第三百八十二話 迎撃防衛戦 10
7451年11月25日
「北門よりのご報告を申し上げます! 北門では城門に破城鎚が取り付きを成功させ、現在城門を破壊中です!」
その報告にデーバス王国白凰騎士団団長、シキラック・ストールズ伯爵と副騎士団長は顔を綻ばせる。
彼らが指揮する攻撃本隊による城壁への攻撃は、現時点はパッとしない成果しか挙げられていないが、ミューゼ要塞のロンベルト軍に北門など他の防衛に手を回させずに釘付けに出来ている事でもあるからだ。
そしてそれは当初の作戦が上手く回っている事をも意味している。
「ですが……」
伝令からは逆接の接続詞が吐き出された。
伯爵や副騎士団長の顔色が曇る。
「ハシゴは全滅です。被害も大きく、戦死者は二〇〇を超え、三〇〇に迫る勢いで……北門で指揮をお執りになっているザウエル閣下は、増援をご要請でいらっしゃいます。最低二〇〇を北門に欲しいと……」
伝令から報告を受けた二人は苦虫を噛み潰したような顔になる。
北門が上手くやっているなら、城壁への直接攻撃が足止めされたりして遅れている本隊から増援を出すこと自体は吝かではない。
しかし、本隊の被害も甚大だった。
まして本隊の左翼は戦闘力を喪失している状況でもある。
戦力の割合で言ったら本隊の戦力のうち二割くらいもぎ取られたも同然なのだ。
のたうち回っている左翼部隊の救援に人手も割かれるだろうし、今この瞬間に本隊から人手を割く訳には行かなかった。
「敵は門を開けて打って出た訳ではないのだな?」
「は。その様子は御座いませんでした! コランゾ閣下は、結果的に失敗こそしてしまいましたがハシゴでの攻略を行ったことで敵方にもかなりの損害を与えたとご判断され、増援が叶えば北門を破って内部に兵を送り込む自信があると……」
伝令の言葉を聞き、伯爵と副騎士団長は素早く目配せをする。
炎上させられてしまった左翼の攻城塔はともかく、中央と右翼の攻城塔はハードウェア的にはまだ何の被害も被ってはいない。
目下のところ、障害物の除去も行われているし、それが叶えば再び攻城兵器としての運用も出来る。
その際には当然突撃要員も要るし、それを援護する弓兵は不可欠だ。
また、スロープの方も先程受けた献策により、貴重な魔術師を投入した分、成果も見られるようでもある。
今は本隊も全力を振り絞らねばならない時だ。
それは勿論、北門や西門の支隊も当然である。
「破城槌を門に取り付かせられたのは本当なのだな?」
「はっ! それは確かであります。私も目にしました!」
「そうか。それはよくやった。しかし、今本隊から北門へ増援を送るのは難しい。コランゾに伝えよ。破城槌を守って門の破壊に専念せよ、とな。それなら三〇〇を失ったとて増援は要るまい」
「……は。わかりました」
唇を引き結んだ伝令はさっと馬に乗ると北門の方へと駆けていった。
・・・・・・・・・
デーバス軍の右翼部隊に所属している騎士、ケルダー・ザムワルは彼が上申した策について即座に受け入れ、実行を約束してくれた事に満足しながら彼が指揮する歩兵部隊に戻った。
「隊長、如何でしたか?」
副官が首尾を尋ねてくる。
「ああ、ストールズ団長は私の策を容れて下さったよ……まぁ見てろ」
騎士ザムワルが答えて暫くすると、彼らの前方でスロープに突撃しては撃退されている突撃部隊に少し動きがあった。
突撃に間隔が空いたらしい。
それと同時にスロープの上、城壁に立つロンベルトの兵士に向かって弓矢やクロスボウが放たれた。
今までは同士討ちを避けるためにタイミングが合った際にしか行われていなかった攻撃だ。
城壁上に立つ黒染め鎧の兵士の両脇に立つ大盾持ち兵が盾を突き出すようにして防御する。
大盾によって矢やクロスボウのボルトが弾かれるのが見えた。
「ちっ、無駄な矢ぁ撃ってんじゃねぇーよ」
歩兵部隊の誰かが吐き捨てるように言うが、騎士ザムワルも彼の気持ちには全く同感である。
すぐに黒染め鎧の兵は胸壁の裏に引っ込んでしまったため、兵士の言葉通りに矢やボルトは全く無駄に消費されて行く。
しかし……。
「ん?」
「誰だ?」
スロープの下から味方の兵士が登っていくのが見えた。
格好からして突撃部隊員だろう。
だが、今までの徴用兵とは根本的に格好が異なっている。
硬く煮しめた革鎧に金属製の兜、短槍、または歩兵用の剣。
典型的な正規兵の格好だった。
――準備開始か……。
彼の策によって遂に突撃部隊も実力のある兵士を送り込もうと決心したのだろう。
彼らはスロープを半分程度登っただけで足を止め、片膝を突くと全員しゃがんだのだ。
「見ろ。あれこそが俺の策だ」
副官の肩を叩くと右翼で停まったままの攻城塔を指差す。
一体何事が起こるのかとスロープに注目していた副官はザムワルの指先を追う。
右翼の攻城塔に取り付いて待機していた筈の突撃兵は、頂上部でクロスボウを放っていた兵も含めていつの間にか全員降りてしまったようでもぬけの殻になっている。
が、背面のハシゴを登っている者が三人。
先頭を登る二人は背中に大きな盾を背負っており、彼らの下で付いて行くのは少し小柄な兵士だ。
背格好から言って山人族か矮人族かも知れない。
又は女性か。
盾を背負った二人の兵士はするするとハシゴを登り、突撃兵の待機場所でもある下開きの扉があるフロアをも通り越し、攻城塔の天辺まで登った。
後を追う兵士も一段一段安全を確かめるような少しゆっくりとした動作で天辺に登る。
天辺に居る彼らが立ち上がったとしても、ザムワル達の位置からでは膝より下は見えないであろう。
二人の盾兵は背から大盾を外すとどっしりと構えてしゃがんだようだ。
最後の一人は盾の間にしゃがんでいる。
――精神集中かな? しかし、あそこからだと狙うスロープの上はかなりあるが……届くのか?
