第四百八話 恫喝 9
7451年12月19日
驚いたは驚いたが、別に頭を下げて欲しい訳じゃないし、謝って欲しかった訳でもない。
仕事をして、報告を行っているんだから、ありのままにそれを、そこを認めて欲しかっただけだ。
「陛下。頭をお上げください」
出来るだけ畏まった声音、表情になるよう心掛けて言う。
「……」
陛下はさっと頭を上げると少しホッとしたような顔をしていた。
「陛下。そして皆様。勘違いされても問題がございますので申し上げておきますが、私は皆様“個人個人が”先にご報告差し上げました内容についてお信じ頂けていらっしゃないことそれ自体に不満はございません」
では一体何が?
というような顔が並ぶ。
「報告、連絡、相談。軍だけでなくあらゆる組織で必要とされる事だと存じますが、そういった事柄には全て発信者と受信者がおります」
当たり前過ぎてぽかんとする人もいるが無視だ。
「そして発信者には発信者の、受信者には受信者の立場というものがあるのは当然のことです。ならば、発信者は己の立場、受信者も自らの立場で報告や連絡を受けるのは自明でありましょう」
「「……」」
「発信者は受け取る相手の立場を思いやり、簡潔でわかりやすい報告を行うべきですし、受信者も情報を発信した者の立場や状況を鑑みて受け取り、判断をする必要があると……私は思っています」
黙っちゃうほど難しい事を言っているつもりはないんだがな。
まぁ、喋り易いからいいけど。
「臣……私からの報告についてお信じ頂けないという事についても、そういう事もありましょう、としか申し上げられません。ですが、そういった“個人的な”感情についてはあくまで受け取った方個人のものに過ぎない事をお考え下さい。王国の守護、その一方面を預けている者が発した報告であることをお忘れ頂きたくは御座いません」
「「……」」
「今回、私は直属の上司に当たる国王陛下並びに城軍尚書であるベストール閣下のお二方に宛ててご報告をさせて頂いております。内容について、出来るだけ誤解や勘違いされる余地の無いよう、具体的な数字等を交えた上で簡潔なものとなるよう気を使いました……」
いんだよ、別に。
本音では信じて貰えなくたって。
でもそうならそうで、なぜそういう報告内容になっているか考えて欲しいし、それが報告を受ける側の義務ってもんだろ?
「確かにちょっと考え難いような数字になっているかとは存じます。ですが、私としては……南方総軍を預かる身としては、職務に背く訳には参りません。小官がお伝えすべき事実と異なるように勘違いされかねない表現は極力排し、まずは的確に事実のみをご報告せねばならぬと思っておりましたし、王国軍法並びに王国騎士典範にもそういった旨の記載がございます」
人間なんて表裏一体が当たり前。
顔で笑って心で泣いて、なんて普通の事だ。
前世、会社や学校なんかでも嫌な奴や無茶を言う上司なんかに対し、内心では嫌だなぁと思いながらも表面では仲良くしたり敬って阿るなんて誰だって経験があると思う。
ただの処世術に過ぎない。
そう。
処世術だ。
世渡りスキルと言ってもいい。
そして、騎士団のトップだの尚書だのになれるような人で、その程度の世渡りスキルすら持っていない人物など存在する訳がない。
と、思っていたんだが。
少し嫌味な考え方だな。
でも、今回だって心では嘘だろうと思ってくれてたっていいんだ。
それを口や態度に出しさえしなきゃね。
まぁ、あまりにとんでもない報告に心の公私を混同してしまっただけだろう。
「その上で報告内容について疑義がある、という結論であれば致し方ありますまい。それすなわち、小官の報告の仕方に問題があったのだ、というだけの話なので。尤も、その場合、報告一つまともに出来ぬ者というご評価と誹りは免れないでしょうが、これはその時点ではどうしようもない事です」
今回の件だって、本音では信じて貰えていなかった事についてなんかどうでもいい。
それについて特に思うところもない。
勿論腹も立たない。
「しかしながら、事はそれで終わる訳には参りません。疑義があるのであればどの部分にどれだけの疑義があるのかははっきりさせねばなりませんし、疑うだけの根拠を示して貰わねばなりません。どこが、なぜ、どういう理由で信じられないのか仰って頂けなければ今後に向けて改善のしようもないではございませんか」
「「……」」
「ああ勿論、そういった指摘をするのもバカバカしい内容であった、と仰るのであればその旨についても仰って頂けなれば……何しろ、この私めときたら報告として完璧であった、表現や各種数字についても不明部分などない、と内心で自負していたくらいなのですから」
