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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第三百四十話 攻略前夜

7451年9月20日


 早朝。

 べグリッツの耕作地の農道。

 耕作地にはもう既に農奴の姿も見え始めている。


「おはよう」

「あ、おはよう御座います、奥様」


 バルソン准爵は騎士団への出勤途上にミヅチと顔を合わせた。

 二人共、首に紐を結んだ子犬を連れている。


「ほら、行くよ」


 顔を合わせた子犬達も嬉しそうにじゃれ合い始めてしまったので、ミヅチは軽く紐を引きながら声を掛けた。


「奥様のシロも元気そうですね」


 ふんふんと鼻を鳴らしながらミヅチが引く真っ白い子犬とじゃれ合う薄茶色の子犬の紐を引き、バルソン准爵は二頭に距離を取らそうとする。

 ミヅチも彼女とは反対側にシロのリードを引っ張った。


 放っておくといつまでもじゃれ合い続け、永遠に目的地へ行けないからだ。


「ええ。今朝も燕麦オートミールお粥(ポリッジ)をこんなに食べたのよ」


 ミヅチはニコニコと笑いながら両手の平を小鉢のようにして言う。


「ええっ!? そんなに食べるんですか!?」


 ミヅチの手を見たバルソン准爵は少し驚いたようだ。


「コロルはそんなに食べないです……味が嫌いなのかな? 今朝もその半分も食べてません」


 そして少し悲しげな顔になる。


お粥(ポリッジ)、牛乳で作ってる?」

「ええ。あんまり食べないから甘くしたら食べるかもしれないと思ってハチミツまで入れたんですけど」

「ハチミツかぁ。贅沢させたわね……」


 砂糖ほどではないが蜂蜜は非常に高価な調味料で、准爵くらいに高収入でもおいそれとは使えない。まして犬の餌など以ての外である。


「でも、ハチミツは子犬の時にはあんまり良くないわ。ボツリヌスとか怖いし」

「ボツリヌス?」

「ああ、『細菌』の一種よ」

「! 病気の元じゃないですか! 私、何てものを……」


 “細菌”という日本語自体はエムイー訓練の座学で講習があるため、准爵も知っていた。

 そのためか、准爵は一瞬だけ驚いたものの、すぐに後悔してしまう。


「大量にあげたんじゃなきゃ、そこまで心配しなくても大丈夫よ。どのくらい混ぜたの?」

「え? ほんの味付け程度で、小さじ半分くらいです。それをお粥(ポリッジ)に混ぜて」

「そのくらいなら大丈夫でしょ。でも暫くはあげないほうがいいわね」

「そうですか。でもそれだと何をあげたら……?」

「いままでと一緒でいいわよ。食べる量がシロと比べて少ないのだって、コロルの方がまだ赤ちゃんに近いからだと思うし」


 ミヅチの言う通り、准爵が連れている薄茶色の子犬はミヅチの真っ白な子犬よりも少し小さい。

 ついでに、犬種も異なっている。

 ミヅチの犬はマレンマという犬種で、准爵の犬はコーギーという犬種だ。


 尤も、オース一般で犬種などはあまり重視されない。

 犬は犬であり、牧羊犬や番犬として役に立てるのであれば何でもいいのである。


「ハチミツだけど、人間も抵抗力の低い赤ちゃんにはあげないほうがいいわ。一歳になればあまり気にしなくてもいいみたいだけど」

「そうなんですか。私、ウチの子にもあげちゃってましたが、大丈夫でしょうか?」


 准爵は二人の子供を産んでいるのだが、子供が喜ぶからと赤ん坊のうちからハチミツを与えていたのだ。

 なお、彼女の父親は百人程の農奴を抱え、アルに直接仕えている従士で士爵である。

 父の爵位を襲爵するまでは貴族籍からの離脱を避けるために夫とは事実婚に留めているので、二人の子供は私生児扱いになっている。


