第四百三十三話 奴隷頭の後継
7452年2月30日
午前中。
支度もあるし、そろそろ降りておくか。
べグリッツの外れにあるリーグル伯爵騎士団本部の団長執務室に当番従士を呼び寄せると鎧の装着を始めた。
こういう時、着脱が楽なゴムプロテクターが懐かしくなる。
何しろ、慣れちまえば一人で着たって一〇分と掛からないし、脱ぐ時なんか二~三分程度にまで縮められる。
それがこの冥越鱗だと比較にならない程の手間と時間がかかってしまう。
勿論、冥越鱗は魔法の鎧だからして、着たままでも事務仕事に支障ないくらいの身体拘束率を誇っている。
また、【装着重量軽減】という特殊な効果もあるから、見かけよりも重量は軽く感じるのだが、それでも衣服よりはずっとずっと重い。
肩や二の腕、前腕それぞれに缶ジュースくらいの重さがかかっている感じなんだよ。
流石にこんなんじゃ事務仕事は無理だろう?
支度が終わった頃にはもう一一時近くなっていた。
昼にはまだ早いが、もう降りておくべきだろう。
窓から下の広場を見下ろすと幾つかの天幕と閲兵台が準備されている。
招待していたゲストももう到着しているみたいだ。
本部前の広場に降りると、丁度もうそろそろ到着するとの連絡が入った。
予定より少し早いが、早い分には問題ないし、むしろ良い事でもあるから全く文句はない。
どちらかというと長時間待たなくても良さそうなので有り難いくらいだ。
閲兵台の裏へ向かう途中、天幕からばらばらと人が門の方へ向い始めた。
招待客たちだ。
副団長であるバリュート士爵の奥方やお子さん、バルソン准爵やカムリ准爵の内縁の配偶者や親御さんやお子さん方、そしてクローの両親たちである。
アルソンは女中のテフラコリンに抱かれ、その両脇には護衛の闇精人族が付いている。
閲兵台裏の椅子に腰を下ろすか下ろさないかという時。
「見えました!」
警衛当番の従士が叫んだ。
門の手前に集まっていた招待客たちが一斉に分かれて並ぶ。
俺も閲兵台の階段を登り始めた。
閲兵台の高さは二mほど。
騎士団の敷地を取り囲む石塀の高さもそれくらいなので塀の外も見えるようになった。
奴らはまだ門まで一〇〇mちょっとのところにいた。
バリュートが先頭に立ってヘロヘロと歩いて……走っている。
バルソンもあえぐように続いている。
カムリやクロー、マリーは前方を睨みつけながらもやはりボロボロでふらふらとしていた。
最後尾、ミヅチは片足を引きずっているようだ。
思わず【鑑定】をして見てしまったが、左足を捻挫している。
治療薬は使い切っているのだろう。
訓練学生たちはノロノロとした足取りだが一歩一歩確実に正門へと近づいてきている。
そして今、漸く正門に入ってきた。
「おめでとう!」
「よくやった!」
招待客の他、手隙の騎士や従士たちが祝福の声を掛けながら出迎えている。
ゴールはもうすぐだ。
最後まで頑張れ!
