第三百三十二話 かわいがり 2
7451年8月29日
「……」
望遠鏡の向こうではトリスたち訓練生があえぐようにして歩いている。
奴らまでの距離は二〇〇m強だ。
そんなに離れているのに舌を出すようにあえぐ間抜け面をクッキリハッキリと見える望遠鏡を作った俺って凄い。
何せこいつの最大望遠は八倍ちょいもあるし。
……いや、うん。地球のとは比べないでくれよ。
こいつよりももっとずっと小型の双眼鏡だって、もっとズーム可能なのは知ってるよ。
これでも頑張ってる方なんだよ……。
それはそうと、午前中にトリスとロッコの脚を折ってやり、彼らはそれを魔法の治療薬で治している。
だが、所詮は単なるヒーリング・ポーションだ。
骨折部分は即座に治ったのだろうが……。
まだかなりの痛みが残っている筈だ。
その証拠に二人共即席の松葉杖をついている。
まぁ、きれいに骨だけを折ったので外傷が残るような骨折をさせた訳じゃないから、歩くのに機能的な支障はないだろう。
単に骨折したところが痛いだけだ。
激痛さえ我慢できるなら走ったり戦闘したりも可能だよ。
我慢できるなら、ね。
しかし、あの様子だと腕とか肩を折るまでもないな。
時速は……目算で五〇〇~六〇〇mと言ったところか。
今はベロス山の森の中なので、山から降りて、起伏のないちゃんとした道に出れば倍の速度は出るだろう。
今いる地点から山を降り、森を出るまでざっと三㎞。
その傍にはチェックポイントがある。
そこから騎士団本部まではだいたい一五㎞。
だが、そのうち街道部分はミード村の西にある最後のチェックポイント後、僅か七~八㎞しかない。
そして制限時間は今は午後二時丁度なので、あと二二時間。
このペースだとちょっと遅いが、森を抜け、多少なりとも足場の良くなる草原部分をどの程度の速度で踏破出来るかにかかっているな。
街道と同じくらいの速度が出せる、若しくは街道をもっと早く移動出来るなら多少の休憩を取る余裕もある……ありゃ、ビンスがコケたみたいだ。
足首を捻って捻挫でもしたら……すぐに立ち上がったみたいだし大丈夫そうか。
しかし、皆の足取りを見るに、あそこの足場はそう悪くはなさそうだ。
とすると、疲労だな。
他にも、女性を中心にフラフラとした者が多い。
さて、仕掛けに行くか。
・・・・・・・・・
夕日が殆ど見えなくなり、日没が近くなっても訓練生達はまだ森から出られていなかった。
「この森、どこまで続くんだよ……」
ジェルがぼやくように言うが、誰も反応しない。
このセリフについては誰もが同じ考えを抱いているから、という訳ではない。
その証拠に少し前から勾配は殆ど感じなくなっており、森を抜け出すまで左程もかからないだろうと思われているからだ。
「もう少しだ……頑張ろう」
デーニックが掠れた声で言う。
現在、戦闘隊長に任命されている事もあるが、それをおいても皆を元気づけなくては、と考えた為だ。
参加している現役騎士の中でも年長、という理由もあるかもしれない。
「ああ、くそ、日が沈んじまう……」
顔を歪め、ロッコが言った。
その声に皆も思わず太陽の方へ顔を上げる。
「エムイー・ラミレス、エムイー・ケイネスタンの言うこと、判るかい?」
「あ?」
キムの言葉にジェルは訝しげな顔になる。
「日が沈みそうなのが判るって事は、お日様が地面と下枝の間に見えてるって事さ」
キムが言う通り、今にも沈みそうな太陽は木々の枝よりも更に低い位置に見えている。
「だから何だってんだよ?」
「鈍いねぇ。山下りはもうとっくに終わったって事さ」
「何でわかる? 感じないくらい下り坂かも知れないじゃないか」
「だからあんたはアホなんだ。感じないくらいならそれはもう山を降りきったも一緒だろう? それに……」
「それに?」
キムは喋るのも億劫な様子だが、ここで投げ出してはいけない、と思って言葉を続ける。
「お日様が下枝よりも低い位置に見えるって事は……あっち側にはもうここらよりも低い位置に生えてる木は無いと見ていいのさ……」
日の落ちる西を指して言うキムの言葉は間違ってはいない。
だが、ちょっと苦しい部分もある。
仮にここがまだベロス山の中腹だと仮定しても西側の木が生えている場所の高度はこの場所と然程変わらない筈だからだ。
