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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第四百五十六話 カズラン攻略 2

7452年5月22日


 カロスタラン士爵が率いる西ダート従士分遣隊は、従士達に四名もの戦死者を出しながらも合計一三騎からなる騎馬隊を退けてカズランの街を覆う防壁、その東側に取り付くことに成功した。


 歩兵のみ、且つ総勢僅か三〇名という少ない戦力で敵の騎兵を七騎も討ち取り、退かせた騎兵にも大小の手傷を負わせている。


 これは、どう考えても異常な程高い戦果であると言えた。


 尤も、攻撃魔術を呪文で使える者が複数いるからと言うのも大きい。

 移動中に、また戦闘中にも拘わらず、とてつもなく短い集中時間で放たれる攻撃魔術は騎兵にとって脅威以外の何物でもないからだ。


 そして、貴重な魔術戦力の一人であるにも拘わらず己のみは魔力を温存し、即死しなかった(できなかった)重傷者に救命措置として治癒魔術を使っていたために戦死者数を抑える事にも成功していたのである。


 彼我の戦力差を一瞬のうちに正確に見極めた上で適切な戦法を選択することが出来たカロスタラン士爵の指揮統率能力が非常に高い証明でもある。


 しかしながら、防壁に取り付くためだけに大幅に戦力を失ってしまっている。

 戦闘続行が不可能になってしまった重傷者(簡易な治癒魔術を施し、生命だけは取りとめている者)は未だ耕作地に寝かせたまま放っており、それらの人数も合わせると合計六名、実に二割もの戦力低下だ。


 普通に考えると大損害だが、カロスタラン士爵を始めとする分遣隊の中核人物たちは揃って「あれだけの敵を倒したのみならず、八割もの戦力を維持しながら取り付けた」と従士達を鼓舞していた。


「よし、着火するぞ」


 身を隠すには少し小さな用水路のようなドブ川にしゃがみ、二人の従士によって差し出される合計四本の火炎瓶に着火したファルエルガーズ士爵はすぐに立ち上がると投擲目標を指示する。


「カロスタラン閣下らが防壁を乗り越えると同時、その両脇に一〇m空けて放り込め。残りの二本は取っておいてあっちの櫓だ」

「「はい!」」


 その頃には他の大部分の従士達は、カロスタラン士爵の指揮のもとで防壁に取り付くべく進んでいた。


 この街の防壁は高さ三m程度の盛り土で、所々が防柵になっている。

 上部に登る事自体は可能と言えば可能だが、基本的に矢などの飛び道具を防ぐための防壁である。


 最上部の厚みは三〇㎝もないので、登って長時間留まり続けたりそこで矢を射るようなことは難しい。


 が、防壁の裏側には高さ二m程度の足場が作られている場所もあり、そこに立って防壁自体を胸壁のように使える場所も無い訳ではない。

 とは言え、弓兵が何十人も並べる程に幅のある足場はない。


 防壁もそうだが、盛り土にしろ木製にしろしっかりとした足場を組むのは相応にコストが嵩むためだ。


 まして、このカズランの街はダート平原内でもロンベルト王国との暫定国境から見てかなりの奥地に位置している。


 そもそも、そうそうな事では軍隊に攻め寄せられる――つまり防壁が役に立つような事態に陥る可能性は極々低かったのだ。

 現在、その可能性は現実のものとなってしまっているが。


 とにかく、防壁に押し寄せてくる敵軍に対しての防衛戦闘に必要な纏まった弓兵運用は、防壁のあちこちにある防柵部分から狙いをつけて撃ち放つか、狙いを付ける指揮官の命令で防壁の内側から見えもしない場所に対して曲射するしかない。


 今、彼らがいる街の東側には出入りが出来る門が一箇所あるが、それはここから一〇〇mも北にあり、従士隊が目指す場所は防柵のない壁だ。


 ファルエルガーズ士爵の傍ではカロスタラン士爵を囲むように数名の従士が盾を構えており、時折防壁の裏から顔を出す弓兵の狙撃から士爵を守っている。


 他の従士達は狙撃を避けるように用水路の中を這ったまま広がっていく。


 ある程度、想定通りの位置取りが出来たようだ。


「行けっ!」


 カロスタラン士爵が命を下す。

 それと同時に中空へと伸ばした右手の先にざざぁっと土が発生する。

 土塊はぐんにゃりとその形状を階段状に変えた。


 それがゆっくりと飛び、防壁の外側にくっついた。


 僅か数十秒という短時間ではあるが、防壁の向こうでもこちらの狙いに気が付くには充分な長さである。


 数人の弓兵が矢を番えたままの弓とともに防壁から上半身を晒す。


 が、狙いは判っている。

 厄介そうな魔術師と見られているカロスタラン士爵以外にはないのだ。


 ガカッ!

