第四百六十二話 惨殺
7452年5月29日
夕刻。
南西部ダート地方で最大の都市であるボンダイの街。
この町を巡って前日より繰り広げられた戦闘は非常に激しいものだった。
しかし、それも侵攻してきたロンベルト軍が自軍の損害を顧みずに押しまくったことで街は一日と持たなかった。
昨夕から掃討戦に移行し、それもつい先程終了宣言が出されたところである。
接収した領主の館の大部屋のソファにふんぞり返りながら、アルは一息ついてお茶を啜っていた。
――いやぁ、なんか敵も多かったし今回は少し大変だったなぁ。
先月より今迄攻め落としてきたどの街よりも多くの敵兵が駐屯していた事もあって、彼が率いてきた侵攻軍はかつてない大損害を受けていた。
――っつーてもまぁ、それなりの教訓は得られたんだし、別にいいけどさ。
今回の攻略戦でアルは麾下部隊の兵士のうち、現地採用の徴用兵の五分の三、実に二二〇〇名もの戦死者を出している。
特に突撃部隊でもある倍給兵の戦死率は九割超で、生き残りは二〇名、しかもその全員が多かれ少なかれ結構な傷を負っており、無傷の者は一人もいないとの報告であった。
なお、正規兵部隊や従士隊からも多くの戦死者を出したが、こちらは八分の一の七〇名程度だ。
――やはり徴用兵みたいな烏合の衆には柱になるような存在感のある者が混じってないと駄目なんかねぇ? まだ判断はできねぇけど。
そしてまた一口お茶を啜ったところで部屋の扉がノックされた。
「閣下、エーラース伯爵騎士団の騎士ユール卿と騎士オルティス卿がお見えです」
警護に立たせていた第二騎士団の従士の声だ。
「通せ」
室内に入ってきた二人の騎士はアルに対して跪いて礼を取る。
「座れ」
アルが鷹揚な態度で左手と顎で眼の前のソファを示すと二人の騎士は遠慮がちにソファに腰を下ろした。
ユール卿は頭部に、オルティス卿は右腕と左肩を負傷したらしく血の滲んだ包帯を巻いている。
「傷は痛むか?」
心配の欠片すらなさそうな声音で尋ねるアルに二人は「大丈夫です」と声を揃えて答える。
「そうか、ならいいが」
平坦な声で言うアルに緊張を孕んだ顔つきで頷く二人。
「二人共、ご苦労だったな。では、まだ戦闘詳報提出前ですまんが今回の戦闘の推移について報告してくれ。まず、突撃兵部隊を指揮していたオルティスから頼む」
「は。その前にまず、閣下にお礼を」
「ん?」
「最初に敵の騎兵部隊や歩兵部隊が突撃してきて野戦……しかも混戦は必至であろう状況でそれを止めて頂いた事についてです。あの時に閣下に攻撃魔術をご使用して頂かなければ私の突撃兵部隊は最初の一戦で崩壊は確実だったと思います。誠にありがとうございました」
「ああ、あれか……」
このボンダイ攻略戦は今までとは異なり攻略のための部隊を複数には分けていなかった。
と言うのも、ボンダイの街の位置自体が先般降らせたラクストの街同様に南半分程がダート平原からはみ出していた為だ。
アルとしては別に街の住人や駐屯していたデーバス兵を全滅させたい訳ではないので、逃げ道を用意するという意味も含めて街の北側から襲いかかる事にした。
理由は大きく二つあった。
一つは南や東西の側に別働隊を回り込ませると、そちら側には深い森があるわけではないのでかなり遠くから接近が発見されてしまいかねない事。
つまり、森がない方角から攻めると野戦を選択されかねないということだ。
本来のロンベルト軍としては野戦は得意とも言えるのだが、アルの侵攻部隊はその大部分が徴用兵、つまり軽装の歩兵が主体であるため、まともな野戦を行えば、負けないにしても思わぬ大損害を受けてしまいかねない。
そうなると部隊の士気を保つのは困難であることに加え、一方的とまでは言わないが相手に与える損害も微々たるものになってしまいかねないのだ。
