第三百二十六話 新生・レーンの盾 1
7451年8月13日
さて、どうすっかね……?
メトロノームのようにゆっくりと頭を左右に振り、ついでに肩も回しながら考えてみるが、首はコキコキとは鳴らなかった。
こちらを窺っている奴はまだ子供としか表現出来ないような年齢で、そう簡単に殺すのも躊躇われる。
とは言え、例のデーバスの宮廷魔術師の家が所有する奴隷(武装しているようだし戦闘奴隷だろう)で、魔法の特殊技能も当然のように複数持っている。
とっ捕まえて捕虜として身代金をせしめるにしても、奴隷として適当に売り払うにしても、どちらでもそれなりの金額は見込める。
しかし、この年齢で元素魔法を三つか。
生まれながらの奴隷でない可能性もあるから奴隷教育をやり直させて俺の奴隷として囲うというのも悪くはない。
そういえば、去年の始めにタンクール村で戦った奴隷たちは全員魔法が使えた。
その時はタンクール攻略の最中だった事もあって結局全員処分してしまったが、あれだけの数の奴隷全員に魔法を仕込むくらいの酔狂さだ。
それを考えると、あそこでこちらを窺っているガキもその流れなんだろうなぁ……。
あん時の奴隷たちを思い出す。
確かリーダー格はもういいおっさんだった事くらいしか思い出せない。
残りは男女半々くらいで年齢は俺よりも少し下。そして亜人が多かったっけな、という程度の印象だ。
生き残った女を一人、クローに誑し込ませて色々と情報を吐かせたんだよ。
まぁ、時間に余裕がない状況でもあったから本当に重要だと思うことしか聞かなかったけど。
……あれからもう一年半も経っているのか。
今はクローも居ないし、誑し込むのは無理。
居たところであそこの四人に女が混じっているとも限らない。
男だけなら、そして、女が居たとしても普人族でないならクローは誑し込めないし。
また、捕まえて情報を吐かせるにしてもあの年齢じゃあ拷問に耐えようとすれば死んでしまいかねない。
かと言ってスッキリサッパリあと腐れ無いように殺してしまう、というのも躊躇われる程度には幼い年齢だ。
奴の傍に居る三人も年齢は同程度なのだろうか?
流石にそれはないだろうな。
いくら魔法が使えるとは言え、あの程度の技能レベルのローティーンだけでダート平原に放り込むってのは考えにくい。
なら捕まえるのも一興か。
複数人で行動しているならリーダーも居るだろうし、リーダーならそれなりの判断力や統率力も必要だ。
幾らなんでもリーダーはあのガキほどには幼くないだろうさ……。
ま、当初の予定通り今日はここら一帯に放火もしなきゃならないし、視界確保のためにまずは足場作りだな。
護衛の騎士たちに少し離れるように命じ、目の前に高さ七~八m程度の階段を作ると一気に駆け上がる。
そして、地魔法で土のドーナツを作り、奴らの周囲を囲むように設置した。
次いで素早く生命感知を使う。
流石に慌てたようで固まって逃げ出そうとしているらしい。
バラバラに逃げようとしない所を見るに、やはりリーダーは大したことのない奴だろう。
俺の騎士団で斥候教育を受けたリーダーなら、敵いそうにない相手と出くわしたのであれば追手の戦力の分散と、少しでも生存者を多くする事を狙ってバラバラか、最低でも複数のグループに分かれて逃走するように指示する。
そして、リーダーが普通の頭を持っているのなら予めこのような場合にはどうすると決めておく。
バラバラにならず一塊のまま、というのは戦ってこちらを打ち倒せる公算が大きいか、確実に逃げられる、と見極められた場合にのみ選択すべきだ。
もしくは完全に逃げ場を塞がれ、破れかぶれになっての捨て身の時くらいしかない。
いきなりバカでかいドーナツで周囲を囲まれたのだ。
既に発見されていると見るべきだし、逃走を選択したのなら全員固まってはまず過ぎるだろ。
こりゃあ、ひょっとしたら四人は全員ローティーンかも知れない。
自然と溜め息が出た。
少しお灸を据えてやるか。
とは言え流石に氷漬けはあんまりだろう。
ここは適当に埋めてやるか。
・・・・・・・・・
デーバスの斥候――はやはり全員がゲグラン家とやらが所有する戦闘奴隷だった。
年齢は、最初に俺が発見したトマーリーというヒュームの男の子が最も年下の一一歳。
彼と同い年の猫人族の女の子、サーシャ。
そして残る二人は彼らより一つ年上、虎人族の男の子、ジェイスに狼人族の男の子、ラグローグだ。
やはり子供だけだったか。
それはそうと、ある程度予想していた通り、全員が魔法の特殊技能を持っており、保有している魔力量も三桁にも及んでいた。
そして、胸くらいまで埋めた土の上からは手を出し、トマーリーやサーシャ、ジェイスは近付いてくる俺の姿を認めるなりフレイムアローやストーンアローを撃ってきた。
生意気にも数秒程度で連射して来たのにはちょっと吃驚した。
まぁ、全部アンチマジックフィールドで飲み込んでやったので何にも害はなかったけど。
ラグローグという奴に至っては、仲間が攻撃魔術を使っている横で一生懸命に精神集中を行い、俺が傍に寄ったあたりでアンチマジックフィールドを完成させやがった。
