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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第四百八十二話 Machine

7452年8月2日


 行政府での事務仕事を終え、一人で少し早めの昼食に向かう。

 ミヅチは午前中から騎士団の方へ出向いており、今朝家を出てすぐに別れている。

 エムイー訓練が想定訓練段階にまで進み、教官を命じた騎士たちも結構忙しくなってしまい、人手不足になっちゃったからな。


 カムランあたりでゆっくりとランチコースでもしばきたいが、食事にあまり時間をかけてはいられない。

 かと言ってラーメンというのも短絡的な気がするし、いいか、もう、サンドイッチで。


 行儀は悪いが、サンドイッチなら歩きながら、騎乗しながらでも食べられるし……。


 ってこういう日に限ってパン屋は白パン焼いてねぇ……仕方がないのでまだ食わなくてもいっか。

 まだ昼前だし、時間が少し早い事から急いで食わなくたっていいさ。


 トールが働いている作業場へ馬首を向ける。

 と言っても、騒音と防諜を考慮してコートジル城の兵舎を一つ作業場にするようにしてるだけなんだけどね。


 改良を続けている焼玉エンジンは漸く安定した運転ができるモデルに到達し、今はそれを動力源にした別の機械と、排気量を大容量化してシリンダあたりの馬力を増大化した上に、多気筒化させたモデルの開発を中心に仕事を任せていた。


 内燃機関エンジンについてはまだあまり大っぴらにしたくはないので、少し前から運転試験場をこちらに移動したんだよね。

 なお、別に命じてもいないのにトールとその弟子たちはコートジル城で寝起きするようになってしまったので運転試験場だけでなく開発拠点もこちらに移動した格好になっている。


 コートジル城の城門をくぐるまで、外からではエンジン音は殆ど聞こえない。


 まぁ、そもそもそれ程高速回転が可能なエンジンでもないし、排気量も大したものではないので騒音も気にするほど大きなものじゃないんだけどね。


「あ、いらっしゃいませ、ご主人様!」

「「いらっしゃいませ!」」


 戦闘奴隷候補のガキどもが稽古の手を止めて姿勢を正し、挨拶の声を上げる。


「おう、皆しっかり稽古してるか?」

「「はい!」」


 ウラヌスの背から降り、近づいてきた一人に手綱を渡しながら声を掛け、開発場所まで足を運ぶ。


 兵舎を改造した開発作業場は、中から金槌で何かを叩く低い音に混じって焼玉エンジンの動作音が響いていた。


 明かり取りの必要もあるので開け放しだった扉の前に立つと、中では意外な程多くの奴隷が働いていた。


 もちろん中心になっているのはトールとその弟子たちの合計三人だが、焼玉エンジンが一応の完成を見た際に請われるまま二〇人以上の増員を行っているのだ。


 今はどうやら鍛冶屋などから納品された部材を選別し、曲がっていたり発注した設計に対して少し寸法がおかしい部材を修繕していたところらしい。

 最近では結構マシになって来ているらしいが、それでも指定された通りの寸法ではないまま納品されることも多い(正確を期するあまり公差を小さくし過ぎるといつまで経っても納品されないのだ)のでどうしても手直しの工程は必須になると報告を受けている。


