第十四話 新たなる出会い2
7442年5月11日
襲撃者は身長180cm前後の大人サイズの人だった。いや、普人族じゃない。鑑定してみると豚人族だ。初めて見た。あれがオークか。ガッシリとした腕と足を持ち、太めの体だが、革製の粗末なものではあるが鎧のようなものを着ている。顔は確かに豚を擬人化したような感じだ。武器は槍と剣のようだ。レベルは4~6くらい。結構強いな。同レベルの普人族より各能力は少し上回っている感じだ。
そのオークが合計で10匹程。流石に女連れ二人だと厳しいだろう。ここは助太刀してやったほうがいいだろう。俺は馬の速度を上げると手綱から片手を離し、魔法を使うべく手のひらをオークに向けた。あ、まずい。ここで魔法を使うのは不自然すぎる。やっぱやめた。銃剣は槍と比べれば短いから騎乗したままだと槍相手には不利だな。降りたほうがいいか。降りれば魔法を使っても問題ないしな。
襲撃者と被襲撃者の間で戦闘が始まった。男女二人組は手持ちの手斧だけで防戦するようだ。襲撃者が傍に寄るまでの間に素早く背からリュックサックを降ろし、油断なく斧を構えている。二人共結構戦い慣れしているようで、油断はしていないが、表情に恐怖感は浮かんでいないようだ。行商人かと思ったが冒険者なのかも知れない。
「ムッルオォォォォォォ!!」
ドワーフが鬨の声を上げながら物凄い速度の踏み込みで先頭のオークの突き出している槍に斧を叩きつけた。女の方はドワーフの左後ろにいたが、ドワーフが相手に踏み込むと同時にドワーフの死角を守るような位置に移動した。連携が取れているし、いい動きだ。
だが、いかにも斧と槍とでは斧が不利にすぎる。俺は30m程の距離で馬から降りるとすかさず魔法を使うべく精神集中を始める。いつかホーンドベアーと戦った時のように5本の氷の槍を作るとすぐに飛ばした。
助走距離をとっていないので加速が不十分ではあるが、革鎧を抜いて傷つけるくらいには充分な威力が出せるだろう。オークの集団目掛けて槍が飛翔する。一辺が50cmくらいの五角形の頂点に槍があるような感じの位置関係だ。当然バラバラに誘導することは出来ないので角度を調整しつつ二匹に当てられればいい。
やはり一撃で殺すには威力が足りないようだが、二匹のオークに傷を負わすことはできた。また瞬時に同じ魔法を使って更に二匹のオークに傷を負わせた。死にはしないが相当な深手だろう。
ドワーフは自分を狙って突いてきた槍を斧で叩き折る戦法のようだ。二人共お互いをカバーしあいながらオークの槍を狙って斧を叩き込んでいる。うん、これなら暫くの間は大丈夫のようだな。リュックサックを背負っていた姿の時にはわからなかったが膝くらいまである長めの茶色い革製の外套の下に革鎧も着ているようだし。
流石に戦力の40%を無力化されたオーク達は勢いがなくなってきたようだ。だが、頭数ではまだ俺を入れても倍だと踏んだのだろう、傷ついた仲間をかばうように陣形を立て直そうとしているのが解った。
ちなみに俺は次の魔法の為に精神集中を始めていた。あと少しで魔法は投射可能になるだろう。右手に銃剣を持ち左手をオークに向けたままだ。左手に青い光が集まっていく。今だ! 俺の左手から直径20cmくらいの炎の塊と化した岩が打ち出される。『ファイアーボール』の魔法だ。いや、魔術だ。猛スピードで火の玉がオークの集団の中心あたりの奴を目掛けて飛翔する。飛ばすと同時に俺は
「『ファイアーボール』!」
と大声で叫んだ。勿論格好をつけて必殺技よろしく叫んだんだ。うそだけど。ドワーフと女に警告を与えるために叫んだんだよ、勘違いしないでくれ。
俺の叫び声を聞いた二人はオークから距離をとるべく後ろに引くが、せいぜい1mくらいしか下がれなかったろうな。着弾した『ファイアーボール』は直撃したオークを破裂した石で引き裂きながら燃え盛る石の塊を周囲に撒き散らした。
今の攻撃を無傷でしのげたオークは一匹もいなかった。即死したのは着弾した奴だけだろうが、あとは全員火傷を負ってぷぎぷぎ言いながら地面を転げまわっている。
ドワーフと女はコートのような外套で燃え盛りながら弾け飛んだ礫から身を守っていたようだ。流石に慣れているだけあるな。だが、ここまでの威力を想像していなかったのか、驚きに包まれた表情で泣きながら転げまわる豚共を見ている。
俺は油断なく銃剣を構えながら馬の手綱を引きつつゆっくりと歩いて行った。5m程の距離まで近づいたところで手綱を離し、銃剣を使って転げまわっているオークと最初に傷を負わせたオークの喉を突いて楽にしてやった。全てのオークが動かなくなったことを確認すると二人に向き直り、口を開いた。
「すまなかったな。『ファイアーボール』は慣れていないんだ。最初から使うには時間がかかるから……。二人共怪我はないか?」
俺がそう言うとドワーフの男が答える。傍で見て初めて意識したがこのドワーフは40歳くらいの中年に見えるな。女の方は若そうだ。どういう組み合わせなんだ?
