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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第三百五十三話 目的開陳(後)

7451年10月9日


「今閣下が仰っしゃられたような事物や制度……チキュウでの歴史をご説明頂いたことで文明の発展を加速させたい、と仰るのは理解致しました」


 一口お茶を飲んでアンダーセンが言った。

 俺は彼女へ頷いてやる。


 だけど……。


「勘違いして欲しくはないから、少し補足させてくれ。ノブフォムはどう思うか、思っているかは分からないが、私は『地球』で主流だった政治形態や各種制度などは必ずしも正しい事だとは思わない」

「「……」」


 俺の言葉に不思議そうな顔をする者が大半だ。


「どういう意味ですか?」


 ノブフォムもその一人のようで、少し考えた後で真意を尋ねてくる。


「私は『地球』では文明が発展しすぎだと思っている。勿論、新たな技術が確立されたり、それによって便利な道具などが生み出されていることは素晴らしい事で、こういった人間の事跡まで否定するつもりは全く無い事は理解して欲しい。だが同時に人間の心根までそういった事物に追いついているかと言うと、そうは言えないと思う。よく知られている言葉に、人間は愚かな生き物であるというものがある……」


 強力な兵器――それこそ地球上の全生物を何度も滅ぼせるようなもの――を大量に揃え、それを互いに向けあって牽制を繰り返す。


 商業が発展するあまり、資本主義どころか民主主義や社会主義、そして共産主義の名をすら被った拝金主義が大手を振って罷り通り、地球全体どころか国家間での貧富の差はあまりにも隔たりが大きくなっている。

 同時に国家の規模が大なり小なり、国家内の国民同士でも持てる者と持たざる者の差は途轍もない格差へと広がり、目を覆うような有様だ。


 富める者はそれを「自助努力が足りないから」だと公言して憚らず、富めるが故に大きな発言力を持っている事とも相まって、持たざる者までもがまるでそれが当然であるかのように信じ込んでいる。


 それと同時に人々は道徳モラルや思いやりを軽視し、安全な場所から他人のミスをあげつらい、あざ笑うようになってしまっている。


 このような事をいろいろな例を交えて話す。


「こうして散々に扱き下ろしてはいるものの、私はこれらの全てを完全に否定するつもりもない。国や、国を標榜する集団が自衛をし、自国の安全を確立しようとするのは至極当然で、言うなれば当たり前の事だ。だがな、『地球』の人類もオースで生きる我々も、生き物としてのレベルなどたかが知れているのは否定のしようがない事実だと考えている。その程度の生き物が使いこなせる軍や兵器のレベルなど、『第一次世界大戦』……どんなに大目に見ても『第二次世界大戦』の少し前くらいががいいところだろう……」


 ついでなので「世界大戦」という概念についても説明をする。


 正確な定義ではないが世界に存在する有力な国家の半数以上、世界全体の陸地面積のうち半分以上の面積を構成する国々が最低二つの陣営に分かれて連合を組んで世界規模で衝突し、参戦した軍人口のうち半数以上が正面衝突を伴う国家総力戦で戦う、という事だ。


 同時にロンベルト王国はこのオーラッド大陸西方では確かに大国だが、他にもっと大きくて有力な国家があっても何の不思議も無い事も話したが、これは最近北方でブイブイいっているキーラン帝国の噂などもあってか、文句一つなく受け入れられた。


「なんでですか?」


 多少なりとも知識のあるノブフォムが疑問を呈してきた。


「ん~、要するに、各種ミサイルに代表されるような『電波』誘導兵器や電波探信儀レーダーなど目視範囲を超えて正確に索敵が行える索敵設備類、一秒と掛からずに正確な弾道計算を行える『電子計算機コンピューター』、秒間十文字を超えるような『高速データ』通信技術などは人類にはまだ早いと思ってるからだな……」


 俺の答えにアンダーセンが「ミサイルの魔術なんかもあるではないですか」と言った。

 まぁ、ミサイルの魔術を見せた事もあるし、存在自体は大昔から確認されていて、彼女に限らず実際に目にした事のある者も多いから無理はない。


「確かに言葉は同じだな。ミサイル付きの攻撃魔術など誘導兵器っぽいものはオースにも存在し、魔法の素養さえあれば誰でも使えるようになる。しかし、どんなに魔力を込めようがその射程距離は所詮は有視界止まり、それも正確に狙うのならせいぜい四〇〇~五〇〇m程度で済む」


