第三百二十三話 再び 2
多くの方にご心配をお掛けしました。
リハビリがてら、ちょっとだけ書きましたので読んでやって下さいませ。
なお、更新はできるだけ毎週日曜日を心掛けますが、かなり体力も落ちていますので暫くは不定期になる可能性が高いことをお詫びします。
7451年8月2日
翌日。
「おいおい、殆ど食ってないじゃないか……」
天幕の入り口を開け、中を覗き込んだジェリックが言う。
「ジェリック先生……」
「豚肉も鶏肉もちょっとだけしか……」
傍でドラゴンと遊んでいたゴーグとチェルシーも肩を竦めて答えた。
残念そうな皆の声音を耳にして影響を受けたからか、真珠のように美しく煌めく鱗を持つドラゴンも「きゅるる……」と項垂れているようだ。
「食わないなら仕方がないな。悪くなる前に食っちまうか」
昨日の夕方に締められて、枝肉にされた鶏と豚は冷蔵もしていない為に、もうそろそろ限界だろう。
と、言うか、現代日本の感覚ではもうとっくに悪くなっている。
あと一時間もすれば腐敗臭がし始めてもおかしくはない。
「チェルシー、しっかり焼けよ」
「はい」
ジェリックに命じられて天幕内に置いてあった枝肉をゴーグとチェルシーが運び出した。
焚き火跡まで運んで魔法で焼くのだろう。
「ふむ……」
ジェリックはドラゴンの傍に腰を下ろすとその体に腕を回し、そっと抱く。
こうしてやるとドラゴンはおとなしくなるのだ。
「きゅう~」
気持ちよさそうに半目になったドラゴンはジェリックに寄り添うと、彼の体の前面から抱かれた方とは反対側の肩の上に頭を載せ、尻尾は腰を下ろした尻を抱くように丸めた。
「ドラ公、そんな悲しそうな声を出すな。お前が悪い訳じゃない……」
胸から肩へと伸びたドラゴンの首を撫でてやりながらジェリックは呟いた。
――家畜の肉は食わんか……。人の死体は少し食った。だが生きている人は遊ぶ対象……。
しかし、頭の中では冷静に何を食わせたらいいのか考えていた。
だが同時に、高価な家畜を好まなかった事には少し安心している。
――時間もなかったゆえ、取り敢えず豚と鶏を与えてみたが、好まないと早期に判ったのは幸運だな。……と、なると、次は魔物だろうな。
マッサージでもするように丁寧に首を撫でてやる。
見た通り蛇にも似た触感が滑らかで心地よい。
尤も、成長したドラゴンの鱗はゴツゴツと固いらしいのでこれは今だけ味わえる特別な触感かもしれない。
そうこうしているうちに肉の焼ける良い匂いが漂ってきた。
それを感じたのか、ドラゴンはしきりと首を捻ったり体を揺すったりしている。
「お前もいい匂いだと思うのか……?」
もしも焼いた肉を好むのなら結構金がかかるのかもしれない、と少し落胆したようにジェリックは言った。
パールドラゴンのブレスは水蒸気のブレスであり、本来、蒸し焼き状――加熱された肉は嫌いではないのだ。
「くきゅ~ん」
ドラゴンは今にも肉を焼いている所へ行きたそうだ。
「待て待て。今行っては邪魔になるだけだ」
ジェリックは胴に回した手も使って全身を撫でてやる。
こうすると気持ちが良いのか、ドラゴンはおとなしくなるのだ。
「焼けましたよ~」
チェルシーの声にジェリックはドラゴンを解放し、自らも立ち上がった。
・・・・・・・・・
「ほう。焼いた肉だと食うのだな……」
ジェリックは焼けた肉を食べるドラゴンを眺めながら少し興味深そうに言う。
「そうみたいですね」
「でも、あんまり食べませんね」
ゴーグとチェルシーは自分たちが食べる為の味付け用として胡椒や塩を取り出しながら答えた。
ドラゴンは大人一人分程度に切り分けた焼いた豚肉と鶏肉を食べている。
どうやら生肉より焼いた肉の方が好みのようだ。
「おいお前、沢山あるんだ。もっと食べろよ」
「そうよ。食べないと大きくなれないわよ」
そう言いながら若い二人は焼いた肉を更にドラゴンに与えると岩塩の塊を削り、胡椒を挽き、ニンニクを擦り下ろし始める。
本当は肉を焼く少し前に調味料をすり込んでおく方が良いのだが、今回は悪くなりかけていたので加熱調理を急いだだけである。
と、その時。
「くぃる?」
もう少しで目の前に置かれた焼き肉を食べ終わるというのに、ドラゴンはニンニクを擦り下ろすチェルシーに興味が惹かれたようで、肉から口を離すと彼女の方へと頭を向けた。
