第三百九十九話 ルール
7451年12月18日
夕方。
王都ロンベルティア。
貧乏性なのか何なのか、二泊三日でべグリッツから王都に到着してしまった。
尤も、今回初めて王都まで行く騎士が随伴者として同行していたため、という側面が主な理由なんだけど。
騎士デーニックは年長者という事もあって、今回の王都行の警備指揮官に任命されている。
真面目な彼は、俺の戦闘奴隷のマールとリンビー――騎士団では従士として扱われる――はともかくとして部下となっている三人に少しでも長距離移動に慣れさせようとしたためだ。
お陰でもう少しゆっくりと移動しようとの心積もりだったのに、一晩早く着いてしまった。
いやぁ、出発して暫くした後でデーニックに「彼らを鍛えたいので休憩少なめでも宜しいでしょうか?」とか言われたらさぁ、「しんどいからやだ」とは言えないじゃんか。
まぁ、そんなこんなで馬術に長けた騎士デーニックや長距離移動に慣れているマールとリンビーはともかくとして、三人の騎士、ラシュハッド、ガレイン、ダブリンは疲労困憊だ。
「貴様ら、この程度でへばるんじゃない! エムイー徽章は飾りじゃないんだぞ!」
道すがらそう言ってデーニックは三人に発破をかけていた。
言葉の内容が内容なので、俺も何も言えずに重々しい仕草で頷くしかなかったこの辛さよ。
あー、ケツが痛ぇ。
この痛みの大半は筋肉の疲労から来ているものなので、治癒魔術はあまり役に立たないってのがまた厳しい。
それでも治癒魔術を掛けた方が多少マシになることは確かなので全員に治癒魔術を掛けてやる。
時刻はもう一八時を過ぎている。
空はもう真っ暗なので、今日のところは宿に入ることにしよう。
王都とは言え、殆どの人は明かりとなる燃料や魔石を節約するために暗くなったら毛布を被って震えながら身を寄せ合って眠ってしまうものなのだ。
晩飯は……宿の傍の適当な店を探すか。
そう思ってマールに開いてる店を見繕ってこい、と言ったら、
「ご、御主人様、私はラーメンが食べたいです。麺屋に行きませんか?」
「私もラーメンが食べたいです!」
とリンビーと二人、鼻の穴をおっぴろげてお願いされた。
確かに麺屋まではそう遠くない。
それに、もう真っ暗とは言え、時節柄日が短くなっている事も大きいのでこの時刻ならまだ開いている可能性は高い。
さらに言えば、細麺で茹で時間も短いトンコツラーメンは提供の早い食べ物なので多少歩いた上で行列に並んでも、実際に口に入るまでの時間はローキッドなど他のレストランとあまり変わりはないか、少し早いかもしれない。
俺にしても、真冬の寒い中馬を飛ばしてきたので温かいトンコツスープに魅力を感じてしまった。
「ん~、皆疲れてるし酒飲むのもあれか……わかった。ラーメン食いに行くか」
ラーメン屋で働かせている奴隷の大多数は、まだ子供ばかりなので酒類の提供はしていない。
いや、やろうと思えば出来るが、店で提供した酒で客が酔っ払い、揉めたりする可能性を慮っているだけだ。
そんな時のために警備員として冒険者や元冒険者の奴隷を使ったりもしているが、何も好んで揉め事の種を提供する必要もない。
第一、ラーメン屋で酒を飲ませて長っ尻なんて、自分で自分の首を締めるようなもんだし。
確かに少しゆっくりと酒と食事を愉しみたいという気持ちはあるが、俺も含めて皆もかなり疲労しているから今夜はさっさと飯食って寝ちまうのが一番だろう。
治癒魔術を使っても痛みの残る尻や腰(内股が痛む、なんて奴は流石にもういない)をさすりながらラーメン屋に向かう。
「私、本店のラーメン食べてみたかったのよね」
「ああ。私もだよ」
騎士ダブリンと騎士ガレインが楽しそうに話している。
俺の結婚披露宴や裁きの日なんかでラーメン自体はべグリッツでも提供した実績はあるので、騎士団内では一度も食べたことがない者はすでに少数派になっている。
そのせいか、西ダートではそういったある意味でのハレの日にのみ提供される食べ物となってしまった。
だって、べグリッツの飯屋の誰も「ラーメン作って売りたいから教えて欲しい」とか「製麺機売って欲しい」とか言って来ねぇんだもん。
まぁ、仕込みには手間暇が掛かって面倒そうな上に燃料代も嵩みそうだから仕方ないんだけどね。
いや、領主である俺に遠慮しているのかもしれないけどさ。
俺が飯屋でも開いて普段からそこで提供してるならいざ知らず、そんなとこで遠慮されてもな。
尤も、バストラルなんかを呼んだ後で麺類を始めとした食品を扱う事業を立ち上げるつもりだから俺もあまり気にしてはいない。
それでもライバル店は無いよりもあった方がいいんだけどね。
