第四百四十五話 ダート平原の覇者 8
7452年4月30日
ギマリ要塞の壁(笑)が遠目に出来る所まで移動してきた。
水場の傍に小さな広場があったので取り敢えずここで小休止だ。
勿論全員広場に入れる訳では無いが、デーバスから徴兵した奴らなんぞ湿った草叢にでも座らせとけばいい。
正直、お馬さんに水飲ませるための休憩だし、奴隷兵なんかより軍馬の方が余程大切な軍事資産なんだしね。
「やっぱでけぇな……」
「そうか? ミューゼもあんなもんじゃねぇか?」
第二騎士団の兵隊たちが一息入れながら話をしている。
確かに遠くからの見た目はミューゼ城とそう変わらない。
が、軍事拠点としてはギマリ要塞の方が圧倒的に堅固である。
敷地面積自体もあまり大きな違いはないから、駐屯可能な兵力もそう変わらない(ギマリは内側の居住区だけでなく、壁の上に駐屯させればいいだけの話だ)。
二〇〇haに迫る面積から言って、二〇万以上の戦力が物資と共に詰められる。
多分オースでも一番なんじゃないかな? 知らんけど。
少し離れたところではカムリ准爵がリーグル伯爵騎士団の団員たちと談笑している。
彼らの馬は第二騎士団の従士たちが、本来の仕事である第二騎士団の軍馬と一緒に水辺に連れて行ってるようだ。
「閣下、少しよろしいでしょうか?」
俺が腰を下ろしている石の傍に副戦隊長がやってきて言う。
「ん? 何だ?」
「これからですが、予定通りギマリから西進でよろしいですか?」
「ああ。何か問題でも?」
「いえ、問題という訳ではございませんが……我々の戦力は当初より一割五分程も多くなっております」
「そうだな」
当初、調略に応じる村は二~三くらいだと見積もっていた。
しかし、蓋を開けてみれば四ケ村もが戦わずして降ってきている。
要するに、南東部ダート地方平定後に収めていると見積もっていた戦力二六〇〇(うち六〇〇程度は正規軍)程度だった筈が、現時点で三〇〇〇程度に膨れ上がっているということだ。
膨れたのは奴隷兵ばかりだから給金の心配はいらないが、食料だけは支給しなければどうにもならない。
いや別に、食料が足りなくなっている訳ではない。
そもそも南東部ダートの平定にはもう少し掛かるだろうと見積もっていたので、ボーナスみたいな徴発とは別に補給計画はしっかりと練ってあったし、遺漏なく遂行されている。
問題は装備品の方だ。
防具はともかくとして、武器だけはね。
最初だけは仕方がなかったが、もう流石に奴隷兵だからと言って木の棒だけ持たせておく訳にはいかない。
そこらの木を削って作った木槍モドキなんて、そもそもまっすぐな物すら存在しない。
ここまでの進軍でかなりの数が鹵獲出来ているが、それでもマトモに使える品質の装備品はそう多くない。
一応、昨年末に行われたミューゼ城塞の防衛戦で鹵獲した装備も大量に保有しているが、食料輸送に馬車を取られて装備品の輸送にまでは手が回っていなかった。
馬もそうだが、荷馬車の数だって限りはあるし、不整地を走行させる以上、事故や故障で失われるものだってある。
事実、ダクリス村とサーズルフッド村で徴兵した兵士のうち奴隷出身者の大半は無手に近い。