「助けてくれたのか。ありがとう。俺たちは一匹もオークを倒せていないから、こいつらの魔石は全部あんたのもんだ。遠慮しないでくれ」
そう言ってくれた。殊勝なようだな。俺は女の方に向き直り、それでいいかと確認しようとした。が、女の顔をみて一瞬だが固まってしまった。女は黒い瞳をしており、顔つきは確かにオースの普人族も混じっているようではあるが日本人の顔つきだった。こ、こいつも転生者か!?
一瞬だが顔を見て絶句した俺の顔を見て、女も絶句したのが解った。
「あんたもそれでいいか?」
どうにかそう言ったが、女は絶句したまま震えるように頷き返しただけだった。
それを見て訝しんだのか、ドワーフが声を掛けた。
「ラルファ、礼くらい言え。すまん、普段はもっと喋る奴なんだが……」
ドワーフは最初に女に、次いで俺に声を掛けてきた。
「あ、ああ、いいさ、気にしてないよ。それより、俺はこいつらを殺しただけだ、体を張ってやりあったわけじゃない。あんたの言う通り魔石は貰うことにするが、槍や剣はあんた達のもんだ」
俺がそう言うと、ドワーフも女も目を丸くして驚いたようだが、すぐに言ってきた。
「いいのか? 槍の穂先が二つに剣は鉄のやつが一本あるぞ。どう考えてもこっちの方が金になる」
確かにそう見えるだろうな。だが、剣も槍も錆が浮いているし、売れるようにするにはかなり手間をかけて手入れをしなおす必要がある。そのままでも武具を扱うような特殊な鍛冶屋なら買い取ってくれるだろうが槍の穂先はいいとこ銀貨5枚くらいだろうし、剣も銀貨10枚になれば儲け物くらいだろう。俺の鑑定ではもっと高く価値が表示されているが、これは店頭に並べる時のエンドユーザー向けの価格だ。
対してオークの強さはホブゴブリン並だった。ホブゴブリンの魔石の価値は銀貨4~5枚くらいだったから、オークの魔石もその程度は見込んでもいいだろう。10匹分なら銀貨40枚以上を見込んでも問題あるまいよ。
キールの七九屋での買取なら30枚ってとこだろう。
それに、オーク10匹の経験値は無視できないでかさだしな。もしもホブゴブリンと同じような行動様式なら一気に殲滅するのは難しいし、今回のケースなら俺一人で相手にした場合、一匹殺すか無力化させた時点で撤退されて下手したら経験値は雀の涙の可能性だってあったのだ。
オークはどうやらホブゴブリンほど賢くはなさそうだ。一匹殺せるだけで天稟の才のおかげで数百もの経験値が入るのはかなり美味しい。それが10匹分だ。一人なら飛び上がって歌でも歌いたい気分だよ。
俺は余裕を取り戻し、にこっと笑って答える。
「ああ、いいさ。だが、魔石を採るのくらいは手伝ってくれないか?」
「勿論、お安い御用だ。おい、ラルファ、お前は槍の穂先と剣を集めてくれ」
俺の返事に気をよくしたのか、ドワーフは女に指示をすると自ら手近なオークに近づき、ナイフをオークの胸に突き立てた。俺も同様にオークの胸をナイフで割いてゆく。一時間も経たずにオーク10匹分の魔石は俺の手の中に集まった。鑑定してみるとやはりそれぞれ微妙に価値は異なるが、概ね一つあたりの価値は4500だ。つまり45000Z×10で銀貨45枚分の価値の魔石だった。
女の方も木を削って作っただけの槍には目もくれず金属製の穂先の奴だけ選んで穂先を落とし、剣を一本持っている。金属製の穂先は三つあったようだ。革鎧の方は臭いし、もともと粗末なものなのでうっちゃるようだ。嵩張るし荷物になるだけだしな。
時刻は昼過ぎくらいだ。俺は女の方と話をしてみたかった。汚れた手を水魔法で洗いながら、
「なぁ、あんたたち、飯食うか? 時間も丁度良いし、魔石採るの手伝ってくれたし、干し肉のスープくらいならご馳走出来るぞ」
