第三百四十一話 カリード攻略戦
7451年9月25日
デーバス王国ラゾッド侯爵領、カリード。
アレキサンダー・ベルグリッド王子が指揮する軍はそのカリードの街の西側を塞ぐ防壁の前に展開していた。
街を守る防壁の上部には矢を射るための切り欠きを持つ胸壁も築かれており、中々の防備を誇っている。
午前中から始まった攻略戦は、アレクが命じた数騎の騎馬隊が偵察のように防壁のあちこちに突出しては走り回り、碌な戦果も挙げないまま退却している。
当然被害もない。
この行動自体は街を守る受け手の矢を消費させつつも防壁の守りの様子を探る意味合いもある。
加えて、門の内側に籠もっている敵の部隊を誘い出す狙いもあるため、戦理に適っている。
過去に幾度もあった攻城戦などに於いてもよく使われている戦術の一つで、ある程度の集団を指揮するような騎士であれば誰でも知っているオーソドックスなものだ。
勿論、アレクとしてはこういった一般的な戦術から始める事で相手の思考を誘導する事を狙っている。
実際、街の守備隊は門を出たところで鉄砲の射撃に遭う事を恐れているようで、誘いには一向に乗らず、城門を開けようとすらせずにしっかりと閉じたままだ。
何しろアレク達が装備し、ここまでの侵攻戦において大活躍した鉄砲については攻略戦が開始されて以降まだ一発も発射されていないのだ。
これについては、既に何丁か鹵獲されている以上、魔法の武器や魔道具でない事は判明していると見るべきで、弾丸切れを恐れていると見せ掛ける狙いもあった。
尤も、その狙い自体は読まれているのか、本当に恐れているのかの判断はつかない。
どちらにせよ、壁内に閉じ籠もったまま打って出て来ない事自体はアレクらにとって願ったりである。
観戦に訪れた白凰騎士団の面々は鉄砲の威力が確認できず、面白くはないが。
そして今、アレクは新たな命令を下す。
「では、ダンテス五百人長、手はず通りに」
「は。部隊の用意は済んでおりますれば、三分後には」
彼が指揮する部隊は攻略全隊の約半数、青虎騎士団の一〇〇〇名程だ。
「うむ。無理をするなとは言わんが……出来るだけ被害は抑えてくれ。そなたらの部隊はあの街を占領した後にこそ働いて貰わねばならんのだ」
「それは勿論心得ております。見事彼奴らの目を釘付けにして見せましょう!」
「頼んだぞ!」
ダンテス五百人長は乗騎にムチを入れると己が管掌する青虎騎士団の本隊へと向かった。
程なくして、ダンテス五百人長の部隊が突出を始めた。
それに呼応するかのように、防壁上からは今までとは比較にならない量の矢が飛んで来る。
だが、ダンテス五百人長の指揮する部隊は多くの兵が大盾を持ち、通常の戦闘部隊よりも防御力に比重を置いた重装兵で構成されている。
多少鈍重にはなるが、その分矢に対する防御力は並ではない。
「よし、砲撃戦部隊。前へ!」
囮の部隊を送り出して数分後、アレクは親衛隊員のボークスに命じた。
訓練が行き届いている親衛隊員達は、鋭い返事をして砲身と架台が搭載された馬車を前進させ始める。
壁上から放たれる矢は囮部隊へと集中しており、盾を構えたまま待機し続ける本隊の中を進んでくる馬車には殆ど注意が払われていない。
馬車隊の最後尾には宮廷魔導師のゲグラン准爵やその護衛に任ぜられている冒険者のバーンズらも付いて来ており、砲身冷却に備えている。
壁門の正面に並ぶ本隊の前面ギリギリ、門から八〇m程の地点で馬車は止まり、随伴していた親衛隊員達の手によって大砲が組み立てられ始めた。
ここまで近距離であれば砲弾の弾道は放物線ではなく低伸弾道となり、完全な直射範囲内という事もあって目標である門を外す方が難しい。
なにせ門の大きさは横幅で四m、高さは三mもあるのだから。
壁上から攻撃されないかとハラハラしながら組み立てる様子を見守るレーン達だが、攻城用の猫でも組み立てているのだろうと見なされているのか、矢は一向に飛んでこない。
猫を操作するのは人で、人に矢は効くが移動式破城槌である猫自体に矢は効果が見込めないからだ。
矢によって猫を完全に破壊出来るのならともかく、組み立てを邪魔したところでいずれ組み立てられてしまうのは火を見るより明らかであり、あまり意味はない。
それなら壁に取り付こうと迫ってくる部隊目掛けて撃ち込んだ方がまだマシなのである。
