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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第四百七十七話 理解 1

7452年7月18日


――ゲグランヴァリスト・クレイスかっ下


  あまりフクザツな文字はごかんべん下さい。

  私はロンベルト王こくのメンクィスグリードです。

  先日ダート平げんの支はいしゃになりました。

  かっ下よりお手がみをちょうだいしたのでそのお返じです。


  かっ下は今すぐに私にこう伏すべきです。

  色々なごジジョウもおありでしょうが、互いの平和のため、

  さっさと折れて下さい。


  はなしあいをしても良いですが本来的にむいみだと思います。

  あ方がたとはなしあっても当方に何らのえきはないとかんがえています。


  しかし、こう伏や亡命のけいかくであればはなしあいの余ちはあると

  思います。

  ごよう求するち位やほうしゅうなどについての交しょうであれば

  いつでもうけ付けます……。


 まだもう少し続くが、レーンは形の良い眉をひそめると手紙をテーブルに投げ出して香りの良いロール水に口をつけた。


――ストールズ伯爵閣下


  拝啓


  私はグリード侯爵アレインと申します。

  日本での名は川崎武雄と申しまして、二四年前の事故でロンベルト王国に生まれ変わった日本人です。


  以前に私の部下であるニューマンヴァンクレイスとバラディーク卿とお会い頂いたとの由、私のことはお聞き及びかと存じます。


  さて、今日こんにち手紙を認めさせていただいたのは閣下より頂戴した親書への返答です。


  勿論、昨年私が貴国に対して宣戦を布告致しました事は重々ご承知とは存じます。


  従いまして、閣下の戸惑いついては、こちらとして理解に苦しむものであります。


  とにかく、手前共の立場としては貴国が拐かした私の婚約者の返還を要求するのみです。


  本件についてこれ以上の言葉はございません。


  真犯人にお心あたりがあるのであれば、交渉するなり救出するなりして私の婚約者を無事に返して頂きたいところです。


  従って、本件についての真犯人については個人的に興味はあるものの、私の本心からの希求は掛け替えのない婚約者の無事以外にはございません。


  もしも閣下にお心あたりがないと仰られるのであれば、その戸惑いについては心よりご同情差し上げますものの、私には真犯人は貴国政府の所属であるとの証拠もございますので現時点で許すことは到底適いません。


  過日に要求させて頂いた条件につきましては貴国が拒絶なされましたので実力であがなわせて頂きましたが、その過程で当方に於いても多大な死傷者が発生しております。


  あれからそれなりの時間も経過しております。

  そして、現時点まで貴国より何ら誠意のある回答や私の婚約者についての情報はもたらされておりません。


  従いまして当方より貴国へは先の戦死者への賠償も併せ更なる賠償要求となるでしょう。


  (中略)