 開発室はカンコンカンコンと金属音で充満しており、それなりに大声を出さないと本当にごく近い場所にしか聞こえない。


 出入り口近辺で作業をしていた何人かが俺に気が付いて畏まった。


 一つ溜め息を吐くと大きく息を吸い込んで「はい、作業止め!」と怒鳴る。


 奴隷たちは叫び声の主が俺だと認めると一斉にその場に跪いて畏まる。


 今まで不規則に鳴り響いていた金属音は一瞬でゼロになった。

 奥から響いてくる焼玉エンジンの作動音の他は何か機械が動いているような音が続いているだけで、この場ではもう普通に会話ができるだろう。


「トールはいるか?」


 尋ねると、現在は奥の組み立て場に居る筈だとの答えであった。


 そのままずかずかと作業場を歩いて抜け、扉を開けて奥の組み立て場へ足を踏み入れる。


 この組み立て場には各種サイズの台座や小型のクレーンまで備えられている。

 試作品以外の鍛冶屋から納品され調整した部品を寄せ集めて何でも組み立てるのだ。


 プレス機や旋盤、縦横のフライス盤といった各種工作機械を始め、焼玉エンジンや新たな試作機械の組み立てまで行える、ある意味で万能の組み立て工場である。


「あ、ご主人様! いらっしゃいませ」


 何やら複雑そうな機械に細長い部材を慎重に追加しつつあったトールの弟子の一人が、警告とも取れるように叫ぶと跪いた。


「「いらっしゃいませ!」」


 組み立て工場のあちこちから同様な叫びが返ってくる。


 そして、


「あ~、いらっしゃいませ、ご主人様」


 最後に少し面倒そうな声音で言いながらゆっくりと跪いたのがトールだった。

 ご主人様に対する態度は良くないが、今はそれどころではない。


「おう。で、例のやつが完成したんだって? 見せてみろ」


 俺がそう言うとトールは「はい。あちらに」と更に工場の奥の方へ手の平を向けた。


 開いたままの扉の奥からはポーンポーンという軽快に回っているであろう焼玉エンジンの運転音と何かがカッチャカッチャと動く音が聞こえている。


 動作試験室に入ると、今は動作させておらず、台座の上で整然と並ぶ各種の焼玉エンジンの他に、沢山の歯車を持ち複数の糸が絡みあうような少し複雑そうな機械が動いていた。


「自動紡績機です。糸巻き(スピンドル)の数は合計二〇あり、燃料と材料さえ切らさなければ完全に自動で糸を紡ぎ続けられます」


 昨晩報告を受けた完全な自動紡績機が作動していた。


 大きな糸巻き(スピンドル)を備えた紬車つむぎぐるまが二m弱の距離をゆっくりと行ったり来たりしつつ糸を紡いでいる。


「うーむ……」


 俺としても大小さまざまな歯車やプーリーが回り、往復運動をし、大量に糸を紡ぐ“本物の機械”を目を丸くしながら眺めていることしか出来なかった。


「まだ糸のりは一種類固定ですからあれなんですけど、次からは何段階かで指定させられるようになります」

「そうか……いや、大したもんだな、こいつは」


 これは二千万案件だな。

 焼玉エンジンと同値をつけてやるべきだろう。


「トール」

「はい」


 目を合わせると日本語で言う。


『この紡績システムが完成したら二千万ゼニー相当だ。お前に従った者にもボーナスを出す』

『ありがとうございます!』

『しかしこういうの久々に見たな……』


 自然と笑みを浮かべながら、もう少し近くで見ようと少し回り込むようにして自動紡績機に近づいた。


 トールも俺に付いてくる。


『ですが、打ち壊しにはお気をつけ下さい』

『ああ、ラダイト運動なんか絶対に起こさせないさ』


 ラダイト運動とは、一八世紀にイギリスで起きた産業革命で職を失った手工業者が中心になって、一九世紀初頭頃まで大量生産を可能にする機械を破壊して回った一揆の一種だ。

 最終的には司法機関と軍により捕縛されたりその場で処刑されたりしたほか、告発・有罪判決を受けた者たちの多くは死刑や流刑の憂き目にあい、運動自体は数年で瓦解した。


 だが、これは産業革命の時点で一人でも一定量の紡績が可能な設備が多く製造され、広まっていたために多くの労働者に影響を与えることになった、という背景がある。

 勿論、今の西ダートにも紡績業や織物業を営んでいる商会は複数存在するが、どれも規模は大きくないし、生産量は低い。

 それに伴って糸や布は非常に高価であり、貴族か余程のお大尽でもなければ新品の衣服など一生に一度手にする機会があるかどうかだ(あったとしても大抵の場合は自身の結婚に伴う嫁入り婿入り道具か嫁取り婿取りの結納品だったりする)。


 機械もノーメンテで動作を続けられないし、材料や燃料の補給も必要になる。

 手工業としての紡績業は廃業かもしれないが別の雇用が発生し、そこでは別の業種にはなってしまうが旧手工業者たちの雇用を満たし、生活していくだけの収入を与えることは可能なのだ。


 手工業でも紡績業や織物業に使われる機材の水準がある一定にまで進化してしまうと、糸や布の価格は下がり、需要は爆発的に増える。

 そうなると紡績や織物業者は働き手を大量に雇うし、綿花を生産する農家も需要増に応えるために生産量を引き上げる。

 更に生産量は増し、流通量も増えて価格は下落する。


 それでも需要を満たすには至らなかった。


 地球での産業革命前夜はそういう状態だったのだ。

 つまり紡績業や織物業に携わる人口も急増に急増を重ねていたところだったのである。


 翻って現在のオーラッド大陸、いや、オースは地球の一〇世紀前後と同じく、糸や布の需要を満たすなど夢のまた夢の段階であり、満足な製糸機材や機織りの道具も原始的なそれに毛が生えた程度なのだ。