簡易クレーンによってまず架台が降ろされた。
親衛隊員達は慎重に架台の向きを調整しつつ重量のある架台を降ろすことに成功する。
続いて肝心の砲身だ。
大盾を掲げる兵に防御を固めさせ、重量のある花崗岩製の架台の上に黄金に輝く青銅製の砲身を下ろしていく。
架台よりはまだ軽いものの、肉厚に作られた金属製の砲身の重量もかなりのものだ。
「よーし、そのまま……ゆっくりと」
ボークスの命に、砲身とは反対側の綱を持つ親衛隊員達は額に玉の汗を浮かせながら少しずつその手を緩めていく。
「あともうちょい……そのままそのまま……」
砲耳が架台の窪みに嵌った。
「よし、いいぞ! 綱を外せ!」
親衛隊員達は素早く砲身に掛けられていた綱を外すと、照準調整用に数名を残してもう一門の組み立てに取り掛かる。
殆ど水平の砲身は、元々架台を慎重に設置していたからか、方位角に対して僅かに調整を加えられたのみで方向と角度を固定された。
ここまで砲架と砲身を運んできた馬車はすぐに後方に引き返し始める。
邪魔な馬車がいなくなったところで、レーンが一門目の大砲の周囲に発射口を開いたコの字型に土を盛っていく。
戸板による水密は素早さと柔軟さでは有効だと認められたが、固定に時間が掛かる事が不安視されたために、砲の側面と後方分だけでも土壁にした方が良いとレーンが主張したからだ。
大砲発射の衝撃波は大部分が前方に集中するため、水の漏れる戸板よりも水密性の高い土壁の方が優れているのは当然であるため、「レーンが良いなら」と認められたのである。
なお、発射後の砲の前方部に対する土壁作成は幾ら時間の短縮が図れようとレーンの身の安全が優先されたために認められなかった。
一発でも発射し、効力が顕になってしまえば、大砲周辺に矢が降り注ぐであろう事は誰でも予想が付いたからだ。
彼女の傍にはヘクサーとジャックが侍り、大盾を構えて矢に対する防御を固めている。
当初に予想した通り、壁上の弓兵は未だこちらに照準を合わせては来ない。
尤も、ダンテス五百人長は実戦経験も豊富な優秀と言って良い指揮官だ。
壁に取り付くと見せ掛けて、撃退されて諦め、また別の壁に取り付くように部隊を動かすなど朝飯前である。
まして、実際には取り付く必要など無いのだからなおさらだ。
「固定したか? ならば装薬しろ!」
ボークスの声に装填担当の親衛隊員が手慣れた様子で砲口から薄い布に包まれた黒色火薬を押し入れる。
粉末状に加工した火薬を予め一発分の量で分けているのだ。
砲身長は六〇㎝程度なので火薬の量は大して多くはない。
とは言えたっぷり二リットルはある。
砲尾まで押し込まれた火薬は親衛隊員の手で中央部に凹みが作られ、続いて球体状をした鋳鉄製の砲弾が押し込まれる。
砲弾の直径は砲の口径よりも微妙に小さく作られているため、簡単には押し込めない。
銃に使っているものよりもずっと太い槊杖の様な込め矢で押し、砲弾をしっかりと発射薬に密着させる。
砲弾が押し込められると砲の後尾上部に開けられている火門から錐が差し込まれ、装薬袋に穴が開けられ、導火用に少量の黒色火薬が詰められた。
続いて点火用の道火桿が用意され、発射準備は完了だ。
あと数分で二門目の大砲も発射準備が整うだろう。
この頃になって、アレクに勧められたのか、観戦者達も大砲から少し離れ、尚且城門がよく見える辺りに移動してきた。
ダンテス五百人長が率いる部隊は城門から二〇〇mも離れた辺りで攻城戦の真似事を繰り返している。
長梯子を移動させたり、魔術師っぽく手を空けた者が土でも出すような振りでもしてやれば防衛する側としては神経質に対応をせざるを得ない。
その御蔭でこちらはまだ碌に注目されていない。
尤も、単に大砲を組み立てているのみで大きな動きを見せた訳でもないし、受け手としては今まさに壁に取り付こうとしている部隊を追い払うのに必死なため、当然ではある。
二門とも発射準備が整った。
「もう見えなくなってしまいましたが、あのタイホーとやら、金色で綺麗ですな」
「青銅製らしいですよ」
「本当に門を壊せるのでしょうか?」
「さぁ。実戦での使用は今回が初めてと言いますから、それはなんとも……」