  元は、いえ、故国の同じ日本人同士、同郷のよしみで今すぐの降伏や亡命であれば快くお受けいたします。


  末尾になりますが、閣下の御多幸とご無事を願って。


  敬具


  グリード侯爵アレイン

  川崎武雄 拝――


 セルも自身への返事に目を通し、手紙をテーブルに放ると右手でこめかみを揉み始めた。


「ちっ……手がかり無しか」


 ツェットも、


「う~……」


 アル子も、


「むぅ……」


 ヴァルも、グリード侯爵からの返答を受け取った全員が似たりよったりの渋い顔だ。


 侯爵からの返事はどれもこれも、彼ら、彼女ら名義で記されていた手紙の内容をなぞるように揶揄し、挑発するかのような書かれ方がされていた。


 具体的には「婚約者を拐われた事で非常に腹を立てている」とか「その件について未だに謝罪すらないことへの怒り」、そして「投降や亡命なら受け付ける」という内容だ。


「ふむ……」


 アレクやミュール、ヘックスも苦笑を浮かべながら手紙に目を通すと隣の者へと手渡す。


「「……」」


 親衛隊の詰め所は暫しの間沈黙に支配された。


「……随分と好戦的に見えるが、こちらが先にああいう手紙を書いているんだしそこは仕方ないか」


 口火を切るのはアレクしかいない。


「でも結構冷静かもな」


 アレクに追随してミュールも低く笑いながら言う。


「なんでさ?」


 アル子は少し憤慨している感じだが、表情は冷静そのものだ。


「まず、この手紙は全部一緒に届いた」

「そうみたいね」


 手紙を配達してくれたのは例によって騎士団の伝令だったが、グリード侯爵からの手紙は全て同時に、一纏めで届けられたという。


「それと、届いた日な」


 今度はヘックスが補足した。


 先日、彼らは最初に発送した日から逆算して、返事が届くのは早くても七月一二~一三日頃だと見積もっていた。


 それはこの世界(オース)の常識であれば妥当か少し早い程度の時間であるが、それでも最初に届けられた手紙についての返信があるであろう“最短の”時間である。


 それが、本日一八日までずれ込みつつも五通全ての返信というのは、ギリギリ理解できる時間ではあるが……。


「俺達は毎日一通ずつ届くように手紙を送ってる。一番早いのはレーン名義の手紙だけど一番最後のアル子ちゃんの手紙が届けられたのは最短でも七月八日の筈だ」


 ヘックスの言葉に部屋にいる全員が頷く。

 グリード侯爵の支配地において軍の伝令並みの早馬が使われるという前提だが、そう大きく外してはいない。


「どちらにせよ、それから一〇日で届いている。毎日毎日手紙が一つずつ、五通全てが配達されたけど、その翌日には配達されなかったことを確認して五通で終わりだと判断したから一気に返事を書いたんだろうな。冷静だよ」

「そういうもん?」


 一体それのどこが冷静なのかわからない、という顔でアル子が言った。


「これらの手紙に書かれているのは共通して婚約者を拐われた事についての怒りよ。もしこの怒りが本物なら……まぁ、大部分は本物なんだとは思うけど、冷静な部分を残しているという事になるからね」


 肩を竦めながらレーンが解説する。


「あとはからかい半分なんだろうな。特に降伏とか亡命とかの部分は」


 苦々しい口調でツェットも続いた。


「最初からこちらと仲良くする気は無かったみたいですね……私も妻や子供が誘拐されたのなら怒り狂うと思うし、それも無理はないかも知れないと思います」


 ヴァルはそう言うとお茶を含んだ。


「最初の、本当の最初はどうだったかわからないし、本人に確認しない限りは知りようもない事だけど、やはり彼の婚約者が拐われた件がグリードが怒った一番の原因だと思うな。あの事件が無ければ、ダート平原を南進して来るにしても、もう何年か先の話だったんじゃないか?」


 両腕を組み左頬を歪めながらセルが言う。

 確かに彼の言う通り、積極的な南進の口実になっている事は事実であるとも言える。


「それはそうと、こちらが誘拐を目論見、実行したという証拠ってなんだ? 本当に証拠なんて掴んでると思うか?」


 眉間に深いシワを刻みつつアレクが疑問を呈した。

 この件については彼らの間でも何度となく話合われてきた話題だ。


 しかし、答えは「わからない」か「嘘だろう」の二つしか得られなかった。


 「わからない」のは、要人誘拐の証拠になりそうなものとは一体何だろう? という事に尽きる。

 考えられるのは「そういった特殊作戦の国家としての命令書」か「自白を伴う実行犯の確保」である。


 命令書の方は、もしもそれが本物であるとの断定が可能なら完全無欠の証拠品であり、デーバス王国はロンベルト王国、ひいてはグリード侯爵に対して無制限の譲歩を行うか、一か八か全てを有耶無耶にするために国家的な戦争を行う必要がある。

 尤も、ここにいる全員がデーバス王国がそのような行為を行っていないと考えているし、例え誘拐に加担していたとしても、そんな分かり易く、且つ間抜けな証拠など残す道理はない。


 つまり、このセンはない、と考えている。


 また実行犯の確保については証拠と言い張るには少し弱い。


 仮に()()()なる者が居たとしてその者が本物の実行犯である、あったという証明を行わねばならない。

 その場合、自白だけでは証拠として軽すぎる。


 ()()()が騎士団の要職にある者か、政府機関の高位の人物であれば別だが、適当な平民や農奴を実行犯として仕立て上げているだけかも知れないし、その可能性は充分に考えられるからだ。