実際に右翼の攻城塔の天辺とミューゼ要塞の城壁だと攻城塔の方が二~三m程高い。
城壁上にある胸壁の裏は見えないだろうが、スロープの頂上が接触している胸壁の最下部に合わせて攻撃魔術を合わせるには攻城塔を使うしか方法はないのだ。
なお、クラウド系統の魔術は最低限、その魔術を使用できるレベルに達してさえいれば射程は一〇〇mあるので城壁から七〇m離れた攻城塔の位置からでも問題なく届く。
なお当然ながら、無駄撃ちになることを承知で弓やクロスボウは射撃を続けている。
そのお陰でスロープ周辺のロンベルトの兵士は全員胸壁に引っ込んだままだ。
果たして数分後、ザムワルの策は実行された。
スロープの頂上、城壁側にいきなり黄色いガスが出現したのだ。
「やったな!」
「ザマァ見ろ、ロンベルト人め!」
敵兵が苦しむ声でも聞こえたのか、僅かに遅れてスロープの下にいた突撃部隊から喚声が上がる。
スロープで待機していた突撃要員達が動き出すのがザムワル達にも見えた。
あまり足音を立てないように気を使っているのか、ゆっくりと一歩一歩踏み固めるように慎重に登っているようだ。
射撃は相変わらず続いているが、ガスが張られた城壁上は避けられており、その左右の胸壁へと集中されている。
術者が効果時間の延長に魔力を注ぎ込んでいれば話は別だが魔法の毒ガスは、かなり強い風などで吹き散らされない限り一〇分程度は発現場所に滞留する。
心地の良いそよ風程度でかき消される心配はないのだ。
つまり、クラウド系の魔術を使用する以上、どうせ魔力を多く注ぎ込むなら弾頭とでも言うべき毒ガスの効果範囲を広げる方に使う方が有効なのでそのような使い方をする者などまずいない。
その証拠にロンベルトの魔術師もこれでもかと言うほどに効果範囲を広げていた。
スロープの脇では時計の魔道具を触ったまま時間を測っている係も居るはずだ。
係の合図があり次第、スロープで待機している突撃要員が城壁内に雪崩れ込むのだろう。
――やった! 上手く行った!
ミューゼ要塞を陥落させる端緒となった策。
献策の手柄は非常に大きな物になるだろう。
「おお……」
副官も隣で感嘆の声を漏らしている。
と、その時。
僅か一瞬。
あっと言う間もなく、黄色い毒ガスは左から吹いてきたと思われる突風で吹き散らされてしまったではないか!
「は?」
「え?」
ザムワルと副官は揃って間抜けな声を漏らした。
スロープを天辺目指して躙り寄っていた突撃部隊員も固まっている。
きっと彼らも今のザムワル達同様に間抜け面を下げていることだろう。
直後にスロープの左、四〇~五〇m程離れた胸壁から黒い兜を被った兵士が身を乗り出すと、一瞬でファイアーボールの魔術をスロープへと発射し、さっと奥へ引っ込んでしまった。
スロープの半ばに固まっていた突撃要員達は為す術もなくファイアーボールの直撃を受け、悲鳴すら上げることなくばらばらとスロープの周囲に吹き飛ばされる。
ザムワルや副官もそうだが、たった一発のファイアーボールでデーバス陣営は一瞬にして静まった。
間髪入れず先程の兵士が奥に引っ込んだあたりから電撃が伸び、右翼の攻城塔の天辺にいた者たちに命中した。
「がああっ!」
「ぎゃっ!」
「きゃああっ!」
攻城塔から断末魔のような悲鳴が響き渡る。
今のファイアーボールもそうだが、この電撃も魔術で、しかも同じ人物が放ったとすると、その魔力量はともかく、魔術の技倆はとんでもないレベルにある。
――まずい!
