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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第四百二十六話 不評の士爵

7452年1月7日


 ここんとこ毎日のように昼食は王都の大手商会の代表者と会食が続いている。


 会食の場で話す内容は商業的にも重要だがこの地を治める領主としても大切な物が多いので気は抜けない。


 夜は商会同士や俺以外の貴族相手の会食に精を出しているらしく、俺も邪魔になってもまずいだろうとレストランには行かないようにしていたのでそこが救いだった。


 それ以外の時間は大市の視察で大部分の時間が食われてしまう。


 大市開催から一週間の今日になってやっと午前中は事務処理に充てる事が出来るようになった。


 とは言え、実は今日もこれから会食なんだよね。


「いやぁ~、凄い人出ですよね!」


 行政府の会議室に入るなり、何かの肉を刺したフォークを片手にジンジャーが声を掛けてくる。


「うん。裁きの日よりも多いよね」

「昔行った王都の大市程ではないにしろ、店も沢山出てるし、こりゃ大したもんだ」


 カームとゼノムもエールのジョッキを傾けている。


 勿論、会議室の住人は彼らのような殺戮者スローターズのメンバーだけではない。


「これは閣下、此度の大市の規模、感服致しました」

「昨日は王都のディッケル商会が挨拶に来てくれまして、北の方の珍しい野菜の種を……」

「私はカレイド商会と会えました。お陰様で……」


 西ダートの村々を治めている貴族たちも勢ぞろいだ。


 この会議室なんだけど、昨日までは六つくらいの小部屋に仕切られて大市に参加する商会の商談室として使っていた。


 そして今日から大市の最終日までは俺が治めるダート平原の貴族たちに対して領土別に順番に開放し、それぞれが交流を深める場として使用して構わないと周知している。


 ここで出る料理や酒は全て行政府持ちだし、ダート地方基準ではそれなりに高級品で固めてあるので参加してくれる貴族たちも満足してくれるだろう。


 王都の商会もそうだが、それ以外各所からもその地ではそれなりの勢力を誇っている商会を多数呼んでいる。


 村を治める貴族連中も自ら、もしくは近親者など親類縁者に何らかの商会を経営させている者もそれなりにいるのだ。


 大きな商機になりうる、大市という一大イベントを見逃す手はないだろう。


 一応「大市という商業的なイベントなので領内の貴族よりも王都を含む各地から招いた商会の方を重視していますよ」という体も表さねばならず貴族たちの相手の方が後になってしまった。


 まぁ、特に王都の大店なんか会長は貴族であることは当然だし、番頭さんも貴族なんて掃いて捨てるほど居る上に、ダート地方で村や街を治める田舎貴族なんかよりも格上の人だって居なくはない。


 多分順番とか誰も気にしないだろうなとは思っていたが、内心はともかくあからさまに不満そうな人も居ないみたいだったので安心した。


「そうか。皆に満足して貰えたようで何よりだ」


 薄い笑みを浮かべながら係の者からワイングラスを受け取る。


 会議室の中心あたりに進むとミヅチが居て、各地の代官である伯爵連中の相手をしてくれていた。


「や、これは侯爵閣下」

「ヘムリン伯爵か。久しいな」

「年明けと同時の大市の成功。誠におめでとうございます」

「うむ。ありがとう」


 近づいてきた俺にいち早く気が付いて挨拶を送ってきたのは中部ダート地方(ドレスラー伯爵領)を治める代官で、五〇絡みの猫人族キャットピープルのおっさんだ。

 ダスモーグの街を治めるアンダーセンの上役にあたる。


 正式な領地を持たぬ代官とは言え、伯爵ともなれば商会の一つや二つは持っているし、場合によっては王都にも別口で商会を持っている人も珍しくはない。


 彼も自らが治めているドレスラー伯爵領内に三つもの商会を持っている事は知っている。


 勿論、全て経営自体は雇われの商会長や縁者などに任せているが、しっかりとアガリは得ている筈だ。


 そういうのを知るにつけ、贈与税の導入を図りたくなるような気もするが、文字通りの諸刃の剣になりかねない。


 貧富の差を解消するのには結構良い税制であることは確かなのだが、資産を多く持てば持つ程(例え累進ではなく、一定税率だとしとも)納税金額は多くなり、結果として資産家はそういった税制のない国(又は地域)に移住することを考えるだろう。


