第四百八十四話 謎の襲撃者 3
7452年8月10日
朝。
デーバス王国王都ランドグリーズ。
王城ガムロイ。
その一角にある親衛隊の詰め所にアレク以下数名の転生者達が集まっていた。
「で、『大砲』故障の原因はわかったのか?」
アレクの言葉にセルが幾枚かの資料を出した。
「昨晩、ザンバから報告書が上がってきた。それによるとやはり砲身の材質と火薬の量が合っていなかった事と、砲の冷却が急過ぎたのではないかとの事だ」
要するに砲弾を飛ばす為の発射薬の量が多過ぎたという事で、その爆圧に砲身が耐えられていない事に加え、発射時の加熱による膨張と冷却時の収縮に砲身(や薬室)が耐えられなかったという内容だ。
これを解決するには三つの方法しかない。
一つは砲身の強度に合わせて発射薬を少なくする。
この場合、有効射程距離や砲弾の威力の減少は避けられない。
が、致命的な程に低下しなければ済む話ではあるし、何より一番楽で手軽な解決方法ではある。
一つは砲身の強度を発射薬の爆圧に耐えられるようにする。
この場合、基本的には砲身の肉厚を更に厚くすることになる。
が、砲身を厚く、頑丈にするのであれば重量は増え、その分取り回しは悪くなる。
微細な照準の調整も難しくなるだろうが、そもそも標的まで一〇〇mもあるかどうかという場所から発射するケースが多いであろうからこれはあまり問題にはならないだろう。
そしてもう一つは、砲身自体の材質を変えることで大きさや重量をあまり変えずに耐久力を増す。
これが一番理想的ではあるが、新しい材質の選定から始める必要があり、更に費用面について大きく異なる可能性が高い(現在採用している青銅は製造のし易さだけでなく費用面の事情も大きかった)。
材料選定の為の実験や製造法の再確立など時間も掛かるであろう事に疑いの余地はない。
要するに一番非現実的とも言える。
尤も、これらの解決方法については予め予測はしていたし、他に方法はない(か、折衷案しかない)事は解っていた。
セルの懐刀であるザンバ・ボークスに調査させていたのは、どの解決方法が一番良いか、という事である。
「それで、ボークスは何と?」
腕組みをしながらミュールが尋ねた。
「根本的に解決するには砲の材質から練り直さきゃならんとよ……」
セルが渋い声で答える。
その内容自体はある程度予想されていたものであった。
だが、全員がそうでなければいいと考えてもいたのだ。
「……だけど、一応はあれだけテストして完成した大砲だ。水に浸け込んで急冷せず、普通に冷却するのであれば恐らくはテスト通り四〇〇発程度の発射には耐えられるのは間違いない」
しかし、続く言葉に全員が思い出した。
確かにレーンの魔術による急冷は次発を発射するまでの時短であり、そもそも必須ではないことを。
とは言え……。
「そうなると、やはり発射間隔は一時間近くかかっちまう事になる」
当初は発射間隔がそれだけ長時間になるとは予想もされていなかったために、開発と製造が行われた。
その中でかなり長い発射間隔を必要とする事が判明したのものの、それでも良いから大砲を揃えるべきだとの意見が多く、開発は継続されたのだ。
実際問題、大抵の城門なら一発とは言わないまでも二発も命中させれば破壊する事が出来る威力なのだ。
先般使用されたカリードのような大きな城門や、それこそこのガムロイを固める正門など、余程頑強なものは別だが、一般的な砦や城の城門程度であれば一発か二発も命中すれば破壊自体は可能である。
それだけの威力が期待できなければ、そもそも大砲など開発する意味はなかったし、事実、完成した大砲は各種のテストでも期待された通りの威力を発揮していた。
「だとすると発射間隔を補うためにはより多くの砲門数が必要になるか……」
ツェットが言うが、簡単にそれが叶うなら苦労はしない。
大砲を一門新造するには相応の金が必要だ。
金属としては安価な部類に入る青銅とは言え、あれだけの量の金属には相応の費用が必要だし、そもそも必要なだけの材料を入手するにしても費用はともかく時間も掛かる。
同量の青銅で歩兵用の剣なら二〇〇本以上も作れるだろうし、槍なら五〇〇本、事によったら六〇〇本は作れるだろう。
それだけの人数分の武器を揃えられる程の金属量なのだ。
確かに金属として、武具としての強度は鋳鉄にも劣る青銅だが、それで作られた刀槍でも大部分の兵士が着用している革鎧を貫く事は可能だし、金属部品を使用した鎧を相手にしても装甲の隙間を狙うことで敵を斃す事は可能なのだ。地球でも青銅は実質的にかなり長い間現役であったし、需要はある。
極端なことを言えば、人間を含む大抵の生き物は石器時代の武器でだって殺せるのだから。
それよりも優秀な青銅なら、特に徴兵された兵士などには充分とも言える。
尤も、材料が揃えられたところで製造にも時間と費用が掛かるのは否めない。
金銭はともかく、冶金技術がまだまだ低いオースでは一気にそれだけの量の金属を集め、鋳造するのだって容易ではないのである。