……うん。
まだ戸口から明かりも漏れているし、もう暗いから大して長くはないが、客の行列もあるようだ。
近づいている間にも、数人が店員の誘導で列の最後尾に並んでいる。
今の時点で全部で一〇人くらいの行列だろう。
あのくらいならすぐに座れそうだな……。
店にはカウンターも含めて座席は四〇以上もあるので、いいとこ一〇分も待てば済みそうだ。
流石にこの人数だとスペース的に裏口で食うって訳にも行かないし。
「じゃあひとっ走り、店に言ってきます!」
マールが俺の事を伝えに行くべく走りだそうとする。
俺はそれを止めた。
「いいんだ。黙って並ぶぞ」
俺は素直に列の後ろに並ぼうとした。
別に俺の来訪を知らせること自体悪い事じゃないが、それだと席を空けておけと言うのに等しいからな。
並んでりゃそのうち店員のガキが列の様子を見に来んだろ。
その時にでも順番通りで良いといえば済むさ。
「え? 並ぶんですか?」
そんな俺に対し、騎士デーニックが意外そうに言った。
「ああ」
だが俺はきっぱりと返事をして行列の最後尾に向かう。
こ汚いローブを羽織ったおっさんっぽい平民だか奴隷だかの後ろだ。
格好からしてどうせ風呂なんか入っていないだろうし、あいつの後ろは臭そうなので嫌だけど仕方ない。
本音を言えば、この「麺屋グリード」のオーナー様であり、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの超上級貴族でもある侯爵閣下がわざわざ食いに来てやっているのに、一体なにが悲しくて順番を守って一庶民のように並ばねばならぬのか、と苦い思いを禁じ得ない。
簡単に言うと、お貴族様の時間を何だと思っていやがる、と言う感じかな。
横入りするか、中の客を追い出したい。
普通の飯屋なんかだとそれが当たり前の行為で、当然だ。
飯屋にしてみれば「こんな店にお貴族様が来てくださった」と喜んで、店内で一番良い席に案内するし、先に来ていた客だって仕方ないと肩を竦めるだけだ。
俺自身も、世の中がそうなっている以上、そうしたいし、してみたい。
でも、為政者というものは、時に庶民の間に入り、同じように振る舞う事が好感を得られる場合も多いのだ。
単に俺が小心者なだけかもしれないが、いらぬ場所で尊大に振る舞う必要はないと考えている。
それに、ここは「麺屋グリード」だ。
後から来たくせに貴族ぶって普通の飯屋と同じように横入りなんかしてしまえば、先に並んでいた客たちから直接文句を言われないまでも白い目で見られてしまうことは必定である。
加えて警備に立たせている冒険者らしい大女に注意され、公共の場で俺の氏素性を明かさざるを得なくなる。
何より、城軍尚書であるベストール伯爵自ら「この店では貴族といえども順番を待つのがルール」と言って、無駄なトラブルを避ける発言をしてくれていると聞き及んでいるし。
明文化されているわけでもないが、裏口でこっそりとならともかく、オーナー自ら店のルールを公然と破るわけには行かないだろう。
と、俺たちが並ぼうと近づいたら物陰から冒険者らしい見た目の奴らが二人飛び出てきて臭そうな奴の後ろに付かれてしまった。
街なかで重ね札の鎧と金属環の鎧を身に着けたまんま、腰にも剣を提げたまんまってのは貧乏な冒険者か任務中の騎士団員くらいのものだ。
そして、暗いからあまりよく見えないが、鎧や髪の汚れ具合からしてこいつらは前者だろう。
ちっ。
思わず舌打ちが出そうになるが、仕方ない。
二人くらいどうということはないさ。
俺が何も言わずに素直に並んだからか、戦闘奴隷や騎士たちも何も言わずに大人しく並んでくれた。
当然、戦闘奴隷と騎士たちは俺の警護も兼ねているので、俺の前にはガレインとダブリン、ラシュハッドの三人が団子のように固まっている。
俺の後ろはデーニックとマール、リンビーだ。
「本店のラーメンにはキクラゲが乗っていると……」
「私は今ならカエダマ五つくらい行けそうだ」
「私もだ。ああ、腹減ったな」
とかガレインたちが楽しそうに話している。
「カエダマ五つとか無理だろ。私は二つくらいで充分だ。それよりあのとろけるようなチャーシューという煮豚を多目にしたい。あと味付きの茹で卵も」
彼らの会話が耳に入ったのかデーニックが言った。
「ちっちっち。デーニック様、御主人様と一緒の時は特製ラーメン頼んだ方がいいっすよ」
「ええ。煮玉子やチャーシューが別皿で付くだけじゃなく、全部の具材が大盛りなんです!」
マールとリンビーが俺専用メニューである特製ラーメンについて話しているが、そういうの、誰かに聞かれる場所で言うのはよしてくんねぇかな?