戦力が多くなった事自体は喜ばしいが、別に肉の盾として使い潰すつもりなど最初からない。
結果としてそれに近い状態になったとしても、それを狙っている訳ではないし、できるだけ多くが生き延びた上、きちんと戦働きが出来るようになって貰いたい、というのは掛け値なしの本音なのだ。
っつーか、この時点で一〇〇〇以上(鹵獲品も合わせれば一五〇〇以上)も武器を補給する事が出来ているだけで大したものだとすら思うが、そんなん当事者である奴隷兵にしてみれば屁の突っ張りにもなりゃしない。
「今日から四日、装備の補給待ちを兼ねて第一戦隊はギマリで待機だ」
「は」
四日もありゃ……槍の四〇〇~五〇〇本くらいはなんとかなるだろ。
荷馬車一台で一〇〇本は運べるんだし。
「間違えるなよ? 休暇じゃないぞ。その間に奴隷兵どもには整列くらいは仕込んでおけ」
「はい」
我が国とデーバスでは軍制も違う。
兵隊の並び方一つ取っても、一列当たりの人数も違えばその間隔だって違うのだ。
あっちは奴隷だろうがなんだろうが、人生のどこか(と言っても若いうちだが)で兵隊として働かされるから整列や行軍など、兵隊としての基礎は若くてまだ徴兵されていない者以外は兵隊経験者ばかりなだけに、大抵学んでいる。
が、しっかりと叩き込まれている、という状態からは程遠い。
それでも何も無いロンベルトの奴隷階級なんかよりはずっとマシなんだけどね。
さて、そろそろ行くか。
この分なら昼前にはギマリに入れるだろう。
そして、その後は出来るだけのギマリ要塞に対する追加工事をする。
面倒だし、心の底からやりたくないが、今日やらなくても後日には必ずやる必要もあるから出来るうちに少しづつ進めておかないといざという時に困るのは俺だ。
誰かに丸投げしたいが、流石にそれは無理な相談だし、あ~やだやだ。
・・・・・・・・・
7452年5月1日
早朝。
日の出少し前、まだ暗いうちにギマリ要塞から出る。
俺が従えるのはカムリ准爵以下、リーグル伯爵騎士団の七名だけだ。
今日は、先日第二戦隊が占領したヴィジェッド村の更に西にあるパールキ村に対する攻撃予定日なので、攻撃前に第二戦隊と合流するのが目的である。
空は確かにまだ暗いが、東の方はもう薄っすらと白み始めている。
もう少し明るくなれば最高速を出してもそう危険はない。
「騎士カムリ」
「はっ」
俺が呼ぶとカムリ准爵はすぐに乗騎の速度を調整し、俺の横に並んだ。
「皆の調子はどうだ?」
「は。昨夜もさっさと寝かせましたし万全かと」
「そうか。不平や不満は?」
「あるようには見えません」
「ん、ならいい。そろそろ走らすぞ」
「はっ。全隊、駆け足!」
カムリ准爵の号令で、リーグル伯爵騎士団東部派遣隊は一斉に乗騎の速度を上げた。
報告では最初の目的地であるヴィジェッド村までは街道沿いに約八㎞。
駆け足維持なら三〇分程度で到着できる。
ヴィジェッド村からパールキ村の距離も同じか少し遠いくらいだと言うから攻撃前に合流することは充分に可能だろう。
……。
…………。
一五分くらい走ったところで旭光が差し込んでくる。
それと前後して隊の速度が急に落ちた。
どうしたんだろう?
