第三百九十三話 仔犬の運命 4
7451年11月27日
心の底から不本意だが仕方あるまい。
知恵比べをしている訳でもないんだしな。
まして、教官の言葉の揚げ足を取るような形だ。
このまま訓練を進める訳にはいかない。
「おい全員、止まれ!」
足を早めて追いつき、全員の行動をストップさせたのは当然の事だった。
魔法的な明かりと共に足早に追いついてきた訳だし、何人かは俺だと気は付いていたようだ。
まずバリュート、カムリ、バルソン。
少しだけぽかんとした後で疲労でうつろな目をまぶしそうに瞬かせて敬礼した。
次にクローとマリー。
バリュートらと同様、しんどそうに敬礼を送ってきている。
しかし、その不景気な面の下には、してやったり、とでも言うような表情が潜んでいる。
そしてミヅチ。
引きつったような顔をし、次いでショルダーバッグに入っているシロを俺から守るように抱いた。
てめぇだけ何勝手な動きしてんだよ。敬礼しろよ。バカ。
バカを蹴倒し、立ち上がって敬礼し直したところで全員をゆっくりと睥睨した。
「さてお前ら、一分やる。なぜ止められたかそれぞれ考えろ」
その間に生命感知の魔術を使う。
探知範囲である二〇〇mギリギリのところに数個の反応が固まっているが、相当に離れているし問題はなかろう。
なお、教官としてこいつらを引率していた騎士ラシュハッドと騎士ガレインも、まるで数ヶ月前の訓練学生に戻ったかのように緊張した面持ちで俺を注視していた。
まぁ、問題が無ければ俺が訓練を止める訳はないんだからそうだろう。
教官をしていながら“問題が発生していた事に気が付いていなかった”と同義なんだし。
だが教官連中はいいや。
普通のエムイー資格保持者はこいつら幹部と違って、せいぜい一桁人数程度の小部隊を指揮するかどうかという程度なんだし。
とは言えトリスとロリック、ジンジャーなんかには一言くらい小言を言ってやらねば気が済まない。
正規の貴族でもあるのだから。
が、ここに居ないんだしどうしようもない。
努めて無表情を保っているので俺の顔からは何の情報も得られないとは思う。
でも、少なくともミヅチは俺の言いたいことについて勘づいているような顔だ。
バツが悪そうでいながらも少し反抗的な目。
ミヅチだけじゃない。
少し休んでいるからか、頭も回り始めたようだ。
それに伴ってバリュートを始め、全員がその目に反抗的な光を宿し始めた。
まぁ、ミヅチに限らず全員が仔犬についてはものすごく可愛がっていたしな。
俺が教官連中に「仔犬を殺して食わせろ」と命じた筈だと思い出したと見える。
当然だ。
彼らにとって非常に辛い事を命じたのだから。
当然のことだが、この程度、いや、これ以上に過激な反応や拒絶も予想していた。
だからこそ間に合うように帰りたいと焦ってもいたのだし。
……。
さて、そろそろか。
「一分経った。私が訓練を止めた理由を理解したか? ん? エムイー・グリード、どうだ?」
まずはミヅチに聞いてやる。
一番反抗的な目をし、納得がいっていないという顔つきを最初にしたからだ。
「……」
顔を歪め、答えない。
「黙ってちゃわからんぞ。なんとか言え」
「……エムイー。答えられません」
「答えられない、か。デュロウのお頭には考える時間が足りなかったか? 次、エムイー・バラディーク。貴様はどうだ?」
クローはクローでしてやったり、という顔をしやがったしな。
「エムイー……わかりません。この訓練……タローを殺して食えとか本当に意味不明です」
かろうじて目を合わせてはいるが、言いたくもなかった事を無理に言わされたとばかりに暗い顔で言う。
俺はと言えば、意味不明と言われた事が意味不明だよ。
この回答は落第点だ。
これなら回答を拒否(多分拒否したんだろう)したミヅチの方がまだマシな気さえする。
が、「わからない」という答えだって答えでもある以上、完全な否定までは出来ない。
この瞬間だけは流してやろう。
「ほう、わからないと言う割には貴様らに預けた犬についての言及があるな。本当はわかってるんじゃないのか? まぁいい。次、エムイー・マリッサ。貴様は理解したか?」