 勿論、大規模に紡績や織物業を広げること自体は可能であるものの、肝心の原材料である綿花の生産量を増産してしまえば、その分主食である穀物の生産が減ってしまうというジレンマも抱えている。

 何しろ「豊か」だとされているロンベルト王国でも毎年多くの人々が餓死を免れていないし、食料を巡っての争いも絶えることはない状況だ。


 そのような状態の土地を治めなければならない支配者階級としては、どちらが()()重要な農業作物かと問われれば、問答無用で穀物に軍配を上げざるを得ないのが現在いまのオース世界なのである。


 要するに、現時点において、自動紡績機などあったとしても宝の持ち腐れに近いと言えなくもない。


 しかし、恐らくはオース広しと言えども、現在いまの俺だけは例外だ。


 何せつい最近領土が倍増し、増えた分は敵国から奪った土地なのだ。その農地はかなりの割合(恐らくは半分近くの面積に上るだろう)で破壊されていて再度耕作地として整備が必要になっている。

 そしてその農地はほぼ全て農業的に土地が肥えているダート平原なのだ。


 穀物以外の産業作物の作付けを押し付けることも可能だし、実験的なものも含めてあらゆる作物を試す事すらも可能なのだ。

 減ってしまった働きの手の代わりに何頭かの農耕用の牛馬でも支給してやれば農作業の労働力は担保できる筈だし、場合によっては向上することすら考えられる。

 ついでに、中途半端ながら大規模な輸送機関も整備中であり、領内の半分は既に鉄道路線が通っている。新たに得た領土に鉄道路線を通すのだって、各領地の首都を結ぶくらいはどんなに遅くとも二年以内には達成するつもりでいる。


 その間に自動紡績機の改良や自動織機の開発を行えばいいし、ある程度の数の量産体制も整えておく必要もあるだろう。


 もう既に重工業についてはある程度目安も立っているし、一基だけだが高炉の運転も開始している。

 僅かそれだけで鋼鉄スチールの生産量は今迄の十倍以上になっている。


 そろそろ次は軽工業が必要だと感じていたし、だからこそトールに開発を命じてもいたのだ。


 ……ふむ。


「お前ら飯まだだよな?」

「え? ええ」

「昼はいつもどうしてるんだ?」

「人によりますね。若いのだけはズールー様の奥様にご馳走になることもあるようですが、私や年嵩の者は街まで誰かにパンを買いに行かせたりすることが多いです」


 へぇ。


「今日は誰か買いに行ってるのか?」


 来る時には出会わなかったと思うが。


「いえ、今日は御主人様がいらっしゃる予定でしたので……」


 俺がいつ顔を出すか解らないのに買いに行ったり、ましてや食ってるとかねぇか。


「ラーメン食うか?」

「え? ラーメン屋でですか?」

「ああ。行くか? 全員に奢ってやるぞ」

「い、行きます! ちょっと待ってください、今全員(みんな)に声かけてきますんで!」


 トールはホクホク顔で動作試験室から出ていった。


 隣の部屋から歓声が上がる中、俺は動作している自動紡績機の動きを目で追い続けていた。


 

■コミカライズの連載が始まっています。

 11/14(木)にWebコミックサイト「チャンピオンクロス」で第一話が公開されていますので、是非ともお気に入り登録やいいねをお願いします。

 私も含め、本作に携わって頂いておられる全員のモチベーションアップになるかと存じます。


■本作をカクヨムでも連載し始めました(当面は毎日連載です)。

 「小説家になろう」版とは少し異なっていますので是非お読み頂けますと幸いです。

 ついでに評価やご感想も頂けますと嬉しいです。

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分隊自動火器に迫撃砲と指向性地雷 アルさんは何と戦っているのでしょうか?
打ち壊そうにも国内最大クラスの金持ち高位貴族運営商会とか恐ろしすぎる まだまだ開墾の余地もあるみたいですし人手はどれだけあっても困らなさそうなダート地方 人と物の移動が激しくなればますます発展も加速し…
更新ありがとうございます! カクヨムの方も懐しさを感じながら拝読してなおります。 今年は最後の更新ですかね? 来年のアルくんたちの活躍を期待して待ってます。 この作品を提供して下さった作者様に改め…
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