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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第三百六十九話 豆

7451年11月12日


 この日、デマカール山頂付近に建つパックス砦では今シーズン初の降雪が観測された。


 まだ本降りには程遠いが、それでも未明から降り始めた雪は既に薄っすらと積って破壊された砦を覆い始めている。


 どこかから紛れ込んだ小動物を除いて活動する者のない砦内は、急速に冷やされ全てを凍りつかせるだろう。


 高地すぎて生活の拠点とするには不便にも程がある立地は、山域内を縄張りにする魔物すら寄り付かない。

 尤も、魔物達は砦を根城にしていた人間共が全滅した事実をまだ知らない可能性のほうが高い。


 もしも知っていたのなら彼らに替わって砦を占拠するかどうかはともかく、内部に打ち捨てられたままの死体は格好の食料になるのだから。


 そんなパックス砦の内部で、一つの異変が起きた。


 砦は砦内と外部を行き来する通路が開けられている以外、その下層部は全て土で固められている。

 その最低部の床から影のような、霧のようなものが染み出すように湧き出ると、ゆっくりと塊になり始めたのだ。


 霧の塊は時間を掛けて段々と姿を変え、最終的に人のような形になった。

 が、顔の造作は殆どなく、のっぺりとした造形に眼窩のような二つの窪みらしきものがあるだけだ。


 体や手足も細かな造形はなく、単に霧が集まってそれっぽい形をなしているのみであり、まぁ、見る人が見れば人のような形をしている、と言えないこともない程度だ。


 そして、頭部の窪みの奥に赤い光が灯った。


 幽霊ゴーストであろうか。


 ゴーストとしては最下級に相当するが、ゴースト自体はアンデッドとしては結構上位に当たる、相応に強力なモンスターだ。

 因みに、魔力を帯びた武器でなければ僅かなダメージをすら与えること能わずである。


 身体の構築を終えたゴーストは、辺りを見回すことすらせず、ゆっくりと移動を始めた。


 その様子は、まるで砦内の検索でもするかのようだった。




・・・・・・・・・




 ジュンケル軍が放棄したジャロー村の再占領を果たしたミルー達は既に村内に打ち捨てられていた村民やジュンケル軍兵士、そして魔物達の死体の掃除を終え、村内や周辺の調査も完了していた。


 その結果、遺体が残されているジュンケル軍の大部分は魔物によって殺害されていた事、そして村民達の大部分は(恐らく魔物によって)なぶり殺しの憂き目に遭っていた事が再確認された。


 また、新たに判明した事実として、魔物達は斥候のような少数が耕作地の傍で村を監視し、タイミングを見計らって集団で襲撃したであろう事までも掴んでいた。


 この事実はミルーを始めとする王国軍の幹部の心胆を寒からしめた。


 今この瞬間もどこかでこちらを窺っている魔物の斥候がいないとも限らないからだ。


 慌てて村内や耕作地、その周辺までを含めて徹底的な検索を行った結果、昨晩よりやっと枕を高くして眠れるようになったのだ。


 残念ながら、当初に期待されていたジュンケル軍の命令書などを発見することは叶わなかったものの、食い散らかされた兵士の死体やその位置、纏っていた装備などから、魔物によってほぼ完全な奇襲を受け、碌な抵抗をする間もなく兵士達は殺されたようだ。


――そうなると、この村(ジャロー)を襲った魔物については、ジュンケル軍も完全に想定外だったという事か……。


 眉間に皺を寄せてミルーは唸る。


 魔物による襲撃を読む事など、それこそ神か悪魔でもないと不可能な事だ。


 だが、ジュンケル軍も魔物には備えていた筈だ。

 それは村に散らばっている兵士達の位置や数からしてみても適正なものだろう。

 村の居留地に対する出入り口付近には必ず複数の武装した死体が転がっていた。

 これはきっちりと歩哨が立てられており、且つ単独ではなかった事を意味する。


 しかしながら、組織的な抵抗の跡については殆ど見られないのがどうにも解せなかった。


 たとえ視界の悪い深夜に襲われたにしても、魔物の襲撃を報ずる隙すらなく歩哨が殺害されたとは信じ難い。


 魔物は……特に足跡や僅かに残されている死体などから村を襲撃したと推測されているような魔物は、暗殺者のように歩哨の背後から忍び寄って、一息で殺すなどという真似は出来ないし、しない、と言われている。


 まず、そこまで鋭く切れ味の良い武器などは作れない。

 どこかで入手した可能性はあるが、手入れなどもしないから切れ味など維持出来ないのだ。


 よしんば、素晴らしい剣や槍などを持っていたところで大きく振りかぶって斬りかかったり殴りつけるか、突き刺す以外の使い方など出来はしない。


 だが、幾つかの死体は鋭い刃物を使ってすっぱりと喉が切り裂かれていた。

 中には耳に尖ったものを突き込まれたような死体すらあった。


 これは獲物の背後から忍び寄り、手入れのされたナイフや短刀、又は錐のような武器が使われたものであろうという以外には考えにくい。


――背丈から言って、そんな事が可能なのはオークかホブゴブリンあたりか……。


 彼女ミルーとて過去に魔物退治の経験はある。

 第一騎士団所属のために当然ながら数少ない機会だったが、騎士団の先輩や上位者から魔物の種族ごとの特徴や魔物が選ぶ戦闘方法などは、ベテランの冒険者ヴァーサタイラー程ではないにしても徹底的に仕込まれている。


