第四百六十三話 褒賞 1
7452年6月15日
べグリッツに戻ってきた。
南西部ダートを平らげ、ボンダイの街には耕作地よりも少し大きな土壁を作ってきたし、それ以外にも幾つか土壁を作ってきた。
勿論、ガルへやカーダン、ロクサート、ダービンと言った「今までの」最前線に近く、防衛部隊を駐屯させていた村々に対しては駐屯地の移動を命じている。
連れて行った第二騎士団によって構成されている第一戦隊と第二戦隊については分隊単位で分散させて占領地に置いてきたが、無線機だけは持って帰らざるを得なかった。
理由は充電のためのライトニングボルトの魔術を使える人材がいなかったためである。
これについては可及的速やかになんとかしたいところだが、今はどうしようもないのが辛い。
正直言って、ボンダイやラクストなどの重要拠点にロズウェラや旧黒黄玉の魔術師を置いておきたいところだったがそうも行かないのが何とも厳しいね。
本気でバルドゥックのゴロツキ共から魔術師を集めたい気もするが、数年以内にはなんとか出来そうな目処もついているから今は諦める他無い。
トリスを始めとする西ダート各地から参戦してくれた子飼いの領主に率いられた従士達はガルへ村で解散させ、領主たちにも取り敢えず一週間後のべグリッツ参集(彼ら彼女らもどうせもう始まっている第二回エムイー訓練の指導をして貰うためにべグリッツには来て貰わなければならない)まで無任としてガルへで別れている。
べグリッツ駅に停車した客車からは俺に続いてミヅチや今回の戦に付き従っていたリーグル伯爵騎士団の騎士、そして西ダートの従士隊の面々が降車する。
更に二輌目の客車からもべグリッツから参戦してくれた従士たちがゾロゾロと降りてくる。
降りてきた者たちは騎士の命で馬運車から軍馬を降ろし始めた。
「んん~っ!」
俺の隣でミヅチが思い切り伸びをする。
その声があまりに気持ち良さそうだったので俺も妻に倣って伸びをした。
あ、これ気持ち良いな。
そんな俺達の両脇では伸びもせず、闇精人族の護衛二人が相変わらず油断なく周囲に目を走らせている。
お前らも馬を降ろすのを手伝えよ、と言いたいのを我慢……彼女らは一人を警護に残し、もう一人は俺とミヅチの馬具を受け取りに行ってくれた。
それを見て、なんとなくだが前世の要人警護のシークレット・サービスみたいな人に対して変なことを考えて申し訳ないという気持ちになる。
俺はともかく、ミヅチやアルソンの警護に僅かでも抜かりなどあって欲しくない。
一人だけでも俺の意を汲んでくれた事を嬉しく思いこそすれ……まぁいいや。
馬具を受け取り、ウラヌスの背に載せる。
それと同時に従士がウラヌスの腹で馬具を留めてくれた。
鐙に左足を掛けて一気に乗ると隣では丁度ミヅチが玉竜の背に乗っていた。
護衛たちもそれぞれ騎士団から貸していた軍馬に乗ったのを確認し、急ぐ必要もないので揺れの少ない常歩でゆっくりと騎士団本部へ向かう。
一〇分ほどで騎士団の敷地に入った。
今日は簡単にリーグル伯爵騎士団東部派遣隊と西ダート、特にべグリッツの従士隊の解隊式だけで全員帰宅させるつもりだ。
報奨だの何だのを伴う式典は別働隊であった第三戦隊が無事に任務を終え、指揮を預けたゼノムが帰還してからでいい。
従士隊に対する報奨、と言うか、恩賞は俺から従士隊を率いて参戦してくれた領主に渡すものであり、参戦してくれた従士には直接何も与える事はないのだ。
勿論、べグリッツの領主は俺なので、べグリッツの従士は別だよ。
「……が皆、無事べグリッツへ帰還できて誠に喜ばしい限りである。この度は誠にご苦労であった。今暫くはゆっくりと体を休め、疲れを抜いてくれ。後ほど、私の騎士並びに従士各員には別途連絡を送るのでその際には命に従ってほしい。ではこれで我が騎士団東部派遣隊及びべグリッツ従士隊の解隊を宣言する!」
騎士団本部の建屋の前の広場に整列する騎士や従士たちに一席ぶると、ミヅチや護衛たちと一緒に屋敷へと向かう。
馬を返してしまった護衛が付いてこれるようにゆっくりと歩を進めながら、ダークエルフの護衛にも馬は必要だよなぁと考えていた。
騎士が乗るような高価過ぎる軍馬は置いておいても、乗用馬も荷馬なんかよりはかなり高い。
それ以上に、丁度良く売りに出ているかの方が問題ではあるが、本気で探すなら買えない、なんて事はまずないんだけどね。
大抵は足元見られちゃうのよね。
いいけどさ。
こりゃさっさとイミュレークんとこの牧場でも軍馬や乗用馬の生産をやらせないといけないな。
俺もミヅチも二ケ月以上も留守にしていたので騎士団にも行政府にも仕事は溜まりに溜まっている事はわかっちゃいるが、今日はもう旨いものでも食ってゆっくり風呂に浸かりたいんだよね。
ああ、騎士団にはクローとマリー、それにまだ従士だけどカニンガムもいる(流石にまだそういう仕事をやらせているとは思えないが)から、本当に重要な決裁しか残っていないだろう。
行政府の方もノイルーラがいるし、今までよりはマシになってるんじゃないかな? そうだといいな。
屋敷に戻り、風呂を入れると護衛の隊長であるマリーナ・カルサスロスさんを呼んだ。
「騎乗するミヅチに付いて貰う時の乗騎の件だ」
「と申しますと?」
「ミヅチが戦場に出るような時はあまり問題ない。騎士団から借せるからな」
「ええ。今回もお借りすることになっていたかと……」
「ああ。だが、騎士団から借りられない場合もあるし、君等専用の乗用馬があった方が良いのではないかと思うんだが」
「それはそうですが……」
彼女の顔つきから、何となく思っている事がわかる。
今のところミヅチの警護でどうしても馬が必要になる場合、騎士団から借りられた事もあってそう大きな問題になった事はない。
それに、馬の価格はかなり高い。
軍馬なんか一〇〇〇万以上するし、乗用馬だって六〇〇~八〇〇万くらいはする。
心配しなさんな、購入費用はこちらで持つに決まってるんだから。
ああ、言ってやんなきゃわかんないかね?