そう言ってみた。今朝出発した村で聞いたところでは次の村までの距離は約40Km。時刻と俺の馬のスピードから勘案すると残りは15Km強というところだろう。彼らの足は早いがまだ数時間はかかる距離のはずだ。俺がそう声を掛けると二人共少し驚いたように顔を見合わせた。
「ああ、すまん。先を急ぐなら気にしないで行ってくれ」
そう言うと俺はサドルバッグから水筒と干し肉とパンの包を取り出した。もし行ってしまうようなら二人には悪いがこっそり鑑定だけさせて貰ってさっさと飯を食ってから後を追えばいい。
「いや、夕方までにフォシルに着ければいいから、問題はない。折角だからご馳走になるとしよう。だが、パンくらいは出させてくれ」
ドワーフはそう言うと地面に投げ出してあったリュックサックを開き、包を取り出した。多分パンだろう。ここで女の方が初めて口を開いた。
「ねぇもう少し先に行かない? ここだと、オークの血の匂いが酷いから」
確かにそうだ。言われてみればこんなオークの死体が転がっているそばで飯を食うなんて変な話だ。だけど、飯食うのに誘うタイミングってもんがあるじゃんか。決してオークの死体のそばで飯が食いたかった訳じゃないぞ、そこは勘違いしないでくれよな。
「ああ、その通りだ。じゃあ……あそこまで移動しようか」
俺はそう言って包をサドルバッグに戻し、馬の手綱を牽いて移動を始めた。200m位先に石がいくつか並んでいるのが見える。丁度いい椅子替わりになるだろう。
俺が動き始めたので彼らもリュックサックを背負い、一緒に歩き始めた。
「俺は、アレイン・グリード。ジンダル半島のバークッドの出だ。アルと呼んでくれ」
そういえばまだお互いの名前を知らなかった。女はラルファと呼ばれていたが、ドワーフの方は最初に名前を聞いた気もするが忘れた。
「俺はゼノム、ゼノム・ファイアフリードだ。こっちは娘のラルファだ」
は? 娘? だってこの女はどう見てもドワーフじゃないぞ? それにエルフでもなさそうだ。いくら日本人顔と言ってもエルフの血が交じればもう少し、その、美しい筈だ。いや、別にこの女がブスだと言うつもりもない。日本でなら充分に綺麗な部類に入るだろう。ハーフっぽいし。
もし学校や会社に居たらアイドルになれるくらいだ。だけど、オースだと決して美しい方ではない。オースの人たちはもっとバタ臭い顔が好みなのだ。そう言えば普人族って生物学的には地球と同じ人間なのだろうか? ふとそんな考えが浮かんだ。
娘と紹介されて俺が驚いたのがわかったのだろう。ゼノムは続けて言った。
「勿論、本当の娘じゃない。この子が赤ん坊の頃に拾ったんだ」
なんだ、そういうことか。吃驚した。
「ラルファ・ファイアフリード。ラルファでもラルでもいい。好きに呼んで」
つっけんどんに答えられた。恥ずかしがり屋さんめ。違うか。しかし、ラルとか言われると風とか肌触りとか戦争とか思い浮かべるから言わないで欲しかった。意地でも愛称では呼ばん。
石が並んでいるところの丁度いい高さのものに腰掛け、水筒の水をお湯にする。すぐに干し肉を適量ぶち込んでゴム栓をしてそれを、2~3分したら飲みごろだと言ってゼノムに渡し、別の包を開ける。この包にはハムを入れてあるんだ。ナイフでハムを削り、こっちはラルファに渡してやる。ラルファはそれを受け取るとパンに挟んで俺に差し出してくれた。
「ありがとう」
そう言って受け取るが、これじゃ次のハムが切れないじゃんか。とりあえずパンは脇に置いておいてまた何枚かハムを切り、ラルファに渡す。すると、彼女は次のパンに何か塗りつけていた。なんだあれ? バターにしちゃ柔らかそうだ。マヨネーズかな? 俺にくれたパンにも塗ってあるのだろうか? スープを作っていて気がつかなかった。
とにかくハムを渡すと脇に置いておいたパンにかぶりつく。一口齧って口の中で咀嚼してすぐに気がついた。なんだこれ、めっちゃ旨い。ちょっと鼻に抜けるようなツンとした香りとコクのある酸っぱさは……辛子マヨネーズだ!!