・・・・・・・・・
「……与えられた全ての任務を完遂し、全六名! 一人の脱落なく只今帰還いたしました!」
エムイー学生長を務めていたバリュートが横一列に並ぶ学生たちより一歩前へ出て怒鳴る。
そして、閲兵台の下に立っていた騎士デーニックが号令を掛ける。
「エムイー訓練団長閣下に捧げ銃! 敬礼!」
号令と同時に、バリュートは疲労からかブルブルと震える腕で長剣を四本まとめた模擬銃を垂直に捧げ持ち、顔を俺に向ける。
後ろに並ぶ訓練学生たちもバリュート同様に捧げ銃を行う。
少しだけ待って号令を待つ。
「直れ!」
先ほどとは真逆の三動作(顔を正面に、模擬銃の左手部分に右手を持っていき、銃を右手で掴むと左手を腰に伸ばすと同時に右手の銃を右足の少し外に立てて下ろす)で姿勢を正した。
「おめでとう! そなたら六名は騎士団の宝から、たった今、西ダートの宝となった! よく頑張ったな」
俺の言葉に招待客や傍で整列していた騎士や従士からも再び祝福の言葉がかけられる。
「只今を以て、第一回リーグル伯爵騎士団、幹部エムイー訓練帰還式を終わる! 続いてエムイー徽章授与式を行う! 各員、騎士団長閣下に捧げ銃! 敬礼!」
訓練団長から騎士団長に早変わりするのはいいとして、敬礼と捧げ銃ってなんか変だよね。
まぁ、剣や槍装備の騎士団員と模擬とはいえ銃装備の訓練学生で、しかも偉い人(勿論俺の事だ)向けの礼だし、敬礼の一言で済ませられないのは今んとこ仕方ないか。
そのうち捧げ銃で統一可能だろう。
閲兵台から降りると騎士が薄べったい箱を捧げ持って待っていた。
箱には六つのエムイー徽章がリボンと共に収められ、陽の光を受けて美しく煌めいていている。
幹部向けの徽章はシャドウドラゴンではなくブルードラゴンの鱗を加工して作ったものだ。
一般向けの物とデザインやサイズは同じだが、色だけが異なっている。
彼を引き連れてまずバリュートの前へ。
「エムイー・バリュート。訓練修了、おめでとう。よく頑張ったな。今日からこの徽章を佩用するように」
大きめの輪っかにしたリボンにエムイー徽章を付けたものをバリュートの首にかけてやる。
「エムイー! ありがとうございます!」
一人ひとりに声を掛け、徽章を授与してやる。
そして最後にミヅチの前に立つ。
「エムイー・グリード。主席での訓練修了、おめでとう。よくぞ大きな試練を乗り越えてくれた……大したものだ。今日からこの徽章を佩用するように」
皆と同じようにミヅチの首に徽章を掛けてやった。
「エムイー! ありがとうございます!」
その様子を窺っていたデーニックから授与式の終了が告げられた。
その瞬間に学生たちは重い荷物を降ろし、へたり込みそうになる。
が、駆け寄ってきた家族ら招待客と手を取り合うため、どうにか倒れずに堪えている。
ミヅチにもテフラコリンと護衛が駆け寄っていく。
「アルソン!」
兜を脱ぎ捨て、ミヅチがアルソンを抱き寄せた。
「まー!」
アルソンも母親に抱かれて嬉しそうにはしゃぐ。
俺が抱いてもこんなに嬉しそうにしないのは何でだろうね。
僅かに嫉妬心を抱くが、まずはミヅチの治療が先だろう。
「お疲れ様。さあ、足を治さないとな」
「うん。もう痛くて痛くて死にそう」
笑いながら顔を顰めるミヅチの頬に触れ、完全治癒の魔術を掛ける。
「ありがと」
「うん」
キュアーオールを掛ければ痛みはかなり引いている筈だが、一度だけだとまだ痛みはかなり残っているだろう。
連続して何回も掛けてやる。
そんな俺達の傍ではバリュートが息子や娘、奥さんと抱き合っている。
バルソンも二人の子を抱きしめて口づけをし、内縁の夫が誇らしげな顔でそれを見ていた。
カムリも息子を片手に、内縁の妻をもう一方の手で抱きしめてキスをしている。
が、クローは両親とは碌に会話すらしないままマリーと抱き合い、熱いキスを交わしていた。
まぁ、部下の家庭の事情まで踏み込むつもりはないから良いけどさ。
唇まで泥や草の汁を塗りつけているのにようやるわ。
「さぁ、腹も減って限界だろう。食事を用意しているから存分に食べてくれ!」
広場に用意していた天幕の一つはバーベキュー用の物だ。
食材も肉類を中心に沢山用意してある。
だけど、まずは空っぽの胃に優しい物からだよな。
テーブルにはオートミールのお粥をはじめ、各種スープ類など胃に優しい物も並べてあるが、特別に作らせたプリン(生クリームとみかんなどのフルーツ片乗せ)やクリームをたっぷり使ったロールケーキやババロアなども用意している。
こういった菓子類を見た事がない者も多いが、プリンはともかくとしてスポンジケーキやババロアなどは全く無かった訳では無い。
オースでも高級なレストランなどでは供されていたので知っている人は知っているのだ。
特に、トリスやデーニックらが合格した一般向けのエムイー訓練でも用意していた事もあって、教官連中は元より、話を聞いていたらしい招待客や騎士団員からも歓声が上がる。
「はぁっ……旨い」
「生き返るわ」
行儀悪く一口で頬張れるだけ頬張るバルソン准爵やカムリ准爵も恍惚とした表情を浮かべている。
「あ~、甘い物ってこんなに美味しいんだな……」
「うん」
クローとマリーも口の周りに付いたクリームにも気が付かないまま食べている。
っつーか、プリンは飲み物じゃないんだが?