クローに尋ねたのでマリーにも訊いてみる。
「エムイー、やはり犬なんですね。エムイー訓練の目的について最初にご説明があった通り、精神修養目的かと。それが達成出来なかった、出来ていなかったからだと考えます」
なんか素直そうな感じの言葉だが、各所に棘がある喋り方だ。
別にいいけど。
でもこれだけだと全然足りない。
甘くして五〇点だな。
「ほう。精神修養か。確かにな。次、エムイー・バルソン。答えろ」
「エムイー。以前座学で習いました件と結びつくと思います。部隊指揮官たる自分を含めた大を生かすために小を切り捨てる心構えをする訓練であったと……エムイー・マリッサの言葉通り精神修養について履修出来ていないまま進んでしまった為であると思います」
マリーより少し多く語ったが、結局言っている事はあんまり変わらない。
でも、ちょっとマシな事を付け加えているので六〇点かな。
「ふん。次、エムイー・カムリ。貴様は?」
「エムイー。なぜこのような事を? 訓練の目的をお教えください!」
「は? 質問に質問で返すな」
カムリ准爵の足を思い切り払ってやる。
「ぶっ!?」
「ぎゃん!」
さっきのミヅチほどには余裕がなかったのか、仔犬を庇い切れなかったようだ。
そもそも犬が体の下敷きなるような足払いはしなかったので気にしない。
「立て」
カムリ准爵は更に反抗的な目をして立ち上がった。
「いいか? ゴブリン並みの脳みそしか持っていない貴様にも理解出来るよう、もう一度言ってやる。それぞれの訓練一つ一つの意味については各々が自分の頭で考え、自分なりにでも理解する必要がある。それを放棄するな」
因みに、答えは晴れて幹部エムイー資格を取得出来たのならその後に聞きたければ教えてやるとも言ったがな。
「え、エムイー」
「答えろ」
「わかりません! 意味もなく我々を苦しめ、傷付ける事が目的かとさえ思ったくらいです!
それ以外に何か意味はあるものと推測しますが、現時点では理解できません!」
Oh……。
自分なりに考えた末、わからない。
わからない事は情けないが、全く無意味ではなかろうと考えるくらいはしている。
そして「現時点では」と言っている以上、考えるという行為それ自体を放棄はしてない、という宣言。
これこそ完全無欠な〇点回答だ。
いや、意味もなく訓練学生を苦しめ、傷付ける事もエムイー訓練に含まれた小さな目的の一つではある以上、一点とか二点くらいはやってもいい。
「次、エムイー・バリュート。貴様はどうだ?」
「エムイー。意図した通りの訓練が行われずにスキップされて継続してしまったことが一つ……」
ほう?
マリーやバルソン准爵と似たような意味合いにも聞こえるが表現が一般化され、今俺がした質問に対して完全に則した答えになっている。
「……そしてそれは、指揮官には重要な考え、資格、行動を養う為のものだからだ、と思います」
バリュートは正規の貴族だし、流石に長い間騎士団の副騎士団長をやっていただけはある。
昼から今まで、しっかりと考え続けていたのだろう。
いい回答だ。
「最後にもう一度。エムイー・グリード。答えは?」
「……エムイー・バリュートの言う通りです。でも、私はシロを……」
その先は言い淀んだ。
うん。そうか。
「ふん。わかってる奴もそうでない奴も、今までご苦労だったな。これで今期の幹部エムイー訓練は終了だ。一人の合格者も無しとは誠に無念だがな」
俺の言葉にあっけにとられたのか、教官の騎士ラシュハッドと騎士ガレインも含めた全員が発言の意味を掴み兼ねた直後に理解して少しばかり慌てたような顔になった。
「何を驚いている? 指揮官に求められるものは“素早い決断”、求められる仕事と役割は“「与えられた任務の遂行」及び「命令の形式ではなく、意図への服従」を自らと部下へ強制すること”だと教えている筈だ」
そこまで言った時にクローやマリーが口を開きかける。
「何だ? 貴様ら。言いたい事があるなら許可する」
「エムイー。私は……私はてっきり今からでも犬を殺せと……」
