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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第四百四十一話 ダート平原の覇者 4

7452年4月19日


 ドン! ドン! ドン!


 アルの放った威力を増加したファイアーボールの魔術がケリール村の居留地を囲む防柵で爆発する。


「突っ込め! 倍給兵共!」


 オルティス小隊長の号令で、侵攻部隊の最前列にいたコールら突撃隊の兵士達は一斉に防柵に作られた破孔にむけて突進した。


「「うおおぉっっ!!」」


――やるしかねぇっ!


 コールもフーディーも、そしてヨームも大声を上げながら走る。


 孔の向こうに慌てて得物を取り落とす若い男が見えた。


――よし、貰った!


 今日も良い働きをすれば給与は更に増える。

 現在コール達が貰っているとされている扶持は一般的な徴用兵の三倍であり、突撃隊の中では稼ぎ頭だ。


 三倍兵となった日から食事は他人の倍量に加えて酒も付いている。


 今日も生き残ったのであれば、これからは酒が二杯飲めるようになると聞かされている。


「おああっ!!」


 気合一閃、コールの槍は狙い違わず若い男の腹を貫いた。


「あっ……」


 男は驚いたように大きく目を見開いたまま、腹に突き刺さっている槍とそれを持つコールとの間で視線を彷徨わせる。


 よくよく見てみれば、男の年齢はコールとあまり変わらない十代の後半だろう。

 頭の上にある丸い耳と先に房の付いた尻尾から、種族は同じ獅人族ライオスに見えた。

 碌な防具すら身に着けておらず、裸足の格好は、同じ農奴であろう事を想像させる。


「げぶ……」


 そしてすぐに吐血すると両膝を地に突いた。


「一番槍だぁっ!!」

「またコールが一番槍を取ったぞっ!! 俺の息子だ!」

 

 フーディーとヨームが怒鳴るようにコールの手柄を叫び、腹に槍が刺さった男を蹴り倒す。


「ぎゃっ!」


 蹴り倒される寸前、コールと男の視線が交錯した。

 男は涙を流していた。


 何故か下がりかけてしまった士気を奮い立たせるため、コールは一際大きな声を張り上げながら槍を引き抜いた。




・・・・・・・・・




 それから僅か数分間交戦をしたのみで、ケリール村はアルが率いるロンベルト軍に降伏していた。


 ザラバン村から見て西、ゾウイッシュ村から見ると少し北西にあるのがこのケリール村である。


 デーバス王国のストールズ公爵領の西部、ストールズ子爵が治める土地でも最西端にあたる。


 攻撃前に、今降伏すれば領主やその一族の生命の保証をすることや、領民には手を出さない事を伝えていた事も大きかったのかも知れない。


 尤も、降伏したのは村に駐屯していた兵力自体がそう多くなかった事も大きい。

 更にロンベルト側が最初の攻撃の際にあっという間に防柵を破壊し、突撃兵を村の居留地内に雪崩れ込ませた事で、ケリール村を治めていたボック士爵の心が折れてしまったからだ。


 そのボック士爵は現在、村の広場でアルに命乞いをしていた。


 アルとしてはデーバスの士爵の命など心の底からどうでも良かったのだが、捕虜にすれば身代金が取れる可能性もあるから、戦死していなかったのであれば最初から殺す気はない。


――でもさっき「今」降伏すれば助けるって矢文撃ち込ませちゃったし、叫ばせちゃったしなぁ。今後もあるし、即座に降伏して来なかったんだし、身代金は惜しいけど殺しとくか?


 地面に這いつくばって命乞いをするボック士爵には目もくれず、アルは殺した場合と生かした場合、それぞれの未来を考えていた。


 アルの傍には副戦隊長を務める第二騎士団の中隊長を始め、軍の小隊長クラスの他、ゼノムやアンダーセンなど郷士を率いて参戦している地方領主もいる。


――ま、いっか。


 小さな溜め息を吐くと、アルはヘルメットを脱ぎ、隣の副戦隊長に手渡した。


「そなた、助かりたいか?」


 少し面倒くさそうな声でアルは士爵に尋ねた。


「お、お助けいただけるので?」


 士爵は食い気味に言うが、すぐに小隊長の一人に「質問に答えろ!」と怒鳴られながら横腹を蹴られる。


――今のは質問に答えた事にはならないんかね?


