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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-
760/906

第三百五十七話 重工業の嚆矢

7451年10月13日


 ロンベルト王国北部。

 グラナン皇国と領境を接するベルタース公爵領第二の街、フラキス。


「そうか。明後日か」


 王国騎士団の駐屯地に到着した援軍の先触れの報告で、ミルーは南方戦線からの援軍の到着を知った。

 今は亡き中隊長から聞かされていた予定では、増援部隊の到着まであと三週間程――月が明けるかどうか――は掛かると見込まれていただけに、早期の到着は大いに彼女を喜ばせた。


――ここに来てこの前倒しは大きいわね……。


 ここ数日で齎された、東にあるホンクル村の失陥やキュレーまで後退させられてしまった戦線の報告に歯噛みをする思いだったのだ。


 中隊長によって残された封緘命令書によってきつく命じられていたため、フラキスを防衛する第四騎士団一〇〇名を動かす訳にも行かなかった。

 尤も、最初からミルーに第四騎士団への指揮権はないので当然ではある。


 また、ミルーに預けられていた戦力は彼女を含めて僅か六名であり、この小部隊も北に聳えるデマカールの山頂付近にあるジュンケル侯国の砦を攻略するための戦力として固定されている。


 彼女に出来たのはロンベルト王国軍が不利な状況に陥った際に開封が許可されていた命令書に記載のあった、フラキス以外の村や街に駐屯している僅かな戦力を掻き集めてキュレーへ増援として向かわせる事くらいであった。


 勿論、領都カルーンにいるベルタース公爵に対し、公爵騎士団に対する更なる増援要請と王都への報告も忘れてはいない。


 だが、カルーンまでは一〇〇㎞以上もあるし、ロンベルティアはその何倍も遠い。


 遠すぎる王都は当然として、カルーンへの増援要請など良くて今日辺りに到着しているかどうかであり、到着していたところで増援部隊が組織されてヘスケスに派遣されるまでまだかなりの時間が必要になる。


「皆を集めて頂戴」


 彼女の言葉に頷いて、副官の従士ムレイグが隊舎へと駆け込んでいく。


――増援の到着がこれほど早いなんて、正に幸運だわ。


 ミルーが感じる通り、増援の早期到着は確かに運が良いと言えるかもしれない。

 だが、そもそも密林に覆われている上に危険も多いダート地方全域で馬車鉄道の路線工事が開始されている事、そして、王都ロンベルティアからも南方へ向けて路線工事が始まっている事も大きかった。


 増援部隊はアルが計画していた通りにダート地方の主要な街を“直線”で結ぶ線路やその予定地を通る事が出来たし、そこに生えていた樹木もそれなりに伐採が進んでいた事もあって、あまり時間を取られることなくダート地方を抜けることが出来ていた。


 加えて、王都まで引かれる鉄道路線予定地の簡易地図(地形や地理自体は不正確なままだが、開通済みの街道にある障害ポイントなどが記載されているほか、ある街からある街までの直線路も記載されており、たとえそこに街道がなくともそこが草原などであって、高低差が小さい上に森など樹木が生えていないのであればほぼ直線でのショートカットも可能)を渡されていたのである。


 荷車を牽く牛馬や荷車自体は従来通りだが、これらの情報は大いに役立っていたのだ。


――何にしても、当初の命令さえ完遂してしまえば……。


 厩舎へと馬を繋ぎに向かう先触れの背中を眺め、ミルーは少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべる。


――砦さえ壊してしまえば私も行動の自由を得る。三個中隊もの援軍を引き連れてキュレーに行ける!


 駆けつけてきた副長の騎士キンシャー卿以下、計五名を前に両手を腰に当てた。


「もう聞いているかもしれないけど、明後日に三個中隊の増援が到着するわ。到着と同時に我々はデマカール山頂付近で確認されているジュンケル侯国軍の砦に対して攻撃に向かう」


 彼女の言葉に部下達は一様に驚きの表情を隠せない。


 何故なら、遠路を急いで移動してきた援軍に休息もさせないという宣言に他ならないと思えたからだ。


「安心して。砦の攻撃に南方戦線からの援軍は参加させない。援軍は移動で疲れているでしょうし、無理をさせるつもりはない……暫くは休んでいて貰うから。攻撃に向かうのはここにいる六名だけ」


