第三百十四話 敵はどこに?
7451年6月9日
デーバス王国の中枢。
ダーリンス宮殿。
「何と、真か!?」
デーバス王国の国王、アゲノル・ベルグリッド公爵はそれだけ言うと言葉を詰まらせた。
ダート平原の西部(ロンベルト側で西部ダート地方とかリーグル伯爵領と言われている)にあるコラン村が攻め落とされたとの報告が齎された為だ。
先般報告のあったギマリ村に引き続いての陥落は残念ではあるが、過去においてもダート平原内に切り拓かれた村はお互いに獲ったり獲られたりだった。不思議ではない。
誠に無念ではあるし、口惜しい事この上ないが、単にこちらの守備力を上回る戦力で攻撃されたというだけの事である。
――卑しい冒険者出の新興の侯爵と見て甘く見すぎたか?
今となってはどうしようもない事だが、押し寄せて来る後悔の波は防ぎようもない。
大きな衝撃を受けたためか、まだ伝令の報告は続いているが、内容は耳から頭に伝わって来ない。
思わず右掌を伝令に向け、それ以降の報告を遮った。
ここは多少報告を遅らせても一度精神状態を立て直す必要がある。
――しかも、またしても侵攻の情報を掴めずに奇襲を受けてしまうとは……。
先般失陥しているギマリにおいてもロンベルト側の侵攻情報を掴めていなかった。
デナンやキンケードにしても同様だ。
しかし、当該地域は先年の青竜による暴威を受けた地域や隣接地域だ。
偵察には多大な危険を伴ったし、ドラゴンによって大きな被害も受けている。
ロンベルトによってドラゴンが駆除された後でも、それまで最前線からは距離を保っていたギマリでは守備隊を整えるだけで精一杯で、周辺地域に対する満足な偵察は行えていない。
流石にデナンやキンケードは土壁で覆われているとは言え近隣なので、ある程度の危険を覚悟の上で偵察隊を送ってはいた。
尤も、送ったところで土壁のせいで駐屯している兵力すら掴めていないが。
加えて、その周辺地域を領有しているだけでなく、ロンベルト王国の南方軍を管掌しているのは、つい先日宣戦を布告してきたグリード侯爵である。
大貴族とは言え一貴族家が国家に対して本気で戦争を仕掛けようというのだから、侵攻計画の隠蔽度合いは今まで以上に高かったと見てまず間違いはない。
しかし、それでもベルグリッド国王の理解ではギマリ村に駐屯していた兵力は三〇〇を超える数、村に居住する者まで加えれば一〇〇〇名近い人数が居た。
従って、ロンベルト側が投入して来た兵力は相当な大兵力――正面戦闘力で兵数一〇〇〇を超え、全兵力では一五〇〇、いや二〇〇〇を超えていてもおかしくはない――でなければおかしい。
実際の報告でも数百程度からなる部隊がギマリに建設された城に入場していると報告されている。
それどころか、頑強そうな石造りの要塞を築いた、いや、築けたという事は、こちらが気付いていないだけで優に三〇〇〇超えどころか、五〇〇〇程度の人数を投入してきたという可能性すらある。
魔法だけでなく人手も介在しているならば、だが。
何にせよ、それだけの大兵力の移動をこちらに掴ませなかったという事は、ロンベルト側はいつも通り王都に駐屯する常設軍を動かしたのではない。
ギマリの近隣に駐屯する防備兵力から戦力を抽出したのだと見るべきだろう。
予想される投入兵力を考慮すれば、ギマリの近隣どころか、隣接する領地からも兵力を引き抜いていたという可能性も高い。
そして、またしても城を築かれた筈だ。
ここでベルグリッド国王はやっと意識を伝令に向けることができた。
流石に聞き逃がせない言葉があったからだ。
「なに? 城塞どころか砦の一つも築かれていない?」
それどころか、コラン村を全滅させたはずのロンベルト軍は風のように現れて、あっという間にコラン村を滅ぼし、煙のように消え去ったとしか思えないと報告される有様だ。
「問題はそれだけの虐殺を行った戦力が移動した情報を全く掴めていない事であります」
コラン村から周囲に伸びる道にも大軍が通ったような跡は見つからなかったと締められた。
またしても侵攻の情報を掴めていなかったと軍を責めるのは簡単だ。
デーバス王国の軍は大半が徴集された兵で構成されており、士気や練度の低さは自他ともに認めるところである。
それでも、大軍が移動した痕跡など何の訓練を受けていない子供でも見つけられるものだ。
コラン村はロンベルトとの最前線からは一歩引いた場所にあり、元々大した防衛戦力は駐屯していない。
しかし、村人の数は六百人から居たはずで、それを殺し尽くすのはそう簡単ではない。
抵抗もするだろうし、逃げたり隠れたりもする筈だからだ。
村に住む全人口を上回る数で襲われていなければおかしい。
それだけの数の兵力は一体どこに消えたのか?