 現時点で勤めや任務にランドグリーズを外している高位の人材は数えるほどしか居ないが、その全てが行き先や仕事、任務内容が明示されていて行き先不明、という人物は居ない。


 何にしても、こういった場合、()()()()()()交渉の余地は充分にあるし、ロンベルト側も真犯人だとは考えていない筈なので彼らが通したい要求を伝えるためにも話し合いには応じて来なければおかしいはずである。


 彼らはそこまでは考え付くことは出来た。


「証拠ねぇ。あるのかも知れないけどどうせ大したものじゃないって事にならなかったっけ?」

「『写真』や『動画』なんて撮れないし、『録音』も無理だしな。レーンだって無理だと言っていただろう?」


 ミュールやヘックスが言うが、そういった意見も既に出尽くしている。


「無理ね」


 レーンもそういう可能性は考えていたしそういう魔術がないか調査もしていた。

 しかし、伝説や噂話も含めて「ある瞬間の記録を後世に残す」ことが叶うのは現時点では魔法では無理で、文字で書き記すか画を描いておく方法しかない、と結論付けられている。


「そうなるとこの好戦的っぽい内容もこちらにそう思わせるためのものなのかも知れないですね」


 顎に手を当ててヴァルが呟いた。


「「……」」


 それぞれ思うところがあるのか、再び部屋は沈黙で満たされる。


「ふん、だとするとグリードってのは結構理知的なのかも知れないな」

「ああ。こちらにその為人ひととなりを勘違いさせようとしたのかもな」


 セルとアレクが互いに頷きながら言った。


「なんのためにそんなことを?」


 小首を傾げて言うアル子だが、目の奥では色々と考えを巡らせているようだ。


「そんなの交渉寸前までどういう性格をしているのか隠しておいた方が有利に立ち回れる可能性が高いからに決まってるだろう?」


 鼻から大きく息を噴き出しながらツェットが答える。


「なんでよ?」

「アル子ちゃんよ、よく考えろ。重要な交渉の場では相手の性格を掴むことは大切な情報を掴むことにも等しい。何を好み、何が嫌なのか、ってのは大切だぞ。飲んでくれそうな条件を提示する材料にもなるし、仮に拒否されたとしても代案だって立てやすいってことだ。もっと簡単なところだと飲み食いする料理や酒にも気を遣えるという事だ。少しでも相手の機嫌を良くしたいならそういった部分についての好みを知ることも大切なんだよ」

「あー、まぁ、そうかも知れないけどさ、国や領土を代表するような貴族? 政治家みたいな人なら多少の好き嫌いなんか考慮しないんじゃないの? 何だっけ? 『名より実を取る』だっけ?」


 アル子はツェットの言葉に納得がいかない様子だ。


「そうだな。それが民や土地を治める者としては当たり前だし、王侯貴族といえども相手もそういった立場であれば自分の我を通し続ける訳にもいかないだろう」

「でしょでしょ?」

「だけど、貴族も人間だ。好き嫌いはどうしたって関わってくるんだよ。それは、こんな大昔みたいな世界でも俺達が死ぬ直前の『地球』でも一緒だ。日本も、アメリカもその他全ての国は他国の元首や政治家の好みってのは大切な情報とされていた。例えば、日本の首相が変わる時、アメリカの大統領が変わる時なんか、その生い立ちから調査したもんだし過去に関わった施策なんかも徹底的に洗われていたんだ。そうして、その人物の考え方の基盤になっている部分や、こういうケースにはこういう対応した、ああいった状況でああいう判断を下しているという情報を調べ上げていたんだ……」

「ふ~ん」

「……そして、いざ交渉の時にはそういう情報をも考慮に入れてして交渉の案を練る。勿論、アル子ちゃんが言う通り『名より実を取る』のは当たり前だし、国家元首や政党を代表するような政治家ともなれば自分の好き嫌いなんか棚に上げてどうしたら自分が属する国や政治団体が少しでも有利になるかと考えるのは当たり前だな」