これには一瞬だけ唖然としたが、すぐに自前のアンチマジックフィールドを変形させて干渉してやったらあっさりと俺のアンチマジックフィールドに飲み込まれて消えたのでどうと言う事はなかった。
しかし、これだけ実用的な攻撃魔術の腕を持ち、充分な魔力を持っていたなら確かにバラバラに逃げるよりは固まって行動したことも頷けなくはない。
俺の出した土壁まで移動し、三人が攻撃魔術で追手の接近を阻んでいる間にウルフワーの小僧がアンチマジックフィールドで一部でも土壁を消せばそこから脱出が可能だろうし、壁を抜けたらそこには適当に地魔法でも使って塞ぎ、追跡を妨害してやればいいのだから。
これ以上、攻撃魔術で抵抗されても面倒なので、全員の肩を蹴り飛ばして骨を折る。
サーシャは痛みのあまりか泣いてしまう。
このあたりで俺に同行して来た第二騎士団の騎士が二人、おっとり刀で駆けつけてきた。
見ての通り抵抗出来ないようにした子供だけなので周囲の警戒を命じて距離を取らせるが、たったの二人(残りの一人は馬を見ているのだろう)だから周囲を固めると言うほどではない。
モンスターの接近警報の代わりになってくれれば上出来だ。
「くそっ、何にもしゃべるなよ!?」
彼らのリーダーだったのだろう。
タイガーマンのジェイスが唸るように言う。
俺は、また後で土を消すのが面倒くせえなぁ、と思いながら追加で土を出すと全員の肩まで埋めてやった。
しかし、ゲグラン家の娘……。
この様子だとレーンティア様とやらいうお仲間は、魔力の増幅法に気付いているようだな。
法則性について完全に掴めているかまでは不明だが、年端も行かないうちから魔力切れを起こさせたあとで魔力を回復させると魔力の上限が増える事がある、という事は知っているのだろう。
効率の良い魔力消化の魔術を教え込んでいるかどうかはわからないが、こんなガキ共に攻撃魔術を短時間で連射出来るように学ばせている。
狙ってやらなきゃ無理のある話だ。
こりゃあ、完全に俺がやろうとしている事の先を行かれているな。
流石に魔力量については中途半端な感が否めないからずっと前から仕込んでいた、という感じはしないが……でも、奴隷として購入した時期の問題もあるだろうし、一概には判断できないか。
それにしても一二歳の小僧が圧倒的な強者である俺を前にして「何もしゃべるなよ」か。
去年の頭にぶっ殺した戦闘奴隷たちも揃ってレーンティア様とやらへの忠誠心は高かった。
余程良い扱いをされていたのだろう。
「ステータスオープン……ステータスオープン……ステータスオープン……ステータスオープン……ふん、全員がゲグラン家の奴隷か」
「……」
ガキ共は揃って俺の言葉に反抗的な目を向けてくる。
それなりの金を生むだろうとは言え、所詮はまだガキの奴隷だ。
先程の対応は、年齢から考えると見事ではある。
ダート平原に巣食う魔物だって、それなりの大物でもない限りはさほど苦労もせずに倒せるだろう。
が、攻撃魔術の使い方も素直すぎるし、今のところ同数程度の頭数が揃っているならリーグル伯爵騎士団の正騎士でも倒せる程度の力しかない。
それに、それなりの金とは言え、四人合わせて五千万にはならない。
まだ若いし末端価格なら倍くらいまで跳ね上がる可能性もあるが、それでも一億に達するかどうかと言うところだ。
要するに、ここは対話のチャンネルを設ける事を考えるべき所だという事だ。
「今から幾つか質問をする。正直に答えたらこのまま見逃してやる」
「……」
「明らかな嘘を吐いたり、私が嘘だと断じれば……わかるな?」
ナイフを抜き、一番年下のトマーリーの首筋に当てる。
「っ……!」
トマーリーは目を強く瞑ると歯を食いしばった。
へぇ、なかなか大したもんだ。
「もっと良い事を教えてやろう。ここで死んだらそなたらの持ち主であるレーンティア様に迷惑がかかるぞ?」
この言葉には全員が目を剥く。
考えもしていなかったのだろうな。
「そなたらが揃って死ぬのだ。私はそなたらが私の村を襲ってきたので退治した。ついては持ち主であるレーンティア様に責任を取って頂きたい、とデーバスの王宮に申し入れるだろう」
「そんな……!?」
「嘘じゃないか!」
「俺達はそんな事してねぇ!」
「そんな嘘が通用するもんか!」
俺の言葉を耳にして、ガキ共は口々に不平を言い始めた。
しかし、レーンティア様が持ち主、という点には何の反論も受けずに流された。
まぁ、判っていた事ではあるが、やはりこいつらはレーンティア様が買い集め、育てたという事だろうな。
やっぱガキはガキか。
「さて。どうかな? 確かに嘘だが、そなたらが全員死んでしまっている状況でそれをどうやって証明する? 証明できるにしてもそれなりに時間も掛かるのは解るな? その間、レーンティア様はご同僚の宮廷魔術師や王家の方々、軍の方々にどういう目で見られるのかね?」
ああ、レーンティア様は宮廷魔導師だから宮廷魔術師は同僚じゃないんだっけ?