簡単に言うと、現在のアルの部隊は野戦が弱点とも言える。
騎馬や訓練を積んだ機動性の高い敵が相手だと、たとえ人数で上回っていようがボロ負けする可能性が高い、という事であった。
そしてもう一つは、住民や兵士が逃亡するなら深い森があって魔物と出会いかねない北方向ではなく、南の方がずっと楽に逃げられそうである為だ。
当然、逃げる方角、またはその近辺に敵兵(ロンベルト兵)の姿は見えない方がいいのは言うまでもない。
逃げるのなら無駄な戦闘を避けるためにも追わずに逃がしてやればいいし、戦闘がある程度推移するまで踏ん切りがつかない者だっているだろうし、そういう者もボンダイ側が不利になって行くのが理解出来れば敵がいなくて見通しの良い方角に逃げるだろうという理由である。
ボンダイの街をそういった状況に追い込むためもあって、アルは別働隊を組織することなく北側から攻めたのである。
更には、ボンダイの街には二〇〇〇名を超える人数の緑竜騎士団が駐屯し始めており、各部隊間の連携や錬成訓練が行われていた。
これに加えて元々ボンダイやその周辺を治めるダムハッド伯爵が組織する騎士団の本隊も居た。
奇襲になるかどうかは別にして、正規兵四〇〇程度に加えて三四〇〇程度、しかも碌な訓練もされていない徴用兵が主体の侵攻軍ではまともにぶつかれば大損害は必至、その後はいつ潰走させられても不思議ではない戦力差だ。
こういった理由からアルとしては、今までの戦闘や逃亡者などからとっくに報告・分析されているであろうこちらの戦力の弱点を補う意味もあって兵を展開させづらい街の北側から侵攻せざるを得なかった事もあった。
とにかく、例に漏れず北側の森に続く街道を塞いでいたバリケードを魔術で無力化し、街の北に広がる耕作地へと一気に踏み込んだのだが、デーバス軍も大体の事は読んでいたため、北側への戦力集中はアルが当初予想していた以上の迅速さだった。
そこでアルは苦虫を噛み潰しながら敵の陣容が整う前に高台を作って火炎討伐や火の玉などのかなり派手目の攻撃魔術を使って敵部隊がきっちりとした陣形を整えられないように爆撃したのだ。
更には実験的に敵部隊の左右を狙って火の元素魔法を使って大規模な火炎すら起こしていた。
そして混乱した敵陣めがけて突撃兵を先頭に徴用兵部隊全部を突入させたのである。
前進と停止しかできない徴用兵部隊だが、半数以上の敵兵が炎に巻かれて逃げ惑い、軍馬の尻尾は燃え上がって陣形など影も形も無くなったところへの突撃だ。
それなりの場数を踏んで来たこともあってその突破力は遺憾なく発揮された。
かなりの損害は被ったものの、この一当たりで敵の半数が死傷し、戦闘不能に陥った。
勿論、まだ組織的な抵抗力を残している部隊もあったが、一気に半数がやられてしまった場面を目の当たりにした事で残っていた部隊も街へと退却してしまう。
当然ながらそれを追ってロンベルト軍も街に侵入し乱戦になった。
その際に一気に門を確保出来たことで街を囲む防柵や防壁を一瞬で無用の長物となさしめる事が出来たのも大きい。
後続部隊の侵入も容易く行われ、抵抗力を残した敵部隊も次々と各個撃破の対象となったのである。
そして、夕方からは完全な掃討戦が展開され、二四時間経過後のつい今しがた終息宣言が出されたのであった。
「あそこで出来る限りの攻撃魔術を放つのは必要なことだった。気にするな」
「は。では街の北門を突破した後からのご報告になりますが、まず我々突撃兵部隊は左手、東側への侵攻を命ぜられました。我々の後方には西ダートの従士隊が後続しておりました……」
報告は敵の反撃が如何にして行われ、それに対する対処行動や、発生した被害についてかなり詳細に述べられた。
被害の大部分が敵に築かれたバリケードの突破の際に被ったものであった。
「そうか。わかった。では徴用兵の本隊の動きはどうだったか?」