一人ひとりに対し、どこがどう信じられなかったのか訊きたいところだがあまり意味はないと思うので止めておく。
「解りやすく申し上げるならば“本音と建前”です。本音ではどうお思い、どうお考え、どうお感じになられても一向に構わないと存じます。神ならぬ身であれば人の頭の中まで見透す事など叶いませんから……。ですが、一言でも、僅かでもそれを表に出すのであればそれはもう、お一方お一方の頭の中の話では済まない事は当然でしょう……」
「「っ……」」
「……もう少し解りやすく砕いた話をしましょう。ご存じの方もいらっしゃるかと存じますが、私は予てより、ここではない別の世からこの世に生まれ変わった、と申し上げております。これは荒唐無稽であり、メチャクチャな話です。私個人としても私ではない別の者がそう言ったのであれば俄には信じられないと思います」
今までのちょっと神妙な感じを少しだけ崩してニヤリと笑って言う。
「それはともかくとして、そう申し上げる際に私は必ず、
“この主張をお聞きになられて貴兄方がどういうお思いやご感想を抱いても構いません。ですが、私自身がそう思い、信じている事はお忘れなきよう”
と申し上げてございます……ええ、そうです。この話の場合、私からこの話をお聞きになられた方のお立場やお考えなどについて私は一切の考慮を致しておりません。信じて欲しいなどとも主張しておりませんし、とても信じられないと否定しないで欲しいとも申しておりません」
「「……」」
「これは単に、私は肉料理よりも魚料理の方を好んでいる、というような話と同レベルの話に落とし込んでいるからです。真実は私にしか分かりません。否定されようが受け入れられようが、私には何の害もありません。本当に肉よりも魚の方が好きなのだ、という証拠など示しようがないですから」
少しおどけたように肩を竦めつつ言葉を継ぐ。
「同様に、生まれ変わったという証拠などある訳がありません。狂人かと思われることすら厭うておりません。別に狂人だと思われても痛くも痒くもないのですから当然です。とは言え私も人の子ですから、面と向かって信じられない、とかお前は狂っている、などと言われれば面白くはありません。が、そう仰られる方が……いらっしゃったとしてもそのお考えは理解できますから腹を立てる事はありません。でも、そう仰られるのならその方と私、二人きりの場にして欲しいところではありますけれど」
「「……」」
「話を戻しますが、今回の報告はこういった話とは全く異なります。何故なら、事は報告の発信者である私と受信者との二者では済まないからです。外国勢力による侵略についての報告なのですから、お国のどなたがお聞きなられても誤解しようのない表現にするのは当たり前です……」
表情を改める。
「本音では、心の底では私の報告をお疑いになられても問題はありません。そう思ってしまう事については偉大なる陛下を含む世の誰も止められませんし。ですが、お疑いするに足る理由でもないのであれば、建前……表面上でもお信じ頂かないと報告の意味がありません。はっきり申し上げますと……」
ゴクリと唾を呑む音が複数。
「……私や、私の姉程度に魔術に長けた者が相手にいた場合、その報告を信じて貰い、適切な対応を行って頂く必要があるからです。報告が届いた際にはもう既に決着が付いているかも知れませんが、まだギリギリ粘っているかも知れません。残兵を纏めながら敗走しているところに追撃を受けている瞬間かも知れません」
ここまで言って漸く俺が主張したい事を理解してくれたようだ。
「こう申し上げると語弊がありますが、幸運な事に私も姉も類稀なる魔力量を保持しております。私や姉程度の魔力量を持ち、魔術に長けた者などそうそういない事は理解した上で申し上げますが、もう既に二人いるのですから三人目がいてもおかしくはありますまい。しかも……」
大量の魔力量保有者ならもう兄貴やゼット、ベッキーがいるけどな。
あとミヅチみたいなライルの戦士階級とか。
それを除いても転生者であるノブフォムが保有する魔力量は一般的に考えれば文字通り桁違いだ。
彼女がもっと真面目に――もっと良い師匠なんかの下で魔法の修行に明け暮れていて、デーバス軍に参加していたら本当に脅威以外の何物でもない。
勿論そうそうはいないだろうが、俺やノブフォムのように魔力を消費し易い固有技能を持って、日々眠っていられる立場に生まれているような転生者が絶対にいないとは限らないのだ……。