そこはどうでもいいか。
我がグリード侯爵領はデーバス王国に対して単独で宣戦布告を行っているようなものだから、王宮だの軍隊だのは大きな問題にしない可能性もある。
だが、普通なら勝手な軍事行動は咎められて当たり前だ。
まして、このあたりに領地がある訳でもないし、そも軍隊の指揮権すら持っていないような人間だ。
俺の村を陥落させたというならまだしも、流石のオースだって称賛する奴は居ないはず。
「それに、そなたらには相当にお金も掛けられているだろう? 加えて、そこまで魔術を仕込まれているからには結構な時間だって掛かっているはずだ。それら全てを無にするという事だぞ?」
「……汚ねぇぞ」
「さて、薄汚いのはどちらかな? こちらをこっそりと盗み見ていたそなたらではないのか? 私は幾つかの質問に正直に答えれば寛大にも見逃してやろうと提案しているだけなのだがな」
「……」
この辺りは丁度国境といってもいい土地だ。
勿論、双方のパトロールが彷徨いていたとしても不思議はない。
究極的にはそこで何をしていようが勝手だ。
当然、咎めたり邪魔したりしてもいい。
そういう意味では俺を観察していようが、それを以て罪とまでは言えない。
だが、このくらいの年齢であれば言い方一つで幾らでも誘導は可能だ。
後で騙されたと腹を立てる可能性はあるが、そんなもの俺の知ったことではない。
「そなたらが私の質問に対して明らかな嘘を答えるのであれば、こちらも嘘を吐くのは当然の行いではないか?」
「……」
「良いか? 勘違いをして欲しくはないからもう一度言う。そなたらが嘘を吐くのであれば、私はその報復をするだけの事だ。そして、私はそういった事についてきちんと説明し、そなたらの持ち主にまで及ぶであろう迷惑も説明している」
「……」
ガキ共は不安そうな顔色になっている。
「分かってくれたようで良かった」
にっこりと微笑んだ。
「さて、では質問だ。そなたらはデーバス王国の軍隊に所属しているのかね? 所属しているのならどこの騎士団だ?」
ゲグラン家は確か男爵家だ。
しかも宮廷魔術師らしいから、領地は持っていない可能性もある。
持っていた所でいいとこ街が一つだろうから、本格的な騎士団は持っていないだろう。
せいぜい、どこかの上級貴族家の騎士団所属だろうと思っていた。
「……白凰騎士団に所属している」
思っていたよりも素直に答えが帰ってきた。
やはりジェイスがリーダー役なのだろう。
「ほう、白凰騎士団か。その年齢でデーバス随一と名高い白凰騎士団とは大したものだ」
ここは結構本音だ。
だが、俺の答えを聞いて全員が少し自慢げな顔になったのには笑いを堪えるのに苦労する。
「所属部隊名は?」
「……第六独立警備小隊だ」
独立警備小隊?
なんぞ?
聞いたことのない部隊だが、こんな子供を正規の部隊に組み込むというのも不自然な話ではある。
レーンティア様が無理やりねじ込んだことで作られた専用の部隊名の可能性もあるか……。
さて、後は幾つか確認したい事もあるが、それよりも前に伝言だ。
「今から言う言葉をしっかりと覚えてレーンティア様に可能な限り急いで伝えろ。時間が掛かっても伝言を覚えられずに間違って伝えてしまっても俺は一向に構わないがな。約束してもいいが、その時にはレーンティア様は物凄くお怒りになられるか、これ以上ない程に落胆されるだろう」
「……」
「レンラクヲマツ」
「……」
「わかったら何度も言ってしっかりと覚えておいたほうがいいぞ? いいか? レンラクヲマツ、だ」
俺に脅されたからか、ガキどもは口々に「レンラクヲマツ、レンラクヲマツ」とぶつぶつ呟き始めた。
え?
いつ、どうやって連絡してくるのかって?
知らないよ。
それを考えるのは向こうさんだし。
連絡の取り方によって、色々と判断が出来ることもあるしね。
そもそも「連絡を待つ」人物である俺の名すら明かしていないし。