「は。北門を突破した後、我々はそのまま前進し……」
アルとしては碌な訓練も行っていない突撃兵を含む徴用兵部隊が、どういったシチュエーションでどの程度の打撃――被害を被ったのか少しでも早く確認しておきたかったのである。
・・・・・・・・・
ほぼ同時刻。
バークッド村。
夕暮れの迫る空の下、四人の騎士が領主の館に到着した。
アルから命を受けたドレスラー伯爵騎士団に所属する騎士達である。
「遠い所をご苦労だった」
食堂兼応接で領主のグリード士爵が四人を迎えた。
「は。グリード士爵閣下にはご機嫌麗しく」
「うむ。して、此度はどのような要件で参られたのか?」
「は。まずはこちらを。グリード侯爵閣下よりの書簡にございます」
ある程度予想はしていたものの、グリード士爵は手紙に目を通すとすぐに控えていたメイドに対して館に逗留している客人を連れてくるように命じた。
程なくして客人が食堂に顔を出した。
「士爵閣下、私をお呼びと……」
「ああ、男爵閣下。彼らが貴卿に伝えたい事があるそうです」
グリード士爵がそう言うと、騎士の一人が懐から別の書簡を取り出した。
そして別の一人が進み出る。
「ベンディッツ男爵閣下ですな? まずは大変失礼ながら本人確認を……ステータスオープン……確かにバスコ・ベンディッツ男爵閣下であります」
ベンディッツ男爵が本人であることを確認すると、その場で書簡が手渡された。
「……。ふふっ、なるほど」
書簡には複数の手紙が入っていたらしいが、そのうちの一番上の手紙に目を通した男爵は薄く微笑む。
「閣下、もしよろしければ内容についてお聞きしても……?」
「侯爵閣下より面談のご許可、いえ、早急に私の団とともにべグリッツまで出頭せよとの命です。どうぞ」
手紙の内容を問うグリード士爵にベンディッツ男爵は微笑みながら手紙を渡した。
そこには常識的な金額であれば傭兵団と契約しても良い旨の他、士爵が見たこともない複雑な文字も記されていたため士爵は眉を顰める。
「あ、これは侯爵閣下の御署名ですね。多分、カワサキタケオと読みます。別の読み方をする可能性もありますが、恐らくはカワサキタケオで正解かと存じます」
「……そうですか。おめでとうございます。閣下のような方が弟の、いえ、侯爵閣下の与力をして頂けるのは私としても嬉しいです」
「いえいえ。こちらこそありがたい話に頭が下がる思いで一杯ですよ」
「では、明日の朝には発たれますか?」
「ええ。慌ただしくて申し訳ございませんが、そうさせて頂ければ幸甚です」
「お気になさらず……」
グリード士爵の言葉にベンディッツ男爵は己の方が格上にも拘らず丁寧に頭を下げた。
「……それで、そなたらはどうする? 勿論、今日は時間も時間なので我がバークッド村にて休息して貰いたいと思うが……」
「は。一晩逗留させていただけますと嬉しいです。なお、我々は明朝ベンディッツ男爵の護衛として男爵閣下と一緒にドランへと同行させて頂きます」
ベンディッツ男爵はまたも騎士達に頭を下げて謝意を表明すると、
「では私はこれで。今晩中に荷物を纏めておかなくてはなりませんから。あ、こちらも宜しければ……」
そう言って残っている書類をグリード士爵へ手渡した。
それは、ドランからべグリッツへ移動する傭兵団が通るであろう領地の関所に対する通行許可証や各領地を治める領主に宛てた各種の書面類だった。
・・・・・・・・・
夜。
セリカ王国。
オーラッド大陸の南東部にあるこの国は民族としてはかなり長い期間に亘って更に東にある国々と争ってきた。
また、国内でも争いの種が尽きず、せいぜい二〇〇~三〇〇年程度で王朝の交代が繰り返されているので現在のセリカ王国も建国から一五〇年あまりしか経っていない。
そのためか、特に東側に並ぶ国家との戦もあるため領土も増減を繰り返している。