胡椒やニンニクの香りに反応したようだ。
次いでもう興味は失せたとばかりに今まで食べていた肉を放り出してチェルシーの方へと近づく。
「ちょっと、なに?」
突然に横から顔を突き出し、摺り下ろしたばかりのニンニクの匂いを嗅ぎ始めたドラゴンにチェルシーが驚く。
「何だ? 味付けた方が好きなのか?」
挽いた胡椒と岩塩の粉末を混ぜ、肉に擦り込み始めていたゴーグもドラゴンに声を掛ける。
「そうなのかも知れんな……。おい、ちょっと焼いてやれ」
その様子を見ていたジェリックが命じた事で二人は改めて味を付けた肉を焼き始めた。
肉に火が通り始め、今まで以上に食欲をそそる匂いが立つと、ドラゴンは目を閉じて顔を突き出し、スンスンと肉が焼ける匂いを堪能し始める。
「……贅沢な野郎だな」
あてが外れたことで微妙に顔を歪ませてジェリックが呟く。
ゴーグの出す炎に、チェルシーは串に刺した肉を差し出して炙るように焼いている。
「ほら、そんなに近づいたら熱いよ!」
肉を焼きながらチェルシーはドラゴンの首を脇に抱えるようにして、あまり近づき過ぎないように押さえた。
「きゅくぃ~……」
なんとも聞き分けの良いドラゴンを見て、ジェリックはやれやれというように肩を竦めた。
――食いそうなのは助かるが、いつまでも高い家畜をやり続けるのも問題だ……魔物も同じように食ってくれりゃあ助かるんだがな……。
餌の味についてこれだけうるさいドラゴンだ。
魔物によっては全く見向きもしない物もあるだろう。
しばらくはドラゴンが好む肉を見つけるため、可能な限り多種多様な魔物を狩り、死体を運ぶ必要にかられるだろう。
――先が思いやられるな……。
知らず小さな溜息が出た。
・・・・・・・・・
7451年8月3日
朝早く中西部ダート地方にあるガーランスの街を発った。
結局今回もべグリッツの屋敷で寝たのは二晩だけだったよ、畜生。
目指しているのは第四の要塞建設候補地である、カーダン村から南東方向に二〇㎞程度離れた場所である。
俺に付き従うのはランセル伯爵騎士団に所属する騎乗技術に長けるという三名の騎士だけだ。
騎士団長はもっと護衛をつけるべきだと進言してくれたのだが、カーダン村は最前線なので王国軍が駐屯している。
候補地までの最終的な道案内や必要な護衛はそこから出して貰うから大丈夫だと断った。
土地鑑は普段からあの辺りをパトロールしている第二騎士団員の方があるだろうからね。
昼前にはカーダン村に到着し、一休みして昼過ぎに村を出発する。
今日は現地で野営の予定だ。
「水の便は悪くなさそうだが……」
現地は周辺に複数の小さな河川が流れており、四つの要塞では一番水の便が良さそうな場所だった。
しかし、中心部近くに沼沢地を抱えているのが難点だ。
どうも小規模な湧水地があるらしいので、その周辺ごと埋め立てても効果は薄いだろう。
まぁ、ここは本当にデーバスに対する最前線に建設したギマリ要塞のように岩ムクにしないで、ミューゼに建設した城モドキの要塞……っつーか、城壁都市とか城塞都市にした方が良さそうだ。
内部で農耕も可能だし、ギマリみたいに岩盤内部なんかに細かい細工を施す手間もだいぶ省けるし。
あれ、地味にきついんだよね。
当然ながら城壁も内部の通路とか監視塔があるから細工は必要だけど、脳内における設計と整形の手間は段違いだし。
そもそも要塞とは敵対勢力に対して威圧感を与え、攻撃を諦めさせるというのも存在目的の一つだ。
それを考えるとあそこまでガチガチに防御を固める必要性は薄いのも確か。
でもなぁ。
それって、要はこの場所に村一つ開拓するのとあまり変わらないってことなんだよなぁ。
畑まで作るつもりもないし、農耕地として使えるようになるにはそれなりの時間もかかってしまう。
それに、ギマリみたいなガチ防衛拠点なら純粋な軍事施設と言えるから、要塞司令官的な軍人に管理させればあまり問題はない。
普段から多くの軍人に駐屯させるつもりもなかったから、軍人以外に居住する人数は非常に限られた数になるだろうし。
敵が来なきゃ数百人――多くても二個中隊くらいの人数も居りゃあ充分だしね。
将来的には近隣の村落や都市とは鉄道路線で結ぶつもりだから、慰安施設とかは最悪近隣の農村や都市に丸投げすればいい。