『まょ、か、辛子マヨネーズ……』
呆然としてつい日本語が口をついて出た。
『……そうじゃないかと思ったわ。この世界にマヨネーズはあるんだけど、辛子を混ぜたのはないみたいだったから作ったの。バークッド』
は? ばー、くっど? 何故今それを?
「何を言ってる?」
ゼノムが不思議そうに尋ねてきた。当然だ、彼に日本語は解らないだろうし。
「バークッドの方言よ。この前一緒に仕事した彼、なんて言ったっけ……あの人に教えて貰ったの。あの人もバークッド出身だって言ってたから」
そういうことか。この女、頭の回転が早いな。それに、確実に転生者だ。だとすると遠慮は必要ない。鑑定してみるか。
【ラルファ・ファイアフリード/25/12/7429】
【女性/14/2/7428・普人族・ファイアフリード家長女】
【状態:良好】
【年齢:14歳】
【レベル:6】
【HP:83(83) MP:3(3) 】
【筋力:11】
【俊敏:16】
【器用:14】
【耐久:13】
【固有技能:空間把握】
【特殊技能:小魔法】
【経験:42615(43000)】
【空間把握】? なんだそれ?
【固有技能:空間把握;使用者は技能を使用した座標から一定範囲(自分を中心として半径5m。レベルに比例して5mずつ増加する)内に滞在する限り自分の向きと上下感覚を見失わない。この感覚は視覚情報に左右されず、必ず上下左右を見失うことはない。また、方角も完璧に把握できる。なお、技能を使用する際には自分が身につけていると認識している以外の固体に触れていない場合にのみ使用が可能となる。つまり、技能の発動が可能なのは跳躍中、落下中、飛行中、水中などである。効果時間は1レベルあたり10分間である。なお、効果範囲内に留まる限り効果範囲外から内部に侵入してきた非生物をその大きさや形状、進行方向、速度について把握することも可能となる。但し、検知可能な非生物は生物によって装備または装着されているものは含まない。従って、侵入者を感知することはこの技能では不可能である。何らかの装置から発射された物体を感知、または検知することのみを可能とする。当然ながら効果範囲外から侵入してきた何らかの魔法などの魔法的に発生した元素に対しても効果を発揮する。しかしながら、効果範囲内から発射、または投擲された非生物を感知することは不可能である。また効果範囲内に留まり続ける限り使用者の空間把握能力の向上により、宇宙空間、空中、水中など、踏ん張りが利かない状況下での全ての身体能力とそれに関連する戦闘能力がレベルに比例して20%ずつ上昇する】
レベル表記がないってことは使ってないんだな。しかし、自分の天稟の才はレベル表記が現れるまで鑑定のサブウインドウは開かなかったと記憶している。他人の固有技能なら鑑定可能なのかな? それとも見えるものと見えないものと種類が違うのだろうか? 疑問はあるが、考えてもわかろうはずもない。
それより、この空間把握って、考え様によっては……。それに、いたずらにレベルを上げすぎても……いや、最高レベルが9なら最高でも半径50mか。うーん……。
また、固有技能についても使った形跡がない上、魔法の特殊技能もない。MPも年齢の標準値と言える3だしな。レベルも年齢の割にはかなり高い。成人するくらいの従士で5くらいが普通であり、シャーニ義姉さんが16で家に嫁いできた時と同じレベルだ。さっきの戦闘時の戦い慣れした動きといい、この二人はかなり経験を積んだ冒険者なのだろうか? だとすると……。
俺はサンドイッチを齧りながらこの二人から信頼を得るためにはどうしたらいいか、頭を悩ませ始めた。