「それなら威力を犠牲にしても火薬の量を減らすしかないんじゃ?」
レーンの言葉に頷く者も少なくない。
ある意味で一番現実的かもしれない解決策だからだろう。
設計通りの威力が必要なら発射間隔を犠牲にしてでも普通に空冷を行い、どうしても発射間隔を短縮したい場合には多少威力が低下しようとも火薬の使用量を減らす事で対応する。
どの程度減らしたら良いかや、その場合の冷却は先日の通り水で良いのかなど試さねばならない事項はそれなりにあるが、設計変更の必要がなく、調達価格や時間についても予想が立てやすいというのは大きなメリットでもある。
更に言うなら取り敢えず現時点ではこの方法で満足しておいて、改良型の開発や砲弾自体の改良(例えば現状は単なる金属球であるが、貫徹力向上のために椎の実型にする事や砲弾内に炸薬を詰めて榴弾を開発する事などだ)までの時間を稼げれば良い、と割り切る事も出来る。
「それが一番現実的じゃないかな……」
「ああ、そうだね」
アル子の言葉にヴァルも大きく頷いて同意した。
「わかっちゃいたが、今のところはそうするしかない、か」
そう言うアレクの本心としては、まだまだ続きそうどころか、いつまでも終わりそうもない研究開発の費用について慮っていた。
尤も、それも彼の言う通り、最初から解っていた事でもある。
だが、彼の希望として新型の大砲や鉄砲が必要になるサイクルは長ければ長いほど良かった、というだけの事であった。
そんな折、会議室の扉がノックされた。
「ジョンゲット閣下から?」
どうやら白凰騎士団のかなり上からの呼び出しのようだ。
ツェットが呼び出しに応じたことでこの日の会合は自然と終了した。
・・・・・・・・・
昼過ぎ。
べグリッツの行政府。
丁度この日の事務仕事を終え、騎士団へ向かおうとしているところだった。
行政府から日が当たる外に出ると体感温度がかなり上昇するのを感じる。
うだるような暑さ(とは言え俺が知っている同時期の日本ほどではない)の中、引き出されてきたウラヌスの背に乗る。
と、一頭の馬に跨った騎士が敷地内へ駆け込んできた。
疑いの余地なく伝令だろう。
俺は乗ったばかりのウラヌスから降りると、係の者に馬を預けた騎士が寄ってくるのを待った。
が、騎士は俺の事が目に入らなかったのか、そのまま行政府内へ向かおうとしている。
「おい、貴様」
仕方ないので声を掛けてやってやっと気がついてくれた。
「あ、閣下……」
跪こうとするのを制し、何事かと尋ねた。
すると、騎士はドレスラー伯爵騎士団の所属であることを述べ、ギマリ要塞からの伝令だと言った。
ギマリはダート平原の南端ではないが、それなりにデーバス王国の勢力圏とは近い位置にある。
またぞろデーバスの侵攻でもあったかと身構えてしまったが、報告内容は全く異なっていた。
「事故です。いや、事故とは言えませんでした。一昨日の朝、キンケードからギマリに対する線路工事の人足達が何者かの襲撃を受けて全滅しているのが発見されました」
「何?」
中部ダート地方(ドレスラー伯爵領)では、バルコーイという街を結節点として、そこから南方へ線路を延伸していた。
現在ではエンゲル村を経由してダービン村まで線路は伸びており、更に南にあるタンクール村やキンケード村、デナン村、そしてギマリ要塞へと延伸工事の真っ最中であった。
まぁ、近傍には既に発見済みの油井もあるし、ある意味で最優先で線路を敷かねばならない土地でもあるからね。
詳しく状況を訊くと、三日前、八月七日の夜、帰って来なければならない筈の工事チームがキンケード村に帰還しなかったという。
勿論、工事チームに警備として帯同させていた二名のドレスラー伯爵騎士団の団員もだ。
夜が明け、キンケードに駐屯していた第二騎士団の一個小隊から調査のために五名の騎士を派遣したところ、キンケード村から五㎞程の地点で監督を含め二四名全員と二名の騎士団員が死体で発見されたという。
死体はデーバス王国の軍隊ではなく、何らかの魔物の襲撃を受けたらしく、食い荒らされたりしていたそうだが、それなりに鋭利な刃物らしい傷もあったようで、一概に魔物の襲撃と断定は出来ないとの事だった。
場合によってはデーバス王国の強行偵察部隊の襲撃を受けて全滅した後で魔物に食われた可能性もある以上、まずは俺のところへ報告に来たとのことだった。
ちなみに、彼は一昨日の昼過ぎにバルコーイでそれらの報告を受け、取り敢えず丁度良くランセル伯爵領都であるガーランスへ向けて発車する列車に乗ったという。
その後ウィードを経由して先ほどべグリッツに到着し、騎士団本部で馬を借りてここに来たとの事だった。
夜っぴいて走る特別列車ではなく、普通列車の乗り継ぎでも僅か二日でバルコーイからベグリッツに来ることが叶うのはとても素晴らしいことだ。
が、夜間は夜間で運転可能な車両を各地に用意した方がいいだろうか?