 いちいち言いはしないが、破壊範囲だって俺が全力でファイアーボールに魔力を込めたところで村を一つ滅ぼせるくらいがせいぜいだ。


 尤も、元素魔法のみを使って生き埋めにするのであればロンベルティアくらいならなんとか出来るかもしれない。

 が、アンチマジックフィールドを使える程度の魔術師は少ないながらもそれなりに居る以上、対抗策だって全く無い訳じゃない。


 まあ、土や氷ではなく、地魔法に百倍の魔力を使って百万立方mの岩盤を出して少し上空から落としてやれば、仮に姉ちゃんがアンチマジックフィールドを使えたとしても受け止めるのは無理だけど。


 とは言え、そんな俺にしても覚悟して防御を固めていない通常時ならそれなり程度の攻撃魔術を頭部や心臓など急所に命中させられれば、多分一発で死ぬ。

 そういった急所を逸れたとしても、数発も連続して当てられればやはり殺されるだろう。

 勿論、魔術ではなく、弓矢や銃でもそれは同じことだ。


「私の言っているミサイル兵器はそのような魔術程度とは比較にならない。短いものでも数㎞、大型のものなら数千㎞もの射程を誇る。当然、目に見えない程遠い距離だが、目標にはほぼ正確に『着弾』……命中する。簡単に言うと、戦争になった時、相手の首都や王宮がどれほど遠くてもいつでも攻撃が可能で確実にダメージを与えられるものだ」


 ここで先に簡単に説明していた熱核兵器なども併せて説明する。


「そんなものがあったら戦争に負けないどころか、必ず勝てるじゃないか」


 バースが言った。

 まぁそう思うよね。


「一方しか持っていなければそうなるだろうな」


 そう答えると納得したように黙った。

 だが。


「例え双方が同じようなミサイルを持っていたとしても、先に撃てばええんちゃいまっか?」


 ヘッグスが言う。

 これも当然の疑問だろう。


「そこで先程言ったレーダーが出てくる。敵国がミサイルを発射したとほぼ同時にそれを知ることが出来る。正確な目標は不明でも大体どのあたりを狙っているかなどすぐに分かるんだ。そうしたらミサイルがこちらに届く前に報復としてこちらも相手に撃ち込む、という手段を取る事になる。そうなるとそういった兵器を所有していない国への脅しに使うか、共倒れになるのを覚悟して使うかしかなくなってしまう。実際、『地球』ではそうなってしまったな……」


 ここで一口お茶を啜る。

 もう既に冷めてしまい、香気も少なくなってしまっていた。


「な? そんな物、人間が使いこなせる訳がないんだよ……」


 ミサイルやレーダー、コンピューター、データ通信など人類には早すぎると言ったのも頷けるだろう?

 人間なんか、望遠鏡などの道具の力を借りたとしても己の目で索敵し、ゆっくりとした音声通信や電鍵通信でそれを伝え、計算尺や勘に頼った外れやすい攻撃をするくらいがいいところだ。


 今は細かいところまで話してはいないが、コンピューターやデータ通信だってそうだ。


 新聞や雑誌、ラジオ、画面の小さな白黒テレビ程度ならあってもいいが、それを超えるようなコミュニケーション技術など一利くらいはあるとしても害の方が大きいと思う。

 インターネットや携帯電話、内蔵カメラなどのデジタル技術など、人類大多数のメンタリティーがそれ相応に発達した後で広まらないと駄目な物の代表例だ。


「……そういうのは、人類がもう一段か二段、進化してから使う武器だと思う。まぁ、どういう進化になるのかなんて知らないけどな。これ以上進化なんてしたくない、と思う者も多いだろうし…あ? 進化?」


 進化とは何だ、と尋ねられた。

 答えるのは骨が折れそうなので後回しにしたいところだったが「人類には早すぎる」とか言ってしまった手前、避けて通れそうにはないので説明するしかない。

 他の件でも関わる話だし。


 人は、非常に長い時間をかけて少しづつ猿から進化して人になったのだ、と説明したが流石にこれについては中々理解が得られずに納得してもらうのにそれなりの時間を食ってしまった。