……そんな奴そうはいねぇだろうけど。
強いて挙げるなら、デーバスの王宮魔術師? 魔道士? 魔導師だかなんだかのゲグラン男爵家の娘、レールディア? レーンティア? なんかは怪しいと言えるかもね。
俺の知らない結構高度な攻撃魔術を奴隷に仕込む程の奴だし。
しかも、その奴隷共と来たら隊長らしい年嵩の奴を除けば全員三桁の魔力量を持っていやがった。
年齢から考えて、明らかに一〇歳前から魔力増加の為の魔力切れを経験させている。
まるでライルの戦士育成のようですらある。
とは言え、魔力切れからの魔力増加については、いつ気が付いたかも大きいのでゲグランの娘がどの程度の魔力量を保有しているかは全く分からないが、それでも二桁なんて事はないだろう。
最低三桁、事によったら姉貴以上、四桁にすら達しているかも知れないと思っている。
もしも五桁だったりした日にゃあ……流石に驚くだろうけどな。
一体いつから毎日複数回使い切ってんだよって話だ。
理論的には一日四回とか使い切れるんなら、天文学的な運の悪さでも発揮しない限り五桁には充分に届く。
でも魔力を消費する時間なんかも考慮すると、碌に飯を食う暇もなくなるし、言葉すら満足に学ばず喋れないまま成長する事になる筈だ。
かくいう俺だってレーンティアの立場でもう一回生まれた直後からやり直せるとしても、一日四回、しかも赤ん坊のうちに魔法を学ばず(多分)なんて無理だと思う。
数百程度の魔力量なら使い易い【鑑定】があれば一〇分やそこらで消費できるが、それだってかなり辛かった。
恐らく一週間やそこらなら続けられるだろうが、一ヶ月、二ヶ月、何年、と続くとなるとあまりにも辛すぎて面倒臭くて適当なところで自分に言い訳して止めちゃうと思う。絶対。
心を無にして何も考えずに使いまくり、魔力量を減らす作業。
そして一定(多分自然回復の下限以下となる五)以下になると本能的にこれ以上は危険だと感じてしまう。
それは、言うなれば、この高さから飛び降りるのはまずいとかこれ以上の出血はまずい、と感じるのにも通ずるところがある。
強い意志を持って無理矢理にそれを押し殺し、更に固有技能を使って魔力量をゼロに持っていく。
まぁ何十回何百回と経験すれば慣れもするのでそこまで意思を強く保つ必要もなくなるし、そもそも【鑑定】が使えるから何百何千もの魔力量があろうとも終わりは計算できる分、かなり気は楽だ。
更に俺の場合、幸いな事に早い時期に魔法に触れられたので固有技能の使用のみでの魔力消費はあまり多くはなかったのでまだ何とかなった。
なので、【鑑定】が使えない人がそこまで出来るかと言うと、ちょっと……考え難いな。
ついでに、固有技能の使用回数と魔力量が関係していると知らないのなら言うまでもないだろう。
おっと。
「……我が国以外にそういう者がいたとしても何の不思議もないではありませんか?」
ちょっと脅しが過ぎたかも知れない。
国王を始め、全員がびびっちゃったよ。
「聞くところによれば、近々北方でもグラナンのジュンケル侯国に攻め入る手筈になっていると。そちらの戦線には私の姉が出征している筈です。で、あれば今回の私の報告と似たような報告が齎されてもおかしくはありますまい。確か北方軍の司令は第一騎士団のラードック閣下が務めていると。閣下より、先の私と似たようなご報こ……」
「もうわかった。そのくらいにしてくれ」
理解してくれりゃいいんだ。
けど、何か変な感じだ。
何がという訳ではないが、特にベストール閣下。
「おわかり頂けたのであれば結構です。今後は軍の司令官からの報告についてはまずお信じ頂けないでしょうか。俄には信じられなくとも、表面上だけでもいいのです。報告については事実だと仮定して受け止めて頂ければ幸甚にございます。その上でどうしても疑問があり、それを晴らしたいと仰るのであれば、正式なご報告や審問、査問の場を設けて頂きたいと存じます」
組織がある以上、手順や手続きの問題だ。
それをすっ飛ばし、蔑ろにしてもいい時と場合もある事は承知しているが、例え戦争中だろうとそんな事など滅多にないし、大抵の場合、そういうのは大負けしている最中かそうなりそうな時だけだよ。
■主人公はまだロンベルト王国の北方戦線についてどうなっているか知りません。
予定では来年の春、雪解け以降にこちらから攻め込む事になっているので、現時点では兵力を移動したりしている最中だと思っています。
尤も、北方戦線の状況については作中で来週行われる予定の会議で知らされる事にはなっています。