国王の疑問は解消されることなく報告は続く。
攻撃を受けたコラン村から逃げ出せたのはごく僅かな農奴だけだったという。
しかし、生き残りの農奴達全員の証言は要領を得ずに信じられないような事ばかりを口にしていた。
いきなり居留地を岩壁で囲まれた。
と思ったらすぐに消えた。
更には、攻撃者についてはロンベルトの軍だったと言う者から、伝説の地竜ベロインザレクティだと言う者まで出る始末だ。
しかし、近隣の村に駐屯していた緑竜騎士団員の調査で数百人から千人規模の軍勢に襲われたらしい、という事は判明している。
恐らくは凄腕の魔術師によって居留地を壁で囲んだことで逃げ場を奪った上、かなりの人数で虐殺された可能性が高いという。
村の居留地に残された遺体は殆ど全て何らかの外傷を受けていたからだ。
そして、大部分の家屋は倒壊し、屋外は別にしても残っている建物の中はジメジメと湿っており、未知の攻撃魔術を使われた可能性も捨てきれないと結ばれている。
国王は再び思考の世界へと旅立った。
今回に限って城とも要塞とも呼べるような、陣地の建設が行われなかった事が腑に落ちないからだ。
――確か、ギマリの時は……。
ギマリ村から撤退した兵士や騎士らの報告によれば、ギマリ村の跡地に建設された城はほぼ全ての建設に魔法が介在していたと言われている。
そして、信じられないことにギマリ村へ侵攻してきたロンベルトの兵力も数百(後に入場したと思われる報告全てを足しても五〇〇にも満たない数)だという。
――やはり徴兵主体の緑竜騎士団では数もまともに数えられない? いや、そこまで……。
知らず苦い表情を浮かばせるが、流石にこの評価は酷すぎる。
そう簡単に信じられる事ではないがギマリはせいぜい三〇〇~五〇〇程度の人数に襲われたのだ。
報告ではその大部分は城が建設されてからの配備だと言うが、流石にそれは見間違いか勘違いだろう。
なにせ、いきなり大規模な魔術を使われたというのだから、事実の誤認は十分に考えられる。
――投入兵力の半数以上が凄腕の魔術師であれば可能か……? いや、それだけの数の一線級の魔術師を揃えるなど夢物語だ……。では一体どうやって?
ベルグリッド国王は溜め息を吐いて沈思黙考するが、正解など得られはしない。
――そう言えば、タンクールやデナン、キンケードにも一夜にして立派な土壁を備えた要塞が建設されたと……しかし、ギマリは土ではなくて石だぞ?
地魔法さえ使えるなら土ではなく石を出すこと自体は難しくない。
しかしながら、途轍もなく魔力効率が落ちる(同量の魔力消費で現出可能な体積は土の一〇〇分の一にまで落ち込む)ため、魔法によって石材を実用的な量で現出させる事は出来ないと迄は言わないが、城や要塞の建設には相当に長い期間が必要となる。
宮廷魔術師クラスならともかく、一般的な魔術師に地魔法で石材を出させるくらいなら人の手で石材を切り出して現地まで運ぶ方に人手を使う方がまだましなくらいなのだ。
そのような贅沢な石材の遣い方など、デーバス王国最大の城郭、王城ガムロイですらごく僅かな部分に留まっている。
――しかし……うぅむ……かくなる上は首尾よくロンベルトの娘を拐かしたロボトニー伯爵の帰還が鍵となろうな……。
人質となるロンベルト国王の娘をカードにグリード侯爵と交渉する以外にないだろう。
かの娘にグリード侯爵は相当に入れあげていたというから、交渉のテーブルに着く公算は高い。
――そうなると、先日の使者に攻撃的な対応をしてしまったのは悪手であったか?
