第四百十四話 集団就職 1
7451年12月22日
バストラルと二人、美味くもなく不味くもない昼食を終えると店に戻って再びガラス作りだ。
鉄鉱石でラジエーターを大量生産する傍ら、気分転換も兼ねて先日作り置いていた各種グラス類やラジエーター類をガラスにしていく。
「……ふぅ」
店のバックヤードで作業をしていたのだが、作業机の上一杯に広げていたカクテルグラスを全てガラス化させ終わった。
「おーい。四発目、終わったぞ」
店内にいるであろう誰かに声をかける。
出来上がったグラスを専用の箱に梱包させるためだ。
「アル様。お疲れ様です」
呼ばれて顔を出してきたのはこれから二年間商会の番頭を任せるジムだ。
彼らデュボア家が王都に到着したのは昨日の夕方で、今は外に停めたままの馬車から二階の住居スペースに家財道具を運び入れている途中である。
「ああ、丁寧に頼むな」
「はい」
商品の梱包方法は今日の午前中にレイノルズたちが教えていたそうで、作業スピードはまだまだ遅いものの、慎重に扱う手付きはかなり慣れてきていることを窺わせる。
俺は首にかけていた手ぬぐいで滲み出ていた汗を拭きながらバックヤードの奥にある盥の前に座り込んだ。
今、盥の中にはドロドロした泥が入ったままだ。
この泥は十分程前にラジエーターを取り出したままの、鉄鉱石の残滓である。
含まれていた鉄分については全部使ったが、その他の金属類もまだそれなりの量が含まれている。
今度はそれを使ってガラス製品の型を作るのだ。
「あ゛~~」
首を左右に振ってコキコキと鳴らし、盥にそうっと手を突っ込む。
そして水魔法を使って少しだけ水を足し、ゆっくりとかき混ぜる。
回転が安定し始めたらかき混ぜるのを止め、片手は盥の底に、片手は盥の内側に当て、動かさない。
これは手の甲を流れる泥に対する感覚に集中するためだ。
底と側面を同時に感じられる方が、なんかいい感じな気がするからそうしているだけで、実はあまり深い意味はない。
そして選別の為に魔術を使う。
……この感じだとやはり鉄分はもう残っていないと思われる。
ならよし。次、銅を分けるとするか。
えーっと、スカんチバナクロマン鉄子に銅会えん、がゲッと汗しゅうくりむ、ルビーのストローをいじるに、おんぶするも、テク、ルーロー、パラ銀カードで、いすずの当てようぜ! セサミのバイクでランハーフがダブルでレース、押入れにピタっと合う過ぎたるな、ビスがポロっとアッとランしてフランスのラジオで空く地……こういうのって一度覚えたら一生忘れないもんだ。ランタノイドもアクチノイドも全部覚えてら。
やっぱ銅じゃなくてゲルマニウムから行くか。
「ふっ……」
わかっちゃいたが、大した量ではねぇな。
この盥で耳かき一杯の何分の一だよ?
まぁいいや。
ゲルマニウムだけ集めて単結晶になるように整形する。
小さな塊が出来たので取り出して保存用の安物ガラス瓶に放り込む。
じゃあ次、亜鉛行ってみっか……うへぁ、これもゴミみたいな量だ。
元が鉄鉱石だけに仕方ない……。
……こうして金属元素の選り分けをしてみるが、やはり銅もクロムもニッケルも大した量は得られなかった。
残っている泥もほぼ全てが珪素、しかも二酸化珪素だろう。
はっきり言って鉄鉱石は鉄分が多いから鉄鉱石なのだ。
それは赤鉄鉱でも褐鉄鉱もそうで、赤鉄鉱など構成成分の九割以上が酸化鉄で占められていることが高品位の証とされる。
残りは殆どがおなじみの二酸化珪素であり、それ以外なんて今回の例のようにほぼゼロなんて珍しくもない。
勿論、選別の魔術にかかれば二酸化珪素を酸素と珪素に分けることも可能だ。
地球で珪素の単結晶を作ろうとすると本来だと結構な電力が必要な、手間がかかる作業だが、魔法が使えるなら楽勝である。
ちなみに二酸化珪素から酸素分子一個だけを取り除いて一酸化珪素にすることすら可能だ。
尤も、こういう事をするなら、どうしても純酸素が発生するから、やるなら風のある屋外がいいね。
まぁ、手慰みの、半分以上趣味でやってみたようなもんだ。
じゃあ、また鉄鉱石からラジエーターを作る作業をしますか。
盥に残った、ある意味純粋な泥(笑)を捨てに裏口の扉を開く。
裏庭とも言えない狭い土地の先には排水用のドブ川が流れているので、その上で盥を洗うのだ。
そんな時。
「……!」
店の方で何やら大きな声がした。
カクテルグラスの梱包をしていたジムが手を止めた。
様子を見に行くつもりなのだろう。