「確か、下の子はもう三つなのよね? そこまで無事に大きく育ってるんだし、問題なかったんでしょうね。もう気にしなくても大丈夫な筈よ」

「ああ、良かった~。あ、これ……すみません」


 農道の脇に立っている木に差し掛かったとき、コロルはそこに向けて小便をしたのだ。

 勿論、シロもしている。


「あら、コロルはメスなのに足上げてる」

「そうなんですよ……もう、ダメ! 女の子なのにはしたないわね」

「ん~、足をあげないでおしっこをさせるように躾けたいなら、叱るだけじゃなくて、ちゃんと出来た時にすっごく褒めてあげる方が効果的なんだって」

「へぇ~、そうなんですか」


 二匹とも小便をした跡に後ろ足で土をかけている。


 二人はそれを引っ張って犬の会話を続けながら歩く。


 時節柄、陽は完全に地面から顔を出しており、二人と二頭は長い影を引きながら騎士団の駐屯地へと向かった。




・・・・・・・・・




 朝。

 アレク達が駐屯する砦。


『それで、昨日の話だけどな……』


 ふんわりと焼かれたパンをバター皿に浸し、アレクは喋り始めた。


 この食堂にはアレクの他にミュールとレーン、そしてヘクサーがいる。

 レーンとヘクサー以外には転生者として認識されていないジャックは朝食会に参加する資格はないのだ。


『やっぱりカリードを陥し、街の治安を回復させるまでは居てくれないか?』


 昨夜、レーンはヘクサーとジャックに相談した結果、ダート平原から齎された情報については全てアレクに報告していた。

 その際に、カリードを陥落させ次第、少なくともレーンだけでもランドグリーズに、いやダート平原に向かいたいと希望を述べていたのだ。

 それに対し、アレクは一晩考えさせてくれとの返答をしている。


『え~、動物はできるだけ小さいうちに接触を増やした方が慣れるのよ?』

『それは、わかってるさ』

『ならいいじゃない?』


 レーンは葉野菜のサラダに匙でドレッシングを掛け、木製の大きなフォークとスプーンを器用に使ってサラダにドレッシングを馴染ませながら答えた。

 サラダは野菜類の他にカリカリに焼いた後で小さく切ったベーコンや小さな賽の目にして揚げたコーミ芋などがふんだんに使われている、かなり贅沢なものだ。


『……』


 ミュールとヘクサーは二人の会話には口を挟まず、これまた丁寧に作られたスープを啜るだけだ。


『レーンだって今まで占領してきた街を見て分かってるだろう? 占領直後が一番まずいんだよ』


 大きな人口を抱える街は、占領したと言ってもどこに残兵が隠れているか知れたものではない。

 勿論街を守っていた軍の大半は死んでいるかどこぞへと撤退しているのだが、情報伝達が未熟なためにそれを知らずに部隊ごと取り残されるなどよくあるし、逃げ遅れて民家や納屋などに隠れている者も多い。


 場合によっては民家の住人が匿ったりする事すら珍しくはないのだ。


 それを狩り出すのは非常に骨の折れる仕事である。


 また、相応に危険も伴う。

 怪我人も当たり前のように出る。

 治療が遅れたりすれば、それこそ要らぬ戦死者すら出してしまう羽目になる。


 そういった事を考慮すればアレクとしては本国から交代の部隊が到着するであろう冬頃まで、レーンにはカリードに留まっていてほしい所だった。


『それは解るけどね』

『なら……』

『私は必須じゃないでしょ? 治癒魔術の使い手だって二〇人以上いるんだし』

『レーン程の技倆うでじゃないだろ』

『そう言ってなし崩しにずるずると留まるのは反対だと以前から言っていた筈よ』


 アレクは、場合によっては、本国から送られてくる交代部隊や補充要員をすら飲み込み、この旧ラゾッド侯爵領を軍閥支配する事も考えており、それを転生者達にも告白していた。