 まぁ、相続税とか贈与税のような税制があるのなんて地球でも少数派だし、その少数派にしても一般的に先進国と言われている、“そこそこ裕福な国”ばかりだ。


 俺が治める北ダートがこの星でどのくらい裕福な地域かなど判ったものではないので、俺が生きている間には相続税も贈与税も導入することはないだろう。多分。


 ミヅチの周りには、その他ビーウィズ伯爵やバルトリム伯爵も居た。


 今日は俺が直接治める、リーグル伯爵領である西ダートの日だが、領土を治める伯爵級は別だ。

 彼らには出来るだけ全日に亘って参加し、それぞれの地の貴族連中と交流を深めておけとも言ってある。


 暫く他愛もない話で歓談した後、俺はミヅチの手を取って領主一人ひとりに声を掛けて回る。


「ゲクドー士爵。楽しんでいるようで何よりだ」


 ご近所であるバーリ村を治めるミーズ士爵、クドムナ村を治めるラヒュート士爵と何やら話していたビンスに声を掛ける。


「あ、これは閣下。大市の大成功、心よりお慶び申し上げます」


 二人の士爵の手前か、俺の呼びかけ方か、ビンスは少し堅めの挨拶だった。


 ミーズ士爵とラヒュート士爵とも二言三言、言葉を交わすと次に向かう。


 ラークス村のミュアー士爵、ゾルゲー村のガロスタレン士爵も近所同士で固まっている。

 まだ始まってから大した時間も経っていないから仕方ないが、どうせなら普段中々会わないような人と話せよ。


 何人かに声を掛けたあたりで、誰とも喋らないまま壁際で一人黙々と燻製を肴にワイングラスを傾けている者が目に入った。


 他人を寄せ付けないオーラが出ている。


 ヘンソン村を治めているラノクス士爵だ。


 石炭の件などで家に泊めて貰うこともあるが、出来るだけ愛想を良くしようと俺が声を掛けてもすぐに「はい」とか「いいえ」とか「そうですね」とかであっという間に会話が止まりかけるぶっきらぼうなおっさんだ。


 息子の方はごく普通に会話が出来るだけに、どことなくとっつきにくい感じのする男である。


 彼も若い時分には息子と同様にリーグル伯爵騎士団で騎士に叙されていたのだが、こんな偏屈で偏狭な職人の頑固おやじみたいなコミュニケーション能力で一体どうやって騎士になれたのか、不思議になるよ。


