第四百八十五話 謎の襲撃者 4
7452年8月10日
線路の敷設工事人足のチームは騎士団ではなく、行政府の所属だ。
つまり、実質は置いておいて、正式な管掌も行政府である。
当然ながら、線路工事に関する各種の書類も領主である俺は当然、事務官長のインセンガ准女爵のサインが必要になる。
そして、鉄道事業の運行部門についてはグリード商会に行政府から委託している形式を取っているので、商会の方で運転員を始め駅員や警備員、そして事務方まで含め必要人員は揃えており、運用も行っているのだが、忌々しい事に敷設や設備の維持管理部門はまだ行政府預かりのままなのだ。
これは、他領との交渉などの問題もあり、王都まで開通した後で移管する予定になっているのだが、現時点では、あくまでも“公的にもグリード侯爵が推進している事業”である、という体裁があった方が何かとスムーズに行き易いからだ。
従って、今回全滅してしまった工事チームに所属する各員に対する弔慰金などの一時金の支払いの事務処理も行政府で行う必要がある。
勿論、俺が書く必要はないが、担当者に対してこれこれこういう事があったので上申するようにと命じておかねばならないのだ。
当然ながら管轄がどうのなんて形式的なもので、どちらだろうが結局は俺の物なのだ。
はっきり言って、騎士団だろうが事務官だろうが適当に近くに居る奴に命じたっていい。
が、個人的にそういうのは好きじゃない事に加えて、組織の秩序や士気なんてそういういい加減な部分から崩壊していく事を知っているだけだ。
建前だろうがなんだろうが、制度が定められているのなら全ての処理はその通りに実行されるべきで、それが効率的じゃないとか間違っている、と感じたならやはり制度に従って修正すればいい。
戦闘中のように一刻を争うような事態下でもない限り、俺がそれを崩してしまうのは一番ダメな行為だろうよ。
ウラヌスの手綱を係員に放り投げ、足早に行政府庁舎へと戻った。
・・・・・・・・・
その後騎士団へと出仕した俺は、早速受けた報告についてミヅチと共有する。
「……という事だ。どう思う?」
団長執務室のソファに向かい合って座るミヅチは、眉根を寄せる難しい顔で話を聞いていた。
「それだけだと情報が少なすぎるわね」
「ああ……」
全くだ。
せめてもう少し下手人(?)に対する情報が欲しいところだ。
現時点で得られている情報だけだと、襲撃者は外国を含む何らかの人的勢力なのか、魔物なのかの判断も行えない。
そして、そういった敵性勢力(恐らく単数ではなく複数なのは確定だろうから勢力でも問題なかろう)の目的や、工事チームとの遭遇が偶発的なものだったのか、そうでないのかの判断すら下せない。
魔物なら偶発的な遭遇の可能性も高い気もするが……武器を使い、あれだけの数を全滅出来るような集団がダート平原内を彷徨いている事になる。
これは本気で脅威であり、恐怖だ。
正直な話、俺もミヅチも、デーバスだのなんだのの工作部隊や特殊部隊の襲撃であって欲しいとすら願っているのは否定出来ない事実である。
だって、そっちの方が行動原理はずっと読み易いだろうからな。
腹減ったから襲う、自分たちの縄張りを侵しているから襲う、とにかくムカついたから襲う……。
などといった、基準が一ミリもわからない魔物の方が怖さは比較にならない。
加えて、三〇人近い人数を一人として取り逃がすことなく、完全に全滅可能な戦闘力(作戦立案能力に加え、手下に対する指揮能力もだろう)だ。
これが恐怖でなくて何なのだ、と言いたい。
「……工事チームを襲った相手が何にせよ、警備は今までの何倍も必要になるでしょうね」
「ちっ……」
思わず舌打ちを叩いてしまう程に嫌な話で、道理だった。
そんな戦力なんぞ、どこをどうひっくり返しても出て来はしない。
被害が起きた場所はまだ一箇所だけだが、それが増えない保証はどこにもないし、二番目三番目の襲撃を許せるほど人的資源に余裕もない。
そうなると。
「俺が行くしかない、か」
「そうね。あと私もかな?」
確かに。
本音を言えば、俺たち以外の誰かを派遣したい。
例えば、バリュート士爵や、その他エムイー徽章持ちの騎士団員、又は殺戮者の面々などそれなり以上に戦闘力を兼ね備えた者だ。
彼らであれば執銃資格という規定もクリアしているのだから、今すぐに銃を装備させる事すら吝かではない。
しかし、相手はそれなりの集団であると判明している。
そういった集団と相対するには銃は最低でも一個分隊など、それなり以上の数で運用するべき武器でもある。
勿論強力な武器ではあるので一丁あるかないかでかなりの違いもあるだろうが、特殊な場合を除いて集団で運用した方が効果は高いし、被害も抑えられる。
だが、こうした運用をしたとしても、ある意味で戦力を小出しにしているだけである事もまた理解している。
これが有効なのは襲撃者が人間であり、且つ、複数の工事チームを同時に運用せざるを得ない場合のみだ。
それが理解出来ているからこそ、俺もミヅチも襲撃者を特定、若しくは、少しでもそこに近づけそうな情報が足りないことを嘆いているのだ。
はっきり言って、魔物が襲撃者だとしたらなりふり構わず殲滅しなければ枕を高くして眠る事は出来ない。
しかも「殲滅が成った」という判断を下すにしてもその基準がよくわからない、というおまけ付きでもあるという、ハンディキャップマッチだ。