 カシャッ!


 カロスタラン士爵を狙った矢は尽く盾に阻まれ、士爵の体に届くものは一本もない。


「タルザ・ヘイゼン・ゲンド・ライーグ・カ・ムーザロット・ヘイム!」


 ファルエルガーズ士爵のフレイムアローが狙い違わず弓を構えた敵兵の喉を貫く。


「うおおっ!!」


 勇ましい喊声とともに長い槍(ロング・スピア)を携えた虎人族タイガーマンの女戦士が勢いよく階段を駆け上る。

 西ダート地方ベージュ村の従士隊を預かっている村の従士長、ビオスコルだ。


 途中まで階段を駆け上がり、上半身ぐらいが壁上に到達すると同時に持っている長い槍(ロング・スピア)を防壁の上スレスレに水平に薙いで牽制する。


 その横を一人の従士が頭を低くしながらするりと通り抜け、壁上に到達したあたりで両手に保持していた火炎瓶を左右に放り投げた。


 直後、「ガシャン!」というガラスが砕ける音と「ボン!」という爆発音が付近にいた者達の耳朶を打つ。

 

「ぎゃあああぁっ!!!!」


 壁の裏から悲鳴が上がる。

 火炎瓶を投射した者にとっては運良く敵兵を炎に巻くことが出来たのだろう。


 体に燃えるガソリンを浴びてしまった者にとっては最悪の運命だが。


「今だ! 退くぞ!」


 カロスタラン士爵の声に、階段に登っていた者達が振り返る。


 それと同時に他の者達はその場にしゃがむと地面から石ころや土くれを削り取って塀の内側に投げ入れて牽制する。


 そもそも戦力の少ない西ダート従士分遣隊としては防壁の向こう側へ降りて戦うつもりなど最初からない。


 それは贔屓目に見ても自殺志願者の行いだ。


 敵を混乱させ、この東側に多少なりとも敵の注目を集めさえすれば課せられた囮任務は充分に達成なのだから。


 そのため、階段を作ったのは敵に対して「この東側から攻める作戦もあるぞ」というアピールと同時に撤去の為の人手を割かせるだけでなく、必要以上に東側に警戒戦力を割り当てさせる意味を持つ。


 当然ながら、この分遣隊の指揮を任されてたカロスタラン士爵が考えた作戦である。


 手持ちの戦力で如何に敵の注目を惹きつけるか。


――去年のエムイー訓練やってなかったら絶対に思いつけなかったよな。


 カロスタラン士爵としては同じエムイー徽章持ちであるファルエルガーズ士爵やゲクドー士爵、ビオスコル従士長といった同期達にダメ出しをされてしまう事を心の奥底で恐れていたのだが、反対意見も修正意見も出なかった為に実行を決断できた自分を少しだけ「成長した」と認めることが出来た。