 今の部下達のアレクへの忠誠心や感服の度合いを考えれば、ある程度現実味をもって考えられる話ではある。


 尤も、食料や一般的な武具などの補給はともかくとして、火薬や鉄砲、銃弾、そして大砲など部下達を従えさせた諸々の補給を考えると流石に難しい。

 それらを生産可能なのは現時点では王都であるランドグリーズのみなのだから。


『……分かったよ。カリードの攻略が済み次第、レーンは戻ってもいい』

『うん。そうさせて貰うわ』


 そう答えながらレーンはサラダを四つの小皿に分け終えると、一つをアレクの方へ押しやった。


『ああ、すまん』


 アレクは早速サラダにフォークを突き込んで食べ始めた。


 ミュールとヘクサーもサラダを受け取ると、アレクとは比較にならない大口を開けて放り込んでバリバリと咀嚼する。


『あ、塩くれ』

『ほい』


 ミュールの言葉にヘクサーは手元に置きっぱなしだった塩の小瓶を手渡した。

 受け取ったミュールは目玉焼きに少しだけ振ると皿を持ち上げて口を付け、フォークでずらすようにして食べる。


 それを見てレーンは眉を顰めるが、何度言っても直らないのでもう諦めている。


 なお、ヘクサーの方は丁寧に黄身の周りにナイフを入れて白身を切り離し、一口ずつフォークで食べている。


『おふぁったみはいはな……』


 ミュールがもぐもぐを口を動かしながら言った。


『もう。飲んでから言いなさいよ』

『ああ、悪ぃ。なら俺の考えを言わせて貰う。アレクの気持ちも解るが、俺はレーンの方を支持する。さっさと行くべきだ』

『……』


 ミュールの言葉にアレクとヘクサーは彼の顔を見るが、二人共口を挟むことなく食事を続けている。


『一つは伝言の件。レーンは気を悪くしないで聞いて欲しいんだが、伝言の内容は本当に“連絡を待つ”だったのか? “連絡をする”とか“連絡を待て”だったかも知れない』


 それは、彼らの間で初めて言われた言葉だった。

 そのためか、残り三人の間にははっとしたような雰囲気が流れた。


『ああ勿論、“連絡を待つ”かも知れないけどな。でも、伝言ゲームなんてどうなるか分からないだろ? まして聞いたのが子供なんだし』


 そう言いながらミュールは落ちついた様子でパンをスープ皿に浸した。

 パンに少し残っていたバターが澄んだスープの表面に油紋を広げる。


『万が一の事を考えるなら、レーンはランドグリーズか、伝言を受けたという奴隷がいた村に居た方がいいんじゃないか、って事だ。せめて年内はね』


 その言葉にはアレクも反論が出来なかった。


『当然、レーンの警護には充分な兵を付けるべきだろうな。まぁ、レーンなら必要ないだろうけどさ。そこは宮廷魔導師コート・ウィザードなんだし、時と場合によって使い潰せる盾は居た方がいい。なんせ、チビとは言えドラゴンが居るってんだし』


 ヘクサーもミュールの言葉を補強するかのように言う。


『そしてもう一つは、今ヘクサーが言ったドラゴンだ。ちっさいドラゴンで人に慣れてるのなら飼い馴らせばいい。ドラゴンが大きくなるのにどのくらいの時間が必要かなんてわかんねぇけど、子供のうちから人に慣れさせるのは大切だと思う。将来絶対に役に立つぞ』


 当然の言葉だ。

 アレクだってそのくらいの事は理解している。

 だが、それ以上にカリードの占領政策が重要だと考えていただけの事であった。


『言葉も理解してるってんなら、俺達のうちの誰かをさっさと送るべきだ。生まれ変わりなら誰でもいいとは思うが、レーンの奴隷が見つけて飼い慣らしてるんだから、ここはレーンが行った方が良いと思うんだよ』

『確かにね。命令を日本語で覚えさせるのも良いかも』


 ちぎったパンをバター皿に付けながらレーンが合いの手を入れる。


『それに、なんと言ってもドラゴンだしな。大きくなったら誰かを背中に乗せて飛べるかもって、レーンが言ってた。空を飛べるとなると偵察にも使えるし唯一無二だ』


 黄身だけになった目玉焼きの下に慎重にフォークを差し入れながらヘクサーが言う。


『確かにそうだな。レーンの言う通り、カリードを占領した後、レーンは絶対に必要、という訳じゃない。空を飛べるってのは重要だ……ドラゴンがまだ小さいと聞いて誰かを乗せて飛ぶって事を考えの外に置いてたよ』


