第四百四十四話 ダート平原の覇者 7
7452年4月28日
「じゃあ、そろそろ出撃をして下さい」
ミヅチは隣で騎乗する第二騎士団の中隊長――正式な第二戦隊の戦隊長――に“お願い”した。
「第二戦隊、出撃する!」
戦隊長はギマリ要塞のダミー正門の前に整列していたロンベルト王国南方総軍の第二戦隊に対し、号令する。
最初の目標は西にあるヴィジェッドという村だ。
南進してダート平原の南端にあるモーランの占領――平原の南北打通は目指さない。
そんな事はいつでも出来る、という自信もあるが、ダート平原内でデーバス王国が防衛部隊を駐屯させている村をまず狙いたいからだ。
その目的はアルが指揮する第一戦隊と同じである。
最初の一戦で防衛部隊ごと村を占領し、そこで得た捕虜を前面に押し立てながら侵攻を続けるためだ。
アルが攻略した南東部ダート地方とは異なり、中部ダート地方(ドレスラー伯爵領)の南、南部ダート地方については街や村の占領自体には然程拘っていない。
勿論、占領やその維持、同化政策を行わない、という訳ではなく、占領自体は二義的な目的であり、言わば努力目標とでも言うべき物となっている。
要するに、デーバスの街や村に対して攻撃はする。
抵抗する者は容赦なく殺すし、その過程では徴発と言う名の略奪だってするつもりだ。
そして、攻めた街や村がさっさと降伏したり、調略に応じるようなら占領もするし、可能なら同化政策にも繋げるよう、維持だってする。
が、本命はそれではない、というだけの事である。
戦隊長に率いられた前衛部隊が行軍を開始する。
第二戦隊を構成する大部分はアルの領内である四伯爵領に駐屯している部隊から引き抜かれた第二騎士団員で構成されており、兵士としての練度は高い。
未だ要塞内である事もあって、兵達の足並みは揃い、続々と五列縦隊で要塞の南に開いている出口から出撃していった。
そして、夕刻にはヴィジェッド村まであと僅か、という場所に到達した。
と、村の方から数騎の騎馬が駆けてきた。
第二戦隊の最前衛を預かる分隊長は、すぐに部下から一人を伝令として少し後ろに追従してくる小隊長へと送る。
騎馬は八騎。
どの騎馬も深い森だと言うのに驚くほどに安定して走っているし、何より何もない平地を疾走する程に高い速度だ。
騎手達の高い技倆が想像される。
先頭を駆けるのは少し骨太な印象の精人族の男性だ。
森の中で目立ち難いようにするためか、深い緑色に染められた陣羽織の下に着装しているのはどこにでもありそうな古ぼけた鎖帷子であった。
己の従士隊を率いて第二戦隊に参加していたカロスタラン士爵だ。
彼の少し後に続くのは……。
「東側をうろついていたパトロールは全員処分が終わったわ」
第二戦隊の母体である王国南方総軍の司令官であるグリード侯爵の奥方であるミヅチだ。
真っ黒いゴム・プロテクターを着装している。
彼女の両脇には護衛のように二人の闇精人族の女性が付いているが、この二人は焦げ茶色に染められたレザーコルセットアーマーを着ており、他の者達よりは身軽そうだ。
「今なら耕作地まではさくっと行ける筈だぜ」
カロスタラン士爵の従士長の配偶者(笑)である狼人族の男性があまり慣れていなさそうな手付きで手綱を操りながら言った。
現在は結婚したことでジェルトード・ランスーンという名に改名している。
彼も侯爵夫人と同様の真っ黒いゴム・プロテクターに身を包んでいた。
「あ~、喉乾いた。誰か水頂戴よ」
「……ほれ」
なんとも緊張感のない会話を交わしているのは、ベージュ村からの従士隊を率いてきた村の従士長、キュミレー・ビオスコルとラッド村から馳せ参じたファルエルガーズ士爵だ。
「そんなとこに固まってちゃ部隊の皆さんの邪魔になるだろ」
そして、八騎の最後尾に位置したまま油断なく周囲を窺っていたのはミドーラ村を預かるゲクドー士爵だった。
この三人もそれぞれの体格に合わせて調整された真っ黒いゴム・プロテクターだ。
異様に貴族率の高い小部隊だが、身分の高い者が多いからか個人の装備品は結構豪華なもので固められている。
「ビンスの言う通りよ。脇にどきましょ」
「ああ」
「ここで待っててもいいのかな?」
「いいんじゃない?」
「じゃあそうするか。俺、ちっと用を足して来るわ」
「あ、俺も」
ちっとも緊張感のない彼らの脇を苦笑いを浮かべながら第二戦隊の兵士達が通り抜けていく。
そして、脇を通る隊列も半ばになった頃。
「お待たせしました」
「すみません」
「なんか配置が悪かったみたいで……」
彼らが率いてきた従士隊が合流してきた。
「こっちも丁度良い休憩になったし、いいのよ」
ミヅチの言葉に西ダートからの従士隊は道を逸れて北へと向かい始めた。
彼らはこれから始まるヴィジェッド村への攻略戦には参加せず、耕作地を大回りする形でヴィジェッド村の北西にあるサーズルフッドという村へと向かったのである。
・・・・・・・・・
7452年4月29日
当然と言えば当然だが、ダクリス村は調略で陥ちた。
まぁ、東と北は俺の軍勢、南はラスター連峰、そして西はギマリ要塞に塞がれているんだし、援軍が来るという期待は出来るかも知れないが、そういう情報をダクリス村が得ている事も無いだろう。
このような状況下で降伏せずに戦闘を選ぶことが出来る奴などそうそういない。
これで南東部ダート地方は平定したと言える。
合計一〇ケ村。