白凰騎士団の副団長を務めているケスター・ベルグリッド子爵を始めとする白凰騎士団の幹部も、現時点で受け手側が大砲周辺に矢を射かけてくる事はないと理解しており興味津々で成り行きを見守っている。
「私はまずテッポーとやらが使われる所を見てみたかったのですが……」
「某もです。この短期間で幾つもの砦、村、街を陥落させたのはテッポーの威力だと聞いておりますし」
「殿下のお話ですとタイホーはテッポーをより大型にして威力を高めたものらしいですが、たった二つしかない物で如何なる……」
「旗が上がりましたな」
大砲の傍で手旗のような小さな旗が上げられた。
あの旗が発射準備完了の合図だとされている。
続いてアレクの座す本陣でも似たような小旗が上げられた。
任意に発射せよ、の命令だ。
大砲陣地で用意を終えたボークスが大声で大砲の発射を命じた。
大砲の脇に控えていた道火桿を持った親衛隊員達は揃って火種を火門へと近づけた。
大砲の後部の盛り土の後ろではレーンが両耳を指で塞ぐ。
盾で手を塞がれているヘクサーとジャックは、とっくにボロ布を耳に突っ込んでいた。
・・・・・・・・・
壁門の上にある胸壁に守られた防壁上には槍や剣を携えた兵がまばらにいるだけだ。
弓兵は勿論、梯子などを防壁に掛けられた際の対抗用として用意されている油壺や屎尿壺などは大部分がダンテス五百人長が率いる攻城部隊の近辺へ移動している。
胸壁によって覆われている防壁上の幅は五m程もあり、別の場所を攻められたとしても素早く移動する事が可能なため、防壁上の全ての場所に兵を配置しておく必要がないからだ。
尤も、防壁上を埋め尽くせるほどの数がいない、という実情も大きいが。
なお、高さ八mにもなる防壁に昇降する事の出来る階段は南北に五〇〇mも続く防壁の両端近くにしか無い。
たとえ防壁を乗り越えられたとしても、一箇所しかない壁門までの距離を稼ぐためにそうしているのだが、壁の修復用資材を運び上げ、破壊された箇所を修復するために掛かる時間は長くなるので一長一短ではある。
とは言え、どうしても急ぐのであれば魔法使いが壁上まで続く土でも出せば階段は作れなくもない。
その防壁上では数人の兵士達が会話していた。
「何かやってるな……」
「何やってんだろうな?」
「さぁな……猫かと思ったが、すっげぇ短いしどうも違うようだが……?」
「流石にあの火噴き棒じゃあ、防壁は壊せないよな」
彼らはどうやらモクルイスやそれ以前に攻め落とされた砦などからカリードまで後退してきた兵士のようである。
「そりゃあそうだろ。あれってすげぇ威力のある、鏃だけを飛ばす弓みたいなもんだと言うし、こっちから打って出るような馬鹿な真似をしなきゃ……」
「ああ。石の胸壁や、土とは言えこんだけ分厚い壁には歯が立たんだろ」
銃の威力を知っているだけに、壁の前に広がる広場の様な場所で使われたらとんでもない威力を発揮するだろう事は理解している。
また、その威力の限界についても知られているようでもある。
「んん? ……金か? あれ?」
「まさか。青銅か真鍮だろ?」
「そりゃそうだ。金なんか使う訳がない」
「でも、重そうだ。あの金色の棒で突っ込んで来るつもりかな?」
「だとしてもあの短さだぜ。手に出来る人数も少ないし、重すぎて碌に速度が出ないだろ」
「ああ、威力は知れてるな」
「んだな。あれならでかい木の棒の方がまだ威力を出せる……おい!」
「どうした?」
「あの棒、穴が開いてるぞ?」
「軽くするためかな?」
「そうかも」
「ん~、でもあの棒を乗せてる台だけどよ。車輪が付いてるようには見えねぇ」
「はぁ……?」
「本当だ! 何だろうな?」
「何か囲ってるし」
「あれ、ひょっとして弩砲とかかな?」
「弓の取り付け前か?」
「そうかも」
「いや、火噴き棒のでかい奴かも……!」
「おい、一応報告に行っとけ!」
「ん、分かった。俺が行こう」
「ああ、頼むぞ!」
そう言って一人の兵士が壁上を走り出した時。
大砲のあった位置から轟雷とも思えるような大きな音、そして大量の白煙が湧き上がった。
次いで、ドン! という大きな音がしたかと思うと壁門の上に立つ足元が少し揺れた。
「なんだ!? 今のは?」
誰かが言う言葉に混じり、壁の内側の地上部から悲鳴のような声が届いて来る。
兵士達が「一体何事か」と思う間もなく、もう一門の大砲も火を噴いた。