だが、文句を言っても始まらない。
「仕方ねぇ、行くか。お前、早めに片付けなきゃなんない仕事ってどんくらいある?」
そんなの俺にも沢山あるが、要は優先順位だ。
「今すぐどうしてもっていうのはもうないかな?」
「そうか。なら今日にでも出発するか」
「わかった。他は誰を連れて行く?」
俺とミヅチの二人がいれば何が相手だろうとも戦闘力として問題はなかろう。
だが、始終気を張り続ける訳にもいかないし、身の回りの世話をする人員も必要だ。
とは言え、それは俺の戦闘奴隷でいいだろう。
「ベンとエリーにしよう」
奴らならエムイー訓練に参加もしていないし問題なかろう。
「それだけじゃインセンガさんにまた怒られるわよ」
そう言えば、移動する際には騎士団員から最低でも四名以上の護衛を付けなければならないという事になっていたっけ。
「お前の護衛だって二人は来るだろ?」
無駄を承知で言ってみたが、やはり「彼女らは私の護衛だし」と突っ込まれ、あえなく撃沈されてしまう。
「仕方ねぇな。ならバースと……そうだ、あいつにしよう」
「誰?」
「えーっと、あの赤兵隊の奴、傭兵団ならこういう時でも気軽に動かせるだろ」
「ああ、ベンディッツ男爵ね。話をする時間もあるだろうし、いいかもね」
「何人くらい要るかな?」
「あまり多くし過ぎて襲ってくれなければそれはそれで問題だし、二〇人くらいでいいんじゃない?」
「赤兵隊から二〇人だとして、俺とお前、ベン、エリー、ダークエルフの護衛二人にバースで二七人か」
これ以上工事チームを危険に晒して被害を出したくはないし、妥当かもな。
現地の地理に明るい奴も混ぜなきゃならないだろうし、傭兵の人数を多少減らした方が良いかもしれない。
襲われた工事チームは護衛を含めて二六人だったからな。
ミヅチが言う通り、あまり増やし過ぎて襲われなければ徒に時間を無駄にするだけになる可能性がある。
人数は極力合わせておいた方が良いかも知れない。
では、行くか。
結局赤兵隊からは一五名を出して貰うことになった。
足りない四名は現地で道案内を入れたり、念の為に工事チームの監督をしている者を入れたりして合計二六名になるように調整する。
工事チームの監督を混ぜるのは、現地で俺が樹を斬り倒すつもりだからだ。
傭兵やその他の者も工事そのものは無理でも斬り倒した樹々から枝を打ち払ったり、運んだりする事くらいは出来るだろう。
襲撃を待ちながらでも遊ばせておくつもりなど更々ない。
現場周辺の見回りや全体の警護はローテーションで担当させればいい。
これらを決定した二時間後には専用の列車を用意させ、べグリッツ駅で全員の乗り込みを確認する。
騎馬は俺のウラヌスとミヅチの玉竜の二頭で充分だろう。
「現在時刻一五時四八分。べグリッツ発、バルコーイ行き特別列車、発車します!」
ベテランの御者の掛け声で特別列車はスルスルとべグリッツ駅を後にした。
そして、二〇分もしないうちにエムイー訓練の連中とすれ違う。
教官兼監視役としてマリーを筆頭にジェルと騎士団のエムイー持ちが付いており、重そうな荷物を背負った学生たちを叱咤しながら走らせている。
ズールーやルビー、ジェス、ヘンリー、メック、マール、リンビーなど、種族によって多少の違いはあれど、俺の戦闘奴隷の全員が誰かの荷物も持ってやっているようで少し機嫌が良くなったのを自覚する。
そっと隣に座るミヅチを覗いてみると彼女は皆に小さく手を振ってやっていた。
今日の想定訓練の内容を思い出そうとしたがすぐに面倒になり、マリーに向かって親指を立ててやるに留め、すぐに腕を組んで眠った。
・・・・・・・・・
7452年8月11日
夜っぴいて走る特別列車のため、翌日の昼前にはバルコーイへ到着した。
特別編成された列車での移動はここまでで、ここから先は別の車両に乗り換える必要がある。
線路自体はキンケードまで敷設してあるが、現時点では需要が殆どないのでまだ商業運転は行っていないからだ。
現場まで鉄軌や枕木などを運ぶ必要があるので専用の貨車が不定期に往復運転しているだけなので、万が一の衝突事故を避けるためにその貨車へ乗り換える事にしただけだ。
点呼を行い、装備の確認を行い、馬を運搬車……は無いから俺とミヅチは騎乗して進む事にする。
いや、別に騎乗可能な奴に乗らせて俺たち二人は貨車で寝っ転がっていたっていいんだが、ミヅチの玉竜はともかく、ウラヌスの奴は最近年を取って来たからか俺やミヅチ以外を背に乗せると機嫌が悪くなりがちなんだよ。
馬ってのは年を取ると性格は丸くなっていくのが普通らしいが、ウラヌスは変なところで頑固ちゃんなんだよね。
実は俺にしてもウラヌスが背中を預けるに足ると認められている気もするので、悪い気はしてないんだけどさ。
何にしてもお昼を挟んであと数時間でキンケードには到着できるだろう。
因みに馬車鉄道の速度と搬送量についてはベンディッツ男爵以下、赤兵隊の傭兵共は目を剥いて驚いていた。
ベンディッツにしても鉄道についての知識は持っているが、彼の知る日本の鉄道同様の速度や乗り心地、搬送量はともかく、他に影響を及ぼさないように簡単に特別な編成を押し込めるまでに実用化が進んでいる事に驚いていた。
まぁよ、オース広しと言えども現時点でここまで輸送インフラを発達させられたのは俺くらいのもんじゃねぇ?