うち、調略で無血開城が四。
何と四割も戦闘をしないで下すことが出来た。
占領に戦闘を伴った六ケ村でも、正規軍の戦死者はごく僅か、合計二一名で済んでいる。
充分過ぎる程の戦果だ。
ついでに言うならば、昨年末の総軍会議で国王陛下以下の軍事の主要メンバーに向かってブチ上げた、今年の前半中の南東部ダート平原の征服についても実現出来ている。
しかも二ケ月もの余裕を持ってだ。
ここまでは自分自身に対して花マルをやってもいいだろう。
さて、あとは占領した一〇ケ村について、正式な領主を定めなければならない。
やっと褒美にやれる土地に余裕が出来た(ダート平原の北部に並ぶ四伯爵領にもいずれは領主が居なくなるのが確定している街や村は多いが、それはまだ先の話だ)ので、ここらで遅れていた論功行賞の滞留在庫を一掃しておくべきだろう。
例のブルードラゴンの折にはタンクールやデナン、キンケード、ギマリと言った拠点を確保していたが入植や開墾は行わず、単なる軍事拠点としか活用していなかった。
あの辺りは地政学的な見地から言って、重要地なのでそれでもいいが、この南東部ダート地方は異なる。
まぁ、最初に占領し、土壁で囲んであるフィヌトだけは別だが、だからこそ急いで砦化したのだ。
……二四二中隊と二五四中隊、二六五中隊の中隊長は確定でいい。
ドラゴンの後始末やらなんやら、苦労もかけたし、約束もした……約束はあのとき一番いい働きをしたら、という内容だったが、待たせ過ぎだ。
俺の評価では二四二中隊の中隊長が良く働いてくれた印象だが、他の二人だってそれ程劣っていた訳でもない。
と、言うより、ロンベルト王国の正面戦闘部隊である第二騎士団で中隊長になれる程の者なんだし、ダメな子である筈がない。
って事で、二四二中隊の中隊長には人口も多目で神社もあるゾウイッシュ村をやろう。
他の二名はケリール村とデーシュ村にしよう。近所だし。
因みにファイアノーツ村はゼノムが何か言うかと思っていたら特に何も言われなかったし、俺が見る限りでは未練も断ち切ったらしく見えているからこれからの報奨用に残しておくつもりだ。
あとは……ミューゼに駐屯させたままの二三三中隊の中隊長あたりか。
彼は昨年末の防衛戦でよく戦ってくれた。
先の三人とは異なり特に何か約束をした訳ではないが、それなりの報奨を与えた方がいいかもな。
良さそうな人材は予めこうして土地を与えて囲っておけば時期が来てもダート平原に留まってくれるだろうし。
出世欲に加えて忠誠心も持ってくれるようなら、出来るだけ早いうちに第二騎士団を退職させてフリーにしてから村を任せる、という手もある。
そうすれば、部隊は中隊長が退職して穴が空く。
王国としては代わりの中隊長なり中隊ごと替えるなりしなければならない。
うは、デキる人材確保の永久機関かよ。俺って天才だな!
……尤も、こんな手はそうそう上手くは行かないだろう。
だけど、数人くらいなら可能な気もするけどな。
・・・・・・・・・
その日の晩。
『出ろ』
頭の中に響く声があった。
ミヅチからの無線の要請だ。
慌てて無線機を設置してある馬車まで行くとアンテナを立てて電源を入れる。
電話でもするように受話器を取って耳と口に当て、通信を待つ。
受話器のスピーカーからは相変わらずシャーというノイズ音しか聞こえてこない。
と。
『01、こちら02、感明送れ』
ミヅチの声だ。
先日同様に結構明瞭に聞こえている。
『02、こちら01、感明良し。こちらの感明はどうか? 送れ』
こっちの声はちゃんと聞こえているだろうか?
『アル、こちらミヅチ、そちらの感明良し。送れ』
『ミヅチ、こちらアル、了解。送れ』
『アル、こちらミヅチ、ヴィジェッドの占領完了。こちらの現在地同。送れ』
『ミヅチ、こちらアル、了解。こちらの現在地ダクリス。そちらの被害はどうか? 送れ』
『アル、こちらミヅチ、歩兵四五、騎兵一。送れ』
『02、01、了解。得た戦力はどうか? 送れ』
『え? 01、02、歩兵九三、貴族一、准貴族七。逃走数不明。送れ』
『02、01、了解。サーズルフッドはどうか? 送れ』
『01、02、サーズルフッドに対する攻撃は予定通り完了。爾後不明。送れ』
『ミヅチ、アル、了解。こちらは明日に現在地を発つ。その他異常なし。送れ』
『アル、ミヅチ、了解。こちらもその他異常なし。終わり』
ヴィジェッド村の攻略で結構大きな被害(歩兵が四五人に騎兵が一人)を被ってしまったが、村の領主は一族ごと捕らえられたようだし、強制徴兵も上手く行ったようだ。
攻略戦にはミヅチが参加しなかったにも拘わらず、戦死者は思ったより少ないことに胸を撫で下ろした。
これならギマリ要塞で俺が率いている兵力を多少休ませる事も出来るだろう。
■無線機での会話について
無線で使っている「感明」という言葉ですが、「感度の明瞭さ」の省略で、「ちゃんと聞こえているか、聞こえ方はどうか?」という意味です。
また、「送れ」は一般や米軍の無線では「どうぞ」とか「Over」と言う事が多く、「私の発言はここまでです。どうぞ喋って下さい」という意味です。
また、前回の話(前回はテスト的な会話であり、おふざけも混じっていました)とは異なり、実戦使用なので片方が喋っている時間を短くするようにしました。
早口(感度は良いのでちゃんと聞き取れる筈)なら片側三秒以内になってるかと。流石に無理かw