セリカ王国を含む大陸の東部に多い民族はシャライ・ハン族と呼ばれる普人族の一種で、丁度地球の東洋人のような特徴が色濃い種族であり、この辺りの人口全体の実に三割も占める最大勢力だった。セリカ王国も王族はこのシャライ・ハン族である。
勿論、精人族や山人族、矮人族、小人族などヒューム以外の亜人種も大勢が暮らしている。
シャライ・ハン族と比較すれば少数民族と言えなくもないが、狼人族も一割近い人口を占めていて珍しい種族ではない。
そのような環境で育ったためか、ジャンフーはウルフワーとして新たな生を受けたものの、外見では余り目立つことはなかった。
何代か前の母系にヒュームが居た事も判明しているし、耳紋もしっかりと父親から受け継いでいたので多少シャライ・ハン族のような顔立ちをしていてもそう不思議ではなかったし、ヒュームと血が混じっている亜人など珍しくもないからだ。
来月からはまた遥々大陸の西部まで赴き、大きな商売を行う予定である。
今夜はその壮行会とでも言うべき日で、隊商のメンバーで親しい者とついつい二軒目に向かってしまった。
ジャンフーは普段から酒が好きで、本国にいる間は商会の従業員を連れてちょこちょこ飲みに行っていたのだが、大抵の場合は午前様となる。
今夜もそうなるだろうと思われていたのだが、飲みに行った先で喧嘩に巻き込まれたために怪我をしてしまった従業員がおり、珍しく早く帰ることにしたのだ。
――まだ飲み足りないけど息子も生まれたし、たまには早く帰るか。
一緒に飲んでいた者達と一人また一人と別れ、屋敷に到着した。
セリカ王国では最大手とも言える大きな商会の次代を担う最右翼と目されているにも拘らず、ジャンフーの自宅はそれ程大きくはない。
彼としては豪勢な自宅を建てるくらいならその分、商会員達に美味いものを食わせてやったりしてその労をねぎらってやりたいのだ。
勿論、女中も通いの者のみで住み込みは雇っていない、と言うよりそこまで大きな家ではない。
こういった性格も商会員や父親から評価されている部分である。
まだ結婚もしていないため実家である御殿のような大邸宅でだらしのない生活を送る弟のイーゼァにも少しは見習わせたいと言われている。
「……!」
玄関先に立った時、家の中から誰かの声がした。
妻が息子をあやすような声ではない。
大人の男の声だ。
すわ、強盗か!?
腰の柳葉刀を抜いてジャンフーは足音を忍ばせながらそっと扉を開けた。
居間にはまだ明かりが灯っている。
このあたり、質素な家屋とは裏腹に夜の明かりについては鷹揚なジャンフーの性格が反映されているが、その分侵入者には気付かれやすいかもしれない。
「……の子だろう?」
「……てよ。ジャンフーも帰ってくるわ」
争うような声ではない、平和的な声音にホッと肩の力が抜けた。
「こんな時間じゃ兄貴はまだ帰らないよ」
「でも……息子も見てるわ」
イーゼァと妻の声だ。
兄が、亭主が不在の家庭に上がり込んで何を話しているのか?
すこしだけ悪戯心が芽生えたジャンフーは足を忍ばせたまま後ろ手でそっと扉を閉める。
「……良いじゃないか。誰が本当の父親なのか教えてやればさ」
「あ……あん! そこは……!」
「もう……になってるくせに……」
「だって……そんな……」
背筋に悪寒が走る。
「本当は義姉さんも……」
「い、言わないで」
ゆっくりと歩を進め玄関から居間に入った。
寝室への扉は半分開いている。
「ほら、レイリャンだって本当の父親が逞しいモノを……」
「そんなこと……」
眼の前が暗くなり、次いで赤くなった。
我知らず血涙を流した為である。
そしてジャンフーは手にしたままだった柳葉刀を握り直す。
己を裏切った妻も弟も、そして自分の血を引かない息子も、全てを無に帰してやりたかったのだ。