 世の中には人と喋るのが苦手って奴も居ることは知ってるが、多数の住人を束ね、土地を治める貴族がそれじゃあまずいよな。


 苦手だろうがなんだろうがコミュニケーションは人と関わる以上、絶対に必要だ。


 それを指摘するだけの知己が居なかったのかもしれないが、自ら直そうとしない(直す能力もない?)のはいただけない。


 だが、まぁ、もう既に跡継ぎもとっくに決まって成人してもいるので、俺もいちいちそんな事を指摘しなくてもいいか、と思ってはいる……。


 ……のではあるが、彼の態度に付き合うつもりはない。

 最初から心の中ではうざがられているのかもしれないが、直接言われた訳でもなし、そんな事ぁ知らん。


 村を治める立場の人間とはしっかりと言葉を交わし、互いに理解を深めるべきだ。

 まして、彼の村の近郊には膨大な量の石炭が埋まっているのだ。


 そんな重要な土地を任せる者が人の集まる場所でぼっちとか、許せる訳がない。

 っつーか、トリスでもロリックでもいいけど、周りの奴ももっと積極的に話し掛けろや。


 話し掛けにくい雰囲気を纏わせているとか、どうでもいいのだ。

 空気読むな。


「やぁ、ラノクス士爵。去年は世話になったな」


 士爵が発するオーラを無視して声を掛けた。


「閣下……この度はおめでとうございます」


 別にボソボソとした喋りになる訳ではない。

 が、どことなく壁を感じさせる声音だ。


「うん。士爵も楽しんでくれているか?」

「ええ」


 相変わらずこれかよ、ったく……。 

 嘘でもいいから酒も肴も最高ですよくらい言えや。


「ラノクス閣下も燻製がお好きですの? この人もファイアフリード閣下の燻製ばっかり食べておりますのよ」

「そうですか」


 ミヅチが水を向けても碌な会話に繋がらない答えだ。

 ここまで来ると意図的にやってんのか、という気すらする。


 こりゃあいよいよ覚悟を決めるしかない、か。


 俺は普人族ヒュームとしては大柄な部類だが、彼も平均的なヒュームの男性よりは背が高めだ。


 目にぐっと力を込めて睨みつける。

 俺の視線を受け、ラノクス士爵が僅かに怯む。


 彼にしてみれば何故睨まれたのか、どこに落ち度があったのか理解出来ないのかもしれない。


 睨んだままゆっくりと一歩を踏み出し、彼の耳に口を近づける。


「そなたは私より年上だが、敢えて言わせて貰おう。貴族としてその態度は褒められないぞ」

「え……?」

「何度も言わせるなよ? 笑え」

「は、はは……」


 その時、ふと思った。

 よく考えたら、幾らなんでもこんなぶっきらぼうな奴に世襲である士爵位はともかく、騎士位など、流石に貴族家の跡取りだったとしてもそうそうはやらん。


 別に貴族家を継ぐのに騎士位なんて絶対に必要なものじゃないし。

 騎士に叙されることなく騎士団を退団し、家を継いだ者だって少数派ではあるものの、珍しいとまでは言えない。


 単に箔を付けるだけだしね。


 痩せても枯れても騎士団は軍隊であり、騎士は大なり小なりその部隊指揮官だ。


 こんなコミュ障野郎、そんな立場にさせるか?

 実技や座学については問題がなかったとしても、実戦に出る可能性だってあったんだし普通は騎士叙任の推薦なんか受けられないと思う。


 ってことは、昔――少なくとも正騎士として叙任されるまではこんなんじゃなかったのか?


 わかんねぇ。


 が、今はどうでもいい。


「そなたも人の上に立つ貴族であろう? 息子は商会も作り、肥料の開発に精を傾けている。領地の傍では『石炭』が取れ始め、そなたが治めるヘンソン村は遠からずこの西ダートで四番目の街となろう」

「はは……」


 ラノクス士爵は顔を強張らせながらも笑おうとはしているらしい。

 言われりゃ努力くらいはするのか。


「そなたが普段どのような気持ちで日常を過ごしているのかは知りようもないが、このような所……いや、周囲に己以外が存在する場でそれを表に現すな。まだ家督を握っている以上、そなたの肩にはヘンソン村七〇〇名の希望と生活が掛かっていることを忘れるな」

「っ……」

「それは、父祖から受け継いだ土地や民は、貴重なものではないのか? そなたの妻や息子と同様にな。そのような貴重なものを預かる立場の者は常に笑っていろ。周囲に愛想を振りまけ。どのようなものでも良いから情報を集めろ。立ち回りを間違えるな」


 低い声でそれだけ言うと彼から少し離れ、再びミヅチの腕を取った。


「なるほどな。そういう事なら良い商会が来ている。後で紹介しよう」


 周囲に聞こえる程度の声で言うと、ミード村を治めるジンケーゼ士爵と何やら親しそうに話をしているトリスとゲーヌン士爵、ワズマール士爵が囲む小テーブルへと足を向けた。


 持っていたグラスを一気に呷ると、ラノクス士爵は居住まいを正してからゼノムの方へ向かったようだ。


 うん。


 そこそこ近いんだし、ゼノムは男爵で西ダートのナンバーツー、そして君たち村長である下級貴族を束ねる俺の従士長だ。

 頼れば必ず応えてくれるさ。




・・・・・・・・・




 ラノクス士爵について興味を覚えたので少し調べさせた。


 ゴンゾイル・ラノクス士爵。


 そもそも彼は俺が西ダートに封ぜられる前に行わせた、クローとマリーによる調査で、領民からのウケがあまり良くないという評価だった。


 俺としては確たる犯罪の証拠でもあれば話はまた別だが、思い込みや評判を元に判断したくはなかったので単なる個人に付帯する情報の一つとして頭の片隅にしまっていた事柄だ。


