論、たった一人で迷宮に入っていく奴らも多少はいる。大抵はすぐ出てくるか帰って来ないが。
・俺達は三人しかいないので、金に余裕があるなら奴隷を買って戦力の拡充をしたほうが良い。この街には三軒の奴隷商が有り、どれも戦闘奴隷を扱っているらしい。購入はどこでも良いが、買う時は必ずプレートを見せたほうが良い。
・当然ガイドも居た方が良いが、腕の良いガイドは料金も高い。数日から数週間程度ならともかく、迷宮内で得た財宝類はガイドを二人分として計算したパーティの人数で頭割りなので長く使うなら奴隷の方が結果的に得なことが多い。(何人か信用のおけるガイドを教えて貰った)
・危ないと思ったらすぐに最初に転移してきた水晶まで戻ること。すぐに地上に出られるので、無理は禁物。
・迷宮の入口周辺で声を掛けてくるような小判鮫連中には例外もあるが基本的には碌なのがいない。酷い奴は迷宮内で雇い主を殺し、金や装備を換金しようと狙っている。
・当然、迷宮内で出会ったパーティー同士で争いになることもある。専門にやっている奴らがいてもおかしくはないが、全滅させれば誰にもわからない。
・一層だけで引き返してくるつもりでも食料は最低三日分は持っていけ。
・一層の地図は買ったほうが良いが、買わなくてもあまり変わりはないだろう。二層以降は罠の危険性が増すので買ったほうがいいらしい。(罠の情報のない地図は、急ぐなら別だが、どうせ時間を掛けて進んでいくことになるので買う必要はない)
・今のトップパーティは「緑色団」「輝く刃」「煉獄の炎」「黒黄玉」「日光」の五つ。それぞれ一角の者達で構成されたベテランパーティーである。
・ロズウェラは有名人ではあるが、評価のほとんどがやっかみ。本人は別に奴隷をいじめたりしているわけではない。流石に自分以外全員奴隷というのは珍しいが、他にいないわけじゃないし、金があるならある意味で理想かも知れない。魔法の武具でも見つけられたら普通は所有権を巡って争いになるし、売却して得た代金の分配でも揉める要因になる。その心配が絶対にない、というのはそれだけでチームワークが取れる良いパーティだとも言える。
・一層の探索だけで帰ってくる平均的な収入は一回の探索行でだいたい15万~20万Zくらい。運良く誰かの死体を漁れて装備品などを手に入れられた場合は楽勝で100万Zを超えることもある。但し、この数字は出来るだけモンスターと争わないように気をつけた場合。大きな音を立てたりして誘えばもっと稼げるだろうが、そんなことをして大量のモンスターを呼び寄せて全滅したパーティーは星の数ほどある。
・迷宮で得られる財宝は、1.倒したモンスターから得る魔石。2.倒したモンスターが装備している装備品。3.以前殺された冒険者から得られる現金や装備品。4.運良く見つけられる宝石の原石や鉱石。5.それ以外。の五つに大別される。だいたい後者になるにつれて価値が高い。
チャーチが衛兵を始めてから見た最高のものは誰でも『ファイアーボール』の魔法が使えるようになるらしい短杖らしい。二十年以上前だが、噂によると何百億Zもの価値があると判断され、発見者は売らずに王家に献上したことで子爵に列せられてどこかの街の代官として太守に任ぜられたそうだ。ワンドはロンベルト王家の宝物庫に収められていると聞いた。
これを聞いてアホか、売って金にしろと思ったがラルファの目にキラキラと星が輝いているのを見て黙っていた。よく考えたら誰でも『ファイアーボール』が使えるとかとんでもない代物だったわ。
それ以外にも魔法の品は年間数個程度は出てくるらしい。一層で見つかった例もあるとのことだ。もちろん価値は様々だが、最低でも数億Zはくだらないとのことだ。また、発見しても売らずに所有し続け、各国の商会などに情報が出回った後で、大手の商会に委託してオークションを開催して貰って高値で売る方法もあるらしい。
このあたりで時間切れとなった。俺たちは騎士団の屯所に帰るチャーチを見送ってから、再び飯屋のテーブルに戻り、豆茶を啜りながら、今後の方針策定の打ち合わせを行う。最初に口を開いたのは、勿論俺だ。