先頭を走る騎士が「停止しろ」との合図を送ってきたようだ。
あっという間に隊が止まる。
「団長! マンティコアです!」
マンティコアとは、普人族のおっさんかおばはんみたいな顔に、ライオンの胴と足、鋼鉄みたいな硬い金属質っぽい針の生えた尻尾を備え、コウモリの翼まで持っていて飛行能力がある結構大型の魔物だ。
髪の毛とたてがみは個体差も大きいから一概には言えないものの、短い毛に覆われた胴の色は黄褐色から黒っぽい茶色、翼は濃い茶色をしている。
体長はでかい奴なら五m近くになり、その場合の体高は二mくらいになる。
翼長は八mにも達する。
雌のマンティコアの乳房はライオンみたいに下腹部の後ろ足の方ではなく、前足の間に二つあるという、スフィンクスみたいな特徴も持っている。
なお、顔面偏差値は三〇台の下の方か、下手したら二〇台に入るという、創造者の悪意しか感じさせないモンスターでもある。
因みに体がでかいので顔面のサイズも普通の人間とは比べ物にならないほどでかい。
顔が人間だからか、大抵のモンスターがやる噛みつきは本当に最後の手段でやる“事もある”らしいが、歯の形は人間ではなく肉食獣っぽく先が尖った形状なので噛まれると大怪我は必至だという。
その攻撃方法は強靭な前足による殴りつけと、尻尾の先に生えているトゲ針を射出して来る超危険なモンスターの代表格だ。
トゲ針に毒はないが、その威力は弩に匹敵すると言われている。
そもそも飛び道具を持つモンスターなんか滅多にいないし、その威力も弩並みなら、超危険という評価も納得だよ。
俺もブルードラゴン退治の折に数頭倒した事があるだけで、それ以外では西ダートの間引きでも見た事はない。
「あれがそうか」
「初めて見た」
「でかそー」
「二頭……いや三頭いるのか?」
「なんか食ってんな」
一〇〇m近く離れてるのでその必要もないのに騎士たちが小声で話している。
どれどれ、俺にもちょっと見せてくんな。
【 】
【男性/12/4/7413・グラムマンティコア】
【状態:良好】
【年齢:39歳】
【レベル:10】
【HP:480(480) MP:10(10)】
【筋力:41】
【俊敏:30】
【器用:40】
【耐久:35】
【特殊技能:夜目】
【特殊技能:低位魔法無効】
ん~、尻尾のトゲ針は【特殊技能】じゃないのね。
もう一頭いるでかいのも雌雄の違いだけで似たようなもんだ。
そして、この二頭よりもだいぶ小さな個体もいる。
年齢から言っても子供だろうな。
奴らが食ってるのはホブゴブリンの死体のようだ。
自身で狩ったのか、第二戦隊が行軍の邪魔だと殺した死体を発見したのかは知らないが。
しかし見る度に思うけど、低位魔法無効ってなんかムカつくよね?
お前の魔法なんか効きませ~ん、とか言われてるみたいでさ。
まぁいいや。
「おい、貴様ら。仕留めてこ……いいや、私がやる」
なんとなく俺も小声になってしまった。
そして、まずはストーンカノンミサイルを使う。
最上位の攻撃魔術なので一撃で殺せるであろう上に、お釣りが来る程の威力だが、地上にいる相手を貫通後に進路を曲げられる程低速でもない。
魔石があるはずの胸は外さないとね。
ほいっ、と。
でかい一匹へ命中させる。
そいつは即死したようで魔術が胴体を貫通した直後に倒れた。
弾頭自体は貫通後に地面を削って消えた。
「「おお!」」
同時に部下たちが感嘆の声を上げた。
む?
生き残ったでかいの一匹と小さいのが文字通り飛び上がったのがわかる。
かなり吃驚したようで、飛び上がった直後は翼が広がっていなかったが、すぐに翼をはためかせて高度を取り始めた。
だが。
すぐに次発を発射。
命中。
勿論でかい方だ。
そして、今度こそ貫通後に軌道を曲げて小さい方を追いかける。
へぇ、まだ小さいからか知らんが、よたよたとした頼りない飛び方だ。
速度もあまり出ていないが、あれは加速中だからかも……いや、死んだ両親に未練があるのか。
モンスターの親子感情などどうでもいいのでミサイルを急旋回させてぶち抜いた。
「二人残して魔石を採らせろ」
「はっ。ジェンセン、グラハム。貴様らは団長が仕留められた魔物から魔石を抜いてから合流しろ。急げよ」
「「はっ」」
慣れてなきゃ図体もでかいしそれなりに時間もかかるだろう。
こいつら二人は戦闘開始には間に合わないかも知れんな。
しかし、あれだけでかくて目立つ(上空からなら尚更だろう)ギマリ要塞の傍でもこれだけの大物が彷徨いている、ってのがダート平原の恐ろしさだよな。
尤も、最低でも三~四㎞は離れているから傍とは言えないか。
何にしてもモンスターについては必ず殲滅しないと、こんな土地なんか誰も安心して暮らせないよ。
殲滅なんてどうやってやんだよ、って話だけどさ。
余裕が出来たらオークは幾ら、マンティコアは幾らとか賞金でも掛けてアホな冒険者にでも狩らせるか?