デーバスの奴らなんぞ、リヤカー作ったとか言ってきゃっきゃとはしゃいでいる程度だしな。
しかもそのリヤカーだってマリーに言わせりゃゴムタイヤは疎かベアリングすらしょうもないお粗末な出来だというじゃねぇか。
そんな奴らに遅れは取らん、と言いたいところだがそうは問屋がおろさねぇ、って感じだよなぁ。
今回の襲撃にしたって、まだ魔物かデーバスみたいな人間かの判断すら付けられない程度の情報しか得られていない以上、妙なところで慢心しても始まらん。
そんなこんなで何度か停車を挟んで三時間後、俺たちはやっとキンケード村に到着した。
村とは言ってもここはつい先日まで前線にほど近いとされていた要塞の一つで、駐屯している一個小隊を除いては誰もいない辺鄙な場所だ。
尤も、今は線路工事のために四つの工事チームも居……三つになっちまったんだったな。
「こ、侯爵閣下! 総軍司令官閣下! ようこそキンケードへ。いらっしゃいませ」
駐屯していた第二騎士団の小隊長は、突然現れた俺に鯱張って応対した。
「あー、シラエン卿だったか、楽にしてくれ」
相変わらず【鑑定】に頼らざるを得ないが、俺に名前を覚えられて(いると思って)不快になる奴はいないだろうからいいのだ。
「先日の工事人足らが襲撃された件について報告をたのむ」
「では、あちらの小隊本部でご報告させて頂きます! おい、閣下にお茶をご用意しろ!」
工事チームが帰って来ないために翌日捜索に出たのが彼らである。
現場の様子について、その後の調査などで判ったこともあるかも知れない。
「ミヅチ、全員の武装を整えさせておけ。まだ日はあるし、大して遠くもないだろうから後で行ってみる」
「わかった」
シラエン小隊長の報告によると、工事チームはまず最初に武器を使用する何者かの襲撃を受けた可能性が高いとの事であった。
その後、魔物か何かに遺体を食い荒らされたのではないかという。
正直、これを聞いてホッとした。
みょうちくりんな魔物の集団が相手である可能性が激減したと思われたからだ。
勿論、だからと言って油断出来る事ではないが、相手が人間なのであればその行動や目的は読める可能性がぐんと高まるからね。
「それで、彼らが受けた傷だが、魔術攻撃だと断定可能な物はあったか?」
この質問に対しては、確実に魔術攻撃である、と断定可能な物はなかったらしい。
が、鋭い刃物や、細い槍などに貫かれたような傷とは言え、それが攻撃魔術によるものではない、とは言えない(そういった傷を与えるなど、俺やミヅチは別にしてもバルドゥックに潜っていた冒険者の魔術師なら出来る者は珍しくない)。
少なくとももしも攻撃魔術で付けられた傷であるなら風魔法をメインにした攻撃魔術を中心に使われたのではないか、という推論が立てられるのみである。
それに、例の俺も知らなかった攻撃魔術を使っていた戦闘奴隷の例もある。
またもや未知の攻撃魔術が使用された可能性も否定できないのだ。
■コミカライズの連載が始まっています。
昨年の11/14(木)にWebコミックサイト「チャンピオンクロス」で第一話が公開されています(毎月第二木曜日に更新なので現在は第三話まで掲載されています)ので、是非ともお気に入り登録やいいねをお願いします。
私も含め、本作に携わって頂いておられる全員のモチベーションアップになるかと存じます。
■本作をカクヨムでも連載し始めました(当面は毎日連載です)。
「小説家になろう」版とは少し異なっていますので是非お読み頂けますと幸いです。
ついでに評価やご感想も頂けますと嬉しいです。