 小さく肩を竦め、それ以上の暴力を止める。


「もう一度聞く。助かりたいか?」

「は、はいぃ~」


 後頭部に手をやり、半頬を外しながらアルは「そうか。ならば私の役に立て」と言ってその場からスタスタと井戸に向かって歩み去る。


 副戦隊長らは気を利かせて士爵を縛り上げると捕虜の中でも貴族や隊長クラスなど身代金が期待出来そうな者を集めた収容所代わりの建物へ放り込んだ。


 それを横目に、ヘルメットとフェイスガードを外したことで少し解放感に包まれたのか、アルは自ら井戸水を汲み上げて飲んでいる。

 勿論、この井戸水が安全なことは既に確認済みだ。


「旨い……」


 一言呟くと半頬を小脇に抱えたまま休憩所として使用している馬車の傍に展開された天幕へ移動した。


 中に用意されている机に半頬を置き、椅子に腰掛けると右肘を肘掛けについて右拳により掛かるように座った。


 少し遅れてゼノムやアンダーセンが天幕へ入ってくる。


「今回はあっさりと降伏してくれて楽だったな」


 そう言うとゼノムも机を挟んでアルの前に腰を下ろす。


「こちらの戦死者も二名だけだったんですってね」


 アンダーセンもゼノムのすぐ隣に腰掛けて言った。


「あ~、あんまり活躍させられなくてすまんな」


 少しおどけるように肩を竦めてアルが答えた。


「いい、いい。戦死者が出るよりよっぽどマシだ」

「そうですね」


 手を振りながら言うゼノムにアンダーセンが追従する。


「うん。それなんだが、次も楽が出来るかはわからん。気は引き締めておいてくれ」


 南東部ダート地方には一〇の村々があるが、アル達は今回のケリール村を陥落させたことでそのうち東側から四つの村を占領してきた。

 その四つの村はデーバス王国の行政区分ではストールズ公爵領に属し、縁戚であるストールズ子爵が治める地域であるが、ここより西側に並ぶ六つの村々はガルドゥールという伯爵が治めているため、同じような反応をしてくるかはわからない。


――が、大して変わらんだろうな。


 アルとしては所詮田舎の開発村や少し前に切り拓かれた村であり、南側はラスター連峰と呼ばれる山々に塞がれ、西側にはギマリ要塞が睨みを利かせているので袋の鼠同然だった。