・・・・・・・・・
まだ暗いうちから馬をすっ飛ばしたからか、パールキ村の大分手前で第二戦隊と合流を果たす事が出来た。
強制徴兵を行うこと自体は余り難しくないと思うが、それを最初に実戦に投入させる事は結構大変だと思うからだ。
突撃の際に脱走する奴もいるだろうし、最初は見せしめの意味もあるから脱走や抗命には厳罰を以て対処する必要がある。
勿論、一個小隊を督戦隊として付けているし、彼らにも最初が肝心だからしっかりと見張り、特に脱走だけは絶対に見逃すな、と厳命しているが、四〇~五〇人程度しかいない一個小隊に出来ることに限界はある。
第二戦隊にはミヅチもいるし、殺戮者を中心とした西ダートの従士隊もいるからそう心配はいらないが、彼らには戦場を体験させる方を優先したい。
第二戦隊長の傍に行く。
「あ、閣下」
「どうだ?」
「部隊の士気も高いですし、意気軒昂、スケジュールも問題ございません」
ふん。
物は言いようだな。
第一戦隊は予定を大分繰り上げての南東部ダートの平定を成し遂げているし、この第二戦隊だって俺やミヅチを含む西ダートからの戦力的な援護なしで村を陥落させたばかりだ。
今のところ勝ち戦なんだし、意気軒昂じゃなきゃそっちの方が驚きだよ。
まぁ、ヴィジェッド村で採った連中は最前衛に配しているだろうからまだ見ていないので、現時点では何とも言えんが、彼らの意気が軒昂な訳はない。
「そうか、目標まではあとどのくらいだ?」
「このままのペースですと、途中に休憩を二回挟んで二時間、というところのようです」
ヴィジェッド村の住人の道案内の言葉ではパールキ村までは特に難所と言える場所もなく、途中、浅くて細い川を三本越えれば着くらしい。
「わかった。それとヴィジェッドではデーバスの軍民併せてどのくらい取り逃した?」
逃がした数はミヅチも分からないと言っていたからね。
「ん~、はっきりとは申せませんが、大凡二〇〇ちょっとくらいでしょうか? その大部分は軍の者だと思います」
第二戦隊長はヴィジェッドを占領した後で生き残っている人数や死体の数、駐屯していた戦力の数を数え、結構正確に逃げた数を把握していた。
ヴィジェッド村はそもそも規模が小さく、その人口は五〇〇もいなかった。
で、駐屯していた兵力数は二〇〇だったという。
村民の死者は一二〇、駐屯兵の死者は六〇。
得た戦力が一〇〇で、そのうち二〇くらいが駐屯していた兵隊だから逃げた人数の半数以上は村民ではなく駐屯していた兵隊、という事になる。
「そうか……見張りはどうだった?」
「そちらは事前に発見、倒せたのは二人一組の二人だけです」
それでも俺やミヅチがいないのに物見を倒せたのは、上出来な類と言える。
倒せた物見以外の物見には気が付けずに取り逃し、こちらの接近を報告されてしまったからだろう。
奇襲にはならなかったと聞いている。
ヴィジェッド村の攻略に投入出来たのは、敵の三倍程度しかなかった。
それでも敵により多くの被害を与えて村を占領出来たのは、この戦隊長の指揮によるものだと思う。
予想通り中々に良い人材だな。
第二騎士団長のヴァルモルト准男爵から「大隊長寸前」だと評されるだけはある。
「そうか。では、これより私は露払いとして手勢を連れて先行し、パールキの物見を始末してこよう」
「ああ、あの……司令官閣下」
「何だ?」
「ヴィジェッドで徴兵した連中、本当に前衛配置で宜しいので?」
「ああ」
「素人に毛が生えた程度ですよ。装備も、その、十分な物を支給してやれておりませんし……」
「それに何か問題が?」
「いえ、何でもございません。お気をつけて」
「うむ。ではな」
こいつもあれか?
国王や騎士団長みたいにナイーブなんか?
戦争だぞ?