 それを聞いた部下達は声も出ない。


 たった六名で砦への攻撃とは無謀にも程があるし、当初に立てられていた砦への攻撃計画とは程遠い話である以上、無理もない。


 当初の計画では、増援部隊を引き連れて砦まで移動し、砦正面の小広場を占拠。

 一応の安全確保後にミルーの魔術で出入り口を塞ぎ、敵の出入りを防ぐ。

 その後、ミルーが使用可能な強力なファイアーボールの魔術を砦の壁面に開けられている狭間さまに撃ち込んで破壊する、というものであった。


「ああ、作戦通りに時間が掛かる破壊をするつもりはないわ。作戦を一部変更するからよく聞いて……」


 ミルーによって発表された作戦案は最初に彼女が提案したものの、危険過ぎると否定された案の復活であった。




・・・・・・・・・




 東ダート地方、領都ラムヨーク。


 今日の午後にはラムヨークを発ち、べグリッツへと帰還する予定だ。


 昨日のうちに代官の長子であるエックルス・バルトリム子爵に再婚する意思があるかは確認済みであり、今は事務的な話を代官と詰めているところである。


 因みに、バルトリム子爵は再婚に対して特に忌避的な感情は持ち合わせてはおらず、まだ幼い二人の子供を可愛がってくれさえすれば良いとの事であった。


 これまで再婚していなかったのは、単に死別した妻に対する喪や、自分の感情の整理がついていなかっただけだという。


 更に、子爵としては死別した妻との間に既に複数の子供がいるために、新たな配偶者を迎えたとしても子供を儲けるつもりはなかったため、それを認めてくれるような者を探す困難さもあった。


 子供達に相続で揉めさせたくはないし、持っている子爵位や将来的に相続するであろう伯爵位は正式な貴族位ではあるものの、支配する領土もないからだ。


 バルトリム伯爵家が所有する不動産は、僅かにゴルッツ侯爵領に規模が大き目の村を一つ持つだけであり、その村自体はかなり前に分家した士爵家が伯爵家の代官として治めているという。

 その村から得られる収入もどうにか貴族としての体面を保てる程度の額でしかなく、バルトリム伯爵家の収入のかなりの部分は東ダート地方を統治する代官としての収入が占めている。


 つまり、上級貴族である伯爵に分類されはするものの、俺のように実際に領土を所有する者よりも収入的にはかなり劣っている(とは言え、そこらの男爵程度の生活は問題ない)という事だ。

 領土持ちなら子爵にすら敵わない収入であろう事に疑いの余地はない。


 また、代官の職自体、そうそう転がっているものではないので、二十年後か三十年後に俺が「国王陛下。長らくお借りしていた文官を返却いたします」とか言って追い出してしまえば暫くは伯爵としての体面を保つ事も難しくなる可能性がある。


 これらの話を聞き、俺としては「アンダーセンに押し付ける案件としては丁度良いかもしれないな」と思った。


 アンダーセンは正式な伯爵位の後継者を配偶者にする事が出来るし、子爵は女爵とは言えそれなりの規模の街を所有する経済基盤を持つ女が配偶者となる。

 伯爵位や子爵位はともかくとして、女爵又は男爵位はアンダーセンとの間に出来た子供に継がせれば良いので子供だって新たに設けられる。


 ついでに、元々正式な伯爵位や子爵位を持っているので、これから先の活躍次第では領土を賜り易い(かも知れない)という考えすら持っても不思議ではない。


 アンダーセンだって、本気で俺とどうこうなる、出来るなんて思っていないだろうし、年齢的な事情もある筈だから後継者となる自分の血を引く子供は欲しかろう。

 それを考慮すると、そうそうな事では否やはないと思われる。


 俺としても伯爵位を継ぐような子爵と女爵との婚姻を取り持てるので箔がつく。


 三方、良い事尽くめで万々歳だ。


 


・・・・・・・・・




 西ダート、ラッド村。


 領主として村を治めるロリックは今日も新たな開墾地を広げるべく、汗を流していた。


 風に乗って、食欲をそそる香りが鼻をくすぐった。

 腹も減ってきたし昼食にはいい頃合いだ。


 平民である従士家は、基本的に全ての家庭がパン焼き窯を持っている。

 これは、各家が所有する奴隷達に配給するパンを焼くためのものだ。

 燃料の無駄を減らすために一度に数日から一週間分程度のパンを焼くのが普通で、パン焼きの日は各従士家の家督者かその配偶者が決定する。


 勿論、領主であるロリックのファルエルガーズ家も例外ではなく、彼は毎週月曜日をパン焼きの日と定めている。


 つまり、今日だ。


 まだ配偶者のいないファルエルガーズ家ではパン焼きを主導するのはメイドであり、それを手伝うのはロリックが所有する農奴のうちでも経験豊富な数人に任されている。


「よし。午前の仕事はここまで。昼にしよう!」


 そういえば先日の列車で来た行商人から、ウィード産の胡桃を買ったんだ。今日は胡桃入りのパンが食えるな、と思いながらロリックはいそいそと屋敷へと向かった。

 彼に付いて歩くデンダーやカリムといった奴隷達も心なしか嬉しそうな顔をしている。


 と、屋敷には丁度客が来たところだったようだ。


「やあ、ロリック」

「ノム……フィオじゃないか!」


 気の置けない友人の顔を見てロリックは走り出した。

 彼の護衛でもあるデンダーやカリムも即座に付いて行くが、他の奴隷達は出遅れる。


「どうしたんだ、急に? 確かヘンソンとかウィード山あたりで石炭の調査をしていたんじゃ?」

「ああ。大体の調査が終わったんでな。報告のためにべグリッツに行ったが、閣下……アルさんがご領地の騎士団や行政府への指導に出向かれていたようでな。戻られるまでまだ時間がかかるみたいなんで顔を見に来たんだよ。他に急ぎの任務もないし、休暇だよ」


