第六話 神
2013年9月16日改稿
そう言えば昨日の夜はヘガードの鑑定をして、結果は予想通り名前と名日しか表示されなかったから急にやる気がなくなり、どうでも良くなって寝たんだった。
今日は司祭が帰る日だ。
ヘガードは司祭をドーリットの街まで再度護衛するのだろう。
家全体が既に出発に向けて忙しく動いている雰囲気がする。
ステータスオープンと鑑定。
どちらもそれなりに有益だ。
ステータスオープンは名前、性別、生年月日(今日の日付が判れば年齢も逆算で計算可能だろう)種族、所属、固有技能が観れる。
しかし、使用には詠唱と対象に触れなければならない制約がある。
鑑定は名前しかわからないが、詠唱の必要が無く、視線が通れば暗い場所でも使用可能なのが魅力だ。うまく利用すれば夜間など光のないところで行動するときにも役立つかも知れない。そして固有技能、らしい。
解らない事は悩んでもしょうがない。
解ることを増やすために情報収集を行い、整理して物事に対する理解を深めることは全ての問題解決の鉄則だと生前の自衛隊で叩き込まれている。
その後の民間人としてのサラリーマン生活においてもこの鉄則は役に立った。
既に俺の考え方の根幹を成していると言っていいだろう。
朝飯までまだ多少時間があるはずなので、ここで早速整理しよう。
ああそうだ。昨晩も似たようなことを考えて、まとめて整理していた途中で思い立ってシャルにステータスオープンをかけてヘガードに鑑定をかけたんだった。その後、とっとと寝ちまったんだった。
じゃあ、これから昨晩の続きだ。
さて、細かいところを忘れちまった俺のステータス確認からだ。
【アレイン・グリード/5/3/7429 】
【男性/14/2/7428】
【普人族・グリード士爵家次男】
【固有技能:鑑定】
【固有技能:天稟の才】
ふむ。
命名の儀式は昨日だから、今日は7429年3月6日ということになるな。
そして俺は去年の2月14日生まれ。
1歳になりたてってことだ。
普人族ってのがこの世界の人間のことらしい。今度機会があったらケリー――狼人族の子供・ゴブリンとの戦闘時に一緒にいた――に試してみよう。
で、次はこのグリード士爵家次男だな。
これはいつ情報として載ったのか。
生まれた時からか、昨日の命名の儀式のときか。
ここで俺は昨晩見たシャルのステータスを思い出す。
【シャーリー・グリード/8/6/7421 シャーリー・チューン/24/11/7401 】
【女性/11/10/7400】
【普人族・グリード士爵家第一夫人】
【特殊技能:水魔法】
【特殊技能:火魔法】
【特殊技能:無魔法】
3行目にグリード士爵家第一夫人とある。
命名の儀式というものがあり、そこで名前をステータスに書き込むらしい。
と、言う事は、このグリード士爵家第一夫人という種族の隣の所属(?)の記載は自動で行われるということではないだろう。
もし自動で書き変わるなら名前だけが自動ではなくわざわざ儀式をする(と言っても命名の呪文を唱えるだけだったが)意味が薄い。
なので、このステータスは自動では書き変わらない、と思った方が良さそうだ。
それから、俺のステータスには暗い赤い字で『固有技能』というのがある。
鑑定と天稟の才の行がそれだ。
シャルの特殊技能の魔法三種は通常の白い字だった。
で、鑑定は使えた。
天稟の才とはなんだろうか?
うーん、わからん。鑑定のように念じてみたがなにも変わったことは無かった。
残念だが取り敢えず天稟の才については今は棚上げだ。
それよりももっと大きな問題がいくつかある。
ひとつ、シャルは魔法が使える(か、使える可能性が高い)
ひとつ、俺には【特殊技能:●●魔法】ってのが無いのに、何故か使えるステータスオープンの呪文は魔法ではない可能性がある。
ひとつ、固有技能の鑑定は発音を伴わなくても使える。
ひとつ、固有技能についての考え方にいくつかバリエーションがあるはず
1.固有技能というのが珍しい場合
A.俺の持っている鑑定と天稟の才はあまり珍しくない
B.もうかなり騒いだ後でみんな知ってる。俺がその騒動を覚えていないだけ
2.固有技能が珍しくない場合(これはあまり問題がない)
但し、この1の場合、司祭に全く関心を示した様子が見られなかったので、固有技能というのは一般的に言ってあまり珍しくはない、ということだろう。
整理が進んだところで、当面行わなくてはならないこともまとめよう。
1.シャルに魔法を習う(これは当然だろう)
2.鑑定の射程(?)を確かめる
当面はこれだ。
1は直ぐには無理だ。今は出発の準備で忙しいだろう。
取り敢えずは2だな。
室内は問題なく全部鑑定対象になるだろうことは確認済みだ。
外に出ないと室内以上の長距離は無理だな。
外で鑑定を使ってみる。
およそ10m程度の範囲で視線が通るものであれば鑑定対象となるようだ。
何も鑑定せずに視線を動かしていたら出発の準備で馬に装具をつけていたヘガードに何をしているのか、勝手に家から出てはいけない。と言われてしまい、せっかく外に出たのに1分程で家の中に戻されてしまった。
最後に馬を鑑定したら、
【馬】
としか出なかった。
馬に名前でもつけているかと思って鑑定してみたのだが、名前はつけていないようだ。そりゃそうか。正式な命名は司祭が魔法っぽいものでやるんだしな。費用もかかるのかも知れない。
家の中に戻り、窓から外を見ようとしたが、身長が足りず窓から覗くことが出来ない。これは分かっていたので家の中の物を使って鑑定の練習でもするか。
この鑑定という固有技能は視線の先の鑑定可能なものが光って見える。対象が光っている時にその対象に意識を集中すると(俺の中ではマウスで対象をクリックするような感覚で行っている)その対象が鑑定され、緑のウインドウが開くのだ。
次は適当なものを鑑定し、どういう時にウインドウが消えるのか確かめよう。
今までは消えろと念じれば消えていた(これはステータスも一緒だが、ステータスの方は対象から手を離しても消えた)。
だが、ウインドウが開いている間に視線をずらしたりした場合、どうなるのか?