「貴様、どうやら脳味噌をお袋の腹に置き忘れてきたようだな? たった今私が言った事も覚えていないとは感心するぞ。素早い決断が大切なんだ」
今更殺したところで遅いんだよ。
当に遅きに失するとはこの事だと言える。
そういう意味では訓練の意図に対して正しい服従ではなかったが、ミヅチの判断の早さは特筆モノだろう。
これも昔聞いた話だが、その瞬間になっても中々踏ん切りがつけられず、無駄に時間を食ってしまう者がほぼ全員らしい。
だから二時間も割いていたのだけど。
動物を殺して食うとか、貴族以外なら大抵の者に経験のある世界だ。
大して大きくもない仔犬なんざ、雑でいいなら捌くのに一〇分、煮込んで二〇分で済むのだから。
「で、エムイー、でも、もう中断なんて……」
「今更犬を殺す事に何の意味がある? あの時、あの瞬間に殺す事が出来なければ意味はない。ああ、その犬な。せっかく生き残ってるんだし、せいぜい大事にしてやるんだな」
上位者からの命令に背いた事で大切な何かを失った、という訳だ。
替わりに得たものは、可愛らしい仔犬の生命。
どちらが大切で、得難いかは個人個人で判断の分かれるところだろう。
別にどちらが良いか悪いかというものでもない。
だが、後者を選択する者は軍隊の指揮官たり得ない。
従って不合格は当然だ。
何せ幹部エムイー訓練の意図は前線指揮を行える者、しかも強力な新兵器である小銃を装備する部隊を預ける事になる者の教育の一環だからだ。
更に、実はこっちの方が主体だが、将来的には今みたいに規模の小さいリーグル伯爵騎士団ではなく、もっと大きな部隊の指揮を執らせたいと考えているし、そう表明もしている。
犬どころか、もっと大切に育てた兵士を死地に向かわせる可能性もある。
考え方によっては、切り捨てられて死地に向かって死んだ者はそれっきりなのでまぁいいとして、生き残った部下の中に批判者や造反者が出る事の方が問題だ、と主張する者もいるかもしれない。
例えば、ある局面で囮を命じて死んだ部隊の中に身内が居た、などという者だ。
よくも俺の弟を、とか、あの部隊には息子がいたんだ、とかだ。
そんなん、恨まれるに決まってるし、恨まない奴の方がどうかしてるってもんだ。
非常時に命を助けるために手足を切り落とした医者が、命を救われた患者に恨まれるなんて話だってゴロゴロしてる。
表面上は納得したように見えて心の底では恨む、なんて掃いて捨てるほどある。
人間は理屈ではなく感情に支配された生き物なんだし。
でもそれくらい抑えられない者に大きな組織は任せられないし、抑える理屈を考えつけない者など人の上に立つ資格はない。
自分と目に見える範囲の幸福を切に願う。
ついでに目に見えない人々も幸福になればもっと良い。
誰だってその程度の事、考えもするだろう。
それだって一つの生き方だし、別に何一つ悪いわけでもない。
でもそれで終わる人なら軍隊ではなく民間にいる方が幸せだ。
商いをするなり、作物を育てるなどしている方が余程所属する社会に貢献出来るだろうし、そういう仕事は軍隊よりも重要だとも言える。
それでも軍隊への所属を希望するなら一兵卒で、全滅しようが大勢に影響の少ない数人の班長がせいぜいで、いいところだ。
多くの兵士を指揮し、導く以上、その際に躊躇ったりして無為に時間を使う者など害悪以外の何物でもない。
「……私も、数日前までミューゼに居た」
ガラリと口調を変え全く関係が無いみたいな話を始めた。
「実は少し前にミューゼに六〇〇〇を超えるデーバス軍が攻めて来ていてな。その迎撃を行っていたんだ」
これには全員が驚いたようだ。
まぁ、万が一の指示だけを書き置きしただけで、知らせていなかったしな。
「知っての通り、今年の春にミューゼは城塞化してある。村の周囲は高さ一〇m、総延長五㎞を超える城壁で覆い、その北と西の二箇所に城門がある。他にも出入り口に出来る場所は無いでもないが、普通は城門以外からの出入りはまず無理だと思って良い」
ミューゼ城の情報については建築後に通達済みなのでスペックへの驚きはない。