これが、日が沈むのが正面に見えていたのであれば、日没時に太陽が見える事を指して「もう高度は平地とあまり変わらない」と言うのなら納得なのだが。
幾人かはキムの言葉の矛盾に気が付いてはいたが、あまりにも億劫なので「キムの言葉でジェルが黙るのならそれで充分だ。喋る体力も惜しいし」とばかりに口を噤んでいる。
「おお、なるほど!」
皆の期待通りか、ジェルはキムの言葉で納得がいったようで、少し元気そうな声を出した。
――あれだけ座学を受けたってのに……なかなか変わらないもんだな。
痛みに顔を歪めながらトリスは嘆息する。
“変わらない”対象はロッコなのかジェルなのか、はたまた両名なのかは不明だが、恐らくはジェルの方であろう。
――そんな事より、下り坂が終わったら確かに少し楽になったな。
痛む骨折部もさることながら、松葉杖を突く脇や腕も、もう相当に痛み、疲労が蓄積していた。
しかし、地面が平坦に近くなればなる程、疲れる度合いはマシになっているようだ。
勿論、杖を使っている以上、いつも通りとはいかないが、それでもだいぶ楽になった。
この分なら……。
「エムイー・デーニック。戦闘隊長」
トリスは思い切って今の戦闘隊長であるデーニックに声を掛けた。
「具申します。下り坂が終わって少し楽になりました。荷物を戻して貰っても担げると思います」
トリスの意見具申にデーニックはちょっとだけ悩むが……。
「いや、次の教官交代地点まではこのまま行く」
皆の顔を見回してからきっぱりと言った。
決められた距離(地理を含む路面やコース、部隊の状況にもよるが、荷物のない健康体で大体四~五時間で進める距離)毎にチェックポイントが定められており、随伴する教官や視察者はそこに到達する度に交代し、コースを先回りしたりゆっくりと休憩や野営をしたりしている。
彼が推測する現在地が正しいのなら、あと一㎞も進まないうちに森が切れ、チェックポイントに到達するはずだった。
しかし、デーニックは荷物の交換や詰替えの為に今、全員の行軍を止めたくはなかったのだ。
ここで行き脚を止めてしまえばその場にへたり込んでしまいかねない者がいた事もある。
「た、大した……ものですな……」
「ええ……全くです……」
訓練の視察のため、少し離れた場所で同行していたエーラース伯爵騎士団の団長とドレスラー伯爵騎士団の団長が、息も絶え絶えに言葉を交わす。
「この……状況、で……まだ冷静な……判断力を……」
「残している……ウチの騎士団に……欲しい……」
「た、確かに……しかし、あの……カロス……タラン……と……ケイネスタン……」
「脚を……折ったと……言う……のに……とんでもない……男……達ですな……」
時速にして一㎞にも遠く及ばない、非常にゆっくりとした速度に殆ど身一つの格好の騎士団長達だが、その顔には訓練生並みに深い疲労の色が浮いている。
「さ、流石は……グリード、閣下と……一緒に……」
「危険な……冒険を……していただけは……ありますね……」
ここで二人は少しだけ足を止めると最後尾から付いてきていた教官のバリュート士爵と合流し、水袋を受け取るとそれぞれコップ一杯くらいの量を飲んで人心地をつける。
「し、しかし……これ……ほどの訓練……とは……」
「本……当に……ここ、まで……ひ、必要……なんですかね……」
彼らもダート平原の郷士騎士団で団長を務めているだけあって、魔物退治の経験は指揮だけでなく直接戦闘する実戦もそれなりに豊富だ。
また、デーバス王国との戦闘で劣勢になった場合、後詰めとなる戦力を管理している立場でもある事から、ロンベルト王国の他の領地の騎士団員などよりも余程訓練を行ってきている。
全員揃って腕にも、そして体力にも、かなりの自信があった。
だが、エムイーの想定訓練が開始されてからすぐに、鎧は当然、武装や水筒に至るまで荷物は一切携帯しなくなっていた。
それでも年齢を考慮すれば、山中や森林の道なき道を踏破するこの訓練について来ている、という事実だけで、単なるお飾りの騎士団長ではないだろう。
たとえ数時間ごとにそれなりの休憩や睡眠が取れるとしても、普段から鍛え続けている者でなければ半日で動けなくなる程度には体を酷使しているのだから。
「さ、行きますよ」