 でも、一応の納得が得られた事に心から驚いた。

 俺だけでなく、ノブフォムも適宜フォローしてくれた為だろう。

 納得と言っても心からの得心ではなく、俺やノブフォムがそう信じている、という点について理解が得られただけかもしれないけれど。


「話を戻す。拝金主義という言葉自体は悪い意味に捉えられ易い……まぁ、悪い意味の言葉である事は確かなんだが、儲ける事、金を稼ぐ事、目的がそれだけになってしまうという意味ではない。色々な物事のうちで順位付けをした結果、儲けることを第一に考える、と言うだけのもので、それ自体は個人の選択範囲と捉えれば別に悪い事ではない。例えば、私も商会を経営しているからな。商会長、という立場では拝金主義……金を稼ぐ事を上位に持って来ざるを得ない。金が稼げないと商会が立ち行かなくなり、そこで働く者たちが収入を得る手段がなくなってしまうからな」


 分かり易い話題だったからか、全員が素直に頷いてくれた。


「だが、私は自分の商会について金儲けのみを第一には考えていない。勿論、重要な目的ではあるが最重要だとは思っていない。最重要であると考えているのは商会を永続して続けていく事だけだ。商会を続けていくために、金を稼ぐ必要があるから重要だとは思っている。そこで儲けた金を私個人が貯め込みたいからではない。領土の運営や、私が所有する奴隷たち、勿論商会で働く者たちがより良い暮らしをしていく為に必要なものだからだ」


 バースやヘッグス、そしてノブフォムまでもが懐疑的な目を向けてきた。

 あーそうかよ。

 ボスに対してそういう目つきをした事は見逃してやるが、そういう目つきで見られた事は忘れねぇぞ。


 冗談はさておき。


「より良い暮らしとは何か? 分かる者はいるか?」

「楽に暮らせる事やんか?」

「いろいろな仕事や作業が便利になることだろう。そして高い給金を貰えるようになる事だろう」

「それを楽に暮らせると言うんやおまへんか?」

「それはそうかもしれないけど、私は違うと思うわ。安心して暮らせる事よ」


 俺の質問に答えてくれる者は多い。

 だが、ノブフォムだけは考え込んで沈黙している。


「聞いておいてなんだが、本当の正解はないんだと思う。だがここで私が言っている意味はアンダーセンの言葉に近いかもしれないな。毎日、明日への希望を持って生活出来る事だと考えている。この場合の希望とは、明日は今日よりも良い日になるだろう、という意味に近い。何かが便利になるとか何かに対して安心出来るようになる、という意味も含むし、給金が上がることで今まで買えなかった物が買えるようになる、という意味も含まれるだろう。けれど、具体的には飢えずに毎日食べられる事だと思う。食べられて、着るものがあり、暮らせる場所があるだけで人は暮らしていけると言うが、その中で一番大切なものは命に直結しているだけあって飢えない事ではないか?」


 勿論、着るものや住むところを軽視している訳じゃない。

 衣食住に順位を付けるなら食が一番大切だというだけの事だ。


 幸い、ダート平原は農業に適した土壌であることもあり、単位面積あたりの収穫量は王国の他の場所と比較して数%高く、収穫できる農作物の質も少し良い傾向がある。

 加えて、洪水や土砂崩れ、台風、熱波、干魃なども殆どなく、自然環境も良いと言える。


 暮らしていくのにこれほど適した土地も少ないと思う。


 但し、土地の開発はまだまだ不十分な事もあって他と比べて周辺に棲む魔物の数が多いだけでなく、強力且つ凶悪な魔物も多数の存在が確認されている。


 それら魔物による襲撃で直接的、間接的な被害を受ける事もある。


 そういった暴力に曝される可能性を無視すれば、という話になるのでそれを織り込むならもう少し安心して暮らせる土地の方がまだマシだという意見が圧倒的多数ではあるのだが……。


 魔物の排除が叶えば、いや、完全な排除とまでは行かなくとも生息数を減らしたり近寄れなくする事が出来るだけでも天秤はかなり良い方向へと傾けられるだろう。


 古今東西、為政者がまず心を砕くのは民を食わせる事で、それを疎かにした国家や集団が繁栄した例はないと言っても過言ではない。


「確かに……ロンベルト王国内でも北方にある小領土群では農奴なんか食うや食わずの土地もある。小さな頃に挨拶回りに行っただけだからあまり知った風な事は言えないけど私が直接見て、覚えているだけでもケルソン子爵のゾニン地方やターブル伯爵のベルガイス地方、コリント子爵の東トレマイア地方なんか酷いものだった。その三つの領土は全部ここ二〇年以内に領主の家系が変わっているわ」