純軍事的、そして先方の要求を飲む訳には行かず、宣戦布告までされた以上戦争自体を避けようがないため政治的にも使者を皆殺しにするというのは然程間違ってはいない。
皆殺しにした上で使者団は丁重に送り返した筈だと言い張れば良いのだから。
だが、結局使者は取り逃している。
ここで国王は少し状況を整理してみた。
今回のコラン村が襲われたのが先月末、五月二八日。
ギマリ村が攻撃を受けたのは五月五日。
結構な間がある。
たとえ数千人の部隊でもそれだけの期間があれば充分に移動可能な時間だ。
使者がランドグリーズに到着してストールズ公爵と見えたのがその三日後の五月八日。
そして国王本人が使者と対面したのがその五日後である五月一三日である。
尤も、使者はダート平原のボンダイの街からランドグリーズまでゆっくりと護送されて来たので、当初よりギマリ村への攻撃日が決定されていようとも数日程度の誤差が発生する可能性はある。
まして、国家間の宣戦布告など、そのような習慣も国際法も無いオースでの事であるため、無通告での奇襲など戦争を仕掛けるのであれば当然とも言える。
従って、ベルグリッド国王としては「グリードとやらも騎士道を弁えて正々堂々と戦争を通告してくるだけはあるな」と変な解釈をしてしまったのもむべなるかな。
だが、既に攻撃を受け、領地を奪われている以上、黙っている訳には行かない。
「黒狼騎士団の再編状況はどうなっているか?」
側近に確認の声を上げた。
答えは計画通りに進んでいるとのことだ。
「ギマリ、タンクール、デナン、キンケードが敵の手に落ちたばかりか要塞まで築かれている。軍部にはラスター連峰の西ではなく東からの侵攻を考慮して侵攻作戦の立案を第一、第二にコラン村周辺の捜索をしろと伝えよ」
ダート平原の南東部に聳えるラスター連峰。
平原以上に魔物が多く棲み、山越えはまず無理だと言われている。
連峰の北側にはデーバス王国に所属する村落が一〇箇所もあり、連峰の東の端を押さえられてしまうと孤立してしまう。
一〇ケ村の救援は勿論、ロンベルト王国との最前線だから駐屯している兵力もそれなりに多い。
どうあっても見捨てる訳には行かないのだ。
そして、コラン村を襲った部隊についてもその居場所を把握するのは優先度が高い課題でもある。
・・・・・・・・・
昼過ぎ。
「ツェットは?」
親衛隊の本部庁舎に顔を出したセルが尋ねた。
「お昼前に騎士団本部から呼び出しがあって行ったわ」
事務処理をしながらアル子が返事をする。
白鳳騎士団の五百人長ともなれば、勤務についてはかなりの自由裁量権があるが、定期非定期に限らず、いきなり呼び出される事も多いためツェットの不在は珍しい事ではない。
かく言うセルも重役出勤もいいところで、一日の平均勤務時間が三時間を超える事は稀である。
規定の勤務時間中(午前七時から午後三時まで)は元日本人のうち誰かが詰めるようにしているため、親衛隊に元日本人がゼロ、という事態はほぼないようにしている。
勿論、空いた時間で遊んでいる訳ではなく、稽古や出入り業者への交渉、王宮の然るべき部署との連絡や折衝などやることは多い。
セルも午前中は親衛隊員を引き連れての訓練に精を出していたのだ。
因みにヴァルは親衛隊の練兵場で未だ扱かれ中だ。
「ああそう言えば……」
そう言ってアル子が差し出してきたのはクリスからの報告書だ。
練習船フジに続く大型軍艦の建造についての報告で、順調に進んでいるとの内容だった。
「ほう……秋には二隻とも進水が見込めるのか……」
「まぁ、お金はともかく、あれだけ人を使ってるしね。あ、来週の訓練計画書は今日中に書いて軍部省に上げておいてよ。貴方、いっつもギリギリまで引っ張って……嫌味を言われるのは私なんだから」
「すまんすまん。必ず今日中に提出するようにするさ」
「お願いね」
「ああ。ところでお前、今日は?」
「ん。これから弾の製造について業者と交渉よ」
「そうか。我が国の銃や火薬、弾丸についての製造量はキミにかかっている。頼んだぞ」
「貴方、いっつもそれね」
「適材適所さ。戦場ではアレク達が首を長くして待ってるからな」
「分かってるけど」
「夕飯どこ行く?」
「ん~、何でもいいわ」
「それ一番困る答えな」
「本当に何でもいいの。ああでも、ここんとこちょっと疲れてるし、軽いものがいいかも」
「んじゃ仕事終わったらいつもんとこで待ち合わせな」
「わかった。じゃあね」
幾枚かの書類を鞄に入れて本部を後にするアル子を見ながら、セルはペン先をインク壺に浸した。
・・・・・・・・・
白凰騎士団の本部庁舎に出頭したツェットを待っていたのはつい今しがた国王が耳にした報告と全く同一のものだった。
「は? 今度はコランが失陥したですって?」
目を丸くしながら言うツェットに、上司である騎士団長が重々しく頷く。
「うむ」
「誤報の可能性は?」
「残念ながら極小だろう」
「そうでしょうね。聞いてみただけです」
「ああ、しかしギマリに続いてこの有様は情けないな……」
「……」
「我が白凰騎士団にも出動命令が下る可能性がある」
「は」
「だが、王都の守りは勿論、予備兵力は必要だ」
「道理ですね」
「ついては、貴様に予備兵力を預かって貰う」
「はい」
「昇進して張り切っているだろうが、今回は王都で待機していてくれ」
「分かりました」
「そんな顔をするな。相手は神出鬼没だ。貴様に預ける戦力が決定打になる可能性も高いと見ての判断だ……」
ツェットが率いる予備兵力に求められるのは、可能な限り早く戦場に到達出来る機動力だろう。