膝に手をつく騎士団長達を横目に、緊急対応用のヒーリングポーションや食料などを詰め込んだ背嚢を背負ったバリュート士爵は、その場の誰よりもしっかりとした足取りで歩き出した。
・・・・・・・・・
今俺が居る場所はチェックポイントで馬にブラッシングして待っているマリーのすぐ脇だ。
少し離れたところでは焚き火を焚き、その脇には高さ二mになる旗付きのポールを立ててチェックポイントの目印にしている。
ランセル伯爵騎士団の団長なんかもいる。
「ちっ、まだかよ……」
そろそろ森から出てくる筈だと思ってディテクト・ライフの魔術を使う。
太陽もとっくに沈み、月明かりがあるとは言え焚き火の明かりが届かないところは闇に近い。
数十mも離れるともうよく見えないしね。
魔術の結果、彼らはもう森から出ていた。
この場所から真南に出て来るのが最短距離の筈なのに、二〇〇m以上も東に出て来ちゃってるあたり、まだまだだなぁ。
まぁ、それも想定内なのであまり問題はない。
時期的に暑いこともあって、既に俺は上半身の衣服を脱いでいる。
インヴィジビリティの魔術を使って全身を透明化すると、素早くズボンと一緒に下着も脱いで丸めて荷物のそばに置いた。
「来たぞ。行ってくる」
「えっ!?」
俺の声にマリーが振り返るが姿が見えないので少し慌てていた。
「こっちだよ。じゃあな」
それだけ言うと出来るだけ音を立てないように気を付けながら少し南東方向へ移動する。
実は、チェックポイントを東から南、そして西と半円状に取り囲むように地雷を設置してあるんだよね。
勿論、殺傷能力などないものだけど。
まぁ、演習用模擬地雷ってところだね。
・・・・・・・・・
やっとダート平原の森から抜け出した訓練生達は、かなり離れた場所にチェックポイントの目印らしき炎を見つけた。
同行してきた各騎士団長達も明かりを見てホッと息を吐く。
「戦闘隊長、現在地確認!」
教官としてついていたバリュート士爵の命にデーニックは可能な限りの大声で「エムイー!」と答えた。
訓練生達はさっと集合すると地図を広げた。
この程度の月明かりがあれば、誰でも地図くらいなら充分に見える。
「あそこがチェックポイントだろ? 距離は……?」
戦闘隊長のデーニックは片膝をついて立ち上がると手袋を外して焚き火に向かって右手を伸ばし、片目を閉じて人差し指を立てた。
それを見て全員が同じように手を伸ばしている。
が、人によって立てる指は親指だったり小指だったりと結構まちまちだ。
「えーっと、旗の高さが二mだろ……」
誰かが言うその声で、思い出したように全員が立てていた指を横に寝かす。
「わかんねー。半分よりは小さく見えるな」
「暗いし、見ずらいよね」
「四分の一くらいか?」
「えーっと、四割る……二mだから三で……掛ける六〇っと」
「おい、なんでそうなるのよ?」
「え? 今朝の測距だとさ……」
「あれは馬車だったからだし、指も親指だったわよ。今朝とは状況が全く違うでしょ?」
「エムイー・ラミレスは相変わらず馬鹿だな。四mに二mが幾つ入るか考えればいいんだぞ? 八だ」
「掛けてますよね、それ……割るんですよ。その計算なら答えは二です。エムイー・ケイネスタン」
「はぁ……お前ら、指の幅の何分の一かわかんのかよ?」
「わかるわけねー」
――はぁ。【秤】が使えりゃ一発なのになぁ。
嘆息しながらトリスは思い、片目を瞑って横にした小指とポールを見比べる。
「俺の小指だとポールの高さは丁度半分くらいに見える。ポールの高さが二mなら……あそこまでは大体二四〇m前後だな」
トリスの言葉に何名かの訓練生も声を合わせるようにほぼ同じ内容を口にした。
「二四〇mか……森から出てチェックポイントが左手なんだし、この辺りかな?」
地図の一点を指しながら言うロリックの言葉への反論はない。
「エムイー! 教官殿。我々の現在地はここです!」
デーニックがロリックの推測したポイントを指差して答える。
「ふむ。エムイー・デーニック。貴様、その理由を言ってみろ」
「エムイー。あそこに見える焚き火の脇にチェックポイントのポールが見えますでしょうか?」
「……見えるな」