いや、そんなもんより無線通信網を整備する方が先か。
それなりに使える無線機が出来たからと言って、面倒くさがって量産にはあんまり手を付けていなかったが、やはりやらねばならないか。当たり前だが。
それはそうと、まずは現地の調査と襲撃者の特定を行わねばなるまい。
何しろ、食い荒らさている、と言うのだから魔物なのは恐らく間違いのないところだろうが、鋭利な刃物らしき傷も見受けられる以上、デーバス王国というセンも否定出来ない。
その場合、デーバスから見てギマリ要塞よりも奥地への攻撃である。
それを考えるとどう見ても急ぎでの対処が必要な案件だろう。
また、魔物にしろデーバス王国にしろ、二四人もの工事チームに加えて二名の騎士団員から誰一人として逃げ出せている者がいないというのも大いに引っかかる点だ。
正直言って一人も逃げられていない、という事については心の底から疑問を感じている。
仮に襲撃が魔物であった、それもドラゴン級のとんでもない奴だったと仮定しても一人も逃げられないというのはまずあり得ないだろう。
それはデーバス王国の襲撃でも同様だ。
ギマリ要塞を越えてこれだけ奥地へ襲撃を掛けるのであれば目的は強行偵察以外の何物でもなかろうが、それにしても同程度の人数だと多すぎる。
そして、同程度の人数だととても全滅なんか出来る訳がない。
……いや、相手に俺はともかくミヅチ程度の魔術の使い手がいたのであれば可能、か?
ふと例のゲグラン准爵とやらが仕込んだという戦闘奴隷が浮かんだ。
奴ら程度の実力があるのなら数人もいれば可能かもしれない。
だとしても工事人夫達を襲うか?
重要拠点である(だよな?)ギマリ要塞は疎か他の近傍の村も偵察を受けた痕跡はない。
何しろ、ギマリ要塞は当然、キンケード村もデナン村も以前俺が作った土壁はそっくりそのまま残っていて、出入り口は一箇所しかない。それを考えると偵察に気付かない方がどうかしているというものだ。
魔物……ドラゴンならその爪はナイフみたいに切れるだろう。
又は武器を使う奴か?
武器ならばゴブリンだってオークだって使う。
屠竜を使った時にしか俺は戦った事はないが、ケンタウロスやラミアといった上半身だけ人っぽい魔物も武器は当然、防具を使う事すら確認されている。
その品質はともかくとして。
しかし、魔物というのは総じて頭は良くない。と言うか、悪い。
勿論それは人間と比較しての話だが、襲撃に当たってはまともな作戦すら立てている様子は見られないし、指揮官っぽい存在も居るには居るが、基本的には攻撃をけしかけたり、退却を指示する程度だ。
まぁ、多少マシな奴になると時間差での攻撃や相手を包囲しようとするくらいはして来る事もあるが、そこまで優秀な奴ってのは稀だ。
もしもそんな奴がモンスターの中にゴロゴロ居るならはっきり言って脅威以外の何者でもない。
……ちっ。
襲撃者がデーバス王国にしろ魔物にしろちゃんとした調査は必要だろう。
殺されてしまった工事チームだって監督は最低でも三ケ月は教育してから採用しているし、工事人夫だって一ケ月は研修期間がある。
そして、中部ダート地方(ドレスラー伯爵領)に送っている奴らってのは西ダート地方(リーグル伯爵領)でそれなりに経験を積んだチームなのだ。
育成には相応のコストや時間がかかっている者共で、単なる奴隷とは雲泥の差とも言える。
今後の事も考えるととても放ってはおけない。
あー、どうすっかなぁ。
俺が行く必要はあるだろうか?
ミヅチに相談した方が良さそうだな、こりゃ。
読者の皆様。
新年、明けましておめでとうございます。
本年も何卒宜しくお願いいたします。
■コミカライズの連載が始まっています。
昨年の11/14(木)にWebコミックサイト「チャンピオンクロス」で第一話が公開されています(毎月第二木曜日に更新なので現在は第二話まで掲載されています)ので、是非ともお気に入り登録やいいねをお願いします。
私も含め、本作に携わって頂いておられる全員のモチベーションアップになるかと存じます。
■本作をカクヨムでも連載し始めました(当面は毎日連載です)。
「小説家になろう」版とは少し異なっていますので是非お読み頂けますと幸いです。
ついでに評価やご感想も頂けますと嬉しいです。