 その知識によると、オークやホブゴブリンは奇襲を好みはするものの、その方法で確認されているものは槍や剣を構えての突撃か、せいぜい弓矢による近距離狙撃くらいだとの事だった。

 しかもそれは優秀な長に率いられた、かなり上等な部類の話だ。


 大半は後ろから忍び寄って頭部を棍棒で一撃、という乱暴なもので、一撃で殺す事自体は絶対に無理ではないとは言え、成功したとしてもそれなりの物音は立ててしまう。


――小さなナイフのようなものを道具として使う事は確認されているから、全く不可能ではないだろうけれど……。


 概して魔物は不器用であり、細かな作業などは苦手だとされている。

 勿論、人型をした魔物は器用な方ではあるが、人間とは比較にならない。


 例外的にオーガやトロールのような比較的大型の亜人種のみは武器を器用に使う事は知られているものの、人間の剣術のように体系立てられて子孫に伝えられるようなものではなく、単に「武器ならば上手に使いこなすことが出来る」というだけのものだ。

 これについては物理的に脳の容積が大きいからだろう、とも言われている(勿論脳の大小は関係ない)。


 そんな魔物達がこのように素早く、声すら立てられる隙も与えずに確実に急所を狙うような事など出来るのだろうか?

 それ以前に、周囲を警戒しているような相手に気取られず、そこまで接近する事が叶うのか?


 何しろ、魔物は相当に臭いのだ。

 オースの人々にもかなり酷い体臭の持ち主は少なくないが、それにしても限度と言うものはある。

 尻に排泄物の残りや口の周りに何ヶ月も前の食べかすを付けたままでも気にしないような魔物ほど不潔でもない。


 第一、そういった夜行性の肉食獣のような真似は、訓練されていなければ人間の軍人でも不可能だ。

 多分、ミルー自身も失敗する可能性の方が高い。


 素人が真似をしたところで何名かは仕損じて声を上げられ、襲撃がばれてしまうのが落ちだろう。


――まさか、魔物の襲撃ではなくて、魔物を装った人間?


 だが、残された痕跡は人間ではなく多種の魔物の足跡や体毛ばかりだ(ミルー達は村に残されていた死体の他は集められるだけの毛のステータスを見て魔物の種類などを判断していた)。

 足跡にしても踏まれた順番を考えても時間差で多種の魔物がやってきたのではなく、殆ど同時に村内に踏み込まれている。


 人間のものらしい足跡は以前の調査隊が付けたであろうものやジュンケル軍のもの以外、ほぼ全て傍に転がっている死体と一致していた。


――そんなわけないか……。


 実際問題、地球の動物に変異種とでも表現すべき特別に優れた特殊個体など存在しないように、オースの魔物にも種族の枠組みを超えるような、他者とは比較にならない程に優れた個体はいない。

 狡猾だという狼王も、大量殺戮をやってのけたヒグマやワニも生まれついた種族という絶対的な軛からは逃れられない。


 勿論個体差はあるし、それなりに幅広い能力差はあるが、限界というものは厳然として存在するのだ。


 従って、限りなく正解に近い考えが浮かんだにも拘わらず、ミルーにはゼスのような存在など思いもよらない事である。


 そもそも、他種族を奴隷のように扱うどころか、きちんと従えられるような魔物など、伝説に登場するような大物のドラゴンや悪魔、超高位のアンデッドを除けば全く知られていないのだから当然ではある。


 そして、ジャロー村にはそのような魔物の痕跡など何一つ残されていないのだから、これでゼスのような存在を考えるとすれば、異常者の類だろう。


――んー、魔物を装ったのでなければ、魔物を従えた人間? だとして、目的はなに?


 そう考えられるあたり、ミルーはかなり柔軟な思考力を持っているのだろう。


 しかし、村を襲った魔物のリーダーはオーガらしいことは判明している。

 リーダーらしき者が陣取っていたと思われる家屋に対する出入りの足跡の数が尋常ではなかったためだ。

 その家屋に残されていた足跡は多かったが、奥の部屋などはたった一人(?)の足跡しかなかったし、村中から集められたものであろう布や毛布などを寝具として使用していた痕跡もあった。


――人間だとするとあの足跡の説明がつかない。指の向きや大きさからどう見てもオーガだし……。


 オーガなどの亜人種の長などには、人間に近い思考能力がある者も居る。

 だが、やはり限界はあり、他種族を従えたりなどの事例は一切確認されていない。

 これは他言語を学ぶ事が出来ない、又は学ぶ意味が理解出来ないからだろうと言われている。


 また、優秀だという長や、それに率いられた集団も、人間が作った道具や伝統的に使われている道具を使用したり真似て作るような事はあっても、独自に新たな道具を作り出したりなどは出来ない。