今はトッピングのオプションも始めているらしいけど、特製ラーメンはあくまでも俺専用のメニューなんだしさぁ。
「特製ラーメン……だと?」
「そんなのあったのか」
「知らなかった」
ほれ、冒険者の二人も反応しちゃったじゃんかよ。
近くで見てみれば汚れてはいるものの手入れの行き届いた鎧に身を固めている二人は、何事かヒソヒソと話している。
こちらを窺わないだけ行儀が良いのかも知れない。
と思ったら、二人同時に一瞬だけ振り向いてすぐに前を向いてしまった。
暗いしよく見えなかった事もあるけど、当然ながら見覚えはない。
俺としては苦笑いしか浮かばねぇわ。
と、そこに店からガキが一人出てきて列に並んだ客の数を数え始めた。
あいつは確かミレイユという名の女の子だ。
「すみません、本日はこちらのお客様でスープ切れ……」
俺たちの前で並んでいる冒険者っぽい二人組を最後にスープ切れだと!?
この時間でまさかのスープ切れかよ。
寒いから売れ行きも良いだろうし仕方ないかもしれないが……。
思わずミレイユを凝視してしまう。
勿論睨んだりなんかはしてないぞ。
「ひっ……す、すみませ……」
俺の正体に気づいたのか、ミレイユは少し怯えた顔つきになった。
あ、いや、ガレインたちの方か。
ミレイユの目線からして俺なんか目に入ってないな。
「スープは作れぬのか?」
「私達七人分くらい何とかならないの?」
少しきつい言い方なので顔つきもそれなりだったのだろう。
だが双方とも俺の手下同士、つまらない争いなどしてほしくない。
それ以前にこの店の客にそんな無体を言う騎士を飼ってると思われたくない。
いや、普通の店ならこんなの当たり前なんだけどさ。
大人しく並んでるだけマシだったんだ。
振り返ってマールとリンビーに視線を送る。
俺が振り返るよりも前にマールが飛び出していた。
「おい、賄い用のスープくらいは残ってるよな?」
きつい言い方にならないよう、気を使って声を掛けているのがわかる。
うん。いいぞ。
今のラーメン屋では常に一〇人くらいの奴隷が働いており、奴隷たちは給料がまだ安い年少者たちを中心に賄いとしてラーメンを食っている者も結構いると聞いている。
多少給料が増えた者も金欠の時なんかは外食しないで賄いを食うという。
ソーセージだって工場なんかではそれなりに賄いとして食われているらしいし、普段ソーセージ工場で働いている奴隷なんかも賄いでラーメンを食いに来る者も珍しくない。
俺としてもそれに文句はない。
余程酷いならバストラルやキャシーが注意するだろうし、普段面倒を見ていない俺があまり細かい事を言いたくはない。
そもそも成長期の子供ばっかりなんだし賄い飯くらい好きに食えばいいと思うので別にいいんだ。
だけどさ。
賄い用に取っておいてあるスープなんか、御主人様が所望すればそちらが優先だ。
マールの言葉は当然と言える。
多分、毎食あたり二〇人くらいはラーメン屋で賄い飯を食っている筈なので、俺たち七人分くらいの量は絶対に残っていると見て間違いない。
食いっぱぐれた賄い分の食事代だって特別に支給してやるつもりだし、そういうのをケチるような御主人様ではないつもりだ。
「ちょっと、あんたら! この店で揉め事は困るよ!」
仕事熱心なのか、警備員として雇っているらしい大女が体に似合う大声を出しながら詰め寄ってきた。
こいつも知らない顔だ。
それと殆ど同時にこ汚いローブを羽織ったおっさんが振り向いた気がした。
「おい、騎士さん方。知らないようだから教えてやる。ラーメンのスープはそんな簡単に作れるもんじゃねぇ。スープがなくなったら今日はもう仕舞いなんだよ」