 破顔しながら言う、日に焼けた顔のフィオを見てロリックも笑った。


「そうか。そりゃあ良かった。どうせ昼はまだ食べていないんだろう? 今日はパン焼きの日なんだ。胡桃入りで、焼き立ては旨いぞ! 食ってくれるよな!?」

「ああ、丁度いいところに来たようだな。だが、只で食い物をたかりに来た訳じゃない。今日はお前と飲もうと思って酒を持ってきたんだ」


 フィオの手には一升程も入りそうな大徳利が下げられている。


「いいな! 今夜はそいつで一杯やろう!」

「ああ。ファイアフリード閣下ご謹製のイウェイナの燻製もあるぞ」

「おお! あれ旨いよな」

「お前も気に入ってんのか?」

「あの味はなかなかないしな。ところで、一人なのか?」


 きょろきょろとしてグレースの姿を探すが見当たらない。


「ん? ああ、グレースは従士だしな。そうそう騎士団を離れられんよ」

「そうか……でも、折角の休みなのに俺んとこになんか来て……いいのかよ?」

「いいんだよ。まだ従士なんだから、そうそう妊娠させる訳にも行かんからな」

「おいおい」

「いや、本当にいいんだ。グレースとは昨晩も一緒に過ごしたし、馬車鉄道ならガルへまで半日で来られるんだから」


 久々の再会にロリックは午後の作業を休み(作業自体はサンノとルッツに指揮を命じて継続させている)、焼き立ての胡桃入りパンと肉と野菜がたっぷりのスープを食べた。

 流石に村を治める領主でないとこういう事は出来ない。


 そしてまだ日が高いのに酒盛りとなる。


「……で?」

「ああ、結構良い石炭らしい。この品質ならコークスも充分に取れるだろうと閣下も喜んでおられたよ」

「へぇ、そりゃあ良い話だな。ところでコークスなんて何に使うんだ?」

「そりゃ燃料さ」

「石炭のままじゃだめなのか?」

「薪の代わりにするような普通の燃料ならそれでもいい。だけど、コークスにする事でもっと高温で燃える燃料になるんだ。知らんのか?」

「知らん」

「『大学』出てるんだろ? 俺なんか『小学校』しか……」

「俺は『文系』なの。石炭とかそのまま燃やすのが普通だと思ってたよ」

「まぁいい。これで『高炉』が作れるようになる」

「『高炉』?」

「製鉄用の炉の事だ」

「ほう、という事は、鉄が作れ……今でも作れるじゃないか」

「生産量が桁違いになる。閣下のお話だと『高炉』も『転炉』も作ること自体はすぐにでも出来るとのことだったが、高温で長時間燃やせる燃料がなかったのがネックだった」

「ああ、そういう事か……」

「それに、『石油』も発見しているんだろう? ならコークスを作る過程で『軽油』と『灯油』も簡単に作れる。『軽油』や『灯油』は確かに取り扱いに注意が必要だが、『ガソリン』程危険じゃないし、一般用の燃料にするなら石炭より余程使い勝手もいい」

「ああ、『石油』を蒸留して最初に出来るのがガソリンで、次が『灯油』だっけ?」

「最初はナフサだな。まぁガソリンみたいなもの……やっぱり取り扱い注意な品だが」

「あ、聞いたことあるな」

「こんなの『重化学工業』の基本だ。『尋常小学校』でも習ったぞ」

「言われてみれば『小学校』でも習ったような……? 習ったっけな?」

「習った……ような気が……『高小』だったか? ……ああ、やっぱり『尋常小学校』で習ったんだ。船や『飛行機』『戦車』の燃料になるんだし、当時の日本は『石油精製』なんか最先端で注目もされていたし軍事にも絡むからな。『軍国少年』なら皆知ってる」

「うえー、『軍国』とか嫌な時代だ」

「そうか? 言われている程悪くはなかったと思うんだがな。『教育勅語』とか知らん世代か」

「知るわけねーわ。『軍国主義』の最たるものだろ?」

「そんな事はない……道徳的な良い事の方が多く書いてあったんだ……」

「まぁいいよ。キョーイクチョクゴの中身なんて。興味ねぇし」

「そうか……そうだな」

「それより話を戻そう。鉄だ」

「ああ、今、領内で作られる鉄の大半は線路に使われている。それだけじゃ足りないから買ってもいるくらいなのは知っているな?」

「うん」

「高炉があれば同じ鉄鉱石から取れる鉄の量はかなり増える。時間当りの生産量も相当に増えるだろう」

「そりゃ今までは火魔法が使える奴がシコシコ温度上げて溶かし出してただけだからなぁ……」


 この日、二人は酒がなくなっても遅くまで話し込んで過ごした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うーん面白いですね!3〜5視点くらいがそれぞれ目的を持って動いててどう交わっていくのか楽しみです!
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[一言] やっぱりフィオってアルと同じで時代適正があるんだよなぁ。 転生者の中でも元高齢だったからある程度不便な時代を知ってる人。 そしてどう変えていくのか結果だけじゃなくて経験した人だもんね。
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