本能的にそう感じたザムワルは叫んだ。
「散れっ! すぐに距離を開けるんだ!」
・・・・・・・・・・
ファイアーボールをスロープに撃ち込み、すぐにチェインライトニングで左翼(寄せ手では右翼)の攻城櫓の天辺に固まっていた三人のデーバス兵を倒したアルは、続いて中央の攻城櫓の天辺で散発的にクロスボウを放って来ている集団にもチェインライトニングを放つ。
――あの位置にあの形でクラウドを放れる場所は攻城櫓しかねぇからな。
そして城壁の上をルビーやジェス――さっきまでアシッドクラウドの魔術による黄色いガスが立ち込めていた辺りを目指してダッシュする。
先程アルが胸壁から頭を出した辺りに矢が殺到しているが、もう既にアルはそこから一〇m以上移動していた。
――あそこか!
大盾を装備する兵士や槍兵などが転がる中にルビーとジェスは膝を突いていた。
数m手前から滑り込むように減速すると、アルは二人の脇にしゃがんでいた。
「良く頑張ったな」
苦しみのあまり倒れてしまった兵士達とは異なり、膝を突いただけで耐えていた二人を褒めながら、兜の下の頬に触れた。
ガスに触れてしまったらしい二人は顔の皮膚が爛れたようになっていたが、双方とも目は無事だったようで、涙を流しながらもしっかりと見開いていた。
しかし、ぜぇぜぇとかひゅーひゅー言うような異常な呼吸音はしっかりと毒ガスを吸い込んでしまったことを意味している。
「……っ!」
三回連続してキュアーオールの魔術を掛け、まずはルビーの肺の痛みと受けてしまったダメージを回復させる。
続いてジェスにも三回連続してキュアーオールを掛けた。
これで彼らの受けたダメージは全て回復した上に爛れてしまった肺から受ける痛みも消え去った。
残っているのは露出していた顔面などの皮膚部の痛み(爛れ自体は治っている)だけだ。
「暫く我慢してろ」
そう言うとアルは傍に転がっていた四人の兵士達にもキュアーオールの魔術をかけて回復させる。
全員、まだ皮膚表面の痛みは残っているが、これで呼吸困難等が原因で死ぬことはなくなった。
アルはスロープの上、さっきまでルビーやジェスが立ちはだかっていた胸壁の上に仁王立ちになる。
勿論その直前に盾の魔術を使うことを忘れてはいない。
しかし、デーバス側はそんなアルに構う余裕は殆ど無いようで、散発的に飛んでくる矢がシールドに弾かれるばかりだ。
眼下を見下ろすと正面のスロープの左右には何十人もの死体が転がっており、中にはまだ息のある者も混じっているのか、動いている者もいた。
スロープの前方には合計五〇〇程度の敵の集団がごっちゃになっており、少し右、七〇mくらい先には先程チェインライトニングで天辺を黙らせた攻城櫓が未だ動かないまま立っている。
その足元には五〇人程度の兵士か奴隷が集まっており、恐らく足止め用の岩盤の除去作業を続けている。
更に右方、敵の中央部にはやはり城壁から七〇m程度離れた場所に別の攻城櫓が、こちらも動かないまま立っている。
足元では左側の攻城櫓同様に除去作業が行われている。
その周囲にも一〇〇〇程度の部隊が展開しているようだが、左方同様に動揺が激しいらしく、ざわめいている。
その向こうは先程放ったスタンクラウドによる真っ青な海となっており、海の周囲には中で苦しんでいる者達に声を掛けている兵士達が群体の生き物のように蠢くばかりだ。
「まぁいっか」
ボソリと口中で呟くとアルは敵中央部の攻城櫓の横に集まっている集団目掛けて右手を伸ばした。
陽光を受け、アルの冥越鱗が濡れたような輝きを発する。
そのまま弾頭を二二個追加(合計二五個)した火炎討伐の魔術を放った。
二五個の小型のファイアーボールは、一辺が四〇m程の四角形に広がってアルから見て菱形状に着弾する。
一発一発の威力はそう大きくないので、鎧を着ている相手に対しては急所に直撃でもしない限り即死は望めないが、人にしろ地面にしろ命中後に爆発を起こすファイアーボールが同時且つ大量に降り注いでくるのは恐怖以外の何物でもない。
アルは僅かな間、パニックを起こし始めた中央部隊を眺めるとすぐに胸壁の上から飛び降りて治療を再開した。
今回で今年ラストの更新です。
次回は年明けになります。
本作を応援ししてくださった読者諸氏には大変お世話になりました。
来年もどうかよろしくお願い申し上げます。
それでは良いお年をお迎えください。