スプーンは掻き込む為の物じゃねぇんだよ。
「くぅ~、こんなに旨いものだとは……」
バリュートなんか半べそを掻きながら両手で口にロールケーキを押し込んでいる。
「美味しい……」
流石にミヅチだけはちゃんとスプーンを使って一口一口、丁寧にババロアを味わっているようだ。
「ほら、アルソンも食べてみて」
抱いていたアルソンをミヅチの方へ近づけると「まー、あー」とか言いながら喜んで食べた。
限界まで飢えていたからか、それとも元々大した大きさでもなかったからか、訓練学生たちはすぐに全種類の菓子を食べ終わり、小丼みたいな小さな容器に入れられたお粥やスープ類に移行した。
次に菓子を食べられるのは教官連中だが、招待客や手隙の騎士団員らも周りを取り巻いているのですぐに食べ尽くされるだろうな。
あと一時間もすれば落ち着くだろうし、その後は建物内で銃貸与式を行い、解散だ。
何にしても幹部連中が一人も脱落せずに資格を取ってくれて本当に良かったよ。
・・・・・・・・・
7452年3月15日
目出度くエムイー資格を取得した騎士団の幹部連中は体力回復の為に半月の休暇をやっているから、今日迄はまだ誰も出仕してきていない。
俺は行政府で従士を始めとする住民たちの陳情を順々に受けていたところだ。
午前の部はもう終わるけど。
そんな折。
ミヅチが護衛を伴ってアルソンを抱いて行政府にやってきた。
実はこれからアルソンの命名を行う予定なのだ。
本来なら生まれて一年ちょっとで命名の儀式をするのが普通なのだが、戦争だのエムイー訓練だの王都行きだので中々俺とミヅチ、インセンガ事務官長、そして奴隷頭であるズールーが揃う事が難しかっただけのことだ。
騎士団に詰めているズールーとは神社で落ち合う予定なのでインセンガを伴って神社へと向かう。
いつもの通り、去年の今月に生まれた子供を抱いた奴隷たちが神社の前で俺の到着を待っていた。
と。
ん?
あれは、エルミー?
ズールーの嫁さんの?
何で赤ん坊を抱いてんのよ?
妊娠したとか、それこそ出産したとか聞いてないぞ?
思わずミヅチに「お前、知ってた?」と聞いてしまったが、ミヅチも驚いていた。
彼女の隣に立っているズールーに尋ねる。
「おい、その子は……?」
「は。私の長男のレンブラントです。本日は息子にも名をやりたいと……」
はぁ?
予想通りと言えば予想通りだが、全く聞いてねぇよ!
そもそもエルミーナが妊娠した事すら知らなかったわ!
今日命名日として連れて来ているって事は、生まれたのは去年の今頃の筈で……。
聞いていたら何か祝いの品でも贈ってやったし、休暇だってやった。
【 】
【男性/10/3/7451・獅人族・グリード家奴隷】
【状態:良好】
【年齢:1歳】
【レベル:1】
【HP:1(1) MP:1(1) 】
【筋力:0】
【俊敏:0】
【器用:0】
【耐久:0】
【経験:0(2500)】
去年の三月十日生まれか。
去年の今頃って何してたっけ……?
まだミマイルの事件が発生する前だよな?