 アレクは自嘲するように言うとスープにスプーンを浸して一口飲んだ。


『いや、流石にすぐには人なんか乗せられないだろ』


 ミュールが慰めるように言う。 


『うん……でもドラゴンを管理するなら俺達のような生まれ変わりがやるべきと言うのは理解できる』


 再びサラダにフォークを入れてアレクが答えた。


『そりゃそうだ。背に人を乗せてくれるようになるかは別としても、本当に飼いならせるなら将来的には凄く大きな戦力になるのは間違いない』


 黄身を味わい終わったヘクサーが言葉を継ぐ。

 レーンも頷いた。


『それに、権威付けにもなると思うわ。考えてみて、ドラゴンがある程度大きくなったとして、それを従えている軍はそれだけで大幅に士気が上がると思うの。それにそれを見た敵はどう感じるか……きっとドラゴンを恐れて降伏してくるでしょうね』


 レーンの言葉に、残る三人はそれぞれの脳内でイメージを展開する。


 いつか行われるかも知れない大決戦。

 そこでドラゴンを操る者がいれば……。


 そうでなくとも報告に於いて本物のドラゴンはたった一頭で数千人程度の軍隊など蹴散らしたのだ。

 尤も、そのドラゴンはロンベルトの生まれ変わりに倒されてしまった可能性が高いが、それでも大きな戦力になるだろうし、象徴として自軍にいてくれるだけでも大いに味方の士気を鼓舞してくれるだろう。


『パール・ドラゴンと言ったな』

『ええ』

『本当は海辺に居るんだろ?』

『文献の記録と、現在生息が確認されている個体はそうね』

『ならば育てるのも海辺が良いんじゃないか?』

『それはそうね。私もそう思うわ』


 レーンの言葉にアレクは頷いた。


『ならカルネリで飼育してみるのが良いだろう』

『ランドグリーズだって海岸まで遠くないわ』

『いや、ドラゴンを飼っている事は出来るだけ伏せるべきだ。その点、カルネリなら造船関係で情報規制を敷いているから知られにくい』


 アレクとしては然程深く考えて発言した訳ではない。

 たまたまカルネリに対しての情報規制が上手く言っている事と、海辺に位置している事が都合が良いと思っただけだ。


『そうね。帰る途中でクリスにも事情を話して飼育小屋とか用意しておいて貰う事にするわ……』




・・・・・・・・・




7451年9月23日


 遂にアレク達の下に待望の大砲が到着した。

 ついでに、白鳳騎士団時代の上官連中も何名か付属していたが、それは元々織り込み済みだ。


 彼らの顔を見たアレクは主将のような位置取りで地面に跪いて出迎えた。

 本来の主将であるダンテス五百人長は副将のようにアレクの斜め後ろで跪いている。


 視察に来た白鳳騎士団の副団長は僅かに目をみはったものの、すぐに納得の表情になった。


「殿下。お立ち下さい。殿下のご活躍は王都でも大変な評判ですぞ」


 副団長はアレクの又従兄弟であると同時に、身分を弁える男である。

 いずれはベルグリッド一族の頭領となるアレクに対して、以前より丁寧に接していた。

 年齢は一〇も離れているが、近い年代であればもっと親しい間柄になっていたかも知れない。


「は。ケスター副団長もご壮健そうでなによりです。長旅でお疲れでしょうし、視察団ご一行には部屋を用意してあります故、お休み下さい」


 視察団を砦に追いやると、到着した親衛隊員達が進み出てきた。

 ここまで大砲を運搬し、実際に運用を担当するボークス達だ。


「ボークス。早速説明を頼むが今組み立てまでする必要はない。今日は説明だけでいい」


 アレクの要求にボークスは大砲が積まれた馬車を警護している部下達に対して声を掛けた。


 明日は組み立てと分解を行い、明後日にはカリードの攻略が行われる事になるだろう。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] ワンちゃんはなんとか幸せになって欲しいけど イージスの鬱ネタにはならないで欲しい
[一言] 面白い
[良い点] 犬せつない…… 外洋船に載って魔法使えるドラゴンが攻めてくるのは怖いですね 王都に来るのか、それともジンダル半島に来るのか
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