「さて、かなり情報を得ることができた。ここで考えられる方針だが、まずは二つ選択肢がある。一つはこのまま三人でとりあえず様子見に迷宮に入ってみる。もう一つは戦力の拡充のために奴隷かガイドを雇ってから行く。どちらがいいだろう?」
すると、意外なことにラルファが即答してきた。
「お金があるなら奴隷ね。私もチャーチさんと同じように思うけれど、奴隷の方が最終的に効率がいいでしょうね。まぁ奴隷だと実力がわかりにくいから変なの掴まされたら大損する可能性もあるけど、プレート? だっけ? それ見せれば大丈夫なんでしょ? なら、お金があるなら私なら奴隷を買う」
この、元女子高生はいきなり奴隷を買う、と来た。逆に一番反対するかと思っていたのに意外だぜ。
「奴隷か……。金かかりそうだけど一人くらいなら買えない事もないとは思うが……。奴隷の料金の他に武装も整えるとなると追加で100万Z以上飛ぶんだぞ。こら」
そうぼやく俺だったが、ふとゼノムの意見も聞いてみたくなった。この中では一番冒険者として経験を積んでいるのは彼だ。
「ゼノムはどう思う?」
「俺たちの報酬は決まっているし、今更アルの財布を心配しても始まらん。だから俺がアルなら、という仮定で話をするならば、だ」
「うん」
「やはり俺なら奴隷を買うだろうな。信用の置ける商人を相手に、更に信用を得られるものがあれば、いい奴隷を買えるだろう。ガイドは腕利きもいるんだろうが、報酬が高い。やっぱり結局損をすると思う。最初の一回くらいは良いかも知れんが、アルの魔法を考えたらそうそうなことでは危機に陥るとは思えん。だいたい、すぐに撤退できるのだから、何もしないで逃げ帰ったとしても損害は一人頭10000Zだ。俺達にとって10000Zは確かに痛いがそれで最初の経験が得られるなら安いもんだ。ガイドはそれから考えても遅くはないだろうよ」
彼ら二人に奴隷を使役することに対する忌避感が薄いことは理解できた。そういう意味では彼らは二人共キャリア10年以上のベテラン冒険者なのだ。ゼノムなんか20年くらいやっているというしな。奴隷を使う冒険者と同行した事なんかもあるだろうし、奴隷を使った経験もあるのかもしれない。逆に俺はのんびりとした田舎の村のお坊っちゃま育ちだ。農奴連中は沢山いたけれど、奴隷だから身分がどうこうとかあんまり気にしたこともない。
と言うより、普通の人たちが奴隷を使役するように俺も使えるのかわからない。距離感が掴めないのだ。こんなところでも俺はオースの人に成りきれていないというコンプレックスを刺激してくる。だが、確かに奴隷を使うのは効率的だろう。相場通りなら二人買って装具も準備してやれるが、流石に財布が寂しくなりすぎる。前にも言ったが焦りを呼ぶかも知れない。だが、一人ならまだ余裕はあるし大丈夫ではないだろうか。よし、奴隷を買おう。
「わかった。一人奴隷を買うことにする。これが終わったら買いに行くから付き合ってくれ。じゃあ、次だ」
俺は豆茶を一口飲み、口を湿らすと言葉を継いだ。
「奴隷を入れても四人だから最初のうちは無理はしない。行けそうな所までは行ってもいいが、苦戦するようなら引き返す。最初だから制限時間も決めよう。明日の朝、出発しようと思うがどんなに調子よくても正午までで引き返す。だから、多少荷物になるだろうが時計の魔道具は持って行ってくれ」
二人が頷いたのを確認してからさらに続ける。
「あと要りそうなものがあれば今のうちに言ってくれ。買っておかなくちゃいけないしな」
俺がそう言うと、ゼノムが言った。
「糸だな。出来るだけ長いやつ。糸巻きに巻いて使うらしい。最初に転移してきた場所のそばの適当な石とかに結わえておいて糸を出しながら進むそうだ。帰りはそれを巻きとりながら戻れば迷うことなく元の場所に戻れるからな。ボビンごと売っているらしいからこれはあとで俺が用意しておく。金はあとで払ってくれりゃいい」
なるほど、それはいいアイデアだな。木綿ならそんなに高くないだろうし、糸の長さによっては糸を使いきったら帰るという方法もある。
「よし、それで行こう。じゃあまずは奴隷を買いに行くか」
そう言って残った豆茶を飲み干して席を立った。二人も俺に続いて付いてきた。