・・・・・・・・・
「……っ!」
「なんと……」
白鳳騎士団の観戦武官達は揃って絶句していた。
勿論、彼らを護るために付随してきた騎士団員達も同様に言葉を失っている。
遠い壁上で防戦していた敵兵すらも動きを止めた。
勿論味方もだが。
最初の一撃で両開きの門はへしゃぎ、大きな隙間が空いた。
戦果を確認する間もなく、二撃目が門扉に命中し、更にその隙間を広げたようだ。
幅五〇㎝程の隙間からはへし折られた閂の様な太い木の棒が二本も見えている。
門の後ろには何かを詰めた樽でも積んであったらしいが、大砲の威力はその樽すらも後退させているようだ。
「……!」
大砲の傍では誰かが何かを命じているが数十mもの距離があるため、内容までは聞き取れなかった。
ダンテス五百人長の命によるものか、壁を攻撃していた部隊が動き出した。
門扉から更に遠くなるような方向だ。
暫くして大砲の方から発射時とはまた異なる大きな音がした。
同時に叱咤したり何かを急がせたりする声も聞こえてくる。
だが、ケスター副団長達はへしゃいだ門扉を呆然として眺めるだけである。
「聞いていた通り、すごい音もそうだが……」
「あの門扉を一撃であんなに……」
「これは……戦い方が変わるな……」
そうしているうちに、門扉の向こう側では修復作業も始まったようだ。
しかし、二本の閂は折れ飛んでしまった訳ではなく、門の裏には樽が積まれている。
門の修繕にはまず邪魔な樽をどかし、閂を切り離して外し、新たな閂を装着する必要がある。
その後、再び樽を元に戻さなくてはならない。
だがそれは門扉がひしゃげていない、という条件も必要だ。
あの門扉は、片側の幅が二m程もあり、高さは優に三mを超えているだろう。
そして、頑丈そうな樫の板を何枚も貼り合わせた上で、周囲や各部が金属で補強されている。
それがひしゃげてしまっているのだ。
どう考えても数時間程度の修理時間でどうこう出来る代物ではない。
「あれがタマ、という奴か?」
誰かの言葉に周囲の者達は揃って彼が指差す辺りを注視する。
門と大砲の中間あたりには、かなり歪になった金属の塊がうっすらとした白煙を上げて転がっている。
どうやらあれが飛んでいって門に命中したようだ、と誰もが気が付いた。
見るからに重そうな金属塊。
それが目にも止まらぬほどの速さで飛んでいったのだ。
唾を飲む音がする。
「これは……これなら……」
「うむ。ガムロイの城門ですら破壊出来るかもしれんな……」
「次を撃つまでには多少時間が必要だと言うが……」
「ああ。でも、それも一五分程度らしいから……」
「私、次の発射は近くで見てみます!」
「私も行きます!」
その後数分で大砲は再び轟音を鳴らした。
レーンの協力によって、次弾発射までの時間は一〇分を切るまでに短縮されていたのである。
その攻撃によって、門扉は割れこそしなかったものの、修理不能なまでに歪んだ。
門の隙間は一m程にまで拡張され、砲弾命中の衝撃で積まれていた樽が崩れた事も確認できる。
見た所、土か水でも詰めていたのであろう樽は、とても一人や二人では運べない程の重量があるようだ。
ここに及び、壁上でも大きな動きが見られた。
それまで壁を守ろうとしていた受け手側では、門扉が大威力の攻撃を受けたとまでは気付いていなかったのだが、漸く伝令によって事実が伝えられたのだろう。
壁上を弓を抱えた兵士たちが慌てて移動し始めたのが見える。
そして、アレクの周辺から大砲の轟音とはまた異なる乾いた音がし始める。
その音も大きな音である事は確かなのだが、先に大砲の発射音を聞いてしまっただけに、誰もその音には驚くことはなかった。
驚いたのはパンパンという音が何回か鳴る度に壁上から絶叫らしきものが上がる事であった。
そして、壁上から大砲の方へ矢が放たれ始めた頃。
大砲はまた轟音を上げ、白煙を撒き散らした。
この砲撃によって、門扉の片方は蝶番が破壊されたらしく、大きく傾いでいる。
最初の砲撃から僅か二〇分。
カリードを守っていた強固な城壁はたったそれだけの時間で穿たれてしまった。
一〇分おきにとんでもない威力の攻撃を行うことが出来る大砲を背景に、アレクが撃ち込ませた矢文にカリードの街が降伏する一時間前の事である。