「いいよ。俺が行く」
グラスの梱包は一脚づつ絹布で丁寧に包み、専用の窪みが入った木箱に収めていく結構繊細な作業だ。
止めたくはない。
泥の入った桶を裏口の扉を広げたままにしておくように置き、店に向かう。
「すげーな、この店。明るいぜ?」
「ドアだけでも腰抜かしそうなのに、この棚に並んでるの全部ガラスかよ!?」
「流石、殺戮者のグリード閣下だぜ」
「綺麗だな」
「一体幾らすんだ?」
店内には小汚い格好をした冒険者風の男たちが数名、足を踏み入れていた。
正直な話、店の格が問われるのでこういう手合いには来て欲しくないが、ゴムサンダルだのゴム底ブーツだのを扱っている以上、たまにこういう輩もやってくることもある。
そういった商品は王都だけでなくバルドゥックの商店にも卸しているが、卸し元であるウチの店ならマージンがない分安く買えると思い込んだ馬鹿だ。
こういうのを見るといつも思う。アホかと。
ン百㎞も離れてりゃ別だが、商社が目と鼻の先にある卸先の商売の邪魔をする訳ねぇだろうが。
最低でも同価格、場合によってはウチの店の売値の方を高くすることすらあるのにね。
「あ、あの、グリードは只今取り込み中でして……」
「グリードに御用がおありでしたら私がご伝言を承りますので」
店番をしていたカンナとハンナが少し慌てていた。
軒先で警備についていた日雇い冒険者も剣の柄に手をやりながら用心深そうな目を冒険者たちの背に向けている。
なんだ? 買い物客じゃない?
俺に用がある?
まぁ、暴れる様子もないし、展示されている商品をベタベタと触りまくってもいない。
それどころか、ジムの奥さんのシューファも籠に入った引越荷物を忙しそうに二階に運んでいる。
レイラはアンナと一緒に入荷したコンドームの配達に出かけていて、兄貴はバークッドの従士たちを連れて今朝から王都の観光に出かけている。
ジムとシューファの子供たちも小さな籠を抱えて二階と馬車とを往復しているようだ。
因みにジムの妹のジェイミーも一緒に来ているが、今は連れてきたゴム職人の奴隷一家と一緒に前任者のエンベルトなんかとゴムの作業場の方へ行っているはずだ。
「どうした? お客さんか?」
袖をまくった平服で店に入りながら言う。
「あ、会長」
「かいちょー」
ハンナとカンナが口を揃えた。
近づきながらさっと鑑定をするが、見覚えも聞き覚えもない。
多分バルドゥックの迷宮冒険者なんだろうな、という事しかわからない。
そして、年齢は八人揃って俺よりも若い。
一人だけレベル一〇で残る七人は九。
誰一人として顔も名前も覚えていないし、もしもこいつらがバルドゥックの迷宮冒険者ならはっきり言って有象無象の類だ。
「あ!」
「グリード閣下だ!」
「閣下!」
「閣下!」
俺の顔を見て親しげに声を掛けて来る顔は、なるほど、言われてみればどこかで見たような?
……という気もする。
バルドゥックの冒険者ならそう感じるのも無理はないだろうが、本当に思い出せない。
何より、俺よりも若い冒険者なんかに知り合いはいない。
「私が商会長のグリードですが、何か御用でしょうか?」
タオルで手を拭きながら言うと、手を拭いたタオルをカンナに渡す。
「あ、あの!」
「騎士団の事、聞きました」
「閣下のご許可を得れば」
「騎士団の入団試験を受けられるって」
「それで」
「俺たち」
「閣下の騎士団に入りたくて」
「試験のご許可を!」
矢継ぎ早に言うと全員が同時に頭を下げる。
「……」
いや、何で?
何で知ってるのよ?
あのボートン兄弟とやらが吹聴して回ったのだろうか?
それとも黒女神か?
まぁいいけど。
「試験は来年の四月の頭にべグリッツの騎士団本部で行う予定だ。受験に費用は必要ないが、武装なんかは自前で揃えておいてほしいものだな……」
肩を竦めながら言う。
「うぉっ!」
「やった!」
喜びの声が上がるが、確認しておきたい事もある。
「……ところで、騎士団の入団試験の話、どこで誰から聞いた?」
話の出処がボートン兄弟なのかロズウェラなのか程度は確認しておきたい。
口の軽さは信頼度にも直結……。
「え? 昨日の朝、バルドゥックの飯屋で聞きました」
「モックスって店です」
「聞いたのは他の冒険者からですが……」
「なんかまずかったですか?」
「阿呆。まずいならあんな事言う訳ねぇだろ?」
……よく考えたら口止めとか一切してなかったわ。
ロズウェラの「宜しいのですか?」ってのはこの意味もあったか!