 これだけの状況を引き起こせた以上、誰が見ても敵はこの東側に対してより多くの戦力を向かわせざるを得ない。


 あとは耕作地に放ってある二名の重傷者を回収して森まで撤退するだけだ。




・・・・・・・・・




「ふん、トリスはそれなりに上手くやったようだな……」


 指揮所にした高台の上でグリード侯爵は呟いた。


「は?」


 伝令は傍に控えていたが、どうやら聞き取れなかったらしく思わず問い返す。

 侯爵はそれを無視して改めて発言する。


「騎馬隊に命令。奴隷兵部隊とそのままの相対位置を保ったまま前進。敵が打って出て来ても最初は突撃兵部隊に任せ、二波目に備えよ」

「「はっ!」」


 伝令は素早く命令内容を紙に書くと別の者に渡した。

 渡された者は命令書を専用の筒に入れると下で待機していた伝令に放り投げる。


 命令書を受け取った伝令は即座に乗騎に鞭を入れ、騎馬隊へと走り出した。


 当然ながら、戦場での命令伝達に一番確実なのは発令者からの直接命令である。

 しかしながら、各部隊指揮官が指揮所に詰めっぱなしという訳にもいかない。


 従って、次点の命令書による伝達となっている。


 勿論、太鼓や笛などによる音、各種の旗などによる伝達も行われているし、実際に採用されてもいるが、あまり複雑な内容は伝えられない。


 試された例は幾度もあるが、聞き間違い見間違いなど日常茶飯事だし、それ以前に敵側にも筒抜けになりかねない。


 過去にはそういった情報を持ったまま部隊から逐電する者もいた。

 恐らくは報奨金目当てに敵方へ寝返ったと思われるが、ある意味でそれを心配してしまう事それ自体が大問題である。


 それを見越して太鼓を叩く間隔を調整したり、旗の持つ意味を戦闘毎に変更するなど色々と工夫もされている。


 だが、数百mも離れると怒号や喊声の飛び交う戦場では太鼓や銅鑼の音など耳に届かない事など珍しくもないし、旗を見落とすなど当たり前のようにある以上、どうしても高い信頼は置けない。


 畢竟、絶対に間違えて欲しくない命令や指示は命令書か封緘命令書とするほかない。


 そうなるとどうしても状況に即した素早い命令・指示伝達が不可能な以上、敵の行動に対して適切な対応を行うためには現場の指揮官の裁量は大きくせざるを得ないのだ。


 しかも、個人が声で伝達可能な集団の指揮官――多くても二〇〇~三〇〇名を取りまとめる中隊長クラス――の裁量権はかなり大きくなってしまう。


 たった一つの部隊が大きな被害を受けたからと言って、全体を無視して勝手に降伏されたり逃げてしまったりしては勝てる戦も勝てはしない。


 また、足並みを無視して突撃してしまわれるのも困るし、自分が任されている戦場で勝ち戦だからと転進しないまま突き進まれるのも他の戦場で負けてしまう原因になりかねない。


 今のところ、グリード侯爵も別働隊への指示以外は当然のように伝令を使用している。


 しかし、それはそういった諸事情を理解した上での行動である。

 多少の犠牲や戦況が不利に傾くことを厭わず、情報・命令伝達についての重要性を下級指揮官クラスにまで理解させた上で無線機を導入するつもりなのだ。


 ある意味で無駄遣い可能な戦力を揃える事が出来ている、という余裕のなせる技でもあった。


 無駄遣いですり減らされる者達にしてみればたまったものではないが、侯爵の支配地ではない場所に生まれ育った不幸を嘆く以外に出来ることはない。


「……」


 侯爵は胸の前で両腕を組んだまま、ずっとカズランの市街地を見つめている。


――騎兵を集められるだけ集めたって感じか。っつーか、これだけ戦力差があって勝てる訳ねぇだろ。こっちの軍と手前てめぇの戦力を見ても解んないほど阿呆って訳でもないだろうに……。


 侯爵の眼下では倍給兵で構成される突撃兵部隊を先頭に、ゆっくりとした前進が続けられている。


 街の全人口の三分の一にもなるような軍隊がじわじわと迫ってくる様は、さぞかし恐ろしい光景だろう。


――……まぁ、戦では何が起こるかわからない。ひと当たりしてみて頭数以外の彼我の戦力差について確認してみようって考え自体は頭から否定出来るものではないが……ってこんだけ数が違ってりゃ否定しか出来ねぇよ。


 現在この戦場に在って侯爵が指揮下に収めているロンベルト王国軍の戦力は大凡三五〇〇程度。


 対してカズランの街が抱える防衛戦力は街中ひっくり返し、相応の年齢の男女全員を緊急で徴兵したとしても同程度の数が集まっていれば御の字だろう。

 そして、全員を徴兵するなど夢物語でしかない以上、絶対にこちらより少ない人数しかいない。


 更に、今まで陥としてきた街と同様、防壁の各所に繋がっている街道を塞ぐ門は複数ある。

 たとえこちらが完全に一箇所しか攻めないとしても、防衛側としては他の門全てに一定数の防衛戦力を張り付けておかざるを得ない。


「さて、やるか」


 組んでいた腕を解き、侯爵はおもむろに右腕を南門へ向けた。


 門の左右にある多少長めの防柵は、ダート平原の南部に位置しているからだろうか。


 仮に攻められるにしても、それは街の北側からだろう。


 そういった浅はかな考え、いや、ほぼ意味のない表面だけのコスト意識が透けて見える。

 