冒険者の一人が凄むように言ったので改めて顔に視線をやるがやはり知らない顔だ。
まぁ、バルドゥックでもないしな。
「それに兄ちゃんよぉ。賄い用だかなんだか知らねぇが、何自分勝手な事を言ってやがる。すっこんでろ!」
もう一人もマールを怒鳴る。
うーん、傍から見てりゃそうなるか。
とは言え、この冒険者共、中々この店のルールを踏まえていると見える。
常連さんなのかも。
でもミレイユがマールに気が付けばそれで終わりだろ。
「お客さん、無茶言わないでおくれ」
マールの事を知らないらしい警備の大女が言う。
彼女はこういった揉め事に慣れているらしく、流れるような動きでミレイユの前に滑り込むように立つ。
冒険者の二人も胡乱げな目つきで俺の前に固まって立つ三人の騎士を睨み付ける。
いつの間にか、こ汚いローブのおっさんよりも前に並んでいた筈の男たちもこちらに出てきていた。
ガレインたちが文句つけてからここまで一〇秒くらいしか経ってはいまい。
それにしても思ったよりもラーメン屋のルールは知られているようだ……な?
おっさんの前にいた男たちの一人だが、なんとなく見覚えがある。
眼帯をして汚れた顔、頬に大きな傷があるからか唇が引き攣れた凶悪そうなご面相だが……。
しかし、警備の大女は当たり前だろうが、冒険者風の二人の男とおっさんの前に並んでいたはずの二人の男たちも動きが素人ではない。
ここは俺が出ていかねば収まらないだろうな。
そう思って声を掛けようとしたら、
「ミレイユ!」
「御主人様がいらしてるのよ!」
マールとリンビーが叫ぶように言った。
うむ。
当然と言えば当然だが、俺の手を煩わすまでもなく事を収めようとするか。
尤も、オーナーが来ていると言うのはいただけないが、最初に無理を言ったのは俺の騎士たちであるから、仕方あるまい。
まぁ、ガレインたちにしてみれば悪気もなく当然の要求をしたつもりでいるだろうし。
こんな事なら予めマールを店に走らせて俺の来訪を告げさせておけば良かったよ。
その時に「普通に並ぶから」と一緒に伝えておけばこんな事にはならなかったと思う。
だが、これくらい別に大した事じゃない。
「ご苦労さん」
俺も肩を竦めながら列を外れて大女に声を掛ける。
「あん?」
警備の大女は偉そうにしゃしゃり出てきた俺に対し、少し用心深そうな顔になった。
しっかりと仕事をする質らしい。
「あ、ミーズさん、いいんです! この方は御主人様です!」
マールらの言葉を聞き、俺の姿を認めたミレイユが取りなそうと慌てて喋り始めた。
「こ、これは失礼を……」
ミーズと呼ばれた大女も姿勢を正して頭を下げる。
「ほれ。賄い食えなくなる奴を集めてこれで何か食いに行け」
銀貨を数枚、ミレイユに握らせながら言う。
はい、これで一件落着。
と思ったんだが……。
揉め事を嫌がったのか、それともこの店のオーナーと言えば有名冒険者出身の大貴族、グリード侯爵閣下である事を思い出し、恐れ多くてそんな大物と一緒に飯なんか食えたもんじゃないと思ったのか、例のこ汚いローブのおっさんが列から離れた。
どこの奴隷だか知らないが、何だか申し訳ないな。
きっと安い給料を貯めて食いに来たんだろうに。
気兼ねなく旨い食事を愉しみたかったところを邪魔してしまったんだろう。
あれ?
おっさんの前後に並んでいた筈の冒険者風の奴ら四人も、何も言わずにおっさんを追うように列から外れた。
ありゃ~五人も客を失っちゃった、って違うわ!
あの動き、四人の冒険者風の奴ら、おっさんを取り囲むように位置を変えている!