「うん」

「でも、人の好みなんてのは究極的な部分でどうしても出てくるものだ。ギリギリのところ、簡単に言うと国にとって同じような条件にも関わらず複数の解決方法があった場合なんかだな。そういった場合、どちらを選択するのかについて部外者が予測する材料にできる。当然そんなのは完全ではないだろうが、可能性として一パーセントでも高い方が判るのと判らないとのでは大きな違いだよ」

「なるほどねぇ……」

「だから俺達も、そしてロンベルトのグリードも、そういった情報は出来るだけ伏せておきたいし、伏せるのが無理なら欺瞞を混ぜようとするし、なんなれば正反対の好みだと誤認させるようにもする」

「うっわ、性格悪!」


 彼らの会話を聞いたアレクとセルも苦笑いを禁じ得ない。


 しかし、頭の中の整理はできた。


 ロンベルト王国のグリード侯爵アレインという人物は、確かに婚約者が拐われたという出来事には腹を立て、怒っているのだろう。

 これはまぁ、常識的に考えても当然と言えるし正しいと思われる。


 また、比較的冷静な判断力も備えているようだ。


 そして、こちらが書いた内容がこちらの本心ではない可能性が高いと見抜いていると思われるし、書いた文章に対してカウンターのような言葉を返している事から他者に対する対応には意地の悪い部分も垣間見える。


 しかし、それら全てが計算によって書かれた可能性も充分に残されており、その場合には上記に加えてかなり狡猾な部分を備えていると評することも出来よう。

 場合によっては侯爵本人ではなく、そのブレーンにそういった性格の人物がいる可能性も考慮に入れおく必要もあるだろう。


 その場合、侯爵にはそれなりの責任を丸投げに出来る余裕や、有効だと思えれば他者の意見を容れるだけの懐の深さも備えていることになる。


 要するに交渉に当たっては一切気が抜けない相手である、という事だ。


 なお、しきりに投降や亡命を勧めている事からグリード侯爵が抱えている戦力に対して、侯爵自身は満足が行っていない事も伺える。

 これは、わざわざ書いたにも拘わらず、カリード攻略戦について全く触れていない事からもその可能性を匂わせている。

 尤も、どう考えてもデーバス王国の奥深く、ロンベルト王国からはかなり距離のある場所の話なので信頼の置ける調査のための時間など無きに等しいことから、適当な事を書いてしまうことで軍事的な情報を漏らしてしまう事の無いように敢えて触れなかった可能性も非常に高い、と言うか、多分そうだろう。


 宣戦布告や実際の侵攻、その際に採られた戦術なども大きな判断材料だ。


 自分達と同様、日本人の生まれ変わりならちょっと信じられないような残酷で残虐な部分も多い。


 が、こちらはツェットやミュールが口を揃えて「一番有効な手段を採ったのだと思われる」と言っていた事から少しでも自分の戦力の温存を優先させようとするならあり得なくはない。


 そしてその際に行使されたという、戦争の局面にすら有効な極度に高い魔術の技倆。

 魔術の技倆については侯爵本人ではなく別の人物かもしれないが、とにかくそれだけの手練れを戦力として抱えているのは確実である。

 にも拘わらず自分が抱える戦力に満足が行っていない。


 満足しているのであれば、わざわざ降伏や亡命を勧めたりはしないだろうし、持参金などを求めるのが当然の時勢でもあるからだ。


 どういった固有技能を所有していようと、元日本人の生まれ変わりは大きな戦力になる可能性が高く、戦場でそういった固有技能を発揮されたら思わぬところで足を掬われかねない以上、生まれ変わりが要注意人物であることを知っている言葉でもある。


 当然わからない部分も数多く残されているが、新たに得られた情報も無い訳ではなかった。


 

コミカライズします。


詳細につきましては活動報告を御覧くださいませ。

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― 新着の感想 ―
コミカライズですかぁ、おめでたいけど、作画、、、っ良い人に当たると良いなぁ。。。。
コミカライズおめでとうございます!!! デーバス王国側も目が離せなくなってきて今後が楽しみです!
おめでとうございます㊗️
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