 少し脅してやれば素直に降伏するか、徹底抗戦してくるかの違いでしかない上に、徹底抗戦されたところで多少被害が増す程度だ。

 その被害にしても大部分はアル配下のロンベルト王国の戦力ではなく、強制徴兵した使い捨てに近い戦力が大半を占めるであろうことが予想できるためにあまり気にしていない。


「あと、次に攻めるのをガラン村かデーシュ村にするかは偵察が戻ってから決める。今夜か明日の朝には戻るだろ」


 アルがそう言うとゼノムは鼻息を荒くして「どっちでもいいが、俺としてはガランの方がいいな」と言う。


 それを聞いたアルもわかったような顔で頷いている。


 ガラン村の更に西にはファイアノーツという名の村があるのだ。




・・・・・・・・・




7452年4月20日


 ロンベルト王国ウェブドス侯爵領。

 領都キール。


「ここがキールか……」

「きれいな街ね」

「ドラン程じゃないか?」

「見た目はそうだな。だけど……」

「ドランは裏道に入るとね……」

「ああ、ここも大して変わんねぇかもな」


 騎乗した数人の男女が話しながら表通りを歩いている。

 目指す先は行政府だ。


 このキールは、彼らが今まで通り抜けてきたそれなりの規模を誇る都市とは異なり、区画整理されているように見える。

 明らかに都市としての年齢は若いことが判る。


 彼らはじきに行政府へと到着した。


「じゃあちょっと聞いてくる。タニア、つきあってくれ」

「わかった」


 バスコは数人の若い傭兵を行政府前の馬止杭のあたりに残し、副官を伴って行政府へと入っていった。


「しっかし、俺らもこんなところまでよく来たよな」


 残された中でも若手らしい男が吐き捨てるように言った。


「ここってロンベルトの西の果てなんだろ?」

「そうらしいな」

「あー、こんな歩いてばっかならあたいもドランで待っときゃよかったかもぉ~」

「何回目だよ。泣き言は聞き飽きたぞ」


 旅費が嵩むことと領境を越えるための税の節約を兼ね、赤兵隊はバスコとタニア、そして護衛の四名のみで行動している。

 副隊長であるジースに指揮された本隊はロンベルトの天領にあるドランという、かなり大きな都市の郊外で彼らの帰りを待っていた。


 バスコとタニアは三〇分ほどで戻ってきた。


「南の、あっちの道をずっと真っすぐ行った先にあるらしい。行くぞ」


 まだお昼前だからか、バスコとタニアは杭に繋いでいた綱をするすると解き、その背に乗った。


「こっからどんくらいかかるんすか?」

「歩いたら二週間くらいらしいから、俺たちみたいに馬なら五日ってところだろうな」


 若手の言葉にバスコが答える。


「今日こそ屋根のあるとこで寝たい……」


 若い女が愚痴を零すが、バスコもタニアも一切取り合うような事はせず、馬を歩かせる。




・・・・・・・・・




 同日。

 ロンベルト王国ベルタース公爵領、ジャロー。


「出発!」


 ロンベルト王国、北方軍の司令官であるティーク・ゴレイヌ卿が号令を掛けた。


 漸く雪解けも終わり、援軍も最前線であるジャロー村に到着したことで、今度こそ当初の計画通りこちらから攻撃を仕掛けるのだ。


 北方軍に参加している第一騎士団員は全員が第三中隊に属する騎士や従士のため、先年に戦死してしまった中隊長で先代の司令官、マリーベル・ラードック士爵の弔い合戦ということもあってかなり士気は高い。


 が、増援部隊の半数は昨年まで南方のダート平原に駐屯していた部隊であり、雪には全く慣れておらず、連携訓練すらままならなかった真冬の北方地域にはもうすっかりうんざりしていた。


 吹雪や降雪が止み、慣れない除雪作業もだんだんと減り、ちょこちょこと地面が顔を出し、それでもどうにかこうにか、酷くぬかるむ道を歩き通して増援部隊として漸くジャローまで辿り着いたのだ。


 真っ黒く汚れたシャーベットのようにぬかるむ道は、南方用のブーツに容赦なく染み込み、足を霜焼けにしてくれた。


 ここならまだ雪が汚れていないから大丈夫だろうと道端に腰を下ろせば雪の下に隠れた氷水が尻を濡らす。


 ぐちゃぐちゃな路面に刻まれた轍には荷物を満載した馬車も荷車もしょっちゅうハマり、スタックから立て直すのに、酷い時には丸一日かかる事さえあった。


 とにかく慣れていないのだ。


 しかも、この先も同様な道を通って攻め込むと言うではないか。


 一週間くらい休ませてくれよ。


 というのが本音だった。


 尤も、一番の不満点である路面状況については日々回復の兆しが見えている事は全員が認めるところであるため、士気がどん底まで落ち込み、脱走兵も続出、という程ではない。


「ふふ。じゃあ、あたし達も行きますか」


 第一騎士団の小隊長資格を得た(他の騎士団では中隊長から大隊長に相当する能力を持つとされている)ミルーは、ガポンという音を立てて故郷で作られたヘルメットを被った。




・・・・・・・・・




7452年4月21日


 朝。


 ケリール村からガラン村へと続く街道上。


 アル率いるロンベルト王国南方総軍第一戦隊は早朝にケリール村を出撃している。


 と、前方に展開させていた物見が駆け戻ってきた。


 道案内をさせているケリール村の住人の話では、ガラン村までまだ三㎞は離れており、軍の行軍速度でも優に一時間以上は掛かる筈の地点だ。


 移動隊形で先頭近くに配されていた部隊長は敵方に捕捉されたのかと緊張した。


 だが、物見は先日アルの命によってガラン村へ送り込んだ、ケリール村を治めていたボック士爵とザラバン村のギルソン士爵、フィヌト村のファート士爵、そしてゾウイッシュ村のガルセ士爵が戻ってきたと報告してきた。


 勿論、送り込んだ目的は調略である。


 ついでに、彼らにはガラン村を治めている領主のほか、駐屯していた傭兵隊の隊長格の女も付随しているという。


 四人の他に目的地であるガラン村の領主と駐屯兵力の長が合わせてやってきたという事は、調略の成功であろう。


「閣下、ようございましたな」


 副戦隊長の言葉にアルは鷹揚に頷く。


――やっと応じ始めたか。ま、近所で顔見知りの貴族の説得だし、降り易いか。


 

■ファイアノーツ村はゼノムの出身地です。

忘れていらっしゃる方も多いと思いますので、念のため。


なお、ケリール村から見てガラン村とデーシュ村は別の領土ですが、南のラスター連峰があるためにガルドゥール伯爵が収める領土とは領境の関所はありませんので普段から行き来は気軽になされています。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] ゼノムはデーバスに追い立てられて以来ファイアノーツに帰れてなかったのかな、と思って読み返したら一時的にロンベルトに復帰してた時期があったんですね。それじゃあもうあまり思い出は残ってないのかな…
[一言] 赤兵隊はてっきりデーバス転生者組の親衛隊に加わると思ってたわ、接触してないだけかもしれんけど。 ゴム製品発見からアルまで一直線で来るのガチやな。
[良い点] バスコ君遠路はるばるウェブドス公爵領まで行けてよかった
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