今だって最前線に駐屯する部隊なんか、碌な慰安施設なんかないんだしね。
しかし、ミューゼみたいにそれなりの面積の耕作地を抱えるなら軍事拠点としての性格もさることながら、農耕を生業とする村落――街や都市としての機能も必要になる。
軍人以外にもかなりの人数を定住者として抱えざるを得ないだろう。
娼館や酒場、飯屋、商店なんかも必要になる。
農耕をする一般人以外にも多くの人が住むことになるだろうし、治安にも気を配らなければならない。
かつて日本にいた屯田兵みたいに軍人やその家族に農耕をさせるのも悪くないけれども……。
こうなると兵隊の大部分が戦時徴用の農民兵だというデーバス王国が少し羨ましくなるな。
時代的にはデーバスの方が当たり前で、職業軍人ばかりのロンベルト王国のほうがそこだけは異常に進歩していて、事実として同数ならロンベルト王国軍の方が強いんだけどさ。
尤も、ロンベルト王国軍にしても半農半士ってのはいない訳じゃない。
一番わかりやすい例は俺の故郷、バークッド村だ。
村長(下級貴族)である親父とか兄貴に率いられた従士(平民)やその家族は戦時には兵隊としてウェブドス騎士団(王国軍)に組み入れられていた。
バークッド村程度だとせいぜい一〇名前後がいいとこだけど。
俺の領内となった北部ダートにある街や村も、俺が「兵を出せ」と命じれば多かれ少なかれ兵隊は集まってくる。
このあたり、鎌倉とか室町あたりの国人とか土豪が郎党を率いて大将のところに奉公に来るようなもんだ。
奉公しに来る目的もあんまり変わらない。
御恩となるのは侵略した占領地での乱妨取りや戦功を立てた場合の褒美だし。
貴族領によっては年間○○日とか、一定の軍役が決められていたりもするらしいけど、戦地での略奪や戦功を立てた場合の褒美が下賜されるのは同じだ。
ダート平原なんかだと、気がついたら戦場近くの村の部隊が勝手に参陣していつの間にか略奪に加わっていたなんてこともあるらしい。
まぁ、攻撃側の場合に限るけど。
勝手なもんで、デーバスの侵攻を防ぐための防衛戦闘だと戦場での手柄はともかくとして、略奪が出来ない事が多いから勝手な参陣はまずない。
それはそうと、半農半士の軍隊は正直言って兵隊としての能力は王国の正規軍よりもだいぶ劣り、デーバスの兵隊とあまり変わらない程度になってしまう。
そりゃあそれなりに訓練をしていて、たまには魔物を相手に実戦経験も積んでいるとは言え、所詮は半農半士だから職業軍人には敵わないさ。
それでも充分に頭数にはなるし、基本的には小部隊ばっかりだから戦線正面に組み入れるのは難しいけれど、決して馬鹿にならない貴重な戦力だ。
……まぁいっか、屯田兵でも。
当初は名目上俺の直轄地とするしかないが、落ち着いた頃にでもそれなりに能力がありそうな奴に任してやっても悪くはないだろう。
版図が広がって最前線からの距離が出来れば、戦功を立てた者に褒美としてやるのも悪くはない……かな?
じゃあここに決めてもいいか。
第一部の頃から胡椒は結構自生していると書いている通り、西オーラッドにおいては胡椒は貴重品ではありません。
塩もあちこちに岩塩があると記載していますが、こちらは正確には岩塩柱とでも言うべきものが地中から僅かずつ地表に伸長し続けています。
塩害を起こすほど大規模なものもそうそうありません。
岩塩柱の規模はまちまちで、その規模によって地表に出てくる場所の距離は決まっています。
詳細な調査をし、法則性を見い出せたら未発見の岩塩の湧出地も特定可能ですし、地図などを作成する際の目安にもなります。
まぁ、規模の大小の種類は何十とあるのでそう簡単には行かないでしょうけれど。
これは各種合金や金属類が加工しやすいように鉱石として存在する事とほぼ同じ理由です。
ところで、コロナの後遺症でまだ嗅覚と味覚が戻りません。
何を食べても味が感じられないというのは結構辛いものがあります。
カレー食べてもよくわからないのには結構ビビってます。
ちょっと汚い話ですが、匂いも全く感じないので今なら目隠しされて○○○をカレーだと言って食わされても判らないと思うのがアレですね。
でも、サラダにドレッシングが不要なのは地味に体にいいかもw