流石に忘れてた者はいなかったようでホッとした。
いや、クローあたり、忘れてるかもしれないと思っただけだよ。
「こちらの戦力はミューゼに駐屯していた王国第二騎士団の一個中隊三〇〇に加え、エーラース伯爵騎士団から一〇〇くらいだったか」
その差、実に一五倍という戦力差にバリュートを始め、多くの者が息を呑む。
「まぁ、結果はきちんと撃退した。得た捕虜は二一〇〇名以上、戦闘で斃した敵兵は二〇〇〇程度だ」
普通なら絶対に勝てない兵力差をひっくり返しての大戦果。
だがここにいる全員、俺の魔術に思い当たったらしく歓声が湧きはしなかった。
ちっ。
いいけどさ。
「こちらの戦死者数は四名だ」
本当ならもっと多い、と言うか、ミューゼに城を築いておらず俺が居なかったら全滅は必至だったろう。
いや、そうなら攻めて来るにしても流石にあの人数ではなかったとは思うけど、確実に勝てる戦力は持ち込まれていた筈で、戦死者数と生存者数がひっくり返っていてもおかしくはない。
「その四名のうち二名は第二騎士団所属で、二名はエーラース伯爵騎士団所属の兵士だ。両部隊とも防御戦において私の指揮下で戦った。細かな配置は各部隊の指揮官が定めたが、大まかには私が命令した」
俺の立場はロンベルト王国南方総軍司令官である以上、当然だ。
「私も結構動き回り、負傷者はできる限り助けるべく行動したものの、即死は助けられなかったし、傷を受けた際には息があっても治癒が間に合わず死んでしまった者も居た、という訳だな」
勿論、戦死者には他の者たちと比べて特別に危険な任務を与えた訳では無い。
持ち場によって敵の部隊の内容も人員構成も完全に同じ訳では無いから、字面通りに均一化された危険度だったとは言えないが、同じと言っても差し支えはないと思う。
「彼らは、何故死んだ? そう、私が命じたからだ。その身を危険に晒してでも持ち場を守れとな。今回は敵の間者が城内に侵入した形跡が発見され、敵の侵攻が予想されたので私の援護が間に合ったため、軍の損害を厭うならば敵が近づいてくる前に揃って逃げ出すという方法もあった」
だが、そうするにはよほどの事情が必要になる。
例えば、ミューゼなどよりももっと重要な拠点が攻撃を受け、援護に向かわなければ陥落してしまうかもしれない、などだ。
「しかし、そのような選択は出来ない。ミューゼに暮らす領民の避難は間に合わないだろうし、そうなると全員デーバスの奴隷になり、ミューゼの所属が変わるだけだからな」
ついでに、農奴などの奴隷はともかく、領主や平民まで捕まってしまったら良くて身代金、悪いと奴隷落ち、最悪は見せしめの為の処刑だろう。
「王国を守護し奉り、事に応じて領土拡張の尖兵となる騎士団に於いては、守る対象である領民を見捨てるなど許されざる行いだ」
貴族は戦うのが仕事。
平民や農奴は耕すのが仕事。
聖職者は祈るのが仕事。
とはよく言ったものだ。
領地やそこに住まう者たちを守るために貴族は軍事力を高め、兵士はともかく騎士は高い禄を食んでいるのだ。
野戦なら別だが、守るものがある拠点防衛で敵前逃亡など絶対に有り得ない。
これはそういう、危険な戦場から逃げ出すような騎士や兵士がいない、というのとは意味が異なる。
個々人の資質の話ではない。
「その精神は絶対に違えられん。もしも違えるなら税を取る貴族は廃業すべきだし、その暴力装置である軍など存在意義はなくなる。そのため、と言うか、彼ら四人は王国の、私の矜恃の為に戦死したと言っても過言ではあるまい。彼らはその家庭において良き父であり、良き母であり、良き息子、娘であったことだろう。彼らの遺族に私は仇のように恨まれてもおかしくはないと思っている。何しろ、私の指揮のもとで死んだのだから」
遺族に彼らはお前のせいで死んだのだ、と詰め寄られたら、その時に暇があれば詫びとお悔やみくらいは言うだろう。
「それと、存在意義についてだが、これは勿論、拠点を放棄して逃走……ああ、転進じゃない。逃走してはいけない、という訳でもない。例えば、今回攻めてきた戦力が一〇〇万とかであれば、私はどうにかして領民を守りながらラムヨークあたりを目指して逃走……わかったよ、後退したと思う」