そもそもロズウェラたちは騎士団での採用じゃない。
ってことは……ボートン兄弟か。
奴らに話をしたのは一昨日の夜だった。
僅か一夜にして俺の騎士団が誰でも入団試験を受けられるという噂が広まった?
「で、俺等、早速全員で話し合って」
「閣下の騎士団に入れてもらおうと」
「閣下はまだバルドゥックに居ると思ってる奴らが多くて」
「でも、ウチのリーダーが王都で店をやってる筈だって」
「なら店の方に行けば確実に会える筈って」
「正解だったな!」
「おう、阿呆共はボイル亭の前で大騒ぎしてますよ」
あっちゃ~、ボイル亭には迷惑を掛けちゃってるようだな……。
……今更どうにもならんか。
「そなたら、名は何と言う?」
せめて名前くらいは聞いておいてやるか。
「過激な刃です」
知らねぇよ。
「いや、そっちじゃなくて……」
一応一人ひとりに名を名乗らせて店から追い出した。
勿論、試験の結果によっては騎士団での従士採用は出来ないというのは忘れていない。
が、口止めはしなかった。
来る者は拒まず、と洒落込みたいところではあるが、今更どう口止めしたところでもう遅いしね。
「おい、今後ウチの騎士団志望者が来たらこれを読んでやれ」
そう言ってリーグル伯爵騎士団の受験要綱(のようなもの)を紙に書いてハンナに渡した。
まともな冒険者なら字を読める者が大半なので張り紙でも良かったのかもしれないが、それだと本当に変なのが来ちゃうかもしれないし、ロンベルティアを根城にしている愚連隊なんかもいないわけじゃない。
そんなのと比べればたとえ有象無象だろうが迷宮冒険者の方がまだマシだ。
ま、いいか。
・・・・・・・・・
やはり夕方までに追加で二組の冒険者が騎士団の件で店に来た。
その度に作業を中断されてしまったのは仕方ないとして、これは流石にまずいか?
っつーか、ダート平原みたいな田舎の郷士騎士団なんか、そんなに入りたがるもんかね?
あー、地理とかよく解ってないのかもしれん。
今日の冒険者たちも西ダートまでどのくらいの移動時間が掛かるのかも理解していなかった奴らもいた。
領内の従士の子弟なんかを雇うよりは、おつむの方はともかく腕はまだマシだろうし……マシか?
ある意味魔物退治に特化している人材と言えなくもないが、それも迷宮の中限定だしな……。
いやいや、騎士団員としても警備員としても採用しなかった(できなかった)なら、ダート平原で魔物退治とかしてくれるかもしれないし……。
……などと考えてみたものの、今までもそんな奴らなど碌にいなかった。
駐屯している騎士団の下請けみたいな偵察とか調査要員ならいたけど、ダート平原内で魔物退治をやってる冒険者とか、聞いたこともない。
報酬と危険度が釣り合ってないし。
魔石で稼ぐにしても高価値の魔石を持つ魔物はそれこそ高い戦闘力を保持していないと倒せない。
スタッグ・ライノやマンティコアなんて騎士団の一個小隊(歩兵ならだいたい四〇~五〇人)くらいの戦力はないと高い確率で犠牲が出るし、一個小隊いたって死者が出るときは出る。
それで得られる魔石の価値はオーガ三匹分くらいか?
四〇人なら頭割りしても一人分は僅か六万Zだ。
そして恐らくは一匹倒した時点で怪我人続出である。
割に合わな過ぎんだろ。
それならヒーロスコルなんかみたいにカンビットの方でオーガやワイヴァーンを相手にしてた方がずっとマシだろう。
そもそもスタッグ・ライノやマンティコアみたいな大物の数は多くないし、仮に上手く狩れる実力があったとしても狙って出会うのは難しい。
あー、採用しないとならず者になる将来しか見えない……。
騎士団員として採用できなきゃ警備員として抱えるしかないのか?
鉄道路線が伸びたら天領や他領で首切って放り出すのも手ではあるが……。
まぁいい。
そんときはそんときでなんとかなんだろ。
罪を犯したならふん捕まえて犯罪奴隷に落としてやってもいいんだし。
とは言え、脳筋冒険者だとしても若くて活きのいい人口が増えるのは諸手を挙げての大歓迎だ。
せいぜい真面目に働いて定住し、しっかりとした良い家庭を築いて欲しいものだよ。
■今回のお話で主人公は語呂合わせで周期表全部覚えてるとか自慢気に語っていますが、周期表で言う第七周期は最近になって発見/証明された物も多いのでほとんど知りません。