 これは、何らかの道具が既に存在し、その存在を知らなかったとしてもだ。

 車輪の再発明すら出来ないし、そういった事例は確認されていないのだ。


 そういう点で、亜人種の魔物は人間には遠く及ばない。


――流石にコボルドやノールあたりならまだしも、人間がオークやホブゴブリンを従えられるわけ……ましてやオーガなんてとても無理よねぇ。


 オークやホブゴブリンの肉体能力は人間と同等か、少し上回る。

 オーガとは比較にすらならない。


 どれだけ人間の頭が良いとは言え、暴力や肉体能力で上回らねば魔物を従えるなど無理な相談にしか思えない。


――同じ目的を持った人間が複数いる?


 一人の力ではどうにもならなければ、協力して事に当たれるのが人間の人間たる所以だ。

 しかしながら、村内にはそのような痕跡は何一つ残されてはいない。


――人間なら自分の痕跡くらいは消すかも……でもやっぱり目的がわからない。


 こうしてミルーは思考の迷宮に迷い込みそうになった。




・・・・・・・・・




 ゼスの里に、再びゴゥドが顔を出した。


 今日は手土産に酒を持ってきている。


 勿論、酒はウォーリーが持たせたもので、粗末な素焼きの壺に入れられた安物だ。


――大して上物ではないみたいだが……。


 過去の略奪などで、ゼスはもう少し上等な酒を口にした経験がある。


――こいつの、アズィズにとっては貴重品なんだろうな。


 そう考えて、注がれた酒を口にしてゼスは喜んだふりをする。


「長ゼスよ。喜んでくれて俺も嬉しい」


 そう言って手酌で酒を注ごうとするゴゥドを止め、ゼスは自らゴゥドのカップへ酒を注いでやる。

 それを側近のオークやホブゴブリン達は驚きの目で見ている。


 過去にゼスが彼ら手下達にそのような真似をした事がないからだ。

 この時点でゴゥドはゼスにとってかなり重要な人物である事を意味する。


――しかし、一体どうやってこの酒を手に入れたんだ?


 以前ゴゥドが訪ねてきた際には手下に尾行させたのだが、あっという間に撒かれてしまったようで、ゴゥドとその氏族のアズィズ族の本拠地は不明のままである。


「戦士ゴゥドよ。これは美味いな。まだ手に入るのか?」


 大して上物ではないとは言え、川を流れる水よりはずっとマシな飲み物であり、如何なゼスとは言えども継続的な入手は難しいのが酒である。


「長ゼスが望むのならまた持って来よう」


 ゼスの質問ははぐらかされた。


「そうか。それは嬉しい言葉だな」


 ゼスも深追いはしない。


「ああ、忘れていた。この酒にはこいつが合う。是非味を見てくれ」


 そう言ってゴゥドが懐の袋から取り出したのは豆のようだ。丸くはなく大豆ギィよりも細長い豆の形、そして豆を覆う茶色い薄皮は……。


――な!? これ、ピーナッツか!?


 驚愕に目を見開いたまま、恐る恐る手を伸ばすゼスの様子をゴゥドは冷静な目で見つめている。

 予めウォーリーに聞いていた幾つかの反応のうちの一つに近い。


「これは……?」

「キュィという豆だ」


 豆の名を聞きながらゼスは指先で豆を揉むようにして薄皮を剥ぎ、口に放り込む。

 教えずに薄皮を剥ぐのも可能性の一つとしてウォーリーから聞いていた通りだ。


 当然の如く、豆は既に煎られておりそのままでも食べられる。


「む……」


 ボリッと豆を噛み潰す音を立て、ゼスは顔を綻ばせている。

 期待通りの味と歯応えだったようだが、碌に品種改良もされていないので結構硬いし、味だってそれほど良くはない上にかなり小粒だ。


 だが……。


――南京豆は脂肪を多く含んでエネルギー量が高い。確か栽培も結構楽な方だと聞いたことがある。


 ゼスはキュィに手を伸ばしながらゴゥドの顔色を窺う。

 ゴゥドも心なしかホッとしたような表情を浮かべて皮付きのままキュィを口に放り込んでいる。


「このキュィはニギワナの『教会』から貰ったものだ。なかなか美味い」

「ああ、美味いな」


 ゴゥドの言葉に返答しながら、ゼスは僅かに落胆した。

 すぐにはこのピーナッツの種子は手に入りそうにないという事が理解出来たからだ。


「『教会』はたまにこれをくれる。この酒も『教会』から貰ったものだ」

「ほう……」


 急に言葉少なくなったのを自覚しながらも、ゼスは色々と考え始めざるを得ない、と感じていた。



 

ピーナッツはジュンケル侯国近辺で栽培されていますが、まだ一般的ではありません。

(大陸の東部では麦や高粱、粟などの穀類に次ぐ栽培量があります)

ウォーリー達が知ったのは偶然です。

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