 だが、まぁ、彼の態度や喋り方を見ていて、そう言われてしまうのも仕方のない所だよな、とは感じてもいた。


 話を戻すが、以下はミヅチを通じて警備や傭兵として雇っているライル王国の闇精人族ダークエルフに指導を行わせ、ベンとエリーに調べさせた内容で、今からひと月後くらいに判った内容だ。


 彼は代々ヘンソン村を治めるラノクス士爵家に長子長男として共通歴七四〇三年に生まれ、現在は四九歳。


 下に弟と妹が居たらしいが、二人共事故か病気かで成人する前に早逝している。

 神社の人別帖に記載されているのは生没年と名前、性別くらいなので死亡した原因はよくわからない。


 村での評判は今とは異なり明るくて気さくな少年だったようだ。


 リーグル伯爵騎士団に入団したのは彼が成人する年である七四一七年。


 この年に母親を亡くしている。


 母親はまだ三〇代で、この時期にヘンソン村では流行り病でもあったようだ。

 同時期に亡くなった人は例年よりも多い。


 特段優秀、という訳でもなかったようだが年齢から考えるとそこそこ優秀な成績で七四二〇年に正騎士に叙され、その年の暮れに騎士団を退団している。


 騎士団での彼も訓練や座学に対して真摯に取り組む真面目な青年、という評価だったようだが、騎士として飛び抜けて優れていた訳ではなかったので大過なく辞めている。

 まぁ、貴族家の継嗣で他に兄弟が誰もいないのなら余程の事情(第一騎士団に推薦出来るくらいの能力があった、などだ)でもない限り引き止められる事はないから普通だ。


 翌年の七四二一年に北隣の領土であるバーク地方(ダズール伯爵領)の何とかという街を治める男爵から次女を嫁に迎えた。


 そして四年後、七四二五年に長子となる長女が生まれたが、早産かなにかで命名される前に死亡してしまったらしい。


 長男であるヴェンデルが生まれたのはそれから二年後の七四二七年だ。

 その後七四二八年、二九年、三〇年と立て続けに男女男と子宝に恵まれたが、残念なことに三男が五歳になった頃に全員が事故か病気かで一気に亡くなってしまった。


 更には、間の悪いことに下の三人の子を亡くしたのとほぼ同時に先代である父親をも相次いで亡くしてしまった。

 同時に父親の士爵位も受け継ぎ、正式なヘンケル村の領主となった。


 そして、この頃から彼の領主としての評判は宜しくなくなっていく。


 一時期は家の奴隷を含め誰に対しても粗暴に振る舞ったという証言もあったようだ。


 親と子をほぼ同時に亡くしたことで精神的なショックもあったのかもしれない。


 それまでの税率は収穫量の五七パーセントであり、王国平均である六〇パーセントよりも三%も低い。

 西ダートでも他の村や街は当時から軒並み六〇パーセントだ。酷いとこなんか七〇パーセントも毟り取っていた村だってある


 税を収める立場の領民からしてみれば、納税額から五パーセントも安くなっているのでとても良い領主だったと思う。

 王国でもトップクラスに暮しやすい村だったのではないかな?


 しかし、子どもたちや先代を亡くした、この時期から数年単位で税率は少しづつ引き上げられ、四年前の時点で六〇パーセントになっている。


 理由は開墾の普請費用と街道整備の普請費用らしい。


 これが彼の評判を下げていた主因だ。


 ダート平原から外れているとは言え、それなりに良さげな地質を持っている場所だ。

 少なくともここ数十年の納税記録からは不作っぽい年は見当たらない。


 平民を含む村の住人も、生活に困り、家族や奴隷を売り払わざるを得なかった、という記録もない(奴隷としての販売は死亡以外が原因で人口が移動(減少)するので人別帖案件になるのだ)。


 なのにちょっと税金を上げただけで不満を覚えるか。


 税を納める下々というのはこんなもんだろう。


 特に問題があるとは思えないな。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] ラノクス士爵、見ようによっては父の代は結構いい領主だったけれど代変わりしてじわじわ自分流の考え方をもって増税していった。と見えるが単に家族が多く亡くなったことだけが問題なのか性格的な変化の理…
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