寝室の隅に座り込み、ベッドの上の枕を鑑定してみる。
【枕】
視線を動かすと、ウインドウは枕の傍まで移動した。
おお、なんだか面白いな。
更に体の向きまで変えて枕が視界に入らないようにしたら消えた。
枕に視線を戻しても消えたままだ。
うーん、昨日は鑑定ウインドウが開いている時に目を閉じても消えなかった。
ああ、そうか、目を閉じる度に消えたら瞬きも出来ないことになるのか。
次は鑑定対象を選択しないまま放っておいた場合、どうなるかだな。これによって夜の便利さが格段に変わるだろう。
いつまでたっても選択モード(?)のままだ。多分もう30分は経っただろう。
限界まで試してみようか?
その時、シャルが部屋に入ってきた。
いきなり扉が開いて吃驚して集中を乱され選択モードが解除されたっぽい。
すると、なんだか眠くなってきた。
ん?
眠くなってきた?
そう言えば、昨晩もその前も鑑定していたらなんだかやる気を削がれt……。
シャルは俺に朝食を摂らせる為に来たらしい。
眠そうな俺の口にスプーンでオートミールを食べさせようとして、その度に俺は眠いのを我慢して食べた。食事をしたら寝てしまった。
次に起きたのは昼食時だ。
それまで数時間ずっと寝ていたことになる。
ヘガード達は既に出発したらしい。
目覚めは爽快だったが、中途半端にしか朝食を摂っていないのでかなり空腹だった。とにかく食事ができるのはありがたい。ガツガツと飯を食ってちょっと落ち着き、改めて考えてみる。
鑑定を使っていたら眠くなった。抗えないほどではないが、抗うのはかなりきつい。多分一人であの状態になったら抗えず寝てしまうだろうという程度には強い眠さを感じた。
何故眠くなるのだろう。鑑定はあまり使わない方が良いのだろうか。
だとしても能力の特性を掴むことは重要だ。
基本的に明かりのないこの世界で夜間に活動する際には非常に便利なのは間違いがないだろう。
今は赤ん坊の体でそれなりの体力しかないから眠気を我慢するのが困難なだけかもしれない。
昼食の後でまた寝室のベッドに転がされたまま考え事をする。
また鑑定を使ってみようか?
今なら眠くなっても寝てしまえばいい。
使ってみた。棚を鑑定してみる。ウインドウを消す。
30分ほどステータスを出したりして様子を見てみたが眠くなる気配は全くない。
もう一回使ってみた。やはり眠くならない。
ステータスや寝返りを打ってみたり、ベッドの柵に手をかけて立ち上がってみたりしてみたがなんの異常も感じられなかった。
ただの偶然だったのだろうか。
再度使ってみた。眠気は感じない。
やはり偶然眠くなっただけなのか。
よし、それじゃあ選択モードの持続時間のテストでもしてみようか。
また鑑定を使って選択モードのままにしてみた。
あちこちに視線をやってみる。
丁度俺が寝ているベッドの柵に視線が行った。
当然輝度が上がって見える。
ぼうっと選択しないままに見つめていたが、疑問が湧いてきた。
これは一体どういうことか?
このまま鑑定するとベッド(幼児用)と出るのだろうが、何故、柵、とか木材とかいう鑑定にならないのだろうか。
俺の体に視線を移してみる。
鑑定をするときっと俺の名前が表示されるのだろう。
アレイン・グリードの右手、とか肉(普人族)とかにはならないのはなぜか?