 ああ、俺も聞いたことがある。

 伯爵になった時の上級貴族講義でだったかな。

 確か、ゾニンは農奴や食えない平民、貧乏な士爵なんかに一揆を起こされて当時ゾニンを治めていた子爵一家が全員殺されてしまった。


 反乱当時の農村への税率は八割だったらしいから江戸時代の岸和田藩には及ばないものの、かなりの重税だ。

 作付けている穀物も作付面積あたりの収穫量が高い米でなく麦が中心の筈なので農民の暮らし向きは非常に辛いものであったろう事に疑いの余地は少ない。


 だからこそ、堪忍袋の緒が切れて一揆が起こされたのだから。


 領主からの救援要請に応えた王国は、正規軍のみならず傭兵団まで使って一揆を鎮圧したが、救援が到着した時には領主であった貴族の一族は殆どが殺されており、ケルソンという子爵を新たにゾニンに封じ、他の領土並みの六割税に戻した事でゾニンを維持できたのだ。

 なお、一揆の中心人物は尽く捕えられて一族郎党老若男女、幼児に至るまで処刑されている。


 この出来事はゾニン一揆として世に知られていると言うが、バークッドは南西の端っこだったからか、講義を聞くまで俺は全く知らなかった。


 ベルガイスや東トレマイアもゾニンと似たような感じだった筈だ。


「そうだな。だからこそ、と言うべきかもしれないが……土地を支配する貴族は民の暮らしに無関心ではいけない。貴族が富むのはいいが、富み過ぎるのも良くない。物には全て分相応というものがある。分をわきまえない者はいずれ失敗し、足をすくわれる事になる。先程も言った、格差を広げすぎてはいけない。あまりにも格差が大きくなると是正するのが困難になるならまだ良い方で、普通は是正など出来るものではなくなる」


 肩を竦めて言う。


「格差、ねぇ。でも、閣下。例に出して申し訳ありませんが、閣下のグリード商会は順調に大きくなっているようじゃありませんか。王都では知らない者など居ない程に有名になってます。反面、グリード商会と比べて、それこそ吹けば飛ぶような小さな商会など沢山あります。その中の大半は、閣下がグリード商会を始めるよりも前から経営されてきた商会ばかりだと思います」


 俺の言葉にバースが反応した。


「まさに持てる者、持たざる者ではありまへんか。彼らは閣下程に有能ではなかっただけでっしゃろ? それに、バルドゥックの迷宮冒険者メイズ・レイダーらぁにも同んなじ事が言えるんちゃいまっか? ここにもんは全員、バルドゥックでは上の方に君臨しておった、凄腕揃いや。掃いて捨てるほどにいた有象無象らぁとはそもそもの格からしてちゃいまんねん。第一、彼らにもワイらと同じようにチャンスはあったんや。ワイらと同じか、それ以上に稼ぐ事だって出来たんや。格差が広がっているのも当然や。閣下の仰る通り、自助努力の欠如ちゃいまっか?」


 ヘッグスの言葉に俺以外の全員が頷くことで肯定を示す。

 うーん、俺にしても一概に肯定できない、という訳じゃない。


 一応は褒められていることもあって、苦笑いが浮かぶ。


「格差の例に冒険者を挙げるのは適切じゃないな。何せ完全歩合なんだし。やればやっただけ、働けば働いただけ得る物が大きくなるのは当然だ。それは格差じゃない。格差を説明するのにバルドゥックの冒険者は向いていない事は納得して欲しい。替わりに分かり易い例なら……そうだな。こういう感じかな。かけっこで一位から二位、三位と順位を付ける事は差別ではなく、区別だ。ここまでは良いか? そして一位に飴玉を三個、二位に二個、三位に一個賞品として与え、それ以下の順位には何も与えない。これが格差だ。差別と言ってもいい」