「あのポールの高さは二mです。ここからですと地面からあのポールの天辺まで小指の幅の半分です。故に、高さが倍ならば丁度小指の幅です。ならば公式がそのまま当てはまります。六〇倍して二四〇mです!」
「……よかろう。チェックポイントへ向かえ」
「エムイー!」
全員立ち上がると、疲労した足を引き摺りつつもチェックポイントへと向かい始めた。
……。
…………。
………………。
チェックポイントまでかなり近づいた時、それは起こる。
・・・・・・・・・
奴らの間抜け面をできるだけ近くで拝みたいと、靴だけ残して全身透明化してまで草叢に潜んでいる。
日が落ちているとは言え、まだ夏だし、寒くはないからね。
……もう少し。
あとちょいで引っかかるところ迄来ている。
苦心して作り上げた80式対人地雷っぽいやつだ。
引張線に間抜けが引っかかって信管が抜けると、仕掛けられた場所から二mくらい飛び上がって破裂する。
まぁ、今回のは演習地雷とでも言うべきものなので破裂まではしない。
が、その替わり地雷が飛び上がったら「ボン!」とか言って脅かしてやるつもりなのだ。
ウォーター系だとしても攻撃魔術を使ったら立派な敵対行動だし、透明化が無効になっちゃうからね。
おっと、時間切れか。
まだもう少し距離もあるみたいだし、もう一度透明化を掛けておこう。
にひひひ。
はやく引っかかんねぇかな……。
なお、先頭を歩いていて引っかかった間抜けは戦死判定まではしないものの、自力移動不可という大怪我判定をしてやるつもりだ。
ここで人一人の体重プラスそいつが担いでいる荷物分の重量が部隊に加算されるのはでかいぞぉ。
そっと上半身を伸ばし、歩いてくる訓練生たちを見る。
どいつもこいつも幽鬼のように景気の悪い、しけた面をしてやがる。
去年の俺もあんなだっただろう事は想像に難くない。
トリスもロッコもすっかり心がへし折れたと見える。
松葉杖をついている事も相まって酷い様相だ。
先頭は騎士団の虎人族の男性正騎士、ガレイン卿か。
でかい図体で腕力もあり、いつも自信満々な様子だったのにすっかり小さくなっちゃってまぁ。
だが、そのでかい図体は丁度いい重量物となってくれるだろう。
あと僅かだ。
どんな顔を見せてくれるだろう。
うぷぷぷぷ。
足を引き摺っているため、引張線をまたいでしまうという事はあり得ない。
「止まれっ!」
誰かが怒鳴る。
ガレイン卿はびくりとして動きを止めた。
止めてしまった。
「エムイー・ガレイン。進まずに足元をよく見ろ」
と、トリスか!?
どうやって気づいた?
まさか、あの野郎、赤外線視力を!?
いや、赤外線視力は温度差を視るだけだ。
月明りで影でも出来たのか?
草のない道がある訳でもないのに?
「これは一体……?」
ガレインの野郎はゆっくりとしゃがむ。
全員が彼の傍に近づき足元を観察し始めた。
「そこを見ろ。草が変な倒れ方をしているだろ?」
むぅ。引張線は直線でしか引けないし、目立たないように気を付けてもどうしてもそういう部分は出来てしまう。
あいつ、周囲の草の様子を見ていたのか……?
地雷やそういった罠的な存在に気が付いて、又は「ある」と仮定していなきゃそんな観察しないと思うんだが……。
「何? この糸みたいなの?」
「これは……まさか『地雷』か!? よく気がついたな、エムイー・カロスタラン」
ロリックは正体に気がついたようだ。
「『地雷』かどうかまでは線を辿ってみるまではわからんが……」
確かに。
引張線ではないがバルドゥックの迷宮内では弩を発射する罠とかあったしね。
く……くそぅ……。
妙に悔しい。
だけど嬉しい。
「アルさんだぞ?」
トリスは嫌そうな声音で言った。
何だよそれ、くそぅ。
「言われてみれば……そうだな。チェックポイントの傍だからって安心は出来ないな」
ロリックも頷いてんじゃねぇよ。
何が「そうだな」だよ、お前ら、普段から俺の事そういう目で見てやがったのか。
この野郎。
「『地雷』って座学でやったあれか?」
「そうね。確か『火薬』で金属片とかを撒き散らす危ない奴よね?」
「ああ、覚えてる。大将、そんな危ねぇもんを……」
「まさか。団長がそんな危険な物を……まさか……」
「それを平気でやるのが……」
「確かにアルならやりそうだよね……」
くっそ!
ちくそー!
み、皆して言いたい放題言いやがって!