俺は右手を持ち上げて顔の前に翳す。
そして気がついた。
指一本だけ光らせることが出来ない。
勿論右手一本だけでもダメだ。
ちょっと実験してみよう。
俺は選択モードのまま毛髪を一本抜くとそれを顔の前に持ってくる。
あ、毛だけを光らせることはできる。
【頭髪】
なるほど、と思ったら急激に眠気が押し寄せて来た。
おいおい、なんでだよ。
・・・・・・・・・
ん?
何処だ、ここ?
真っ白い空間に漂っている感覚。
見回しても何も目に入らない。
そう、俺の体も視界に入らない。
ただ白い空間があり、そこに浮かんでいるだけの感覚。
目に映らないだけで手足はある感じ。
ただ、手を動かして体の別の場所を触ろうとしてもできない。
変な感じだ。
一発で夢とわかるが、それだけだ。
目が覚める訳でもない。
何分経ったろうか?
10分? 20分? 或いは1分?
「お待たせしたようですね」
男とも女とも判断のつかないような声が響く。
「あなたの意識と同調するのにちょっと時間がかかってしまいました」
『誰だ?』
声に出そうとしても声が出ず、意識だけが漏れ出した感じ。
「ええと、私の名は正確には発音できないでしょう。強いてあなたの知っている呼び名で言えば……まぁ、神様、でいいでしょう」
『はい?』
心の声が漏れ出した。俺が言ったわけじゃない。いや、つい口をついて出た感じはしたので、実は俺が言ったのだが。
「おや、私を知らないのですか? 神と呼ばれることが多いのですが?」
『いいえ、存じています。もしかしてあの神様ですか?』
「はぁ、どの神様かは知りませんが、そうですよ。私が神です」
うぉうぇえええ!?
『か、神様!? ははぁーーっ、頭が高くて申し訳「そういうのいいですから」
『うぇあ?「時間無いんです。この空間維持するのも結構大変なんです。なので私が許可するまで対話形式はなしです。思考もなしです。30秒で理由を理解させて、30秒で状況を把握させて、その後質問を受け付けます」
流れ込んできた知識(?)に驚愕する。
現世で俺が死んだ列車の脱線事故は正確には列車と踏切横断中のバスとの衝突事故だった。事故発生の理由は、遮断機の信号のミス。但し、ミスの原因は人では無く、この神と起源を同じくする別の神二柱との間にくだらない争いが起き、その調停にこの神が立って結界を張って争いが他所に波及しないようにしていたのだが、あるときちょっと気を抜いてしまった。その時漏れた争いの余波で電気信号が狂ったためらしい。
掻い摘んで原因を書くとこうなる。本当はもっといろいろな情報が流れ込んできた(くだらないとされる争いの理由や争いの余波がどのようなメカニズムで遮断機に狂った信号を流して誤作動させたのか、など)が、簡単にまとめた。
従って、本来ならあの事故は発生しなかった。
あの事故で俺を含め39人が死んだそうだ。
事故後に放映されたニュース映像も一部見せて貰った。
それでも普通は「ああ、何十人も死んじゃったね。残念」で済んでしまうらしいのだが、今回わざわざ事故の犠牲者達を転生させた理由は、お詫びや賠償というよりは、もっと簡単なものだった。
どちらかというと、小学校のクラス全員で育てていた大きなアリの巣のアリ数匹を、クラスの有力者の2人が個人的な諍いの末、故意ではなく踏み潰してしまった。お互いにアリを踏み潰して殺してしまったのは相手のせいだと言い始め、諍いの収拾がつかなくなりそうだったので、唯一クラスでその二人に真っ向から意見できる級長が「もう争いは止めたまえ。もう一個作っている別の水槽に踏み潰されたアリを移せば生き返らせる事ができるし」と言ったので鉾を収めるために仕方なく従ったというところのようだ。
そこにアリに対する愛や責任というのは無い。諍っていた二人は相手を貶めるために「死んだアリが可哀想だ、こんな可哀想なことするお前はひどい」と言うが、別に本心から言っていたわけでは無かった。建前で言っていただけだ。クラスの皆はそんなことは解っていたが、面倒くさいのでいちいち「嘘つくな」とか指摘したりはしない。
しかし、建前でも「可哀想」という言葉が出てしまったので、アリに対する賠償せざるを得なくなり、転生させた、というところらしい。
また、賠償という語が出てしまったため、転生させる犠牲者は調停役の神を含めた三柱がその後の人生に有利となるハンデとして
・全員同じ日に転生(亡くなった時の年齢は関係なし)
・記憶及び意識の連続性を保つ
・固有技能をひとつランダムに授ける
・何かがレベルアップした時に神が説明(この空間)を行う
・レベルアップ時のボーナスがこの世界の一般的な生物よりも多い
・生まれる場所や家柄、立場などはランダムに決まる
という条件を与えたのだそうだ。
これで理由と状況の理解タイムは終了らしい。
やっと質問タイムだ。