「俺ぁそういう考えは嫌いでね」


 侯爵は口の端を歪め、眼に力を込めた。


 それから数瞬という、ごく僅かな精神集中時間のみで右掌から大きな火球が放たれ、門に向かってすっ飛んでいった。




・・・・・・・・・




「よぉし、行け! 者共! 獣共! グリード侯爵の栄光のため、突き進め!」


 督戦隊を指揮するオルティス小隊長の声に背中を押され、倍給兵達は突き破った南門やその周辺の防柵の破孔から市街地へと雪崩込んだ。


「うおりゃぁっ!」


 九倍兵となっているフーディー・サコスは先日配下に加えられた倍給兵の先頭に立って破孔に飛び込んだ。


「一番槍はいただきだあっ!」

「サコス伍長が一番槍を取ったぞ!」


 流石に元は十倍兵となったコール・ワイドスと一緒に戦っていた倍給兵達である。

 自分達の頭が立てた手柄を大声で叫ぶことで敵を威嚇し、味方は鼓舞しながらもきっちりと宣伝していた。


「ぬあありゃああぁっ!」


 そこに同僚のヨーム・ワイドス伍長が飛び込んできた。


 飛び込みざまに手にした槍で敵兵を貫くのも忘れていない。


「親父っさん、張り切ってるじゃねぇか!」


 フーディー・サコス伍長は軽い調子で声を掛けながらも槍を振って敵兵を牽制する。


「おうよ! まだまだ若い奴らに負けちゃいられねぇからな!」


 二人は突撃部隊で最高の戦果を上げ続け、現在は揃って九倍兵となっている。


「コールがいないからって急に手柄を立てられなくなったんじゃ、奴に顔向けできないばかりか、故郷くにの家族に情けない奴だとバカにされちまいますからね!」

「おー、言うじゃねぇかよ!」

「よし手前ぇら! 親父っさんとこと一緒にやるぞ!」

「「おう!」」


 フーディーの発破に手下達も威勢よく答える。


「よーし、お前らも負けんなよ! 俺を息子に追いつかせてくれ!」

「任せて下せぇ!」

「親父っさんにも出世して貰いてぇ」


 軽い調子で言葉を交わしながらもヨームとその手下達は油断なく周囲を窺い、近くに敵兵が潜んでいないか目を走らせている。 


 そして彼らは防柵から市街地へと入っていく。


 通常通りの占領手順は、まず突破した防壁・防柵に近いところから数軒の家屋を占領し橋頭堡とする。


 そのためには家屋に敵兵が潜んでいるか確認しなければならない。

 攻められている街の方も防柵に近い家屋の住人は危険なので予め別の場所へと避難させている事が殆どだ。


 その代わり、その家屋は柵や壁を守る敵兵の休憩所や指揮所として使われている事も多く(勿論空き家も多い)、撤退できないままの敵兵が潜んでいる可能性も高い。


 橋頭堡や指揮所として使うにはそういうのは全て排除する必要がある。


 要するに、この最初の家屋掃除は非常に危険な任務なのである。


 大抵の場合このあたりで督戦隊が追いついてきて、積極的に家屋掃除をしたがらない突撃兵達の尻を槍で突くのだ。


「おし、俺らぁあっちの家を掃除すっから……」

「わかった。俺達はこっちの家から掃除しようか」


 フーディーもヨームも流石に九倍兵となっているだけに、督戦隊が来るよりも前に家屋の掃除を始めようとしている。

 督戦隊が遅れようがなんだろうが、彼らは必ずやってきて奴隷兵達を危険な任務に追いやるのだ。


 さっさと片付けた方が後が楽だ。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] あー…何となくですけど、警察系特殊部隊のテロリスト鎮圧みたいな。 昔でしたらSASとかGSG-9のお家芸。
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