一〇〇万が一〇万でも逃げようとしたろうな。
そこまでの戦力差なら、どう考えてもあれだけの人数で守り切れるとはとても思えないし。
まぁ、それだけの人数なら集めている段階で筒抜けだろうから、攻められる前にこっちから出向いて削るけど。
勿論それだけの数を相手に魔法なんて使ってられないので別のやり方を考える。
誠に面倒だが可能な限りの銃弾を製造した上で、機関銃を作るだろう。
第一次ンデベレ戦争で行われたシャンガニの戦闘の再来だ。
一九世紀アフリカ大陸のズールー人と違い、今のデーバス王国には火縄銃すら無いだろうし、敵に与える心理効果はもっと大きくなっても不思議ではない。
まして、デーバスにはそれなりの地位にある転生者も確認されたんだし、たったの一斉射もしてやれば対抗不可能と見られる可能性は高い。
どうせ作るなら銃身はオリハルコンとかミスリルで作り、銃身交換など不要な逸品にするだろう。
銃身はともかく、碌にテストなど出来ていない機関部などすぐに壊れるか故障するだろうが、それまでの間撃つだけで敵はビビる。
最悪、数を揃えたライフルによるセミオートでの連射でだっていいんだし。
そんな機関銃だが、何故作ろうとしていないかと問われれば、フルオートで弾丸をばらまくには多くの銃弾が必要になる。それだけ多くの銃弾を作るのはしんどすぎるからだ。
薬莢、弾頭、雷管、そして火薬を封入しての組み立て。
一〇万発作ったところで、一分間あたり五〇〇発という遅さの連射能力でも十丁もあれば僅か二〇分(弾倉もしくは弾帯の交換が入るだろうからもっと長いだろうけど)で撃ち尽くしてしまうし、虚しいことこの上ない。
でも、どうしても必要ならやるだろうけど。
例えば、デーバスでもどこでもいいけど、どこかの勢力に機関銃の存在が確認されたとかいう情報でもあれば否も応もなくやらざるを得ないだろう。
それまでに魔術抜きで弾丸を量産できる体制を整えておかねばならないが……。
「その過程で敵の攻撃を逸らすためなどで、配下の兵士たちや下級指揮官には囮などの危険な任務を命じた可能性は高いだろうな」
流石にこのあたりで全員が俺の意図を汲んでくれたようだ。
と、思いたい。
そんな時、こいつはお気に入りだからとか、あいつはどうだとか迷っている暇など無いのだ。
心構えは大事だ。
過去に似たような決断をした、という経験だって悩む時間を減らす一助にはなるだろう。
犬を殺す事が本当にそういう経験に繋がるという確実な何かでもあるのか、と聞かれたら「そういうものだ、と教わったから」としか答えられない。
でも「自分を生かすために、結構大切な何かを犠牲にする」という理屈自体は納得がいく。
それに対し、自分で手を下すのは大きなストレスだろうが、それこそが大切なのだから。
なお、「食う」方は自衛隊なら生存自活において通常は食用としない動物を解体して食べる、という行為に意味はあるが、この世界ではあんまり意味はないだろう。
実際、全員食ってるし。
まぁ、飢餓状態での栄養補給の大切さや体調が悪い時での消化までの時間の理解、このくらいの飢餓状態でこのくらい食べたらどの程度行動可能になるのかを知る、という意味はある。
それも結構大切なことか。
「とにかく、ガッツがあるなら次の機会にもう一度挑戦することだ」
こんなのはもう懲り懲りだと挑戦しなきゃしないで別にいい。
騎士団から目に見えるようなペナルティを科す事もしない。
でも周りからどう見られるかくらいはよくよく考えてほしいところだ。
一般のエムイー訓練とは違って、それなりに年齢を経ているであろう幹部エムイー訓練は実技の想定訓練は少し緩くなっている。
体を動かす事自体は余り変わらないが、移動経路に少し楽な道を選べるように配慮されていたりするし。
「訓練は終わりだ。寝ても良いぞ」
出来るだけ優しく言おうとしたものの、僅かに平坦な声音になってしまったのが悔やまれる。