それどころか……。
「リ、リチャード殿下?」
おっさんの前に位置していた筈の眼帯冒険者の一人は薄汚れた顔に乱した髪、傷で引き攣れた唇をしていたものの、店から漏れる明かりに照らされた横顔は確かに第一騎士団に所属する第一王子、リチャード殿下その人だった。
変装が上手過ぎる事と冒険者みたいな格好で気が付かなかったよ。
それにしてもあの動きと位置取り、警護かよ……。
って事は、あの臭そうなおっさんは?
こ汚いローブと服や靴に隠れて【鑑定】出来ない以上、確認せねばなるまい。
思わず走り出した。
勿論、警護らしい殿下らを刺激しないよう、「リチャード殿下、私です! グリード侯爵アレインです」と言うのは忘れていない。
殿下は俺を見てニヤリとした笑みを浮かべた。
俺も自然と笑いが浮かぶ。
だって、あの国王、お忍びで俺の店にラーメン食いに来てたって事じゃんか。
そればかりか、店のルールを知らないらしいどこぞの貴族の手下が無体を言い、揉め事っぽい言い争いを起こしかけたのを警護の騎士を使ってまで収めようとした。
にも拘わらず、その貴族ってのが俺だと気付き、逃げ出すあたり……。
いひひひ。
俺の声におっさんも年貢の納め時を悟ったのだろう。
足を止めて振り向いた。
フードの下には嫌そうな顔。
走るのを止め、ゆっくりと歩いて国王陛下の正面に跪く。
「陛下、ご機嫌麗しゅうございます。ご無沙汰しております。グリード侯爵アレインにございます」
その直後、顔を俯かせたまま俺の騎士や戦闘奴隷に「散れ。周辺警護だ!」と命じた。
しかし、挽き肉機を盗ませてるんだし、ラーメンくらい王宮で作らせたっていいんじゃないかとも思った。
だけど挽き肉機と製麺機だと口金の穴の大きさも違うし、内蔵されている回転ナイフも取り外し、そこには専用のスペーサーを噛ませる必要もある。
それにライル王国からの輸入品であるキクラゲや一般的に流通している玉ねぎはともかくとして、煮卵やチャーシュー、味の決め手となるスープにはマリーオリジナルの煎り酒を使っている以上、そう簡単にコピー出来ない。
うふふふ。
折角お忍びでこんな店に食べに来てくれたんだから、食べていってくれよ。
しかも、店のルールを熟知していたらしい事からして、ラーメン食いに来るのは今回が初めてじゃないだろ?
いい機会だし、どうせならせいぜい派手に触れて広告として利用させて貰いたい。
俺の命にばらばらと辺りに駆け出す戦闘奴隷や騎士たちの足音を背に、俯いたまま口を開く。
「国王陛下! 折角お並び頂いたのです! すぐにご用意させますので今暫くお時間を!」
とか言ったら、
「こ……おい、静かにしろ!」
とか小声で言いながら焦ってやんの。
これ絶対、ラーメン食いに来たの俺に知られたくなかったんだよ。
おひゅひゅ。
あ、ヘッグスみたいな笑い声が出そう。
「え? 陛下って、国王陛下?」
「侯爵とか言ってるし」
「グリード侯爵かよ……」
「侯爵が地面に跪くなら……」
おっさんよりも前に並んでいた客たちも、俺の言葉や態度を見て慌てて跪いたようだ。
「しかし、国王陛下も並んでたのか」
「ちょ、俺ら譲った方が良くね?」
「ああ、そうだな」
とか言う話声も聞こえる。
「あー、こうなっては仕方あるまい……グリード侯爵、苦しゅうないゆえ面を上げよ」
「ははっ」
見上げると国王はフードを外し、先程まで浮かべていた嫌そうな表情など微塵も感じさせない威厳のある顔で俺を見下ろしていた。
そして俺に向けて身をかがめると「わかったからもう大声を出すな」と文句を垂れてきた。
「はっ。早速席をご用意させますので……」
と答える。
「いや、待つ」
そう言うとスタスタと元の場所に戻っていった。
恐縮して列から離れようとしていた客たちにも「騒がせたようだな。今夜のそなたらの勘定は全て持つゆえ……もう良いから立て」とかなんとか言っている。
へえ、大国ロンベルト王国の国王とは言え……こんな場所で単なる平民や奴隷を相手にあえて恐縮させるよりも、多少嘘くさくてわざとらしかろうが気さくに振る舞う利点くらいは理解しているのか。
まぁ、こんな状況だし変に畏まらせたり脅しつけるよりもずっと良い。
あの国王もかわいいとこあんな。