そんな大金が必要になる物を買えなんて言う訳ねぇじゃんか。
「当然ながら購入費用は私が持つからその点について心配は要らん……」
そう言うとカルサスロスさんはホッとしたようだ。
「……但し、当家も人が余っている訳でもないからな。グアイレも馬の扱いには長けているが、片腕だし、私のウラヌスやミヅチの玉竜の世話をして貰わなきゃならん。故に、そなたらの中から一人か二人、グアイレに弟子入りして馬の世話が出来るようになって貰う必要がある」
「それは、確かに」
「だが、それで護衛である君たちが満足に休息が取れなくなっても問題だ」
「……」
その程度の労働など問題ないとでも言うような顔だ。
当然、俺だって数日なら問題ないと考えるが、恒常的にその分の労働が増えれば別だと思っている。
俺は万が一を避けたいのだ。
「今から提案することに、まず可能か不可能かで答えてほしい」
「は」
「ライル本国から厩務の担当者を派遣して貰えないか?」
「可能です……が、」
「給料は払う」
「では大丈夫だと思います。既にご存知とは思いますがライルでは獲得階級と呼ばれる隊商を率いる者共がおります。彼らも馬車を使いますので馬の手入れに長けた者もおりますれば」
「そうか。ではその旨連絡を取ってくれないか? ああ、次にライルから隊商が来たタイミングでいい。流石に馬もすぐには用意が難しいからな」
「了解いたしました。それで数ですが……」
「うん。護衛に付いて貰う人数分の乗用馬が必要だと思うんだが、何頭要る? 万が一を考えて一頭は多く用意しておくべきだと思うんだが?」
「は。は……では三頭ご用意いただけますか? その数であれば厩務担当は一名で充分かと」
「二名頼む。彼らにも休みが必要だからな」
「そんな、休みなど……」
「必要だ。君等だって休みは必要なんだし、それは決して君等や厩務員に楽をさせる為ではない事は理解していると思っているのだが?」
なんだろうね、この。
休まずとも問題ありません、って価値観。
これは別にライルの戦士団がブラックな価値観に染まっているという訳じゃない。
オース全体、かどうかは知らんが、少なくとも西オーラッドでは普通の価値観だ。
耕作をして食料となる農作物を育てている農家や生き物を育てている牧場、そして防衛を担っている軍隊である騎士団なんかでは、まぁわからんでもないが、街中の商家や行政府なんかも下っ端には基本的に休みなんかない。
むしろ、休むならその分の給料を減らす、くらいが普通で当たり前だ。
でも大きな商会や、行政府で働く者でも貴族位を持つ者なんかは月に一~二日くらいは休む事が多い。
俺にしてみればそれでも休み――休息として充分な量とは思えないんだけどね。
だからこそ、俺の領土では週に一日は完全な休暇――いわゆる有給休暇を与えるように法改正を行った。
これについては上は奴隷を使っている貴族や従士、下は休んだ分休み明けにそのしわ寄せがくる奴隷階級まで賛否両論あるが、今のところ大きな問題には発展していない。
人を使う以上、個々人のパフォーマンスは出来るだけ高く使いたい。
彼女らだって護衛に休息は必要なことだ、休息をすればより本来のパフォーマンスを発揮できる、と理解してくれた。
しかし、農奴や牧童、商人や役人などは夜寝ればそれで休息としては充分な量だ、と思われているらしく、ウチで働いている下男や女中なんかもわざわざ命じない限りは積極的に休みたがらない。
家令であるバルトロメにしてもそういう価値観に染まりきっているので、休みだと言っておいても正月に出勤してきたりするくらいだ。
俺としては、逆にこのあたりはすぐに受け入れて貰えそうにないだろうと思ってもいたのだが、案外すんなりと受け入れて貰えたのが意外だったくらいなんだよね。
少し強めの口調で言ったからか、カルサスロスさんも頷いてくれた。
・・・・・・・・・
7452年6月17日
昨日は行政府に顔を出し、溜まっていた決裁や陳情の処理を行った。
ミヅチと二人がかりでも昨日一日でとても終わらせられる量ではなかったのは当然だが、それでも期待していた通り、ジャバはノイルーラをインセンガ事務官長に俺のいない間の助手にしてはどうかと推薦してくれていたようで、予想していた程の量はなかったのが救いだ。