 俺の言葉にノブフォムは納得がいかない、という顔をした。


「差別って、そういうものですか? 普通は違うと思いますけど……」

「ん?そうか? 君の思う差別はどんなものだ?」

「えっと……」


 ノブフォムは全員の顔を見回す。


「……例えば、気を悪くしないで欲しいんですが、ここには普人族ヒュームが多いので例にします」


 ヒュームが多い、って、俺とアンダーセンの二人だけしかいないけどな……ああ、そういう方向ね。


「他種族とは異なりヒュームに対してだけ割の良くない、嫌な仕事しか与えない、などです。又はヒュームじゃないと人として扱わない、とかです」


 ノブフォムとヘッグス以外の全員がヘッグスに視線を向けた。

 ヘッグスはものすごく居心地が悪そうな顔になっている。


 恐らく似たような事を言うだろうな、とは思っていたがほぼそのまんまか。

 ノブフォムは現役時代の煉獄の炎(ゲヘナ・フレア)なんて知らないだろうから悪気があって言った訳じゃない。


「それも差別の一種だな。じゃあ折角だから差別について話そうか……」


 俺は人類皆平等とかいう寝言については昔から否定する人間だ。

 階級差もあったっていいし、あって当然だと思っている。


 尤も、先のかけっこのようなある種の差別は許容するが、許容できない差別も当然ある。

 例えば、ノブフォムが言った人種差別。

 その他、所属する国家、職業、性差などで差別する事は悪だと断言出来るし、許容は出来ない。


 地球において「差別には複数の形態が存在するが、その全ては何らかの除外行為や拒否行為である」と言われており、本来は優遇することも差別のうちに入るが、大抵の場合正当な理由なく否定的に扱って冷遇することを言う。


 しかしながら、大昔から長い間、人類はありとあらゆる物を差別してきた。


 区別ではなく、差別をし続けてきた。


 俺だって“基本的に”差別は悪い事だと思っている。


 だけれども、必ずしも全ての差別を否定するものではない。

 文化に根ざした物もあるし、それ以外にどうしても必要な差別という物もある事を知っているからだ。

 そうした中で格差が生まれることも許容できる。


「私が許容出来ないのは、正当な理由などない理不尽な差別だ。差別を否定する声を封じ込めたり、格差を大きくしようとする動きだ。先程のかけっこでも、一位二位三位の賞品とは別に、参加した全員に飴玉を一つ渡してやりたい」


 皆の表情が少し柔らかくなった。


「多くの場合、差別はされる当人にとって理不尽なものであることが多い。この場合のされる当人とは、差別によって不利益を被ったり冷遇される方の事な。さっきのかけっこやノブフォムが言った事よりももう少し分かり易い例を挙げるなら……騎士団への入団が挙げられるだろう。普通、騎士団へ入団を希望する者は入団試験を受け、合格しなければならない。そして試験の合否は大抵の場合、成績で決まる……しかし、これは成績による差別に他ならないことは解るか?」


 全員、当然だというように頷く。


「また、法に定められている訳では無いが、貴族だろうが奴隷だろうが小さな子供の飲酒を禁じている家庭も多い。これも立派な差別だ。乗合馬車では同じ車両に乗っても座る席によって値段が異なる事があることを知っているか? うん、高い座席には座布団クッションが用意されていたり、混んでいても使える座席の幅が大きかったりするな。これも差別だ。これらの差別について、君たちはどう思う?」


 それぞれ「当然だ」「何が問題なんだ?」などと言っている。


「そうか。ではこういうのはどうだ? ヘッグス、先に謝っておく。例に出してすまん。ドワーフ以外の種族にはどうしても必要な事以外話し掛けられても相手にしない、というのも差別だ。そして、さっきの騎士団への入団だ。その騎士団を所有する貴族の継嗣や、その地の領主の継嗣は大抵の場合、年齢や能力が入団の基準に達していなくとも入団させるし、騎士の叙任の基準も緩くなる事が多い。事実、私のリーグル伯爵騎士団でも騎士ラヒュートや騎士キブナルは基準ギリギリ、科目によっては基準に達していなくとも騎士として叙任させた。これも差別だ」


 差別には必要なもの“差別することでデメリットよりもメリットの大きくなるもの”と許容できないもの“差別することでメリットよりもデメリットの大きくなるもの”の二種類があり、前者であれば世の中に受け容れられやすい事を知って欲しい。


「まぁ、なんだかんだ言っても、差別だからといって必ずしも悪い事ではない。私が目指すところも差別のない世ではない。貧富もあるし格差だってある。だが、格差についてはできるだけ減らしたい、という世の中だ。貴族には貴族の、平民には平民の、自由民には自由民の、そして奴隷には奴隷の幸せを追い求めて欲しいし、実現して欲しいと思っている」


 

江戸時代の岸和田藩は確かに税率8~9割で村落によっては10割を超えていたところも少なくなかったそうです。

ですが、年貢の割り出しに使われた大本の検地データは太閤検地であり、その後開拓された新規農地における収穫や農法の改良・進歩による生産力の向上、加えて地理的に大坂に近かったので商品作物の栽培が盛んであったため、実収は検地帳の高をはるかに上回っていらしいです。

なお、これだけ年貢を取っていても藩の財政は火の車だった模様です。

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