特に大事もなかったんだし、生まれたなら言えよ。
そう思って俺もミヅチも少し憤慨した。
が、インセンガが取りなしてくれた。
オース一般では奴隷の子が無事に生まれても命名まで主人にも言わない事も多いという。
理由は幾つかある。
一つは、肉体労働を課せられている女性の奴隷なら労働免除や軽い労働に配置換えなどの必要もあるが、エルミーはコートジル城で暮らすガキどもの面倒を見させているだけだったため、本人はもとより夫であるズールーからも肉体労働とは見なされていなかったこと。
これについてはコートジル城で生活させている、王都から連れてきた連中以外にも奴隷は沢山いるので、いちいち聞いていられないのも確かだ。
例えば今、目の前には一二組の奴隷の夫婦がそれぞれ子供を抱えて俺たちの様子を窺っているが、俺は彼らの誰からも妊娠や出産の報告は受けていない。
行政府の統計資料として知ってはいるが、その数字だって俺の奴隷だけでなく、貴族や従士を含め、彼らが所有する奴隷たちの出産数もごちゃまぜになっているから正確に知って、把握していた訳じゃない。
そもそも奴隷の仕事の調整は奴隷頭であるズールーの仕事なので妊娠したのがエルミーナに限らず俺が奴隷の妊娠を知る事はまずないんだが。
それでも一般の奴隷と奴隷頭は立場が違うんだし、何より付き合いも長いんだしそんくらい言えよ、とは思うけど。
一つは、無事に生まれなければぬか喜びさせてしまう可能性があること。
これも言いたい事は分からんでもないが、何かあったら俺やミヅチの治癒魔術で助けになるかも知れないのだ。
病気はともかく、産褥期における母体の健康回復には充分に治癒魔術は役に立つのだから。
しかし、出産の介添えが得られるようになっただけでも安全な出産の度合いは以前とは比較にならないほど高まっている上、何より奴隷頭とは言え自分やエルミーナ、そして息子のレンブラントはどこまで行っても俺の奴隷である。
他の奴隷の手前もあるし、特別扱いなど畏れ多くて言える訳がなかった、だってさ。
そして最後に、五体満足で生まれても乳幼児期の死亡率は高く、命名適齢期である一歳前後になるまでは黙っておく者が圧倒的多数を占めるそうな。
奴隷の主人としては財産の増加に直結するので早く知りたがる者も多いらしいが、それこそ出産を知り、その後早期に赤ん坊が亡くなってしまったら親に何らかの罰を与えるような者もいるという。
そりゃ言いにくいわな。
なお、バークッドは規模が小さいので親父や従士たちが所有している奴隷の数自体、今の俺と比べればずっと少ないし、あの程度の規模の村なら領主だって農作業の監督なんかもするから俺とは異なり普段から触れ合う時間も多いので大抵の場合は何だかんだですぐに気が付かれていた。
でもさ~。
言ってくれても良くねぇ?
そもそも乳母だって募集してたんだしさぁ。
募集即埋まったから?
あ、そう……。
仮に、仮によ?
表現は悪いけど、お前の子供が乳児期に亡くなっちゃったとしてもよ?
一緒になって悲しみ、気の毒に思いこそすれ、冗談でもお前やエルミーに「よくも俺様の財産を」とか言う訳ねぇじゃんかよ。
それとも、俺とミヅチ、夫婦揃って言いそうだと思われていたんだろうか?
だとしたら心外過ぎる。
もしそうなら、心の底からショックだわ……。
まぁ、勿論そんな事は無かったのだが、「奴隷頭なんだから、これからはちゃんと言ってくれ」と命じて一件落着とせざるを得なかった。
それはそうと、命名だ。
まず、レンブラントも含み、奴隷の子供たちの命名を済ませて貰う。
「ステータスオープン。天におわす神の代行者として名付ける、命名、アルソン」
うむ。
【アルソン・グリード/15/3/7452】
【男性/22/10/7450・普人族・グリード侯爵家長男】
【状態:良好】
【年齢:1歳】
【レベル:3】
【HP:10(10) MP:1(1) 】
【筋力:2】
【俊敏:2】
【器用:2】
【耐久:2】
まだ肉体レベルは低いが、魔力が増えた時点でミヅチの【部隊編成】を使用してのレベルアップは止めているのでこれでいい。
それより、所属欄のリーグル伯爵家長男がグリード侯爵家長男に変わっているのが芸細……いや、もう俺が侯爵になっているのは大々的に公表しているから神官も知っているんだし、一緒にやってくれただけだろう。
似た話は他の貴族家でもあったと言うからね。