特に、一部の陳情などは完全に処理してくれていたのは俺やミヅチにしてみればでかい。
彼女は行政府の戦力として立派に地歩を築いてくれていたようで、俺としてもスカウトしてきた甲斐がある。
それはそうと、午後になってやっと騎士団に顔を出すことが出来た。
相変わらずクソみたいな連続歩調を怒鳴りながら、第二回のエムイー訓練学生たちが練兵場を走らされていた。
全員、死にそうな顔で喘ぐようにしているが、声はしっかりと出ているし、隊列も乱れていない。
カームを始めとしてケビン、ベル、ミース、ヒス、フィオ、グレース、サンノ、ルッツ、ズールー、ヘンリー、メック、デンダー、カリム、マール、リンビーと言った殺戮者の面々や、騎士団の若手、推薦を受けた従士や奴隷もいる。
そして、ラルファとグィネも。
確か合計二四名の筈だ。
気合を入れるために誰かの尻でも蹴っ飛ばしてやろうかと思って近づいて行ったが、まだ潰れそうな奴がいなかったので、諦めて事務処理のために本部建屋に向かった。
・・・・・・・・・
7452年6月18日
二日後の二〇日にはゼノムが戻るとの連絡があった。
報告によればゼノムは手堅く第三戦隊を指揮し、南部ダートと南東部ダートに残っていたラクスト以北、カズラン以東にある全ての村々――合計して二八ケ村にも上る――を平定してくれていた。
尤も、逃散して逃げ込んでいた他の村からの逃亡者などから俺達ロンベルト軍の侵攻と恐ろしさ(特に俺やミヅチが使ったファイアーボールなどの攻撃魔術)を耳にして半数近くが戦わずして降伏してきたらしいし、抵抗する事を選択した村もそれまでに陥落させた村から徴兵した大軍を見て本格的な抵抗をしてきた所は僅かに三ケ村だったという。
何にしてもゼノムには本当に感謝しか無いよ。
流石は従士長だ。
彼が到着したら今回の戦についての論功行賞を執り行わねばならない。
大体の内容はミヅチとも相談して決めているんだけどね。
■従士について
アルの領土、特に西ダートを中心に解説します。
トリスとかロリックなどの領主もアルの従士――分かり易く言うと“家臣”の方が日本語としてのニュアンスに近いでしょう――なのでべグリッツに43人いるアルの従士たちと立場は一緒です。
家臣団のうちでトリスを始めとする何名には「街や村を領有、支配して税を収めてこい」という命令を与えているだけの“同じ従士”と思って下さい。
当然、格の違いというのはあります。
例えばゼノムはアルの従士でもトップの従士長であり、これは本来爵位とは関係のない役職ですが、大抵の貴族領では従士長はナンバーツーです。
従士長以外の平従士は基本的に爵位や古くからの従士であったかどうかで格が変わります。
これは貴族の家格とは異なります。
ロンベルト王国は貴族家は新興に近ければ近い程、格上として扱われるという一風変わった文化の国ですが、貴族家の従士はそうではないというだけの事です。
そういう意味ではグリード侯爵家ではなく西ダートを支配するリーグル伯爵家の家臣として最上位は従士長を務めているゼノムのファイアフリード男爵家であることは変わりません。
(※勿論、グリード侯爵家でも従士長のゼノムがナンバーツーです)
が、従士長の次はゾンディールを治めるコーヴ家となります。准男爵家なのでわかりやすいですが。
それ以下の士爵家だと古いのはアルが連れてきた以外の元から居た士爵家という形になります。
そして、それらのアルに直接仕えている貴族(土地やそこに住む平民への支配権や徴税権を与えた管理職)に更に仕えている者の中にもアルの従士はいます。
例えば、トリスの妻であるベルやトリスの従士長となっているミース、その配偶者のジェルなんかはトリスの従士であると同時にアルの従士でもありますが、べグリッツにいる従士(例えば間者のザイドリッツなど)とは異なり直接土地を与えていませんので家臣というよりは陪臣に近い感じです。
ベルやミースなんかには直接土地を与えていないのでアルに対して納税の義務はないが、トリスの配偶者のベルはともかく、トリスはミースやジェルに対し、一定の土地の管理を任せているので、彼女らはトリスへの納税を行う必要がある、という形ですね。