「用心してまたいで乗り越えよう」
「ああ、エムイー・ガレイン。よく気を付けろよ? あの人なら踏み越えた先にもう一本仕掛けてる可能性が高いからな」
むききー!
とっとととトリスめぇぇぇ!
俺の楽しみを邪魔した罪は重いぞ!
あー、こんなことなら由緒正しい圧力作動式の67式対人地雷もどきも作っときゃよかった!
でもあれ、埋めるのが手間すぎる……。
あと、埋めた場所をしっかり記録しておく必要もあるしなぁ。
くそ、こうなったら俺が模擬地雷の引張線を引っ張ってやる!
地雷を組み込んだ障害システムだって守備側の誰かが発動させるのだ。
「あっ!?」
うん?
何でこっち見てんの?
「いたっ!」
「「団長!?」」
はっ!?
ひょっとして、今の気持ち、敵意になっちゃったの?
いや、引張線に手をかけたからか?
透明化が解けちまってる!
「くふっ」
変な声が出た。
股間を隠しながらしゃがむと同時に心を落ち着かせ、再度透明化の魔術を使う。
成功だ。
うっ、うわぁぁぁん!
見られちゃったよ、ミヅえも~ん!
ダッシュで服を置いた場所まで駆け戻った。
月明かりもあったとは言え、結構暗いし、それなりに距離もあった。
細部までは分かるまい、と思いたい。
・・・・・・・・・
7451年8月30日
正午。
トリス達訓練生はデッドラインギリギリだったものの、無事に騎士団本部まで戻ってきた。
予め連絡していたので騎士や従士だけでなく、彼らの家族や縁者も正門の前に並んで勇者の帰還を出迎える。
俺も騎士団長らしく完全武装を整えて出迎えてやった。
「エムイー・デーニック。訓練修了、おめでとう。よく頑張ったな。今日からこの徽章を佩用するように」
大きめの輪っかにしたリボンにエムイー徽章を付けたものをデーニックの首にかけてやる。
「エムイー! ありがとうございます!」
一人ひとりに声を掛け、徽章を授与してやる。
そして最後にトリスの前に立つ。
「エムイー・カロスタラン。主席での訓練修了、おめでとう。よくぞ大きな試練を乗り越えた。大したものだ。今日からこの徽章を佩用するように」
「エムイー! ありがとうございます!」
「うむ。次は幹部エムイー訓練でまた会おうな!」
「えっ……?」
最後にこの顔を見れたので、昨晩、俺の地雷を見破ってくれた件は全部水に流すことにした。
幹部エムイー訓練云々は本当だが、来年だよ来年。
二回目の方な。
流石にこの状態の人間を明日から始まる第一回幹部エムイー訓練に放り込むほど俺も鬼じゃねぇさ。
読者の皆様。
今年も一年、応援ありがとうございました。
今年は怪我をしたりコロナに罹ったりあまり良いことはありませんでしたが、厄払いが済んだと思って来年に期待しています。
来年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
◆文中に出てきた体の一部分を使っての簡易測距法(正式な名称はないと思います)は陸上自衛隊の普通科の隊員なら全員が知っていると思います。
簡単な例ですと全長4m程度の自動車に対し、手を伸ばして小指一本分の幅で隠れたらそこまでの距離は240m(4m×60で計算する)、親指一本分の幅で隠れたら120m(4m×30で計算する)というように非常に大雑把(親指の幅が小指の倍という大雑把さ)に計測する方法です。
この×60とか×30というのは小指とか親指で変わります。
人差し指と中指二本なら×20とか×15とかで計算します。
まぁ、この方法には大きな欠点もあります。
誤差が大きいと点と、対象の実際の長さを知っていないと距離を測れないところです。
でも、よく目にするものについて幾つか覚えておきさえすればいい、と言う点と道具を使わないで済むのは大きな長所でしょう。
もう少し正確さを求めるのであれば、きちんと測った長さに切った板などで親指や指二本、三本、拳を横に、縦に、などして丁度隠れる場所までの距離を測っておくのが良いでしょう。
また、対象までの角度を測るのにも使えます。
例えば人差し指と親指を90度の角度で開き、地平線から目標までの高さと合わせます。
ほぼぴったりなら、その高さまではあなたから大体15度くらいです。
同様に拳の横幅なら10度くらいです。
これは体格によって腕の長さや指の幅などが同一の比率を持つであろう、という事によって成り立つ計算なので正確ではありませんが「まぁ大体、こんくらい」的な感覚で使えるとは思います。




